待ち伏せ
個人的な話なんだけど、実は地球で電気自動車に乗った事は一度もなかった。
だけど、バッテリー式のフォークリフトには接する機会があったから、バッテリーで動く大きな乗り物の作動音っていうのはある程度知っていた。
電気で駆動する乗り物だからといって無音ではない。そりゃエンジン式のものに比べると静かだけど、それでも稼働するメカニズムがあるかぎり無音にはなりえないからだ。
しかし。
「……静かだな」
「そうですか?」
「うん」
細かいメカニズムの作動音はあるけど、人間の耳的には無音だろこれ。タイヤの接地音しかしてないぞ。
これはすごいな。
日本の電気自動車だって凄まじいばかりの静けさだけど、当たり前だけどメカ部分の軋みや摩擦音等、クルマとしての構造上消しようのない音は結構たくさんあるんだよ。
そして、それらの小さなノイズたちを消すというのは、エンジンの消音とは別の意味でものすごく難しいものが多い。
つまり。
要は、機械文明がそこまで進歩しているって事だろうけど……。
先進のハイテクノロジーですらない、ただの民生用のクルマっぽいのに。
まさか、ここまで徹底して無音とは。
たかが音という人もいるだろう。
あと地球なら、無音すぎる事で歩行者に知らせるという意味での危険を考える人もいるだろう。
だけど、こんな地下のトンネルに一般の歩行者なんていないし、いたとしても接近時に知らせる事ができればそれでいいはずだ。
それに、こんな狭いトンネルがよけいな機械音はうるさいだけだろう。
その意味で。
ほとんど無音という現状は、やっぱりすごいと思う。
そんなことを考えていたら、唐突にマニさんが眉を寄せた。
「メル様、メヌーサ様」
「どうしたの?」
「予定していた出口付近に多数の反応。おそらく関係者ではありません」
「関係者でない?なぜ言い切れるの?」
「同業者の信号を出しておりません。それに構成が保守作業のそれではないようです」
「なるほど……こんなところに来るはずのない連中がいるってことか」
「はい」
マニさんは私の方を見て、きっぱりとうなずいた。
「メヌーサ、どう思う?」
「追手でしょうね」
まるで他人ごとのように、にこにこ笑ってメヌーサは言う。
その雰囲気にちょっとイラッとくるものを覚えて、つい嫌味を言ってしまった。
「まるで他人事だね?」
「そうね、実際に他人事だもの」
うふふとメヌーサは笑った。
「捕まったら洒落にならないと思うけど?」
「まぁそうだろうけど、でも問題ないのよね」
「え?」
「わからないの?」
そういうと、メヌーサはおどけるように肩をすくめた。
「メル。わたしの仕事のこと、覚えてる?」
「もちろん。これを銀河にばらまく事だろ?」
光を出してみせた。
「それは、ひとつのカタチにすぎないわ。本来の意味は違うの」
「本来の意味?」
「そ」
にんまりとメヌーサは笑った。魔性を思わせる笑みだった。
「今でいうアー系種族を銀河に広めたのも、じゃじゃ馬を使った試みも、根っこはひとつなの。それは、あくまで『要素』であって本題そのものではないわ」
「本題じゃないのか……じゃあ、メヌーサの目的は?」
「それについての説明は……いずれしてあげるけど、今はそれどころじゃないんじゃないの?」
「!」
そうだった。もう時間がないんだっけ。
「だから結論だけいうとね、メル。
メルから取り出した『種』をばらまいた時点で、わたしのやるべき最低限の仕事はもう終わりなの」
「終わり?でも」
それを拡散させるのが目的なら、せめて拡散が始まるまでは見届けるべきなんじゃないか?
そう言おうとしたんだけど。
「まさか」
「ん?」
「もう……拡散始まってるってこと?メヌーサはそれがわかるってこと?」
「全部は無理ね。だけどある程度なら。方法はナイショだけどね?」
いや、今さらそんな可愛い女の子みたいに目配せされても。
「ひどいわねもう」
ぷうっと膨れるさまは確かに外見通りなんだけどね。
「自業自得だろ……ところで、それなりの速さで広がっているっていうんなら」
こちらからは、特に何もやる必要ないんじゃないのか?
でも、そういうとメヌーサは、おふざけモードを即座に解除して「いいえ」と首をふった。
「最低限のお仕事はもう終わってるわけだけど、できればもうひと仕事はしたいところね。
連邦も馬鹿じゃないから、今のままでは拡散を止められなくても、広がるのに時間がかかるでしょう。
だから、彼らの動きを止めて少し時間を稼ぎたいわけ。
こういうのは時間をかけるほど、広がるほどに対処が困難になっていくものだからね」
「そうか……という事は、私たちのやるべき事って?」
「この星におけるばら撒きが不完全だから、まず、それをできれば仕上げる事ね。
でも、どうしてもダメなら今すぐ離脱して逃げるのもありよ?」
「どうして?」
「ンルーダルに撒いた種が予想よりはるかに早く拡散してるから。
この場合、状況によってはわたしたちも作戦変更して、むしろ囮に徹するのもいいかもね」
「おとり?……ああ、そういうことか」
つまり私たちが追手をひきつけている間に、ンルーダルから伝播していくってことか。
「じゃあ、とりあえず現状どうする?」
「振り切ってもいいしこっそり逃げてもいい。
だけど、出口をふさいでいるって事はプラントに戻っても同じでしょうね」
「だね」
それは私も同意する。
んー、そしたら……まてよ?
