風呂[2]
注意、視点が主人公ではない場面があります。
昔読んだ宇宙冒険活劇では、銀河レベルでも古代の遺物といえる有機宇宙船に乗って主人公が大活躍していた。
また別の物語では、突然にやってきた宇宙海賊を名乗る女性に拉致されて、果てしない冒険の旅にいざなわれていた。
だけど、そんなヒーローでもない私はというと、なぜか古代の家族向け小型宇宙船でお風呂に入るのだった。
……うん。
宇宙のオートバイですごいカーチェイスしたり、ばりばり活躍したはずなのにね。
なんていうか……かけらもカッコよさがない。
まぁ、そこが実に私っぽいかもだけど。
無事にハイパードライヴに入り、安全確認もとれた。
行き先はザイードという星系に設定されているけどこれは偽装で、二回目のハイパードライヴが終わったところで別の方向に変更するらしい。
でも、どうしてそんな手段をとるんだろう?
「偽装のためよ」
「偽装?」
「ハイパードライヴって空間を歪めた痕跡が残るのよね、時間がたてば消えちゃうけど。つまり」
「あー……あからさまに別の方向にいくとバレバレだってこと?」
「そういうこと」
詳しいことは別として、わかりやすい理由ではあるんだな。
ザイードという星系は連邦中枢のあるマドゥル星系というところに近くて、ドライヴの痕跡レベルでは見分けがつきにくいんだって。
「なるほどねえ……ところで質問なんだけど」
「ん、なに?」
となりでにこにこ笑ってるメヌーサに問う。
「なんで私、ハダカなんだろ?」
「そりゃあこれからお風呂に入るからでしょう?」
まぁ、たしかに。
今いるところは、おそらく脱衣場にあたるところなんだと思う……なんていうか、部屋の中が全体的に、濡れて当然みたいな装備で固められているあたりがね。
「でもさ」
「なあに?」
「脱衣場との間に扉がないのはなぜ?」
そう。
ここまで地球の、というか日本のお風呂に似ているのに、強烈な違和感を放っている理由。
それがここ。
脱衣場と思われるところと風呂場の間に、扉がないんだよね。
こんなんでいいの?
「湿気はシールドされているし、脱いだ衣服はレズラーが入浴中に洗濯してくれるからいいのよ?」
「そういうもの?」
「そういうものよ」
うーむ……。
「そんなことよりメル、コメントはないの?男の子?」
「え?……あー」
それはまあ、その。
お風呂なわけですから。
で、メヌーサもいるわけですから。
そこには当然、銀髪ようじ……。
「メル?」
おっと失礼、銀髪少女のすっぽんぽんな姿もあるわけで。
あーうん、まぁ当然か。
「うん、かわいいんじゃないか?」
「……なに?そのとってつけたようなお世辞」
「いや、ここでベタホメしても何か怪しい人みたいじゃないか?」
「そりゃもちろんヘンタイって叫ぶけど?」
どうしろってんだよそれ。
まぁ一応言っておくと、白くてお人形みたいで確かに可愛かった。
脱いでも見栄えするとか、やっぱり可愛いってお得だよなぁ。
え?私?
