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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第二夜『母にして父なる者と銀の少女』
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風呂と文化

 宇宙でお風呂。

 最初それを聞いた時、なんとなく不思議な気持ちがしたもんだ。

 だってそうでしょう?

 子供の頃に読んだ宇宙ものの話では、宇宙ではお湯でなく空気に浸かるといっていた。地球のお風呂をはじめてみた異星の女の子は、はじめて見るお湯に浸かるお風呂に驚き、さらに着替えに渡された服の電池が全部切れてると首をかしげた。

 え、意味がわからない?

 つまりお風呂ネタというのは元来、地球にやってきた宇宙人ネタの定番であって、はるばる宇宙に出向いた地球人の主人公は、あんまりそういう下世話なネタを扱わないんだよね。

 でもねえ。

 頭の中身がおっさんのせいなのか、私はそっちが興味あったんだけどね。

 

 宇宙人は、どんな食事をしているのか?

 宇宙人は、どんなお風呂に入っているのか?

 そして。

 宇宙人は、どんな風に愛を語らうのか?

 

 まぁ、ぼっちの私は地球の愛を知らないから、比較できないけどね!

 ハハハハハ……。

 

 

 地球でもお湯のお風呂といえば色々あるわけで。

 いったいどんなお風呂が現れてくれるのかと思ったら、思ったよりもはるかに地球的だった。

 石ともなんともつかない、不思議な感触の壁。天井も似たものか。

 そして、室内の半分を占めている湯船スペース。

 そこまでは地球とよく似ているんだけど、想定外は別にあった。

「……なにこれ?」

「なにこれって、洗浄装置じゃないの。地球じゃ洗わないの?」

「専用の石鹸とかケア製品使って手洗いだけど?」

「てあらい……手洗い!?」

「え、驚くのそこ?」

 なんと、身体を手洗いしないらしい。

「手作業だと慣れ次第で色々だし、失敗もするでしょう?皮膚の状態とか体調が悪い時どうするの?危険よそれ!」

「どんだけ過保護なんだよ……」

 どうやら、身体の状況などをリアルタイムに把握しながら完全に人工知能制御で全身洗うのが基本らしい。

 うそだろ。

 イダミジアのお風呂もいくつか入ったけど、そんなハイテクじゃなかったぞ。

「イダミジアはそういうとこ古風なの。伝統みたいなものよ?」

「伝統って……」

 機械任せが銀河の標準ってことなのか?

「はじめて身体洗うとか……ま、楽しめばいいわ」

「いやそこ、生まれてはじめて風呂入るみたいに言うなって……で、どうやればいいの?」

 手洗い用の装備はないらしいので、逃げ場はないらしい。

「これは古い型だから、ターゲットを指定するの。ハイこれ」

「?」

 なんか知らないけど、腕輪みたいなのを渡された。

「なにこれ?」

「それを手にもって、リフレッシュしてって念じるの。ほらやってみて」

「よくわからないけど、わかった」

 言われた通りにしてみる。

「……リフレッシュ……っ!?」

 

 その瞬間、全身がお湯の中に飲み込まれたような気がした。

 

「あ、あばばばばばばばばっ!!」

「メル、目と口は閉じなさい……ってもう遅いか」

 

 な、なんだ、なんなんだ?

 しばらく全身をもみくちゃにされる感じがして……でもそれは唐突に止まった。

 

「な……な……」

 気が付いたら、元のまま普通に立っていた。

 ただし全身妙にスッキリしている。そしてポカポカと暖かい。

「えっと、え?」

「どう?別に怖くなかったでしょ?」

「え……もう終わったの?」

「当然。はい、腕輪返してね」

 わけもわからず、言われるままにメヌーサに腕輪を渡す。

 メヌーサは当然のように腕輪を奪い取ると、今度は自分が手に持った。

「リフレッシュ」

「お」

 

 その瞬間、メヌーサが流れるお湯の膜のようなものに飲み込まれた。

 な、なんだこれ?

 

 あ、つまりさっきの状態がコレなのか。

 うーむ、すごいぞコレ。

 うまくいえないけど、空中にお湯で楕円の球体を作って、その中に人をいれてシェイクするに近いものがある。

 すごいな……ていうかこれ、鼻とか耳とか大丈夫なのか?

 そんなことを考えていたら、

『重力洗浄は初めてでしたか?』

 サコンがそんなことを言ってきた。

「重力洗浄?」

『力場で包んで洗っているんですよ。とてもきれいになるし短時間ですむんですけどね』

「最初に言ってほしかった……」

『まさか未体験だなんてメヌーサ様も想像しなかったんでしょう……ホラ』

「お」

 見ればメヌーサも解放されたみたいで、ふうっとためいきをついていた。

 たった今あった水はもう、どこにもない。髪も乾いてる。

 一秒前までお湯の柱の中にいたとは思えない。

 ……どんな超ハイテクだよこれ。

「ほら終わった。簡単でしょう?

