心身のバランス
お風呂で身体検査を受けているうちに、まさかの寝落ちをしてしまった。
眠ってしまう前、メヌーサにとんでもないところを掴まれたような記憶もあるけど……寝ぼけてたせいだよね、やっぱり。彼女は見た目通りの女の子じゃないのは知ってるけど、まさか、いきなり他人のち○ちん掴むような事をするわけがないもの。
まぁ、そんな妄想はともかくとして。
「……」
目覚めるとベッドの中。そしてどこか不思議な気分だった。
なんか、とても新鮮。
まるで全身くまなくリフレッシュされたというか、そんな感覚。
ただ、なぜか脱力感だけが強烈だった。
『おはようございます、調子はどうですか?』
「おはよう、サコンさん」
見れば、なぜかサコンさんがベッドサイドにいた。
いきなり何事かと思ったけど、次のサコンさんの言葉で理由はわかった。
『全身マッサージで悶絶したんですよ。どこか、おかしいところありますか?』
「あ、そういうこと……ううん、おかしいところはない……けど」
サコンさんを見た瞬間、全身がビクッと揺れた気がした。
えっと、なに、これ?
『どうやら身体が覚えているようですね』
「へ?身体が覚えてる?」
『意識を飛ばしていても、その身体はドロイドと同じものです。覚えてるから反応するんですよ』
「……?」
『何があったか気になるのなら、体内の予備頭脳に問い合わせてみるといいでしょう。意識がハッキリしない時の記録が残っているはずです』
「……やってみる」
言われるままに体内の予備頭脳にアクセスを試みる。
通信まわりに慣れてくるにしたがって、そういう人間にない機能も少しずつ慣れてきた。人工生体ってほんと便利だわ。
で、記録なんだけど。
「……なにこれ?」
そこには、触手まみれで全身マッサージされているらしき記録がたっぷり残っていた。
正直、一人称の記録でよかった。
目はほとんど映像を残してないし、音だけじゃ何が起きているのかよくわからない。
もしこれが第三者視点で触手プレイ状態の自分の映像とかリアルに見せられていたら……悲鳴をあげたかもしれない。
だってさ。
皮膚感覚や反応の記録は残ってるんだけど……ひ、ひぇぇぇっ!
うわぁ。
こりゃ全身脱力してるわけだわ、ていうか腰ぬけてんじゃないの、これ?
「あ、あの、サコンさん?」
『なんでしょう?』
……うぅ。
サコンさんを見た瞬間、なんかこう、おしりの……あわわ、とても言えないようなとこまで触手でまさぐられた感覚が、ぞわぞわっと背筋を登ってきた。
とりあえず、がんばって質問してみた。
「えっと、なんでまた、こんなことに?」
『メヌーサ様のことは覚えてますか?メルさんの体調について危機感を覚えていらっしゃった』
「うん、それは覚えてる」
『その対策として、全身マッサージをするのがいいだろうって事になったんですよ。
まぁ、ちょっと刺激が強すぎたみたいですが』
「マッサージ……」
ああ、確かにそんな感じではある。
とんでもない超絶技術のマッサージ師に、問答無用で全身やられて沈められたみたいな。
確かに、そういう感じはする。
でも。
「本当にマッサージだけ?何かこう、違う目的も混じってない?」
気持ちが落ち着いてくると、今度はスラスラと質問が出た。
『違う目的ですか。
そうですね……メヌーサ様のお話によれば、そもそもマッサージには女性化の促進目的もあるそうです』
「女性化の促進?」
なにそれ?
