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14.時間妖精ロック

 

 

 

 それは、母が残してくれた財産だったのかもしれない。


 しかし、キース・グレイヴには宝の持ち腐れだった。


 ――キース坊ちゃん。


 キースが名ばかりの爵位だけが残る家を継いだのは、十歳の夏。早くに親を亡くし、天涯孤独となったキースにとって、母から譲られた妖精だけが家族みたいなものだった。

 時計から生まれた妖精のロックは物の過去を見る妖精だった。わずかな先だが、未来視の能力もある。

 それ以外のことはほとんど出来ず、家事をしてもドジばかり。


 そんな彼の寿命が短いらしいということを知って、キースは焦った。

 妖精は死を悟ると、自分の亡骸を入れ込む器を探す。だが、キースの手元には、妖精琥珀となれるような高価な宝石などなかったのだ。

 妖精琥珀が作れなければ、妖精は霧のように消えてしまう。

 彼らにとって、自分の生きた証を妖精琥珀として残せないことは、なによりも苦痛だと聞いた。

 だから、より美しい妖精琥珀を作ろうと、人間の貴族のそばに在り、自分の亡骸を入れる宝石を探すというのだ。そして、その器は主の所有物である必要がある。

 妖精は契約により主の所有物であり、その遺骸は所有者に寄与されるべきであるらしい。


 人間とは価値観を分かつ存在。

 そんな妖精の気持ちなど、ロックにはよくわかっていなかった。


 キースはロックに自分の元を離れるよう命じた。

 残りの時間を使って自分が望む器を見つければいい、と。

 今の時世、妖精自体が珍しい。わずかな時間であっても、契約したがる貴族はいるだろう。ロックは少しだが未来視の力があり、欲しがる人物は多い。


 ――ロック、君は別の主を見つけるんだ。僕には君の墓を用意してやれそうにない……。

 ――お断りします。私が本当に美しいと思っているものは、もう見つかっていますから。


 ロックはそう言って、キースの元を離れなかった。


 ――本当は奥方さまと共に朽ちてしまいたかった。しかし、妖精は死期を選べません。だったら、せめてあの方の面影と共に消えたいのです。


 まるで、安い芝居の筋書きのようだ。

 結局、ロックはキースのそばから離れずに、寿命を迎えてしまった。


 ――……いいよ、おいで。ロック。

 ――ありがとうございます。恩に着ます。


 宝石の代わりに、キースの右眼を妖精琥珀にして。




 妖精琥珀を隠す右眼を眼帯の上から押さえて、キースは自嘲の笑みを浮かべた。

 妖精が人間に()して、面影を求めるなんて馬鹿げている。

 それでも、僕は母を好いてくれた君を見ていて、悪い気はしなかった。僕も母が好きだったから。語りかけるように心中でつぶやきながら、キースは燭台に灯った燈をかざす。


 舞踏会に参加していた招待客のほとんどは、用意された客間に引き上げており、一部の者が侯爵と共に談笑に興じていた。邸宅内は燈の消えた蝋燭のように静けさをまとい、宴の華やかさなど、どこかへ逃げてしまったように思われる。


 燭台の燈で、暗く沈んだ静寂の礼拝堂を照らす。

 ドハーティ侯爵自慢の装飾が施された、立派な礼拝堂だ。

 あまり広いとは言えない空間に並べられた椅子には、十五人ほどが腰かけることが出来るだろうか。

 祭壇を飾るのは聖典に語られる聖母の微笑みと、蒼い光を通すステンドグラス。敢えて古典的な様式を採用し、狭いながら荘厳な雰囲気を醸し出している。

 高い天井のフレスコ画にはアルヴィオン聖典の一場面が大々的に描かれていた。

 アルヴィオン王国を築いた祖王が神から王冠を授かる姿は、この国では最も好まれる題材の一つだ。


 もっとも、今の王家は簒奪されたものであり、正統な王族は――。


 キースは燭台の光で祭壇を照らし、注意深く観察する。

 敷かれたタペストリーの下や、飾られた十字架の裏、蝋燭の一本に至るまで。それが終わると、今度は内陣の奥へと足を踏み入れ、縦長いステンドグラスの隅々に目を配る。


 どこだ。

 柄にもなく焦りが言葉として漏れそうになる。

 当てが外れたか――?


「家探しは盗人の仕事であって、詐欺師君がすることではないと思うのだけどなぁ? グレイヴ男爵」


 いつの間にか、背後に気配を感じた。

 キースは急いで振り返ろうとする。

 だが、首筋になにかを突きつけられて、身動きが封じられてしまう。視線だけで後ろを顧みると、夜の闇を吸いこんだ瞳がこちらを見ていた。


「こんな夜更けにお祈りとは熱心ですね、バートン伯爵。だが、神聖な祭壇で、そのナイフは無粋だと思いませんか?」


 飽くまでも平常心を装って言うと、背後に立った男――セドリック・バートン伯爵がニッコリと愛想の良い笑みを浮かべた。

 手には銀のナイフを握りしめ、隙のうかがえない姿勢でキースの首にあてがっている。刃が少しでも動けば、キースの頸動脈から鮮血が迸るだろう。


「娘にちょっかいを出す邪魔な男なんて、祭壇の生贄がお似合いだと思ったので、ついね」

「宗教を間違えていませんか? アルヴィオン国教会は生贄など推奨していないと記憶していますが?」

「あいにく、誰かを信じるほどお人好しでもなくてね。勿論、邪教を信仰しているわけでもない。会ったこともない神を無条件に信じちゃえるくらい素直だったら、旧王家(ランカ)と一緒に玉砕する忠臣にでもなれたかもしれないね。胡散臭い昔話で金を取る国教会も嫌いだ。うちの娘が一番可愛いよ」


