チリットバークへ[2]
マニさんが裏にクルマを止めると、たちまちに得体のしれない人たちが集まってきた。
その人たちがいろいろなものをクルマにかけていくと、たちまちにクルマはスクラップのような姿に変わってしまった。
「見た目はごまかせたみたいですけど、識別信号は……あら?」
マニさんが首をかしげた。
「マニさん?」
「識別信号が途絶えましたね。いったいどうやって」
「逃げ出すなら密輸商に任せろっていうだろ?」
ん?密輸商?
あー……あれか。
意訳すれば、もちはもち屋ってやつだろうか?
シャンカス語は対訳データを入れているだけなので、オン・ゲストロ語に直訳されて聞こえるんだよね。これがオン・ゲストロ語の場合、だいたい近い日本語に意訳されて聞こえるんだけど。
え、違いがわからない?
たとえば、英語でGood morningを「おはようございます」と訳すのは意訳。
そして、もし直訳だと、Good morningはそのまんま「良い朝」とか「良い朝を」みたいな言葉になってしまう。
でもまぁ、実際のGood morningと「おはようございます」の用例は違っているから、どちらにしろ同一解釈はできないわけで、どちらにしろ、いわゆるココロの誤訳問題は避けられないんだけどね。
で、話を今の「逃げ出すなら密輸商に任せろ」に戻そう。
これはつまり専門家に任せようって意味合いなんだけど、これにあたる日本語といえば「もちはもち屋」だったり「蛇の道は蛇」なんて言葉なのはご存知の通り。まぁ細かい意味合いは違うのだけど、大筋はね。
つまり。
密輸商に任せろってのは直訳で。
で、意訳なら既存の日本語のニュアンスをもってきて、もち屋か蛇で訳せってことだよね。
まぁ、私は翻訳家じゃないから、あくまで素人レベルでの考えなんだけども。
近くの建物の中に移動した。
といっても、単に入っただけではなかった。複雑な通路をぐるぐるとまわり、そしてだいぶ地下に降りたところにその部屋はあった。
何かの事務所みたいな小奇麗な部屋で、さまざまな通信設備やネット端末などが雑然と置かれていた。
「さて、みんな座ってくれ……って、なにやってんだ?」
「あ、どうも」
私のまわりには、集まってきた数名のドロイドさんたちが。
「メル、お仕事終わったらこっちにいらっしゃい。セブル、先にはじめていいわ」
「はーい」
「……いいのか?」
そう言われても、光をくれってみんな言うんだもの。
うん、それにさ。
はっきりいって。
たとえお仕事とはいえ、若き女性に「おねだり」されて断れるものだろうか?
いやま、中にはおばさんとかもいるんだけどさ。
「ほら、いいのよあれは、ほっといても」
「……そのようだな」
いや、だからなんだよ、その呆れたような目つき。
まさか、ココロの声を読まれてたりするのか?
うーん。
「さっそくだが、クルマの識別信号はとりあえず隠させてもらった。嗅ぎつけられると困るからな。で、ひとつ質問なんだが」
「はい、なんなりと」
「あんたあのクルマどうする?どこかに行くとして持っていくつもりはあるか?」
「好きにしてください。同じ仕事をするなら使いたいですけど、そうではないんですよね?」
「いや、それはまだわからねえが……わかった、じゃあとりあえず識別回路だけ外させてもらうわ」
「できるのですか?」
「もちろん」
識別信号を消す?
