都会の遺跡
突然なんだけど、いわゆる単身赴任ってやつで東京都新宿区に住んでいた事がある。何年か住んで選挙もいったし、あの秘密基地みたいな東京都庁で免許更新もしたよ。
ただ、最後まで印象的だったのは、新宿駅とその周辺の迷路っぷりと、猥雑だけど人間くさい歌舞伎町周辺との特徴的すぎるコントラストだった。
何がまずいかって、とにかくあの新宿駅と都庁周辺は迷いやすい。
無事に行けるのは、道順をがっちり覚えた場所だけ。それもひとつ外したらどこへ行くかわからず、似たような場所を延々と迷わされる事になる。スマホの普及にどれだけ感謝したか。
なるほど、よく「あれ地下迷宮だろ」「ラスボスだよな」「地元民すら迷う」なんて言われるわけだ。
そんな経験があるせいだろうか。
その都市遺跡に入って最初に思ったのはやっぱり「住みにくそう」だった。
よくSF作品なんかに出てくる立体的なメガロボリスを想像してほしい。
立体的に走る道、上下にも広がった都市。確かに見た目は派手。
でもさ。
こんな、やたらと洗練されて通りの区別もつかないような立体都市って……昔のひとは迷わなかったのかねえ?
「迷わなかったけど?」
「そうなの?」
私の疑問はメヌーサに一刀両断された。
「わたしはちょっと特殊技能があってね、道とか経路を立体で把握できるから迷わないの」
「あーいや、メヌーサ個人の話じゃなくて」
「大丈夫よ」
「なんで断言?」
「だって、迷ったらドロイドカー捕まえて、どこそこに行きたいって言えばいいんだもの。『おうちに帰りたい』でもいいのよ?」
迷ったらタクシー使えですか。
でも、お高いんでしょう?
「巡回が来なかったら?だいたい運賃いくらなんだそれ?」
「運賃?お金なんていらないわよ?」
「……なに?」
無料?なんぞそれ?
「だって唯一の都市交通手段だもの、当然でしょう?」
「……唯一?」
「自走車両の乗りいれがほぼ全面禁止だったのよね。輸送も移動も巡回のドロイドカー頼りなの」
おいおい。
「そんな徹底してたのか。大丈夫?」
都市からクルマを排除する地域は地球にもあるから驚かないけども……でもすごい割り切りだな。
「とても高効率のエネルギーが確保されていて、そこから充電していたからね」
「高効率のエネルギーねえ……?」
現在、クルマは巨大な都市遺跡の中を走っている。
遺跡なので当然、灯りなどは生きてない。クルマが作業用車なので灯火類が強いし、私もマニさんもドロイドなので少々暗くても見えるのだけど。
でかいよなぁ、この都市。
でも。
こんな巨大都市が丸ごと廃棄されたっていうのが……いろいろと気になるんですが。
「ねえメヌーサ」
「なに?」
「この都市が破棄された理由って知ってる?」
「破棄の理由?あー……たしか戦乱で動力炉が破壊されたっていってたわね」
「動力炉破壊?それだけ?」
「ええ、それだけ」
「だったら修理すればいいんじゃないの?」
思わず首をかしげたのだけど、それにはメヌーサの方が首をふった。
「あれは無理よ」
「無理ってどうして?」
「動力源にね、パ」
「パ?」
あれ、なんで口ごもったんだろ?
「なんでもない……まぁ、メルが知らない方がいいようなものが使われてたのよ。
で、戦乱の相手はそれが気に入らなくて、それを破壊しにきたわけ」
「……知らない方がいいもの?」
「興味もつのはやめときなさい。
まぁ、あれを開発した人は間違いなくヘン……もとい、天才だと思うけどね……何考えてんだかもう」
「えーと?」
「いいの、今の世界には関係ないんだから。あれは、この星の歴史と一緒に忘れられるべきものなの」
「なにそれ。いったい何が」
「いいからやめなさい」
「……わかった」
まぁ、そうまで言うなら聞かないでおこう。
いいけどさ、何か特殊な生命体を奴隷労働させてエネルギー吐かせてた、とか言わないよね?攻撃したのは地球でいえば某環境テロ組織みたいなところとか。
んーでも、パ……?
まさかと思うけど?
