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第11話 『宣戦布告』

 アルバトスが居を構える洞窟の入り口は、直径三十メートルはある。

 時折、洞窟から吹く生暖かい風は彼の竜の息吹。

 まるで大口を開けた洞窟は、全てを飲み込まんとする恐怖そのものだ。

 自分より遥かに大きな存在を感じ、私の体は硬直しっぱなしだった。


「アルバトス……いるんでしょう? フェリア・ルミナートが古の約定に従い、ここに参りました」


 ここまで私を運んだ兵士たちは、もうとっくに退散している。

 やがて私の声を飲み込んで吐き出されたのは、低く厳めしい人語だった。


【我が恐ろしいか、ルミナートの小娘よ】


 ずしんずしんと、何かの歩みに合わせて地面が揺れる。

 私は逃げ出したくなる心を、意思の力で抑えつけた。

 ここで逃げれば、アルバトスは街を襲う。

 そうなれば私が大切に思っている人たちが、危険な目に遭ってしまう。

 それだけは、絶対に嫌だから――


【もう一度問おう。我が恐ろしいか?】


 やがて洞窟から這い出てきたのは、黒き鱗を持った古代竜だ。

 黄色い瞳に、細長い瞳孔。

 頭部には禍々しい角が二本生え、その首は長い。

 もたげた頭部へ、私はありったけの気丈さで答える。


「……恐ろしくないわ」

【クックック……人はみな、最初はそう言うのだ……だが……】


 折り畳まれていた翼が広げられ、月下にアルバトスは真の姿を晒す。

 私のお屋敷と同じくらい、大きな竜だった。

 四肢の先には鋭い爪が揃い、尾は体の二倍はあろうかという程に長い。


【我の姿に恐怖せずにはいられまい! 何故なら貴様らは矮小な人間なのだから!】


 それは声というよりそれは、衝撃波に近かった。

 腰が抜けそうになりながらも、私は何とか一歩後ずさっただけで耐えきった。


「では、人間を糧としなければならないあなたは、私たちよりも矮小な存在ね」

【クッ――ハハハハハハッ! そう返すか、小娘よ。なるほど、貴様は確かに我が糧としたあの女の娘よッ! 確かにルミナートの血筋よッ!】


 素直に食べられるつもりはなかったから、せめてもの反抗のつもりだった。

 けれどアルバトスは、私のそんな態度が愉快だったらしい。

 戸惑っていると、竜は黄色い瞳で私を覗き込む。


【貴様、子は成したか?】

「……いません」

【ふむ……それは相手がいないからか? 子を成したいと思う人間はいないのか?】

「な……何を……」


 アルバトスの瞳に映るのは、狼狽した私だ。

 その脳裏には、一人の少年が過ぎっている。

 短い時間だったけれど、共にいた彼。

 私の事情を知らず、私を特別扱いしなかった彼。

 どこか頼りないけどいつも明るくて、私を楽しませてくれる彼。


【……どうやら、いるようだな】

「いたら、どうだって言うの?」

【無論、子を成すのだ。そのためならば、此度の取り決めは先延ばしにしてやっても構わん】

「えっ……」


 アルバトスの提案に、思わず動いたのは私の「助かりたい」という心。

 けれどその真意が分からなくなる程、固めた覚悟は軟じゃない。


「……私が子を成せば私を食らい、その後は子供たちを食べていくのね……?」

【それ以外に何があろうか。ルミナートの血筋は我が命を繋ぐのに最適。それを此度の食事で食い尽くしてしまうのは、些か勿体ないであろう……?】


 どこまでも残酷なアルバトスの提案に、私の背筋が震える。


【さぁ見逃してやろう。街に戻り、子を成すのだ!】

「いや、よ……」


 絞り出すように、私は何とか声を出せた。


「ルミナートの血筋を食べなければ、あなたは寿命を延長できない……それなら私が食べられる事で、あなたの命を終わらせます」


 自分だけならまだしも、子孫にまでこの呪いを継がせるわけにはいかない。

 今更、街に戻るなんてもっての外だ。

 騙してしまったハルトに、合わせる顔などもうないのだから。


【……思い通りにいかぬか】


