閑話『決着』
彼らが踏み込んだのは二分後でなく、応援を呼んでからだった。現場にいた者たちは全員が反射された弾丸を食らってしまっていたが、どういう技術なのか元の自動拳銃によるものより大きなダメージを負っていた。
ゆえに最低限の情報交換のあと、彼らはすぐに搬送された。
どんな経緯があろうと、明らかに地球人のそれでない技術で反撃されたのだ。情報を録る意味でも、すぐにも治療の必要があった。
さて、代役の男たちが踏み込んだ時……当然だが、そこにはもうアヤはいなかった。
野沢誠一の遺体はきちんとベッドに移動され、静かに寝かされていた。ただし血を止めるような措置はしなかったようで、既にベッドには大量の血が染み込みつつあった。
部屋を荒らされた後も特になかったが、荷物の多い部屋の中、何かを置いていたかのように綺麗になっているテーブルの上だけは、何も置かれていなかった。
そして部屋に設置されていたデスクトップパソコンはそのままだった。
遺体の存在を彼らは聞いていたので、そちらの担当と分かれつつ現状の記録と確保を開始した。
「えらいごちゃごちゃしてますね。掃除は得意じゃなかったみたいだ」
「それもそうだけど機械類が多いな。ほとんどジャンクパソコンみたいだけど」
「職業ってPGでしたっけ。紙のオライリー本なんて久しぶりに見たなぁ」
「スマホがないですね」
「宇宙人とやらの娘が回収したのかもしれないな」
男たちはそんな話をしつつも、情報確保に急いだ。
搬送された負傷組は、通常の病院でなく国家関係のところに運び込まれた。
彼らはさすがにプロであり、治療をうけつつも、並行して状況について細かく報告していった。
アヤの残した警告。
野沢誠一なる人物は外患や利敵行為を行っていたのではなく、単に道に迷っていた外国人を案内してあげたにすぎない事。
そして、本件を不幸な事件と考え、野沢誠一を捕縛しようとした行為に対して不快感を表明した事。
被害者である彼や、彼の身内を無意味に疑うような行為は未来において、銀河文明と自分たちが接触する時代になって、大変不幸な結末を呼び寄せる可能性がある事など。
その話は賛否両論にもなったが、しかし、確かに上層部に伝えられた。
そして調査の結果、四国の田舎に残っている野沢誠一の姉は善良な初老の女性であり、なんの社会的影響力ももてるような存在ではない事。
友人はほとんどいないが、かろうじて存在する者たちも、おかしなつながりなど何もない、ごく普通の人々である事が判明した。
後に彼らは知る事になる。
彼らが追い回した女……ソフィア・マドゥル・アルカイン・レスタが、銀河系とアンドロメダの和平の橋渡しとして、アンドロメダ・イーガ帝国の皇帝と婚約している女性であったという事を。
そして、男たちの弾丸を跳ね返した異星の娘、アヤが単体では銀河指折りの戦闘力をもつ合成人間で、かつて故郷の星が滅ぼされた戦役の際、単体で数十億という住民を皆殺しにしている、宇宙レベルでも正真正銘の怪物であった事を。
そんな存在がただ、心優しい男の気持ちを汲みとり、いたずらに日本の、地球の人々に危害を加える事なく去ったのだという事を。
彼らは、あやうく銀河系とアンドロメダの和平の象徴を壊した未開文明として、太陽系ごと抹消される可能性すらあったという事を。
ともあれ、それはまだ未来の話。
二十一世紀に起きたこの事件、のちの『ソフィア姫来日事件』は、関係者以外にほとんど知られる事のないまま静かに終わったのだった。
ソクラスに戻ったアヤは、誠一のデータを取得したので再生する旨を告げた。
「彼を再生する?再生機構を使ってわざわざ?どうして?」
「皆様に負担はかけません。わたしの体内を使いますから」
「返答になってないわ、答えなさい」
「……答える必要性を感じません」
「何を言っているの?主人の命令を聞けないの?」
「あなたは仮の主人ですソフィア様。本来の主人ではありません」
「あっそう、おじいさまに派遣されてきたわけだから、グランド・マスターはおじいさまというわけなのね。
でも私はおじいさまに命令権の移譲を受けている、拒否は許さないわ」
命令者としての上から目線で、ソフィアはアヤに対峙した。
そもそも銀河の住人にとり、アンドロイドなんて道具にすぎない。未開人である野沢誠一は「さん」づけなんかで呼んでいたが、それは事情を知らないからの事であり、普通はそんな事ありえない。
だってそうだろう。
家電品に敬語を使ったり、家族として扱う者がどこにいる?
