愉快犯
よくわからないけど、なんか強制的に治療を受ける羽目になった。
まぁなんというか。
幸い、私の家系はガンと糖尿病には耐性があるけど、血圧と心臓には要注意と昔、母の主治医の先生によく言われていたものだ。だから自覚症状の有無にかかわらず、悪いところがあるなら治療すべきっていうメヌーサの言葉を普通に受け入れた。
でもさ。
もしこれが、たとえばウン十年前。私がリアルな中高生だった頃にアヤたちと出会ったとしたら?
その時は……たぶんメヌーサたちの言葉に耳なんか貸さないで「今問題ないんだから大丈夫だろ」と簡単に判断してたんだろうなぁ。
え?バカ?
そりゃそうさ。
だって、若さはバカさっていうだろう?
エネルギーに満ち溢れているのが当たり前。健康である事が当たり前。
どんな時でもおなかはグーと鳴って、そして、もりもり食べられる。
栄枯盛衰だの、老いへの怯えだの、そんなものは遠い年月の彼方にあって、考えもつかない。
で、時がたって、それを失くしてしまってから、ああと気づく。
それこそが若さ、つまりバカさってやつだと思うんだ。
「それで、私の体調はいいとして状況はどうなのさ?」
「開き直ったわね?」
「いいじゃん、身体のことは専門家に任せるってことで。それで状況は?」
「はいはい」
メヌーサは苦笑した。
ここはメヌーサ所有の宇宙船『レズラー』の中。当時はソゴン船とかいったらしいんだけど、要は家族レベルの小集団で使う小型船らしい。地球のクルマにたとえるなら、こじんまりとしたキャンピングカーってところっぽい。
なんでも今はなきメヌーサの故郷、トゥエルターグァってとこの船らしいんだけど、作られてから何千万年もたっているという超絶ポンコツ、というか動く遺跡状態だったらしい。それをメヌーサが拾い上げ、莫大な時間と手間を注ぎ込んで、コツコツ使いものになるまで直したんだという。
ちなみに本人いわく、技術的にみるべきものはないという。
だけど地球人である私の目には、これでも充分に魔法じみたハイテクの塊なんだけどね。
まぁ、それはそれとして。
私たちは、イダミジアを出た時と同じ部屋、すなわちテーブルのある居間に移動していた。特定のコックピットなどは存在しないタイプの船だから基本どこでもいいそうなんだけど、運行についての話をする時は、なんとなくこの部屋って雰囲気が出来上がっていた。
「別にお風呂の中からでも指示はできるけど、でも、その状態から港と映像通信やりたくないでしょう?」
「そりゃそうだ」
恥ずかしいというより、それはマヌケすぎる。
「ふふ、わたしもそう思うわ」
多くの文明圏の船にはコックピットが存在するのだけど、実はコックピット必須の船の方が珍しいらしい。大抵の船は固定の司令室なんてものはなくて、どこからでも指示して操縦できるんだと。
その理由は、実はこんなところにあったりする。
まず、操縦桿や固定の計器がないこと。
どこからでもコンピュータにアクセスできるし、仮想装置経由でマニュアル操縦すらできる。だから場所にもまったくこだわりがなくて、それこそお風呂だろうとトイレだろうと問題ないんだとか。
でも「できる」からって、そうするとは限らないのも人間。
だってそうでしょう?