そりゃーコメント以前の問題だと思う。
私のこの身体は、生み出したアヤのそれが元になっている。
でもそれは構造的な部分の話で、見た目に関しては全然違うんだよね。アヤと私の似ているところなんて、ふたりとも黒髪黒目ってことくらいかもしれない。
つまり。
私の見た目っていうのは、元の私……野沢誠一が女の子に生まれていたらどうなっていたかって「もしも」でできているわけ。
そりゃまぁ多少は美化されていると思う。
だけどやはり、外見的には普通に日本人のおじさんだった元の私同様、普通に日本の……っていうかこれ、子供の頃の姉貴の隣に並んでも、普通に姉妹で通るだろって程度には日本人の女の子の姿なんだよね。
やっぱりそれってさ。
どちらかというと地球でいう白人系に近い容姿のメヌーサやソフィアのそれとは……うん、根本的に違うんだよね。
「はぁ」
思わず、ためいきが出た。
「ためいきなんかついてないで、さぁ入るわよ?」
「ういっす」
■ ■ ■ ■
メルたちが小型宇宙船でお風呂に移動していたのと、だいたい同時刻。
チリットバークの真上に近い衛星軌道上に、一隻の小型船がいた。
小型船は、塗装すらされていない無垢の金属の塊だった。持ち主が飾るということを全く知らないのか装甲も何もかもむき出しであり、いかにも作業船といった雰囲気だった。
その小さな船の、さらに狭いコックピットの中。
「ほっほぅ、痕跡みつけたぜ相棒」
「本当か!?どうやって!?」
「あー無理だ無理だ、おめーのセンサーじゃ見つからねえよこんなの。微量のデグロ粒子なんて検出できんだろ?」
「で、デグロ?なんだそりゃ?」
会話をしているのは、よれよれの作業服をまとった貧乏そうな男ふたりだった。どう見ても、まっとうな仕事をしている者たちではない。
「知らねえのか……あー、簡単にいえば、大昔の小型船がハイパードライヴ時に使ってた特殊粒子サ。たぶん例のお姫様とやらの時代のな」
「そうなのか?じ、じゃあもしかして」
「そういうこったな、たぶん」
男のひとりが肩をすくめた。
「じゃあ、どうすんだ?通報すんのか?」
「ばかいえ。こんなん通報しても一銭にもならねえよ。それどころか、どうやってコレ突き止めたって尋問でもされちゃかなわねえし」
「ふうん……じゃあ、どうすんだ?」
「そうだな」
男は少し考え込んだ。
「ゼタ」
「なんだ?」
「ちょっと待機しててくれ」
「またアレやんのか。好きだなおめー」
「褒めんなよ、照れるじゃねーか」
「褒めてねえよ」
男は何かを操作しはじめた。
「あっちの船のヤツを借りるかね……ほいほい、ほいっと!」
■ ■ ■ ■
また同じころ。
男たちとはまた別の場所に、20km四方ほどある艦船が停泊していた。
銀河連邦所属『タイコン・マドゥル・アルカイン』号。
その船体は、もしメルが見たら大型ステーションと勘違いしただろう。実のところはいわゆる小型船のドック艦に近い性格のもので、そういう意味では20kmというサイズは別に大きくともなんともない、いやむしろ小型艦に属するのだが。
銀河におけるドック鑑の基本サイズというと、だいたい100kmほどに達するものが多い。
そもそもドックという性格上、収容する船よりも大きくなるのは仕方のないところ。そして銀河の艦船の主力サイズというのが、小型船でも地球の単位でいえばキロメートル級なわけで、当然ドック側も大きくなってしまう。
さすがに100kmを超えると少なくなるが、今度は惑星規模の港湾艦というカテゴリになるわけで、実に天体サイズに達する。すなわちスケールがそもそも異なる船舶ジャンルの典型例ともいえる。
そんなタイコン号なのであるが。
唐突になんの前兆もなく、それは動き出した。
「艦長、大変です!」
「なんだ、例のやつが見つかったか!?」
部下の言葉に反応したのは、いかにも艦長という服装をした蜥蜴族の男。
「違います、突然にミサイルシステムが動き出しまして……ああっ!」
ブリッジクルーなどの見ている前で、何かが船のどこかから発射されたのが見えた。
「む、今のミサイルは何だ?」
「わかりません、システムが突然動き出しまして……」
『原因判明しました、外部からのハッキングによるものと思われます』
「なに?」
艦長は少し悩むと、よしと手を叩いた。
そして手元の端末を操作すると、空中にポンッとビデオ通信らしきウインドウが開いた。
ウインドウの向こうは、何やら町の隅っこにお住まいの住所不定の方々のようなすごい景色なのだが、艦長は気にしない。
