別働隊
メルが地上でカーチェイスよろしくオートバイで走り回っていた、ちょうどその頃。
はるかな虚空では。
「ただいまサコン、待たせたわね」
『おかえりなさいメヌーサ様。状況は把握しております』
「助かるわ。レズラー、ただちにエンジン始動なさい」
【了解しました】
メヌーサ・ロルァが船に帰還していた。
帰還といっても乗り物を使ったわけではない。いや、そもそも船は港に停泊すらしていない。
つまり。
『自力で転移できるとは。しかも、ステルスかけてあったんですが』
「えへへ、すごいでしょう?」
「しかし、どうしてメルと一緒の時は使わなかったのですか?』
「わたしだけしか飛べないから。あと、遠方とか知らない場所にもいけないのよね」
『なるほど』
ひとりで、なおかつ知っている近距離でないと使えないスキルという事らしい。
ふたりはテーブルのあるメインルームに移動すると、それぞれに着席した。
「レズラー、メルの状態を映せる?」
【こちらをどうぞ】
たちまち空間に、ハイウェイをぶっ飛ばすメルの姿が映し出された。
『ほう、このデバイスは』
「わたしはよく知らないんだけど、メルが地球で運転していたオートバイというものに近いらしいわ」
『ああ、例のものですか。
こうして見ますと、ラトゥ星系のペッパーにも少し似てますね。機動性は高いでしょうけど、ちゃんと慣性や重力を制御してないと危険なタイプのデバイスと解釈します』
「そうなのよねー……この手の乗り物って」
ちょっぴり困ったようにメヌーサは笑った。
「この手のオープン型の乗り物は、むしろ慣性制御などが発達した銀河文明で使われるべきものよね。だって、車輪がたくさんなくても、頑丈な箱で守られてなくても乗員を保護できるんだから。
なのに、なまじ構造が単純だったりするものだから、むしろ未熟な黎明期に使われて、そして簡便だけど危険な乗り物とされて嫌われて見捨てられて、そして技術まで失われちゃって」
『そしてなぜか、高度文明になってから唐突に復活したりもする不思議なデバイス……ですよね?』
「そうなのよねー」
クスクスと笑いがこぼれた。
「男のロマンだか、不便を楽しむだか知らないけど、こればっかりは永遠の謎よねえ」
『そういいつつ、止めるつもりはないのでしょう?』
「それはそうでしょ。
おもちゃを前にした男の子の、キラキラおめめに水をさすのは野暮ってもんじゃない?」
『達観しすぎですよメヌーサ様』
「いいのよ……でも問題はそれよりも」
『苦戦しているようですね』
画面にはメルの推定速度まで計算されている。それはトゥエルターグァの単位で、320トーラという値を示している。
このトーラという単位についてはサコンもよく知らないのだが、他ならぬメヌーサが気にしていないし、さほど重要な情報でもないのでサコンも気にしていなかった。
それはそれとして。
『これは、まずくないですか?追い詰められているのでは?』
画面に映っているメルは、かなりギリギリの爆走を強いられているようだった。
「ちょっとまずいわね……レズラー、ハイパードライヴ計算を開始なさい」
【行き先はどちらに?】
「とりあえずザイードにしときなさい。二回目のドライヴで進路変更と再計算をするけどね」
【了解、しばしお待ちを】
そういうと、船舶頭脳は沈黙した。
『ハイパードライヴ計算ですか?』
「ええ。サコンは自力で計算できる船に乗るのはじめてかしら?」
『はじめてではないですが、久しぶりですね』
普通に会話しているが、サコンは見た目だけいえば触手の塊みたいな容姿だ。おそらく、もし地球にいたら空飛ぶスパゲッティ・モンスターの親戚か何かと思われるだろう。
しかし、その化け物然とした容姿と裏腹に、彼は優れた学者でもある。
『メヌーサ様、彼女を引き上げるので?』
「もちろん」
サコンの言葉にメヌーサは大きくうなずいた。
「あの子の立場の貴重さもそうだけど……ああいう子は是非とも助けなくちゃね」
……メヌーサが囮なんてダメだ。私がやる。
迷わずそう言って、自ら囮になったメル。
確かに囮をさせるつもりだった。でもそれは市街地での話であって、ハイウェイで危険なカーチェイスまでさせるつもりはなかった。
