身体検査
さて。
突然のお風呂でまったりしていたメンバーなのだけど、もちろん本題は忘れていない。
「レズラー、この中の温度をもっとあげてちょうだい。
あと周辺警戒は緩めないで。こういう時こそ何がくるかわからないからね?」
【了解】
そう言ったかと思うと、メヌーサは背中を向けて立てと私に命じてきた。
「なんで?」
「検査するのよ、言ったでしょう?ほら?」
「あ、うん」
そういえば反応がおかしいとか言ってたっけ?
言われた通りに背中を向けて立つと、ひんやりした感触が背中を這い回りはじめた。
「どう?」
「どうって……なんかメヌーサの手、ひんやりしてじんわりして」
うん、ただ冷たいわけじゃないみたいだ。
「そりゃあ魔力かけて触ってるからだけど……それだけ?くすぐったいとか痒いとか、何かないの?」
「ん、ちょっと気持ちいいかも」
「……まずいわね、これ」
背後で響くメヌーサの声に、真剣なものが混じった。
「えっと、何か問題あったの?」
「本来、敏感であるべき場所が鈍すぎるの」
「よくわからないけど……まずいのそれ?」
「まずいに決まってるでしょ!」
なんか、ぺちんと背中を叩かれた。
「わざわざ魔力で刺激強化しながら触ってるのよ?さっきのとこなんか、敏感な子なら悲鳴あげて逃げ回って、最悪、失禁しながら悶絶する子もいるのよ?
なんで、そこで涼しい顔で『気持ちいいかも』なんて言えるわけ?」
「……いきなりそんなこと言われても」
ていうか予告もなしにそんな攻撃してたのか、おい。
「これは耐性があるわけじゃない、そもそも感じてないのよ。ちょっとこれは問題ありすぎ」
「そうかな?」
「そうよ!」
うむむむむ、とメヌーサはうめいた。
「これはもう……最後の手段しかないわね」
「最後の手段って?」
「メルは気にしなくていいの。サコン、手伝ってくれるわよね?」
いや、気にしなくていいって言われたって。
「あの、気になるんだけど?」
自分のことだし。
「これでも魔術師の姉の記憶を一部引き継いでるし、キマルケじゃドロイド技師のお仕事も手伝ってたのよ?心配ないから任せときなさい」
「それって、魔術とやらは自分の経験じゃないし、ドロイド技師は二千年前に誰かの手伝いをしただけで自分が技師だったわけじゃないんだよね?」
「もう、細かいわよメル。いいから任せときなさい?」
「いやいや細かくない……」
「いーから任せなさい!」
ぐい、となぜか力強く、肩を掴まれた。
「あ、あの……メヌーサさん?」
ちらっと振り返ると、なんか怖いような顔でこっちを見ていた。
「あのねメル。
確かに正式な資格はとってないわ、それは認める。
だけど長いことドロイドに関わってきたのは本当だし、整備や修理にも長年携わってきたのも事実……だから任せときなさい?」
「……は、はい」
逆らえない。
なんか知らないけど、有無を言わさない迫力があった。
私は仕方なく、じっと背中を向けているしかなかった。
「それでサコン、いいわね?」
『もちろんかまいませんが……あれってクセになるんじゃないですか?』
「別にいいわよ。当面はメルについててくれるんでしょう?」
『それはもちろん。しかし本国から招聘があったら、いくらなんでも戻らないわけにはいかないわけで』
「その時はカムノに連れて行ってもいいわよ?
まぁ、そうね……あるいは誰か世話してもいいし、最悪それまではわたしが面倒みるのもアリかな?」
『え、メヌーサ様自らですか?』
「ええ」
『……いいんですか?だって貴女は?』
「わたしの任務の話?」
『はい。まずいのではないですか?』
任務?
ふと聞こえた言葉に、私は思わず耳を傾けた。
『あなたはメヌーサ・ロルァです』
「それがどうしたの?」
『お名前の意味を今一度、思い出してください。
あなたはこの銀河に広がっている全てのアルカイン族の始祖たる姉妹の長だ。たとえ連邦などに属するアルカイン族の者たちが忘れ果ててしまおうとも、これは事実のはずです。
そしてあなたには使命があるはずです』
「……始祖であるわたしたちは、オリジナルとしてそこに在り続けなければならない……そういいたいのね?」
『はい』
始祖?始祖だって?