『メルさんの皮膚感覚がおかしい原因ですが、お身体の中で、女性化しようとする部分と、そうでない部分のせめぎあいになっているためなんだそうです。
つまり、本来なら巫女を目指すことで女性化が促進されるはずなんですが、そうでない力も働いていて、それが拮抗しているのでおかしな状況になっているんだそうで。
全身マッサージすることで、その体内のケンカを仲裁して、よりスムーズに移行させるんだそうですよ』
「なにそれ。なんでまた、そんなことに?」
意味がわからない。
でも、そんな質問の声に応えたのは別の声だった。
「そんなの簡単じゃないの」
「あ、おはようメヌーサ」
「ええおはよう」
ちなみになんだけど、この部屋にはドアがない。
メヌーサはちょうど部屋に入ってきたみたいで、そのままサコンさんの反対側サイドに座った。
「まだ起きなくていいわ、どうせまだ動けないでしょう?」
「あ、うん。それで?」
続きをうながすと、メヌーサはウンとうなずいた。
「メルの身体は本来、女性化に向けて進み始めているはずなのね。
もともとその身体は女性なんだけど、元のメルが男性だったわけでしょう?だから違和感が少ないようにって、男性っぽい外見と機能を一時的に残していた。それは知ってるわよね?」
「もちろん」
この身体になった時に、言葉は違うけどそういうもんだって言われたよ。
「で、メルが巫女への道を選んだ時点で、男性であり続ける理由はもうなくなったわけ。
ドロイド生態的にいえば、男でありたいというメルの意志が男性の容姿と機能を維持させていたわけなんだけど、これがなくなったわけね。
で、いよいよ身体は本来の姿、つまり女性としての成長を開始した。
つまり、男性の容姿と機能を少しずつ消していって、全身が本来あるべきもの、つまり女性へと変貌していくってわけね。
ここまでもわかるかしら?」
「まぁ概要なら」
細かいとこはさっぱりだけどね。
「ところが実際にはそうならなかったの。
それどころか身体機能は中途半端なまま進歩が止まり、さらに心身の整合までも乱れが生じた。この理由はわかる?」
わかるわけがない。もちろん首を横にふった。
「理由はひとつ……メル、他ならぬあなた自身が、まだ男の子であろうと足掻いているからよ」
「は?なにそれ?」
意味がわからない。
そもそも、男の子であろうと足掻くって具体的には何がどうなってるんだろう?
「メル、あなた、じゃじゃ馬のことが好きなんでしょう?」
「……え?」
一瞬、ドキリとした。
「やっぱりね。
まぁその反応だと、熱狂的に好きってほどじゃなくて、気になるってレベルかしら?」
「あの、メヌーサ?」
「なぁに?」
なんか勝手に暴走しそうだったので、訂正しておくことにした。
「まぁその、年甲斐もなくって言われそうだけど、確かにちょっとアヤのこと気になってたとは思うよ。
でもそれも昔の、というかこの身体になる前の話だし、それに」
アヤは日本の法律にひっかかるほど幼いわけじゃないと思う。
だけど、いい年こいたおっさんと並べたら、犯罪だろって言われかねない年代には見えると思う。
そんなことを言ってみたわけだけど。
「うんうん、そんな言い訳をしたくなる程度には気になってたわけね。わかるわかる。
そっか。だったら女性化にブレーキかかっても仕方ないかぁ」
「いやいやちょっと待って、そんなバカなことが」
「どうして?」
いやだってさ。
好きとかきらいとか。
そんな気持ち程度がどうして、こんな強力なドロイド体の機能や性能に悪影響を与えうるんだ?
「それはメルの認識不足ね」
「認識不足?」
「あのねメル、その身体ってまだ赤ちゃんと同じだってわかってる?」
「……それは」
「それに性別っていうのは、どういう生まれだろうと生命体には重要な要素でしょうに。
だからこそ、群れのボスかどうか、みたいなソーシャルな要素で性別が変わっちゃう生き物だっているわけでしょう?」
「そこ、ひとをサンゴ礁のお魚といっしょにしないように」
「なーにいってるの。
そもそも社会性なんて言葉が通用するのも怪しいような、ごく小さな生き物でさえ、群れの序列なんてソーシャルな理由で性別を変えるのよ?それはまぁ生存競争の果てに獲得したものかもしれないけど、性別っていうのはそれほどに重要な要素なのよ?
だったら。
好きな女の子がいるからって理由で女性化を拒むくらい、ありそうなことだとは思わない?」
「……そんなもの?」
「当然。
だいたいメルはその身体の能力知ってるでしょう?
生身で山も吹き飛ばす力があるっていうのに、どうして自分の身体に影響を与えられないと思うの?」
「……ふうむ」
そういうものなのか?
うーん……。
「ま、とりあえず治療方針について説明するから聞きなさい」
「ういっす」