第13話 『俺たちの戦いはこれからだ!』
「ご主人様、そろそろ支度をなさって下さい」
「あの……着替えくらい自分で出来るんで」
「ご自身でなさっては、侍女としての面目が立ちませんので」
「だからって俺のパンツ脱がそうとしないでくれません!?」
部屋の隅に追い詰められた俺は、下着一枚で叫ぶ。
迫りくるのは、ノワールさんだ。
「アルバトスを狩った《竜殺し》として、表舞台に立つのです。ハルト様が当家の客人である以上、それなりの服装に……」
「いつものを着て行きますから! それに何かいつもと雰囲気が違いません!?」
何だか積極的に関わろうとしてくる彼女は、俺の一言に足を止めた。
それから彼女は瞳を閉じ、深々と頭を下げる。
「あなたに何も知らせず、そして信じようとしなかった……どうか、お許し下さい」
「いや、そんな……ノワールさんが謝る事じゃ……」
「ですので精一杯、ご奉仕しようという算段です。えぇ、お許しを貰おうと思いまして」
「ぶっちゃけすぎだ! がっかりだよ!」
せめてこう……俺に惚れたとか、そういう嘘でも良いんじゃない!?
「こうでもしないと、あなたからの恩を返せません……」
「別に良いんじゃないですか? ノワールさんには治療してもらって、既にこっちに恩がありますし。今回のでチャラって事で」
「ですが……」
彼女が戸惑いを見せた一瞬をつき、俺は脱がされた衣服を掴んでダッシュ!
廊下を走り抜け、一目散に玄関ホールへと到着した。
ここで着替えて、外へ逃げる!
だが俺の計画は、一人の少女によって崩壊した。
「ちょ、ちょっとあんた! なんて恰好よ!? 変態なの? 変態なんでしょ!? 変態って認めなさいよ!」
今日も魔法使い姿のミィアが、真っ赤になった顔を両手で隠していた。
俺が変態なら、指の隙間からばっちり見てるお前はもっと変態だ!
「ノワールさんに脱がされたんだ! 俺が脱いだわけじゃない!」
俺は急いでズボンを履き、上着を着る。
ミィアは俺を凝視したまま、徐々に言葉を荒げていく。
「いい? ハルトはアルバトスを討伐して、この街の因縁に終止符を打ったのよ!? いわば英雄なの! その自覚あるの!?」
「う~ん、それが、今一ピンと来ないんだよなぁ」
しっくりこないのは、英雄という部分だ。
俺は俺で、フェリアを助けるために戦ったに過ぎない。
そんな認識だから、街中が感謝していると聞かされても実感出来ないのだ。
「あ、でも冒険者の階級は上がったな」
「ふ~ん……下位一級くらいかしら? あんたは精々それくらいが……」
「残念。俺は上位二級だ」
「にィィっ!? あたしは上位五級から四級なのに!?」
「っておい! お前アルバトスと戦ってないじゃん! 俺を運んだだけじゃん! 何ちゃっかり自分も上がってんの!? 納得いかねぇ俺が今から訂正入れてきてやる!」
「ま、待ちなさいってば! だってこんな機会でもないと、上がったりしないのよ! それにほら、あたしが運ばなければ……ね?」
ミィアの手はがっちりと、俺の服を掴んでいた。
上目使いの瞳には涙が溜まっていて、本気の懇願だと分かる。
「うぅ~お願いよ、何でもするからギルドには言わないでっ!」
「ん? 今何でもするって言った?」
ぴたりと、ミィアの動きが止まる。
「確かにミィアの助けがなかったら、俺はフェリアを助けられなかったからな……仕方ない、黙っているか」
「ちょっとあんた、何を命令するつもりなの? ねぇ、ねぇ!?」
今度は青ざめた顔で、ミィアが俺を揺する揺する。
ころころと表情を変える彼女は、からかい甲斐があって面白かった。
「楽しそうね、ハルト。何の話?」
そんな俺たちの上から、凛とした声が注ぐ。
見上げれば、正面階段をフェリアが下りてくる所だった。
その姿に、俺は思わず見惚れてしまう。
フェリアが着ているのは、純白のドレスだ。
それはさながらウエディングドレスのようで、彼女が手の届かない存在に昇華したような錯覚さえ覚える。
「わ、私、何か変かしら?」
「すごく綺麗で見惚れた……」
「もう! そうやってハルトはすぐに私を困らせるんだからっ!」
フェリアはぱたぱたと手で風を作り、火照った頬へあおいだ。
横からの突き刺さるようなミィアの視線は、この際無視しておこう。
「ふんっ、じゃああたしは先に行くわ」
何故か不機嫌な様子のミィアが、屋敷の正面扉を大きく開け放つ。
屋敷に入り込むのは強い陽の光と、聞こえてくる幾重もの大歓声。
経験した事のない状況に、思わず俺の足が竦む。
そんな俺の、手を引っ張って。
「さぁ、行きましょう英雄さん?」
フェリアが俺を先導していく。
まるで出会った頃のようだ。
そんな風に思い出し笑いをしていると、彼女がぎゅっと手に力を込める。
「ハルト、あのね……」
これまでは、意味のない人生だったのかもしれない。
だからこれからは意味のある人生を、フェリアと送っていきたい。
「私も、大好きよ?」
それは不意をついた行動だった。
柔らかい感触は唇に。
けれど確かに、フェリアのぬくもりを俺に伝える。
「フェリア……今の、キスって……」
離れていく彼女の顔は、ほんのり赤らんでいた。
それから気恥ずかしそうな顔で少しはにかんで、フェリアは笑う。
「ハルト! これからもよろしくね?」
彼女の笑顔に俺は確信する。
どうやら今度の人生は、たくさんの意味に満ち溢れるようだと。
実績解除『俺たちの戦いはこれからだ!』
解除条件:困難に打ち勝ち、ヒロインから愛の告白を受ける。
解除ボーナス:末永く、お幸せに。
これにて完結です。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。