乗り物を使うことを提案し、ここまで話を大きくしたのは、むしろメルの意志によるものだった。
そしてその理由は。
──ひとであるメヌーサを、少しでも安全に移動させるため。
その強い意志に、メヌーサはうなずく事しかできなかった。
メヌーサにとり、メルは庇護対象というイメージであった。圧倒的に年下というのもそうなのだけど、何より子供っぽい性格だったからだ。
元の男性だった人格はたぶん、良くも悪くも子供っぽい人物だったのだろう。
ただ根本的に浮世離れしているというか……未開文明の出身であることを差し置いても、とても放置できるタイプの存在ではなかった。
そんな自分が。
しかも「非戦闘員を守る」なんて、当たり前すぎる理由で守られるなんて。
「……」
基本、メヌーサは他者をあまり気にしない人物だ。それは長大な年月を生きるために体得したものであり、ひとの世の中で心が疲れ切ってしまわないように、そうなっているのだけど。
だけど。
「……利害でもなんでもなく、純粋にわたしを庇おうなんて……失うには惜しいわよね」
『そうですね』
「!」
口の中でつぶやいた言葉に、サコンが反応した。
『メヌーサ様。好意に好意で返すのは自然なことでしょう?』
「そうね、でも」
『ええ、わかってます。確かにメル嬢ではメヌーサ様の対等のパートナーにはなりえないでしょう。
しかし、対等なパートナーばかりが交友関係ではないんじゃないですか?
利害と関係なく親しい者、または単なるお気に入り、友達。それでいいんじゃないですか?』
「……そうね、確かにそうだわ」
フフッとメヌーサは笑った。
「わたしは、遠隔転送の準備にかかるわ。サコンはレズラーとやりとりして出航準備を急いで」
『了解です。……ちなみに質問ですが、転送ってそこまで手間なのですか?』
「いえ、遠隔転送が苦手なだけよ。さすがに姉さんのようなわけにはいかないわ」
『初代オルド・マウの奥方になったという先代様ですか。そんなに凄いのですか?』
「そりゃそうよ。あっちは伝説級魔道士の一番弟子にして妻なのよ?」
『基本、同一人物ですから元々の才覚は同じはずですが……興味深いですね』
「はいはい」
そういうと、ちょっと苦々しげにメヌーサは舌を出した。
遠隔操作のための魔力を練り上げる。
転送というのは人の意志の影響を受けやすいもの。自分自身ですらそうだというのに、ましてや任意の第三者を飛ばすとなると、それはもう、使い手でない者には想像もつかないほどの技術が求められてしまう。
(ほんと、魔法じゃ姉さんには勝てないわ……)
メヌーサたち姉妹は遺伝上でこそ同一存在だが、六人それぞれに全く別の個性を持っている。とびっきりの人情派、歩く計算機のような者、果てはゲーム好きにサボり魔まで。既婚者となった元長女を例外とする他は、いろいろな個性をもつ、しかし外見と形質だけは同じ存在がいるわけだ。
その中でも、異様に『魔』に秀でているのが、その元長女である。
何しろ彼女は、メヌーサ・ロルァの名をもつ者しか使えないはずの究極の『銀の盾』すらも、不完全ながらエミュレートとして使ってしまうほどの存在なのだから。
とはいえ、そのメヌーサにもアドバンテージが皆無なわけではない。
まず、メヌーサの名を継ぐまでに姉が学んだことについては、知識としてだけなら彼女も持っていること。
次に、名を継ぐ者だけが使える各種の能力で、不足分の穴埋めができること。
そして最後は。
先代たる姉に彼女は最もかわいがられていて、いくつかの魔法については直接レクチャーも受けていたこと。
「見てなさい……よし」
空中に複雑な魔法陣を次々と展開し、特別な空間を構築していく。
そして次に、呼び込むべきメルのイメージをその中心に投影し、呼び込みのための準備を整えて行く。
「『はじめは小さく、そして高らかに……さらには雄々しく。
金色の叫びが天地を貫き、その向こうにありし乙女を安息へと引き込む力……』」
詠唱と共に盛り上がっていくエネルギー。
その向こうでは、だんだんと追い詰められていくメルの映像が、危険を訴え続けている。
「準備完了。
魔力……充填完了。
術式、問題なし。
最終術式……おっけー」
慎重に光を編み上げて。
そして大きく息を吸い込んで。
『……強制転送門解放!!!』
次の瞬間、光が溢れた。