しかし。
そんなソフィアに対し、アヤは冷たい視線を返しただけだった。
「ルド様はわたしの発掘者にして恩人ではありますが、主人ではありません」
「……え?」
「だいたい、その命令権という発想は銀河連邦のものです。
ドロイドは主人の命令をこなすべきだという考えにはわたしも確かに同意いたしますが、こちらの利害を無視してまで何かを強制されるいわれはありません。
わたしがソフィア様にお仕えしているのはルド様の命令だからではなく、あくまでわたしの意志です。誤解なさいませぬよう」
「……」
予想外の応答にフリーズしてしまったソフィア。
かわりにクックックッと楽しげな声で応答したのは、この船の頭脳であるソクラスだった。
「ソクラス?」
『あなたの負けですねソフィア様。
思い出してください、アヤはルド翁のグループが製造したものではない。連邦未加盟の星で作られた存在です。
だいたい、そもそもアヤの本来の立場は護衛ではなく、サンプル……あなたの専門である、古代遺失文明のサンプルですよね?
ならば、連邦の命令システムなんかに従うわけがありませんよ』
「……そう、そうね。確かにそうね、なるほど」
ハアッと、ソフィアは静かにためいきをついた。
「ええ、確かに私が間違ってたわ。
アヤ、命令をきくのは同意するといったわね?」
「はい」
「では、あなたが開示して問題ないと考える範囲で、野沢誠一君の再生にこだわる理由を延べなさい。それなら可能でしょう?」
「はい、もちろん」
アヤはうなずくと、きっぱりと言い切った。
「ひとことでいえば、わたしの意志です。彼を再生したいのです」
「……それはなぜ?」
「開示できない根拠が少しだけありますが、それは理由の大きな位置を占めるものではありません。あくまでわたしの意思決定に関わる理由づけのひとつにすぎない、というべきでしょうか。
それよりも、彼を残したいというわたしの気持ちの方が大きい。
ですので、わたしの意志だとご説明いたします」
「……なるほどね」
フムフムとソフィアは考え込み……そしてウンとうなずいた。
「いいわアヤ、認めます。再生機構を使って彼を再生なさい」
「感謝いたします」
「そのかわり、経緯は観察させてもらうわよ?
再生機構をもつドロイド自体は珍しくないけど、無関係の第三者、それも異性の再生でしょう?
おまけにあなたは少なく見積もっても二千年は昔の機体だし。
はっきりいって、古代遺失文明の研究者としては絶対に見逃せないわ。
データはとらせなさい、いいわね?」
「……」
「アヤ?」
「はい、わかりました」
アヤには特別に、別室が与えられる事になった。
通常、道具であるアヤにそんな待遇はありえない。
だが、れっきとした人間を『妊娠』している彼女は特例中の特例であったし、また研究者であるソフィアも、現代の連邦技術とは異質の存在であるアヤがどうやって人間を再生するかという事に興味しんしんだった。だから、あらゆるデータをとりながら、ことは慎重に進められた。
「だいぶ成長したわね。誠一君の意識はどうなっているの?」
「急速再生ですから、眠らせている状態です」
再生には十月十日かかるという事もなく、なんと二日で可能との事。
そもそも生体ドロイドの再生機構というのは、大ダメージや経年変化で壊れた個体を捨てて新しく生まれなおすためのものであり、他者を再生するのは二次的機能でしかない。だから生まれてきた存在は、ひとの姿と心をもつドロイドになる。
「ソクラス。彼、連邦の住民登録ではどうなるのかしら?」
『問題ありません。重度の身障者で身体をとりかえたのと同じ扱いになりますね』
「ああなるほど、じゃあ、もし彼が欲するなら生身の肉体に戻す事も可能なのね」
『はい、アルカインまで戻れば可能ですね。しかし彼の意思決定は汲んであげてくださいね』
「ええ、わかってるわ」
ドロイドの身体をもつという事は、人間でありつつも人間以上の能力を持っているという事になる。
野沢誠一はこれから銀河で生活するわけだが、あくまで未開出身の異邦人だ。ならば、ある程度の行動力や戦闘力が確保できているというのは悪い事ではあるまい。
「アヤ、彼の性別はどうなるの?あなたたちって男性は再生できないわよね?」
とある大人の事情により、異性の再生はできないようにロックされている。そして男性タイプの生体ドロイドは銀河には存在しない。
つまり。
ドロイドの身体として再生される限り、野沢誠一氏は女性として再生される事になってしまう。
「肉体年齢は子供からやりなおしですから、とりあえずは男の子っぽい姿で再生します。
数年かけて大人にするとして、その間に本人に結論させればいいと思います。……時間はあるわけですから」
「なるほど、そうね」
ウンウンとふたりはうなずき合った。
一般的な銀河の人々はアンドロイドを道具として考えているし、ソフィアも例外ではありません。
ただソフィアにとってアヤは専門分野である古代文明の産物ですし、ソフィアには歴史的経緯とはいえ、友達に宇宙船の頭脳であるソクラスがいます。
つまり、アヤを普通に女の子と見ていた誠一とは、別の意味ですが少し特殊です。