よくわからないので検索をかけてみたら、意味がわかった。
『識別番号』
識別番号はすべてのビークルに一つずつ与えられている。これらは運行時以外にも識別信号を送出し続ける事が義務付けられており、また信号が途絶えた場合でも、ドロイドなどのセンサーで容易に識別できるものでなくてはならない。
(以上、シャンカスの情報ネットより抜粋)
ああ、日本でいうところの車体番号みたいなもんか。
あはは、どこでも変わらないもんなんだなぁ。
日本の法律でもクルマには必ず車体番号が刻まれていて、これを勝手に改ざんしたら違法になるんだけど。
どうやらこの星でも違法っぽいな。
しかも地球のみたいに単純に刻まれているんじゃなくて、クルマを運行していると何かを発信しているらしい。
だがしかし、それを書き換える技術もあると。
まさに、うん。
いたちごっこってやつだよなぁ。
そんなこと言っている間にも、待っていた女の子ドロイドさんたちに光をくばった。
「ありがとー!」
「あ、いえ、その」
「あはは、恥ずかしがってる、かわいー♪♪」
「……あはは」
正直いって、地球で生きた数十年で、身内でもない女の子にハグされた経験なんてない。思わずフリーズしちゃったりして。
でも、そうしたら逆に皆さんを喜ばせてしまうみたいで。
開放された時、ふと気づくとメヌーサがため息とともに肩をすくめていた。
……いや、そんな反応されても困るんですが。
なんとか開放されて、私も皆の席についた。
「それでまぁマニさんとやら、あんたの事は話の通りだ。技能職経験のあるドロイドなら仕事先はあるし、うちで身柄ごと預かるからよ、まぁゆっくり行き先探してくれ。それより問題は」
「メル様とメヌーサ様ですね?」
「そういうこった」
セブルのおっさんは、大きくうなずいた。
「チリットバークに行くっつったな。それは決定事項なのか?」
「できればね。最悪は今すぐ脱出だけど、できればそうしたくないわ」
「理由はあんのか?はっきりいって危険が増すだけだぞ?」
「それなんだけど……むしろ彼らをひきつけたいのよ」
「ひきつけたいだと?」
セブルは眉をよせてしばらく考え、そして何か結論したようだった。
「てめーでそんな危ない方向に行きやがって……わかったよ」
ふうっとセブルは小さくためいきをついた。
「それでメヌ、作戦内容をメル嬢には説明……してねえよなおめえ?」
「よくわかるわね?」
「何年おめえ見てると思ってんだ……じゃあ説明するぞ?」
「よろしく」
「よろしくじゃねえよまったく」
セブルは首をすくめた。
「メル、それとマニさん」
「マニで結構です」
「わかった。
要するにメヌのやつはな、わざとチリットバークで奴らに発見されるつもりなのさ。
そうする事により……たぶんだが、例のデータが大きく拡散しているところから目をそらせるつもりなんだな」
「あー……つまり、私たちは囮役?」
「そうなるわね」
なるほど、やりたい事はわかる。
そしてたぶんだけど、その方法は正しい。
「……『杖よ』」
ふと思い、杖を取り出した。
そして腕の中に抱え込んだ。
杖に額をあて、そして目を閉じる。
「メル様?」
「この娘、修行中だけど巫女だから。まぁ見てなさい」
なんか周囲で言っているけど、もう聞こえていない。
意識が急速に、あの日の……イダミジアでの不思議な出来事の時のように変わっていく。
ふと気づくと、そこは知らない場所だった。
どこかの家庭で。どこかの集会場で。
集まった人々がそれぞれに何かをやりとりしている。
ああ……あれ、光だ。
私の投げかけた光が、たくさんの人たちに拡散していく。
受け取った人は、さらに次の人、次の人へと。
水面に広がる波紋のように、光をどんどん伝えていく。
ああそう、波紋。
それはまるで……銀河全体に広がる巨大な波紋そのものだった。
「どう?」
「……」
気づくと、メヌーサが目の前にいた。
「要するに、なるべく目をこっちにひきつけて時間を稼ぎたいわけね」
「ええ、そういうことよ」
メヌーサは大きくうなずいた。
「でも、そんなうまくいくの?彼らだって拡散には気づいてるはずでしょう?」
「そうね。でも意味はあるわね」
フフンとメヌーサは、いつもの邪悪な笑顔になった。
「何より、こっちにはメルがいるもの。データの源流、源泉である存在を捕まえない限り、他をおさえても止められるわけがないもの。
だから彼らは、どうしてもこちらに力を割くしかないのよ。時間がたてばどうしようもなくなるから」
「なるほど」
確かにそうかも。