いくら何でもできるっていっても、寝室じゃリラックスして眠りたいし、お風呂の中から裸でビデオ通信したくないよね?緊張を強いられるようなお仕事だって、本来くつろぎたい場所でやりたいわけがない。
つまり。
銀河文明の船に操縦室などの部屋が割り当てられているのは、実は人間側のメンタルな理由ってわけなんだよね。
「まぁ確かに、公私は分けたいしメリハリもつけたいよな……でも全種族そうだってのは意外」
「どうして?ヒトだろうとトカゲだろうとネコだろうと、知的生命なら個人・個性の概念がある種族がほとんどだし、個人があればプライベートスペースを欲しがるのもやっぱり同じだわ。例外もいるっちゃいるけどね」
「例外?」
『仲間同士、同族でゴチャッと固まっているのが安心って種族もいますよ』
へぇ……なんか見てみたいような見たくないような。
ちなみに、ミッションクリティカルな用途に使われる船の場合、例外的に手動操縦するためのサブシステムが用意されている事もあるらしい。
だけど。
『どちらにしろ完全マニュアルは無理ですね。制御コンピュータが完全に死んだら航行不能なのは同じですよ』
「え、そうなの?」
「そりゃそうよ。完全マニュアルでハイパー・ドライヴするのは無理だもの。動けたとしても遠くへはいけないわ」
「そういうもの?」
「そういうものよ」
りょうかい。
「それで話を戻すけど、嗅ぎつけられたっていうのは本当?」
「本当よ。ほら、これ」
メヌーサが空中に右手を出すと、その指先にポンと何かの映像が浮かんだ。
「これは……ミサイル?」
『連邦式の無人探査機ですね。要は追跡機なんですが、ミサイルポッドから打ち出すのでミサイルに似たカタチをしています』
ああなるほど。
メヌーサの映像に手をやり、気になったところに人差し指と親指で挟む。
そんで、ちょこっと拡大。
「うむ」
なるほど、拡大してみると確かにセンサー群が見えるなぁ。
『これ、メヌーサ様の魔術に干渉してます?』
「そうみたいね……こう、理屈も何もすっとばしておもちゃにされると、やっぱちょっとムカつくわよね。懐かしいけど」
『巫女っていうのはこういう者ばかりだったんで?』
「多少の差はあったけどね。
中でも、キマルケ最後の『星辰の巫女』には本当にイライラさせられたものよ。隠し事なんか全然できないし、金色王と話そうと思ったら彼の椅子を当たり前のように占領して爆睡してるし。
ほんっともう、超絶ムカつくほど天然入ってたわ」
『……なんで嬉しそうなんです?腹立ったのかお気に入りだったのか、どっちなんで?』
「腹立って面白かったの!もう、わかんない?」
『すみません、複雑すぎてちょっと』
ん?
納得していると、なんか横でメヌーサたちがぼそぼそ話をしているのに気付いた。
何か問題でもあったのかな?
「あの、ふたりとも何か?」
「なんでもないわ。で、メルの話はそれだけ?」
「あーいや、ごめん」
まだ全然本題に入ってないよ。
「いや、その追手だかなんだか、対策どうするのかって話なんだけど?」
「何もしないわ」
「何もしない?」
「ええ」
メヌーサは大きくうなずいた。
「あれを動かしてるのは連邦じゃないわ、たぶんホリチャドかレミエールか……武力を持たない中立勢力ね」
「なにそれ?」
いまいちよくわからないけど。
日本でいえばNPOか何かみたいなものか?
「メルにわかりやすくいえば……そうね、ネットワーク技術者や船舶整備士などの若手が作ってる、一種の愉快犯集団というべきかしら?」
「……それってまさかと思うけど」
なんかこう、地球でいうとこのハッカーグループみたいな連中じゃあるまいな?
「ハッカー?」
とりあえず簡単に、地球のネットワーク黎明期に活躍したらしい、いわゆる善性の技術系ハッカーについて話をしてみた。
そしたらメヌーサは、クスクスと笑い出した。
「どこでも似たようなのがいるものね。ええ、だいたいそんな連中よ。
わかると思うけど、彼らは敵でも味方でもないわ。現状放置でいいと思う」
「連邦に情報流されるんじゃないの?」
「流されるでしょうね」
そういうと、メヌーサは肩をすくめた。
「だけど問題ないわ。
彼らは面白がって追跡しているだけだから、どちらかに致命的に肩入れするデータは流さないか、流しても遅らせるのが基本なのよ。だから問題ないの」
「まぁ、わかるっちゃわかるけど……そもそも無政府状態の集団なんだから、信用しすぎるのも危険じゃないか?」
「そうでもないわよ?」
「その根拠は?」
「だって、本当に連邦がきちゃったらお遊びが終わっちゃうじゃないの。
かけてもいいわ。
もし連邦がこっちに迫ってきたら、今度はこっちに連邦の情報教えてくれるわよ?」
「……そういう性格なんだ?」
「ええ、伝統的にね」
そういや、大型船に勝手に住み着いてる人たちもいるんだっけ?
宇宙文明っていうとテクノロジーばかりに目がいくけどさ。
こういう、人間臭いとこやソーシャルなとこっていうのも面白いかもしれないなぁ。
 