「『杖よ目覚めよ』」
杖を取り出して手に持った。
マニさんがびっくり顔になったけど、とりあえず悪いけど無視。それどころじゃないから。
そして杖を額にあて、少し目を閉じる。
「……」
追手のこと。
出口をふさいでいる者たちの事。
いろいろな考えが頭を巡っていく。
……ん?
「マニさん質問」
「あ、はい、なんでしょう?」
運転しながらも、マニさんはこっちに注目してくれた。
「この通路、一本道じゃないよね、どうして?」
そうなんだよ。
今、思考の海に浸ろうとしたら、突然に景色が浮かんできたんだけど。
それがつまり。
この地下通路が何本も枝分かれしていて、ただ現用の空間以外は壁で封印してあるものだった。
で、これはなに?
「それは古代通路ですね。今は遺跡でして使われてないんですが」
古代通路?
マニさんの言葉に首をかしげたんだけど、即座にメヌーサが引き取ってくれた。
「もしかして古代迷路?」
「あ、はい、そうですメヌーサ様」
「なんだ、そうなんだ。……まだ残ってたの。そう」
何やら感無量っぽいメヌーサの顔に、思わずこっちが眉を寄せた。
「えっと、なに?できれば知りたいんだけど?」
「メル様、接続してかまいませんか?データをお渡しします」
「あ、うんお願い」
そういうと、マニさんらしきアクセス要求があったので即座に許可した。
ぽんっとデータが送られてきた。
『古代迷路』
シャンカスの語源でもある超古代遺跡。一般には古代通路もしくは古代水路という名で知られているが、実際には百万年近く昔に作られた古代の都市遺跡である。市街などのもろいところは風化してしまっているが、都市の枠組みそのものはおそろしく頑丈なので年月に朽ちる事もなく、今もなおシャンカスの主要都市の屋台骨を支えている。
なお、一部地域では古代の駐車場などを農業プラントに転用している。
「あー……プラントのあたりって遺跡なのかアレ」
文明っぽいピカピカ設備だったんで騙されたけど。ふうん。
「メヌーサはそのシャンカサーとやらを知ってるわけ?」
「住んでた事があるわ。
ま、わたしが住んでた頃は遺跡じゃなかったけどね。もともとシャンカサーって、立体都市って意味だったのよ?」
「立体都市?」
「地上も地下もやたら広がってたから」
そりゃすごい。
そんな話をしていたら、今度はマニさんが反応した。
「い、遺跡に住まわれてたんですか!?」
「ま、まぁ、でも当時は遺跡じゃな……」
「す、すすす凄い!さすがですっ!」
「いや、マニさんだっけ?さすがはいいけど前見て前!」
「あ、すすすみませんっ!」
大丈夫かこのひと。
「それでメヌーサマニさんどっちでもいいけど、この古代通路は使えるの?」
「崩れたり壊れたりはしてないんです。ただ、あまりにも入り組んでいるので現在も調査中で」
そんなこんな会話をしていたら。
「……通れるかも」
「え?」
首をかしげて、あらぬ方向を見たメヌーサがそんな事を言った。
「えっと、今、通れるかもって言ったの?」
「言ったわ」
「じゃあ、道わかるの?」
「遺跡になってから破壊されてなきゃだけどね。
二百年くらい住んでたけど、ここの都市って基礎は昔から全然変えてなかったの。何かがあれば別だけど、特に道路なんかは昔のままだったとしても驚かない自信があるわ。
マニといったわね?ちょっといいかしら?」
「あ、はい、なんでしょうメヌーサ様!」
「ちょっと、わたしの言う方に走らせてくれる?」
「それはいいんですけど……もしかして遺跡に向かうんですか?遺跡って、確かにここと接してますけど、間違って入らないように入口は封鎖されてますよ?」
「いいから」
「……わかりました」
数分後。
メヌーサの指示通りに走ってきたクルマは、壁の前で止まった。
クルマから出て、きょろきょろと周囲を確認していたメヌーサだったが、
「うん、ここねたぶん」
「何が?」
「あとで説明するわ」
そういうとメヌーサはクルマの横に戻って、そしてつぶやいた。
「『その扉、少しだけ開いてわたしたちを通しなさい』」
「え?……!?」
メヌーサの視線を追いかけた私は、ありえない光景に思わずフリーズした。
だって。
壁の一部が幻のように消えて、そこだけ道が続いてたんだ。何か遺跡みたいな空間の奥に。
固まっている私とマニさんを置いてけぼりにして、メヌーサは普通にクルマに入り、そしてドアを閉めた。
「ほらマニ、行きなさい」
「あ、はいっ!」
あわててマニさんはクルマを走らせた。