 だけど、ちゃんと耳の後ろみたいな忘れがちなところも洗えるし、血行もよくなるのよ?」

「さいですか」

「さ、それより湯船湯船。つかりましょ?」

 あ、うん。

 言われるままに湯船に移動しつつ、ふと思ったことをメヌーサに尋ねてみた。

「ねえメヌーサ」

「なあに?」

「一瞬で洗えるし暖かくもなるんだったら、湯船いらないんじゃないの?」

「ええそうよ、合理性を問うならいらないわよ?」

 あ、やっぱりそうなんだ。

「えっと、じゃあどうして湯船があるの?」

「……はぁ?」

 メヌーサは不思議そうな顔をして私を見た。

「地球では湯船に入らないの?」

「地域によるかもね。ちなみに日本は基本的に入るかな?

 ただ私が気になったのは、こんな優秀な洗浄システムもある銀河文明で、どうして湯船があるのかってことだけど」

「ふーん……」

 なんか、にこにこと楽しげにメヌーサが笑った。

「じゃあ逆にきくけどね。

 たとえばメルの故郷……ニホンの人たちが宇宙に進出したとしましょうか。

 見知らぬ異星で生活するとして、故郷のものが恋しかったりしないかしら?食べ物とか習慣とか」

「そりゃ恋しくもなるでしょ……って、ああ、そういうこと」

「ええ、そういうことよ」

 ウンウンとメヌーサはうなずいた。

「たとえば、大型船には緑地の設定があって、季節も廻れば雨さえ降らせる事もあるものよ。

 それは合理性を考えると無用のことよね?

 だけど、多くの知的生命は地上で生まれたもの。だからこそ、そうした演出や環境整備は決して無駄じゃないの」

「……なるほど」

 

 そうか。

 湯船は確かに「身体をきれいにする」という観点に立ってみると、確かに不合理だ。もっと効率のいい方法があるはず。

 だけど。

 人間の心ってやつは、効率効率ではできてないってことか。

 むう……勉強になるなぁ。

 

 ウンウンとうなっていたら、メヌーサに変な顔をされた。

「なにを納得してるの?」

「いや、お風呂の重要性について考えてたんだけどね」

「……そこまで大げさなものじゃないんだけど。まぁ嗜好品だしね」

「私もそう思う。でも大切だよね、お風呂」

「あー……メルの故郷もお風呂が好きなのね?」

「うん」 

 そりゃもう。日本人は世界最強のお風呂好きだものね。

 

 確か、あれは311……あの東北の地震の日から一週間後のこと。

 海外から現地に入っていた記者たちは、がれきの中から廃物を組み合わせ、楽しそうにお風呂作って入浴している現地の避難民のひとたちをみて驚愕して、その模様を全世界に流したんだよね。

『なんで、そこまでして風呂に入りたがる?』

『日本人、そこまで風呂が好きなのか?』

『クレイジー、なに考えてんだ』

 エトセトラ、エトセトラ。


 でも、その話をしたらメヌーサは苦笑いしながら首をふった。

「あー、トゥエルターグァ人もお風呂好き多かったけど、そこまでじゃないと思うよ?」

「えー」

「そもそも、がれきの中で避難生活しててもお風呂に入りたがるって……どんだけお風呂好きなのよそれ?」

「あー、少なくとも私の時代には地球一と言われるくらいには」

 歴史に詳しい人によると、毎日のように風呂に入るようになったのはわりと近年で、日本人の風呂好きはそう古いものではないらしい。

 だけどそれはどちらかというと、物理的にお湯が用意できなかったためって方が大きいっぽい。

 燃料や水の確保が大変だったにも関わらず、江戸時代に湯屋、つまり風呂屋は繁盛した。そして燃料の確保や火災対策が次第に確立してきた後世になればなるほど風呂屋は増え、ついには人口百万の江戸に六百軒を超える風呂屋があったという。

 やがて、大名屋敷や大店でなくとも風呂が設置できるようになってくると、銭湯は当然減りだしたが……それはつまり、家庭ごとにお風呂が広まったということに他ならない。

 そして地方でも、町などでお湯や燃料が何とかなる地域、あるいは温泉のある地域から順番ではあるけれど、やはりお風呂の習慣が広まっていった。

 で、そんな話をメヌーサにしたのだけど。

「……とんでもない風呂好きじゃないの」

「そう?」

「ほかに皆無とはいわないわ。でも、そのクラスの風呂好き民族は結構珍しいと思う。自慢していいわよ?」

「そ、そう」

 

 いや。

 日本人は銀河有数の風呂好きって太鼓判おされても……それって自慢することなのか?

 

 ちょっと複雑な気分だった。


※「ボタンの電池が全部切れてる」


読んだ方はきっとご存じでしょう……。

そう、あの作品です。

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