未完
鬱蒼と茂る森の中。
苔むした大岩の間に、それはあった。
木の根に絡まれ、岩に固定され、どんな暑さにも寒さにも怯えることなく、それはあった。
それは、直径一メートル前後の卵形をしていた。
その卵は、今までの数億年を、誰にも見つからずに佇んでいる。
その卵に、今一人の新人類が近づいていた。
──ピシリ。
突如、その卵に皹が入った。
その皸は徐々に広がっていき、やがて、中から一人の旧人類の少女が現れた。
一糸纏わぬその姿は可憐で、長い黒髪は艶やかに風になびいている。
大きな赤い瞳は全てを見透かすかのような神秘性を帯びて、彼女の雪肌を際立たせている。
年齢は十歳くらいだろうか?
彼女は目の前の俺を見るなり、こう言った。
「……パパ?」
木の匂いに包まれた一室に、その老人はいた。
額から突き出た、新人類特有の、立派な二本角は、黄金の国の伝承にある鬼の様。
老人は煙を吹かしながら、紙媒体の新聞を手にとって眺めていた。
そんな安らぐ空間に、けたたましい足音が響いてきて、彼はため息をついた。
(またアイツか……)
そう思った次の瞬間、バダン!と大きな音を立てて、木製の扉が押し開けられた。
「何度言えばわかる、ニゴラ」
老人は吹かしていたパイプを離すと、年季の入った眼鏡越しに、今入ってきた一人の若造へ喝を飛ばした。
「す、すみません。次から気をつけます、教授」
ニゴラはそう謝罪すると、背中に背負っていた巨大な鞄を下ろした。
遠目ではあるが、何か鞄がごそごそと動いているのが確認できる。
(アイツ、何を拾ってきやがった……)
「よろしい……それで、調査の報告は?」
そう尋ねると、丁度良くその鞄から蠢く何かが頭を出した。
「ジィジ!」
それは、一人の子供だった。
黒い髪に、一糸纏わぬ白い肌。赤い瞳に、幼い体つき。
幼いからか、髪で角は見えなかった。
「あ、こら!ちょっと!」
慌てて彼女の頭を押さえて鞄に押し込もうとするニゴラ。
「まさか、サボって誘拐でも働いたわけではあるまいな?」
「そんなわけないでしょう!?」
大声で抗議するニゴラ。
どうにも怪しい。
「では、そいつは何だ?まさか戦利品とでも言うまいな?」
「ギクリ」
「ほぅ……?」
冷や汗を流すニゴラを見て、老人は席を立った。
「……どれ、見せてみろ」
「いや、それはちょっと……あっ!」
嫌がるニゴラなんてどこ吹く風。
老人はバッグを開けると、中に入っていた少女を引き出した。
「あのぅ……」
「旧人類だな?どこで見つけた、ニゴラ」
旧人類とは、現在の新人類の祖先にあたる種である。
文献には学名はホモ・サピエンスであると記されていたそれである。
ホモ・サピエンスは、既に絶滅していると聞いていた。
見つかったのも数億年も昔のミイラくらいで、文献からさまざまな生態系も確認されている。
高度な文明を持ち、しかし我らのような魔王の因子を持たなかった種族。
都市伝説においては、我々を遺伝子操作によって造り上げたとも言われている。
そんな存在が、生きたまま見つかったとしたら……果たして、どうなるか。
想像するが容易い。
話によっては、見つかった場所を調査する必要が出てくる。
……いや、どちらにしろ調査はするのだが。