「そうはいうけどねサコン、あなたこそ間違えてる……いえ、そもそも知らないのかしら?」
『え?』
「統一種族の作成も今回の件も、目指す道は共通なのよサコン。
そしてね、サコン……わたしたちの存在理由というか、目的は今回でおわりなの。
メルがふりまいた、この新しい命の光。
これによって銀河生命が新たなステージを迎える事こそ、わたしたち全てのエリダヌスの最終目的だったんだから」
『最終目的ですか……いえ、確かにそれはわかりますが、でも』
「本来の目的をようやく達成しつつあるっていうのに、今後も『サンプル』として生きろっていうの?あなたも酷なことをいうのねサコン?」
『いえ、それは』
なんだろう?
なんか、とてもメヌーサの言葉が寂しげに聞こえるんだけど?
「あの、メヌーサ?」
顔を向けようとすると、メヌーサは「あら」と私の方を見て困った顔をした。
「ああごめんね、ちょっとこっちの話」
「いや、そういわれても」
思わず振り向いて見上げた顔。
メヌーサの顔には、涙が浮かんでいた。
「ああもう、子供に心配させちゃったじゃないの。どうしてくれるのサコン?」
『あー、いやその……わかりました、お手伝いしましょう』
「ええ、よろしくね?」
「ちょ、ちょっとメヌーサ?」
思わず声をかけようとした。
でも、にっこり笑って口をふさがれた。
「へ、へふーは?」
「お子様は黙ってなさいって。今は大人の話なんだから」
いやちょっと待て。こっちだって元おじさんだっての!
「たかだか現地時間で数十年も生きてない赤ちゃんのメルが、地質年代を生きてるわたしに意見言うつもり?ん?」
「いや、だから、」
いくらなんでも子供扱いはよせ、そう言おうとした瞬間だった。
「な、あ……」
文句を言おうとした瞬間、なんか絶対握られるとまずいとこをムンズと握られた。
思わず下半身に目をやって。
「!?」
あまりにも想定外すぎる光景に、頭が真っ白になった。
え、どういうことか説明しろって?
勘弁してください。
「ちょ、やめ……」
「オリジナルに似せただけのニセモノでも、機能は違いないものね。ねえ、こんな可愛い女の子に握られた感想は?」
「は、はな、し……」
キュッと力を加えられそうになり、思わず腰がひける。
でも、逃げることは許されなくて。
弱点を握られている恐怖に、心がすくみあがって。
なのに、ありえない所にある小さな手の感触に、心臓やら何やらがドンドンと暴れだす。
「ふーん……あらら、こわいのに硬くなった?うわ、へんたーい」
「……」
確かに恐怖を感じていた。
普通、女の子に握られたら興奮しそうなものだった。少なくとも昔の私の想像の世界ではそうだった。
だけど。
こうしてメヌーサに握られていると、気持ちよさと同時に怖さも感じていた。
「そんなに怯えなくてもいいわ、なんだったら気持ちよくなれるよう手伝ってあげてもいいのよ?
ん?ん?」
それは、どういう、こと?
声にしたいのだけど、なぜかうまく声にならない。
いや、それよりもどういうわけか苦しい。空気が足りない。
「あ……かはっ、はっ!」
思わずパクパクともがいていたら、唐突にメヌーサの片手……握ってない方の手が私の顔を覆ってきた。
当然、柔らかい手に目を塞がれ、何も見えなくなる。
あ、あれ?
なんか、気持ちいい?苦しくなくなった?