「おいじいさん、じいさんはいるか?」
『む、なんじゃ?』
その風景にまじりこむように、ひとりの老人が端末に向かい座っていた。
老人も端末も古ぼけている。どう見ても、お金のない年寄りがゴミや資材をかき集め、ないならないなりに余生を過ごしている姿にしか見えない。
「じいさん、今のミサイルそっちで何か掴んだか?」
『おい……老い先短い船虫を業務に組み込むなと何度いったらわかるんじゃ?』
ちなみに船虫というのは、船に住み着いている居候を意味する言葉ではある。
「元機関室の古狸が何いってんだ、それより知恵を貸してくれよ。このデータなんだが」
『ん?』
転送されてきたデータをじろりと睨みつけた老人だったが、しばし見て「ああ」とうなずいた。
『こりゃ好き者の仕業じゃろ。例の船を追いかけとるんじゃないか?』
「好き者?」
『その質問の前にすることがあるんじゃないか?』
「わかってますよ。オイ、ミサイルの航跡を追跡班に回せ、追わせるんだ!」
「了解っ!」
部下に指示した男は、ふたたび画面の向こうの老人に向き直った。
「じいさん、後学のために教えてくれないか。好き者とは何者だい?」
『おまえさんにわかりやすく言えば、侵入者の一種じゃよ。
もちろん犯罪者ではあるんじゃが、基本的に悪さはせんでな。ま、わしら船虫と似たようなもんじゃよ』
コポコポと何か飲み物を入れつつ、老人は楽しげに笑った。
『今回の件でいえば、連中は中立じゃろ。ドロイド側にも連邦側にも加担するつもりはないんじゃ。
しかし、彼らは基本的に技術屋でな。しかも、弱い側の味方をしたがる傾向もある。
まぁ、なんだ。連邦側の艦船があっさりと出し抜かれた、そのあたりが気に入らんのじゃろう』
「なるほど、つまりその者たちは、連邦の方が負けていると言いたいのですか?」
『あくまで推測じゃがな……こんなもんでよいかの?』
「ええ、ありがとうじいさん、助かった。ところでじいさん」
『なんじゃ?』
「そのポエト茶は備品だろう。けちくさいことを言うつもりはないけど、あまり備品担当を困らせないでくれよ?」
『わかっとるわかっとる、わっはっはっ!』
老人の映像が消えた。
「……追跡指示は出したか?」
「はい、出しました」
「よしわかった。
あと、独自にこちらでも調査してみるんだ。ミサイルの航路を分析して、ミサイルの追いかけた船がどこにいたか追跡してみようじゃないか?」
「こちらで、ですか?しかし我々は担当が違いますが?」
「なに、後学のためさ」
「しかし艦長、追跡班だって掴み損ねてたものが見つかるかどうか」
「わかってる。だから軍とは違う方法で調べてみるのさ」
「違う方法、ですか?」
「うむ」
そういうと男は腕組みをした。
「通信班、この近郊にある天文台や観測所にかたっぱしからコンタクトをとれ。自然電波や波動、小惑星の軌道、なんでもいい。不自然なものがなかったかどうか、些細なものでもデータの閲覧を求めてみろ。理由は逃亡者の捜索、異常天候の検出、なんでもいい」
「了解です!」
「よし」
そういうと、男は映像パネルに目を戻したのだが。
「艦長、あの?」
「ん?」
みれば、最初にシステムの異常を知らせてきた若い部下が、不思議そうな顔をしている。
「どうした、何かあったのか?ないなら戻れ?」
「はい、ですがすみませんひとつだけ。どうして天文台や観測所なのですか?」
「ん?ああそのことか?最近の世代は知らんのか?」
苦笑すると、男は簡潔に説明した。
「軍のセンサーは、誤検出などで混乱させられないよう、ある程度のフィルターがかかっている。こればっかりはどうしようもないのさ」
「誤検出ですか?」
「自然電波はもちろん、通信に使っているエネルギー波なんかにも自然界由来のものは結構ある。
あと、遺跡になるようなどこかの星の大昔のシステムが発しているものとかな」
「……」
「こういうのまでいちいち検出してスクランブルがかかっていては、とてもやってられないだろう?だから軍のセンサーにはある程度の制限がかかっているんだ」
「なるほど、だからそういう制限のない民間データということですか」
「そういうことだ。さ、理解したら戻れ?」
「はい、ありがとうございました!」
「うむ」
持ち場に戻っていく部下をみつつ、男はためいきをついた。
「俺だってリアルタイム世代じゃないんだが……やれやれ、じいさんの世代も俺らを見てこんなこと考えてたのかね?」