 アルバトスは長い首をもたげ、ゆっくりと私から離れていく。

 大きな頭は月明かりを遮り、私に影を落とした。


【我は悠久の時を生きてきた……だが、それもあと千年程で終わろう。誇るがいい。汝の名はただの生贄にあらず、《竜殺し》として語り継がれるであろう】


 そんな称号は、欲しくない。

 私が、欲しかったのは――


【我の糧となり、最期を迎えるがいい……小娘よッ!】


 竜の開いた顎に揃う、不揃いの牙。

 鋭いそれらに貫かれるのを想像すると、腰が抜けそうになる。

 迫るアルバトスの口に、私はぎゅっと目を瞑った。

 私が、本当に欲しかったのは――


「助けに来たぞ、フェリアァァァァァァッ!」


 空耳かと思った。

 何故ならそれは、一番聞きたかった声だったから。

 誰もがアルバトスを恐れ、口にしなかった言葉だったから。

 けれど水の矢は確かに目の前の竜を撃ち、その巨体を怯ませる。


「な、んで……」


 私とアルバトスの間に降り立つのは、普段は頼りない背中。

 けれど私には、彼の背中がとても大きく見えて。


「俺だけ、仲間外れにしないでくれ!」


 震える背中で、彼はそう言った。

 その声音は、とても辛そうだ。


「私は、巻き込みたくなくて……知らなければ……」

「俺はフェリアの、全部を知りたい!」


 アルバトスは突然の来訪者を前に、様子を窺っている。


「友達だと思ってた……それ以上になれると思ってた……なりたいと、俺は思った」

「わ、私だって……」

「ならフェリア……お前は、こいつに食われて終わりたいのか?」


 彼の言葉でもって、自分の言葉がいかに弱いかを思い知る。

 友達以上の関係になりたい。

 けれどフェリアがアルバトスに食われれば、その先の未来はない。

 生贄となる事を良しとした時点で知らず、私は彼との関係も終わりにしていたのだから。


「終わりたくないなら、はっきり言え! 俺やミィア、ノワールさんといたいなら……はっきり言えよ!」

「どうして……」

「しきたりがなんだ! 運命がどうした! お前の本音を、俺は聞きたいんだ!」

「どうして、ここまで私を助けに……」


 望んでも、いいのだろうか。

 生きたいと、願ってもいいのだろうか。

 葛藤はぐるぐると胸の中で、さざ波を立て続け――


「助けにだって来るさ。俺はフェリアが、好きなんだから」


 ――その一言で、終わりを迎えた。


「ハルト……」


 穏やかさを取り戻した心に、彼の言葉が染み入る。


 これが私の運命だと、小さい頃から覚悟していた。

 祖父や祖母は、物心つく前に生贄になっていた。

 幼い弟を庇い、母が食われた。報復で挑んだ父も、帰ってこなかった。


 ミィアとノワール以外の街の人々からは、腫物のように丁重に扱われた。

 そんな日々は、自分にはこの役目しかないと思うのに十分過ぎた。

 それなのに。

 偶然出会った不思議な少年、ハルトは。


「……アルバトスから、私を助けて……っ!」


 こんなにも、私の覚悟を乱して仕方ない。


「最初から! そのつもりだッ!!」


 彼の頼もしい声に、涙が溢れて止まらない。

 嬉しくて涙を流すのは、初めての経験だった。

 ハルトといると、初めての事ばかり。

 だからそれが楽しくて――大好きなのだ。


【我を屠ると? 剣も持たない矮小な人風情が、この我を……?】

「あぁ、そういや武器持ってくるの忘れてたな」

【舐められたものよ……我をアルバトスと知っての行動であろうな小僧ッ!】

「小僧じゃねぇ。俺にはハルトって名前がある。けどな……」


 彼が右腕を頭上に掲げると、水の矢が生成されていく。

 二十の鋭い矢じりが向けられるのは、アルバトスの頭部。


「お前は……《竜殺し》って呼べ」


 実績解除『宣戦布告』

 解除条件:敵に宣戦布告をする。

 解除ボーナス:スキル《集中Ⅰ》の習得。


 一斉に発射された矢が、アルバトスの頭部に直撃して爆ぜた。

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