意識が溺れるように、静かに遠のいていく。
そんな中、声だけが耳に聞こえている。
■ ■ ■ ■
バタン。
興奮やら恐怖やらわからない状態のメルが、やがて倒れて。
昏倒状態の全裸の娘の前で、銀髪娘と触手塊の会話は続く。
「よし、どうやら鎮静が効いたみたいね」
『見事なものですね。でも、あんな方法をとる必要あったので?』
「メルって自分が認識しているよりも精神耐性高いのよ、かなりね。
でも、あまり下半身の方は慣れてないみたいだったからね。
さすがに、いきなりち○ちんひっ掴まれたらパニック起こすと思ったわけだけど?……レズラー、洗浄」
【どうぞ】
フヨフヨと現れた水球で手を洗うと、ふたたびその水球を指ではじいて突っ返した。
水球は壁に漂っていくと、そのまま飲み込まれて消えた。
「それにしても重傷ねえ。ま、原因は判明したわけだけど」
『しかし原因はなんでしょう?機能面のバランスでしょうかね?』
「いーえ間違いない。これはメンタルが原因ね」
『メンタルですか?』
「そうよ」
メヌーサは肩をすくめた。
「この子、好きな女の子がいるんじゃないかしら?」
『好きな女の子、ですか?』
サコンは、ざわざわと揺れた。疑問を感じているようだった。
『まさかと思いますが……好きな女の子がいるから身体のバランスが狂ったと?まさかそんな?』
「普通ならありえないわ。でも今のメルは、これからじわじわと女性化していこうっていう不安定な時期にあるわけだから、その、ありえないことが起きちゃうのよね」
『……そういうものなんですか?』
「間違いないわ。過去に似た実例も知ってるしね。ところでサコン、あなた心当たりない?」
『心当たり?』
「メルのお相手よ。好きな子。そばで見ていたんでしょう?」
『好きな子ですか……』
しばらくサコンは悩んでいた。
『たぶんですが……アヤどのでしょうね、それは』
「アヤって……じゃじゃ馬のこと?」
『はい』
「うそっ!じゃあ、この子、じゃじゃ馬がお気に入りなの?」
『たぶんですが』
「そ、そう」
力なく倒れたメルを前に、メヌーサは頭を抱えた。
「それはまた……ずいぶんと難儀な話ね」
『というと?』
「わたしたちの計算だと、次にふたりが出会う時って敵同士の殺し合いなのよ?」
『まさか…それは確かなことで?』
「あくまで予測だから絶対とはいわないけど、ね」
『……なんてことだ』
触手はフルフルとふるえると、メルの身体に手をさしこみ、抱きかかえるようにした。
メルの抵抗はない。完全に眠りに落ちているようだ。
『メルさんの話によれば、故郷に連れ合いも恋人もなかったそうです。で、自分に好意を示してくれたアヤどのに心をよせてしまったようなんです。
まぁ、そのアヤどのに再生されてしまったからは、表に出さないようにしていたようですけれど』
「どんだけ不器用なのよもう……母にして父って立場があれば女の子なんてより取り見取りでしょうに」
『そりゃそうなんですがね。
でも、いきなり未開惑星から放り出されたも同然の彼女に、それを前提の行動をしろったってそれは無理というものですよ』
「そりゃそうでしょうけど……うーん」
頭をかいているメヌーサに、ざわざわとサコンは動いた。
『そんなにひどいのですか?』
「つまりね。
巫女の道を選んだ時点で、この子が自覚しようがすまいが、この身体は本格的に女性化を始めるはずなのよ。
でも実際には、身体は男の子の機能を失うまいと足掻いてる。
まぁ、そうよね。
気になる女の子がいるんだったら、男としての属性を失いたくないって意識が働くのはむしろ当然でしょう。あたりまえのことよね?でも」
『でも?』
「うまく使えば、山をも吹っ飛ばすほどのエネルギーが内部で拮抗しているのよ?悪影響が出ないわけがないっていうのは想像つくわよね?
実際、見た目はこうも女の子寄りなのに、女の子としての感覚が鈍いっていうのは氷山の一角みたいなものよ」
そこまでいうと、メヌーサは再びウーンとうなった。
『治療法はありますか?』
「無理やり女の子にしちゃうのが一番簡単なんだけどね」
『そうなんですか?』
「ええ、簡単よ。後先考えなきゃだけどね?」
『……』
「要はバランスを崩せばいいんだもの、そう難しくはないわ。
だけど、好きな女の子がいるのに無理やり機能を奪うっていうのは……どうかしら?あまりいい方法とは思えないのよね」
『恨まれるでしょうね』
「そうよねえ……ウーン」
しばらくメヌーサは悩んでいた。
そんな時だった。
『あの、よろしいですかメヌーサ様?』
「なあに?」
『アヤどのの代わりになるかどうかはわかりませんが、代役のできそうな存在に心当たりがあるのですが?』
「え、そうなの?」
目をぱちくりとさせるメヌーサに、サコンは、ざわざわと大きく動いた。
『はい、ちょっと連絡をとらなくてはなりませんが』
「へぇ……その存在なら、メルを健全に女の子化させられる?」
『具体的な方法はわかりませんが、配役としては可能だと思います。
おそらく当人も、少なくとも喜んで協力はしてくれると思います』
「なるほど、じゃあその話をあとで教えてもらうわね」
そこまで言うとメヌーサは、倒れているメルにかがみこんだ。
「なんか悪夢でも見ていそうな顔ね……サコン、慰めてやってくれる?」
『えっと、それはもしかして』
「そうよ。全身くまなくやってあげて。できるわね?」
『それはできますが……わかりました』