転移
具体的な移動法についての話が始まった。
「転移陣を使うだと?」
「ええ。そのためにエネルギーがいるんだけどね」
メヌーサの話を要約すると、つまりそういうことだった。
「ここの地下に昔の転移陣があるのは確かに知っちゃいるが……少なくとも俺が知るかぎり、八千年は使われてねえぞ。本当に動かせるのかメヌ?」
「できるわ。ほら」
メヌーサが手をふり、何かを口の中でとなえた。
そしたらその瞬間、
「お」
「あ」
「ほう」
空中に輪っかのようなものが広がり、そこに立体映像が浮かんだ。
「これは……立体図かしら?」
「フレーム立体図みてえだな。ただし古いが」
「ええそうよ。このあたりの都市がまだ普通に生きてた頃のものだもの」
そういうとメヌーサは、ついと手を振ってその映像を動かした。
「それで問題の転移陣なんだけど……なぁに?メル?」
「いや、あいかわらず器用なもんだなと」
「いまさら?原理は説明したよね?」
いや、そうなんだけどさ。
マニさんはドロイドだし私も全身サイボーグ。セブルもネット端末はインプラントしているらしい。
だけど。
完全生身のメヌーサが、いったいどうやってその通信ネットに割り込んでるんだろう?
あいかわらず謎だわ。
「転移陣そのものは問題ないと思う。それより重要なのはエネルギーの供給ね」
「エネルギーの供給?」
「そうよ」
スッスッとメヌーサの手が動くと、陣形の映像につながる何かのラインのようなものが示された。
「都市の動力が途切れているから、ここのラインから供給できない。でも転移陣は安定した転移のためにエネルギーを途中で蓄積できるようになってるから、ほら、ここに蓄積できるの」
「ふむ」
SF映画に出てきそうなワイヤーフレーム画面が動いて、そしてエネルギーを貯蓄するらしい場所が示された。
こうやって視覚化されると非常にわかりやすいね。
「蓄積って……そこって昔の集積場じゃねえか?今は倉庫になっているが」
「あら、倉庫にしてるの?」
「まずかったか?」
そんなことないと言うようにメヌーサは首をふった。
「床の紋様を破壊してなきゃ大丈夫よ。動力源はここにあるしね」
そういうと、メヌーサは私の肩をぽんぽんと叩いた。
「私?」
「当然。じゃじゃ馬ゆずりの魔導コア積んでるのよ?これ以上ない動力源じゃないの」
ああ、そういうこと。この身体にある例のアレを使うと。
「エネルギー供給の方法なんか知らないけど?」
「そっちはわたしが何とかするわ」
大きくメヌーサはうなずいた。
「……ここがその場所?」
「そうよ」
少したって、私たちはその現場に移動していた。
「倉庫だね」
「ええ、倉庫ね」
「……」
セブルが困ったような顔をしているが、倉庫に見えるものは仕方ない。
なんか、広い場所にたくさんの荷物が積まれていた。地球のそれとは違うけど、たぶんコンテナっぽいものがたくさん並んでいて、明らかに倉庫な雰囲気だった。
でも。
「……『杖よ目覚めよ』」
杖を取り出すと、ゆっくりと構えてみる。
「……あるね、魔法陣っぽいの」
「え?」
「ほら」
少しだけ力を込めて杖をふると、それに反応したのか、ぼわわっ……と、魔法陣っぽい形に光が浮かび上がった。
なんだこれという顔をしているセブルとマニさんとは裏腹に、メヌーサは苦笑していた。
「微量の魔力を流してみたのね……よくやるわね」
「ん?」
「なんでもないわ」
呆れたように肩をすくめるメヌーサ。
「何か失敗したかな?」
「いーえ、むしろ無問題よ。それより魔法陣の保守技術なんてどこで覚えたの?」
「?」
「……素でやらかしたの。これって本来、専門の勉強しないと危険な技術なんだけど知ってる?」
「えっと、何が?」
「もういいわ」
呆れたようにためいきをつくメヌーサに首をかしげた。
「そうよね、キマルケ巫女ってそういう人たちよね。すっかり忘れてたわ」
「えっと?」
メヌーサの言葉にますます首をかしげていたら、セブルが言葉を添えてくれた。
「聞いた話だけどよ、キマルケ巫女ってのは、理屈とか理論とかすっ飛ばしてとんでもない事をやらかす連中だったらしいぜ?」
「とんでもないこと?」
「たとえば、光を好き放題にくねくね曲げて自分の存在を消したり、何千って艦船の照準システムをまとめて狂わせたりな。
とにかく、能書きをすっ飛ばして想定外のことをやらかすので、非常に扱いに困ったそうだぜ?」
「……えっと?」
光を好き放題にくねくね曲げて自分の存在を消した?
