第1話 『さぁ、準備はいいかい?』
「ごめんごめん。まさかあんな事になろうとは……」
俺は真っ白な空間に立っていた。
目の前には、横になってくつろぐ女の子がいる。
長い一枚の布を巻きつけているだけの姿だから、俺はなるべく注視しないようにした。
「えっと、君は誰?」
「私? 神様、神様」
軽い口調で、少女は自らを指して言った。
だらけきったその姿は、とても威厳のある存在には見えない。
「ならここは……天国?」
記憶が確かなら、俺は死んだ。
鉄パイプに串刺しになった挙句、トラックに跳ねられた。
それはもう、見るも無残な最期だ。
棺桶の中がどうなっているのか、自分でも想像したくない。
「う~ん、その一個前のステージかな。いやぁ、やらかしちゃったんだよねこれが」
「……やらかした?」
変わる雲行きに、俺は眉をひそめる。
けれど少女の態度は、軽い調子で崩れない。
「そうそう。戈木晴人君。十七歳の高校二年生。学力は標準で、ずっと続けていた剣道も怪我が原因で引退。それからは特に打ち込んだものもなく、日々を過ごす……」
「そうだけど……」
「君があの場所にいたのは、私の計画外だったんだ。ようは私のミスで死んじゃったってわけ!」
あぁ、悪いと思ってないなこの神様。
めっちゃ痛かったのに、ミスって何だミスって。
「人の一生に限らず、あらゆる生き物の一生を私は計画してるんだ。成功も失敗も、幸運も不運も全て計画の内ってわけ。全部意味あるものになってるんだよ。創世してから例外なく完璧にこなしてたんだけどさ……一人分忘れちゃって」
自称神様の女の子が、悪びれる事もなく俺を笑っている。
どうやら俺は生まれてからこの方、神様の計画表に含まれなかったらしい。
けれどそんな事は、どうでも良かった。
「なら俺の頑張りも、怪我した不運も、何の意味もなかったって事か……?」
「怒りを感じるかい?」
「……当たり前だろ」
喜びも悲しみも、後悔も憂いも。
これまでの人生が、何の意味もなかったなんて。
生きている価値がなかったと言われているようなものだ。
「……悪い事をしたと、思っているよ」
少女は声のトーンを落とし、じっと俺を見つめていた。
「だからこれから、罪滅ぼしをしようと思っているんだ」
「でも俺は死んだからもう……」
「その通りだ。死んでしまったから……君は天国にも地獄にも行けない」
意味が分からなくて、俺は首を傾げる。
「例えるなら、計画外だった君は戸籍がないんだよ。そもそも生きてるって証明がないの。だから死後のサービスも受けられないんだな。おまけに肉の塊みたいな死に方したから、もう生き返れないし……早く気付くんだった!」
「……じゃあ俺はどうなるんだ?」
「このままあの世に送ったら、間違いなく私は始末しょ――ごほんっ、世界のバランスが崩れてしまうかもしれないだろ?」
もっともらしい事言っても、聞こえたぞ始末書って。
威厳がなさ過ぎるぞこの神様。
「だからさ、別の世界に転生させるよ」
「……は?」
今何て言った?
別の世界に転生って?
「いや、悪かったと思ってね。だからちょっと特別な能力をあげるから、好きに生きなよ。あんまり早く死なないでよ? 私の上司に見つかると超面倒臭いからさ」
神様に上司がいるのかよ……。
まぁ、どこか行先があるならそれでいいか。存在を消されるよりかはマシだ。
「どんな世界なんだ?」
「文明レベルは元の世界より低いかな。あとは……魔法とかあって、ドラゴンとかもいる」
「ドラゴン……マジか。生き残れる自信ないんだけど」
「だから特別な能力をあげるってって言ったじゃん」
女の子は面倒そうに、俺を指差した。
そのまま三回、くるくると指を回す。
「はい、あげたよ」
「何も変わった様子がないけど……」
「指を弾いてみて。それで実績一覧が出るから」
言われた通り、俺は指を鳴らしてみる。
すると視界に、ウインドウが開いた。
大きなその枠の中に、色々なアイコンが並んでいる。
既視感を抱くのは、似たようなものを見た事があるからだ。
「これ……ゲームとかでよくあるやつ?」
ゲームをプレイしていたら、いつの間にか揃っている実績というやつだ。
特定の条件を満たして解除していく事で手に入る、いわばコレクターズアイテム。
「君の行動によって、実績は解除されていく。そのボーナスで強くなる君は、勇者にも魔王にもなれるだろうね。この力はやり込み要素じゃなくて、君の強さに直結する」
「はぁ……」
よく見ると、アイコンも説明も『?』マークで一杯だ。
これじゃあ解除の条件も、何が解除されるのかも分からないじゃないか。
「さぁ、君はこれからもう一度人生をやり直す。そこで何を成すか……意味のある人生を送るか、そうじゃないかは君次第だ」
「俺、次第……」
「じゃあ転生させるね」
「えっ、ちょっと待――っ」
けれど神様は、待ってくれなかった。
俺の意識は暗転し、どこかに投げ出されるような感覚を覚える。
「――っ、何だよ一体……」
呼吸をすれば、鼻腔に青臭い香りが広がる。
いつの間にか草原に横たわっていた俺は、ゆっくりと起き上がった。
「異世界……ここが?」
青空は高く、空気が元の世界よりも澄んでいる気がした。
俺の服装も学校の制服から、麻のような素材が固めの布になっている。
「うわ、周りに人の気配ないし……言葉通じるのかな……ん?」
視界の端で、ポップアップが発生していた。
それを読んで、俺は眉をひそめる。
実績解除『さぁ、準備はいいかい?』
解除条件:偉大なる神様との会話の後、異世界へ転生する。
解除ボーナス:ベルヌガルドにて一般的な平民の衣装。
どうやらあれは、チュートリアル扱いだったらしい。
――っていうかこのパターンでいくなら、解除するまで何が条件か全く分からないって事か?
「う~ん……とりあえず、街か人家を探すか……」
俺は慣れない革の靴で、最初の一歩を踏み出した。
踏み出して、石につまずいた。
腰の高さまで生えている草のせいで、足元が見えにくかったからだ。
「痛ってぇ……!」
草に仰向けに倒れた俺の視界に、軽快な音と共にポップアップが滑り込む。
実勢解除『足元にご注意を!』
解除条件:つまずいて転ぶ。
解除ボーナス:古代魔法『ラグナロク』の習得。
(※注意。使うと世界が滅んじゃうぞ☆)
「あわわわわわわ……」
魔王まっしぐらじゃねぇか!
適当に設定し過ぎだろあの神様っ!