 バートン家は先の王家に近しい貴族だった。

 それなのに、政変の際、大々的に行われた粛清を免れたということは、「それなりに薄暗いこと」をしたのだろう。セドリックの言葉は、そう示唆していた。


「リズも年頃ではありませんか。過保護に育てすぎると、嫁ぎ先が見つかりませんよ?」

「心配ご無用。いざとなったら、パパじゃなくてダーリンと呼ばせればいいからね。というか、最初からそのつもりだ。あと、気安くリズとか呼ばないでよ」

「自著の中では、パパと呼ばれることにこだわっていらっしゃったのに」

「ああ、あれ読んだの? ふふふ、自信作なんだよ。お約束ってヤツさ」


 仮面の騎士などと筆名を使っているが、登場人物の名前が完全に本人と一致している。

 読めば、誰だってセドリックの馬鹿な自慢小説だと一発でわかった。その内容が全編に渡って妄想だと知るのは、エリザベス・バートンの素顔を知っている者に限られるだろうが。


「本当にリズを愛してらっしゃる。目に入れても痛くないんでしょうね」

「目を潰されても笑っていられる自信があるよ。それから、気安くリズって呼ぶなって、あと何回言えばいいかな?」

「リズは嫌がりそうですけどね」

「いい加減にしないと、そろそろ殺すけどいい?」


 意味のない会話をする間も、セドリックはキースの首からナイフを外さない。

 バートン伯爵家はランカ王家の下で軍人として名を上げていた。しかし、八年前の政変以降、セドリックの代になってからは商売に手を出して成功を収めている。


 聞いた話によると、セドリックは稀代の天才剣士と呼ばれるほどの腕前を持ち、十代でリンディン市警騎士団長に任命されていたらしい。今では名ばかりのボンクラ貴族が授かる地位だが、当時は大変な偉業であった。

 それが何故、今は商人のような真似をして政治や軍事から手を引いているのか謎とされていたが……リズのことを知った今なら頷けた。

 国の要人というポストは目立つ上に、詮索もされやすい。元王族を匿うには不向きなのだ。

 それなら、国家よりも金儲け第一で親馬鹿の無能な道楽貴族を装っている方が楽だということなのだろう。政変後、私腹を肥やすことに熱心になった貴族はたくさんおり、特異な行動ではない。娘のことも隠さず、逆に自慢してまわる辺りが疑いを呼びにくく、計算高いとも言える。


「私はリズほど甘くはないよ」


 背中に冷たいものが流れる。言葉そのものが氷で設えた刃のように思えた。

 荒っぽくて女らしくない猫被りのくせに、口封じに人を殺す発想や勇気がないリズとは違う。そう言われているのだと察した。


「ここで口封じをされても、後々困るだけでは?」


 確かな殺気を背に感じながらも、キースは余裕を捨てない。

 ここはドハーティ侯爵の邸宅だ。騒ぎを起こして困るのは、セドリックのはずだ。


「抵抗しようとは思わないのかな?」

「抵抗して勝てるとも思えませんから。僕は剣の腕どころか運動音痴なので。出来れば、話し合いで解決したいところです」

「……残念だね。そちらが剣を取ってくれたら、決闘でも正当防衛でもいくらでも理由をつけて片づけられるのに」

「そうさせないための自己防衛ですよ」

「懸命だ。うちのリズを出し抜いたんだから、それくらい利口じゃないと困る」


 セドリックはそう言うと、ようやくキースを解放する。

 キースはすぐにセドリックに向き直ると、念のために二、三歩距離を置いた。そうしたところで、本気を出せば相手が間合いを詰めるのは簡単だと知っているが、至近距離で男と話す趣味もない。


「警告だ。リズになにかすれば、今度は確実に殺す」

「あんなに面白いご令嬢を口説くなと?」

「口説きたいのなら、パパである私を倒してからだ」

「元市警騎士団長に勝てる気はしませんね」

「その肩書、まだ覚えてる人いたの? 何年前の話だと思っているんだ……今なんて、ちょっと動いたら筋肉痛で死んでしまうと言うのに」


 冗談みたいなことで誤魔化しながらも、セドリックの眼は本気だった。抜き見の刃のような鋭さは消えない。

 それでも、さきほどのような殺気は感じられないので、キースは少しだけ安心する。


 セドリックは忠告が終わると、礼拝堂の外へと歩いていく。

 キースはその背に向けて、言葉を投げる。


「リズに近づくなとは言わないんですね」


 伯爵は再びキースを振り返ると、唇の端をつりあげた。


「君から近づく気は、もうないんだろう? だったら、言っても無駄だ。あと、リズと呼ぶな」

「本人は嫌がっていませんよ?」

「パパであるこの私が嫌なんだ」


 キースにとって、もうリズを利用する必要はない。目的を達成するために、彼女の役目は終わった。

 今日踊ったのは気まぐれで、肖像画のことを教えてやろうと思っただけに過ぎない。

 しかし、セドリックはこう付け加えた。


「ただ、リズの方は君をひと泡吹かせないと気が済まないらしい。困った子だよ……君は利口だが、少しばかり人を見る目がない。利用するのなら、もっと面倒臭くない者を選ぶんだね。リズは思いっきり面倒くさいよ?」


 まるで、悪戯っ子を眺めて笑うような表情だ。キースが眉を寄せると、セドリックは肩を竦めながら入口に向かって歩く。


「まあ、よろしく頼むよ」


 意味深に響くセドリックの声が、礼拝堂に幾重にも響く。

 

 

 

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