何千って艦船の照準システムをまとめて狂わせた?
それって、本当に生身に杖一本の巫女さんたちのやったことなのか?
「ま、いいわ。とにかくこれを手に持って」
「え?あ、はい」
言われるままに、メヌーサから何か石ころみたいなものをポンと渡された。
「これは?」
なんの変哲もなさそうな石ころだった。
だけど、私の手のひらに収まった途端、ぼんやりと模様を浮かばせつつも光り輝きはじめた。
「なにこれ……魔力?」
「そうよ。その光ってるのはメルの魔力よ」
へえ。
「それ、魔力を吸い上げて魔法陣に送り込む道具なんだけど、吸い上げているとわかりやすいように光らせているわけ」
「パイロットランプみたいなもの?」
「パイロ?ごめん、それの意味がわからないんだけど?」
「あーつまり」
パイロットランプ、つまり電源ランプについて説明してみた。
「なるほど、○×▲■◆ね」
「?」
「ああゴメンね、故郷での言い方だから」
「……あー」
要するに、パイロットランプみたいなものにあたる名前なのか。
「まぁいいわ。無事にエネルギー蓄積できているみたいだから移動しましょう?」
さらに別の場所に移動した。
そこは遺跡の方の一角で真っ暗だった。だけどメヌーサが何かを行った。
「『灯火』」
そう言った途端、真っ暗のはずのフロアにたくさんの明かりが灯っていった。
広さでいうと、郊外型の大型スーパーの駐車場を思わせた。それに壁の色もコンクリートに似ていたし、古びて各所のささくれだったさまがまた、地球のコンクリート壁を想像させるものだった。
そして、その床には。
「これは……転移陣?」
「ええ、転移陣よ。……まぁ、現在銀河文明の多くで使われているものとは違うけどね」
今は失われたタイプってことか。
感心していたら、セブルまで反応した。
「待てメヌ、これが転移陣だと?」
「そうよ?」
「そうか。まぁそれはそれとして、そもそもどこに飛ぶやつなんだ?」
「チリットバークの大深度地下よ。あっちのエリダヌス教のさらに地下ね」
「あっち側の受け入れは大丈夫なのか?」
「祭壇になっているから問題ないわ。まぁ先にメルを行かせるけどね」
「私?」
「そうよ」
メヌーサはウンウンとうなずいた。
「このタイプの転移陣は、転送先に受け入れ体制を必要としないの。だけど、さっきの部屋みたいに倉庫になってたら困るでしょ?」
「もし倉庫になってたらどうなる?」
まさかと思うけど、爆発したりしないよな?
「向こう側に危険なものがあったり呼吸不可の場合、そもそも転移できないのよこれ。そういう陣なんだから。
でも、いきなり荷物に埋もれちゃったら困るでしょう?」
「……たしかに」
まぁ、いいけどね。
「エネルギーは大丈夫なの?」
私の身体から動力を取っているのなら、私がいないと困るんじゃないか?
「もう起動したから大丈夫よ。コントロールすれば数回使えるけど、それなら私でもできるから」
「わかった」