「メル?」
「ういっす、聞かないっす」
走り始めて気づいたことは、異常に綺麗だということだった。
確かに何もない。暗くて、巨大な建物が並んでいるだけの世界なんだけど、壊れた建造物も見当たらなければ、道路もひび割れてすらない。
まぁそのかわり、看板とか生活臭を漂わせるものもないけどね。
「なんかこう、妙にキレイだね」
「風化したもの、崩れたものは掃除してるみたいね」
「掃除してる?誰が?」
「自動機械よ」
その言葉に思わずメヌーサの方を見た。
「こんな暗い遺跡を清掃してるの?」
「え?ああ違う違う、ドロイドじゃないわ。もっと原始的な、都市そなえつけの整備ロボットね」
「ロボット?」
都市そなえつけ?
「よくわからないけど、まさかそれって、遺跡になる前から稼働していたなんてことは」
「そのまさかよ、ほら」
「!」
メヌーサの指差した方をみて、思わずフリーズした。
「なにあれ。なんかクモみたいな」
「私たちはサーロと呼んでいます。古代の自動機械ですが、都市を脅かさないものには無害です」
へぇ。
このクルマよりも大きいものだった。
灯りに照らされている範囲だから本当の色はよくわからない。だけど、闇の中で活動している巨大な蜘蛛のようななぞのメカは、とにかく気味が悪い。
「あれって動力源は?」
「壊れた個体を鹵獲・解析した結果によりますと、主に電力ですね。定期的に供給所に行って受領してくるようです」
「え、するとプラントみたいなのが生きてるわけ?そっちの動力源は何なの?」
「いろいろですね」
「いろいろ?」
「地熱や地底の水力など、いくつかのプラントで作ったクリーンな電力を運用しているようです。長い年月の間に動かなくなるプラントも当然あるのですが、随時修理したり新しい動力源をみつけて新規作成したり、なかなか賢い電力管理・維持システムがついているようです」
へぇ。
「なんで、そのシステムで都市を駆動しなかったんだろ」
「推測ですが、それでは足りなかったのかと」
「足りなかった?」
「はい」
それはまた、なんとも。
地球にも再生可能エネルギーはたくさんある。これらは地球文明の未来を占うためにも大切な存在なんだけど、あいにく現状では、それだけで文明の使う動力源を支えるには足りていない。
だけど。
扱いにくくて使えないはずの再生可能エネルギーによるシステムが、賢い維持管理のおかげで長生きして。
そして、よく知らないけど都市ひとつを駆動できる強力なシステムが、戦乱で破壊されて修理できないと。
うん。
なんともいえない話だった。
そんな話をしている間に、クルマの走る道はゆっくりと下り坂にかかっていた。
しっかし、ものすごい光景だなこれ。
要するに、それは縦にも広がった巨大なメガロポリスの一部。
ただし、クルマの発する光以外の光源がほとんどない巨大空間という事もあって、閉塞的な圧迫感こそないけど、宇宙よりもはるかに酷い暗黒の空間。
そして、そんなところを、果てしなく続く下り坂をゆっくりと降りて行くんだけど。
……なんだか、自分がどこにいるのかよくわからなくなるよ。
でも、視覚はともかくドロイドとしての感覚は、ここの地形などをだいたい把握している。
そして。
「メヌーサ、これって」
「昔の地名データ、あなたたちでも読めるようにしたから。マニも大丈夫よね?」
「はい、助かります……これってなにげに貴重なデータなんじゃ」
「そう?欲しいならあげるけど?」
「ぜひ!」
私のドロイド感覚で導き出した地形図に、メヌーサが追加した地名データが追加されて。
大ざっぱではあるけれど、ちゃんとロードマップらしきものになっていた。
「メヌーサ様」
「そのまま進みなさい。テムートって書いてあるでしょ?そこまで直進でいいわ」
「ゆっくりと下にもぐっているようですが問題ありませんか?」
「大丈夫。……まぁ、あなたには悪いんだけどね」
「ああ、想定外に遠くにいってしまうということですね?かまいません」
「ごめんね」
「とんでもない」
私はというと、杖を出して祈りつつ、ドロイドとしてのセンサーも続けて駆使している。
マニは私たちの地図を見つつ運転に集中。
「追手は来てないね。でも、遺跡に入ったことには気づいてるっぽい」
「どういうこと?」
「なるほど。開け方がわからないんですね」
「開け方?」
「この遺跡は研究者以外入れないようになっているんですよ。しかも封印は全て要塞レベルになっています。
ですので、あっさりメヌーサ様があけてしまって驚いたのですが」
「なんでまたそんな強固に?」
「一攫千金狙いのおバカさんが、自動機械の餌食になりまして」
「あらら」
どこでも一緒かぁ。