マイカップ
のんびり、まったりと地下の旅は続く。
「今どこ?」
「えーとね」
メヌーサがそう尋ねてきて、ネットで場所調べて返した。
もう数十kmは進んだはずだけど、風景は延々と続く地下プラントのまま。いいかげん飽きてきたかも。
だけど個人的には、ちょっと興味深いものもあったり。
「ここ、作物違う」
明らかに苗やら生えてるものの種類が違うみたいだ。
【このあたりではコカン種の芋を育てています】
コカン種?
おっといけない、変な想像をするところだった。
「コカン種ね。どういう用途に使うもの?」
【いろいろ使います。加工食品の原料にしたり、あと漁業にも使います】
漁業?
「芋をどう漁業に使うわけ?釣りエサに加工するの?」
【漁具の材料に使います。置き去りになっても分解で自然に帰るほか、最終的には魚や微生物が食べてしまいます】
あー……そういう観点なのか。
進んだ技術の有効利用ってやつだな。
ところでメヌーサなんだけど、のんびりと、しかしコンスタントに飲み続けている。空きっ腹はよくないとツッコんだんだけど、そしたら荷物からツマミをとりだして、これでいいでしょとやっぱり飲み続ける。
なんだかなぁ。
まぁ飲んでも全然変わらないみたいだし、単にジュースのように楽しんでるみたいだけども。
よし決めた。私も飲もう。
グラスを収納すると、愛用の鉄のマイカップを取り出した。
この無骨なカップは、ちょっと年季の入った地球のキャンパーなら誰もが知ってるだろう。80年代から90年代にかけて、ロッキーカップという名で売られていたもので、いわゆるシエラカップよりも深底になっているほか、指をかけるところの形状がよくて指二本で支えられるようになっているのが特色だ。
もう30年近くも、私と共にやってきたマイカップ。
確か、最近はチタンで置き換えられた代替が売られてるんだっけ?結局買わずじまいになったんだけど。
「それ、ずいぶんと豪快なカップよね?」
「あ」
そのまま何も言わずに取り上げられたかと思うと、トクトクと酒をついで返された。
「これくらいでいい?」
「お、ありがと……よく適量がわかったね」
こいつでバーボンを飲む時って、実は浸る程度しか注がないんだけど。
メヌーサはどういうわけか、いつも私が注いでいる量だけしか注がなかった。
「カップに印がついてるの。ここまで注げって」
「は?印?」
そんなものをつけた覚えはないけど。
「覗き込んでも見えないわよ。
要はそれだけ、メルがこのカップでお酒飲んできたってことよ」
「?」
「わかんない?えーとね……ああそれ、レコード?それが近いかしら?」
レコードて……アカシックレコード経由で適量を読み取ったってこと?
ハハハ……まさか、いくらなんでもそれはないよね?
「よくわからないけど、とりあえずわかった」
「……ふふ」
なぜかメヌーサは悪戯っぽく笑って、こんなことを言いつつ自分のグラスをカップにあててきた。
「ワピネラ・マーマ」
「?」
「古いことばよ。意味は『精霊とお友達に』」
「ふむ。で、そのココロは?」
「ココロ?……まぁ言わんとすることはわかるけど。
要はお酒をつかさどる精霊に敬意を表しつつ、ここにいない友と共に飲もうってことね」
「おー……乾杯みたいなもんかぁ」
「カンパイ?」
日本で乾杯するようになったのは、確か幕末以降だっけ?元々日本にも乾杯に類するものはあったけど、実は今の乾杯とは別の意味だったはず。結婚式の三々九度は有名だと思うけど、あれに近いものだったとか。
回し飲みに近い感覚も多かったので、衛生上から乾杯が推奨されてきた経緯もあるんだっけ?
ああ、こういう時のwikipediaがあった。
タブレットはリュックと一緒に仕舞われているんだけど、タブレットを取り出さず、ここから直接アクセスしてみる。
……よし、つながった。
うん、色々意味があるみたいだけど、やっぱり現代日本のものは昔のものとは違うみたいだな。
とりあえず重要なのは。
決まった特定のカタチはないってこと。
あと、当たり前だけどイッキとかは悪ふざけの話であり、本来の乾杯にそんなものはない。せいぜい、祝賀の席などでとる乾杯の掛け声くらいで。これだって、西洋式の「○○に捧げる」タイプに変わりつつあるところも多いし。
あと、母なる大地の神にささげるとかいって、飲む前に少し大地に流す地域もあったか?
とりあえず、そのあたりをかいつまんで説明してみた。
「なるほど、どこにでもそういう風習はあるのね」
「似たようなのがある?」
「無数にあるわね。
でも全く同じものがないともいえるけど。こういう習慣は歴史的経緯でコロコロ変わっちゃうからね」
「ふむふむ」
そりゃそうだ。
「つーわけで、乾杯」
「ん、カンパイ」
チンと音をたてた。
そこにいたのは、ただの酒飲み二匹だった。
のんびりと二人して酒飲みの旅をしていると。
【まもなく交替になります。準備をお願いします】
「あ、そうなんだ」
まぁ準備といっても、マイカップ持って乗り換えるだけなんだけどな。
あっと、ごみが少しあった。
「メヌーサ、このツマミ入れてた袋」
「どうするの?」
「捨て場所あるとこまで輸送する。ここに捨てるわけにいかないし」
人が来ない前提のところに、ゴミ箱なんてあるわけがない。ここの機械たちに頼めば捨ててくれるかもだけど、余計な迷惑をかけるのもどうかと思う。
だったら回収して、捨てられるところで捨てればいい。
とりあえず袋を受け取ると仕舞い込んだ。
そんなこんなで準備をしていると、軽トラもどきの方からコメントが追加されてきた。
【次に乗り換えるのは、わたしたち作業カートではありません。ドロイドが待機しておりますので、彼女の指示に従ってください】
「ありゃ、何かあったの?」
【いえ何も。ただプラント経由のみだと非常に遠回りになりますので、海底作業坑をご案内いたします】
「え……海底作業坑って、海底トンネルあるの?」
【はい】
おお、それはすごい。
【念のために申し上げますが、あくまで作業坑なので海の風景は】
「ああわかってる、だいたい海底ったって、そのさらに地下だろ?」
【はい】
だったら外なんか見られるわけないじゃないか。
「でも意外だな。海底トンネルなんて作るの大変だろうに」
【有線で情報を渡す需要というのはたくさんあるものです。そして海底にケーブルだけを這わせる手法は安価にできますが、保守のことを考えると手間なのです】
「そうか?」
コスト的に大丈夫なんかいと首をかしげていると、メヌーサがツッコんできた。
「メル」
「?」
「たぶんだけど、データ量や価値の見積もりが全然違うんじゃないかしら?」
「え?」
「要は、海底トンネル作ってドロイドに管理させても、おつりがくるほど価値があるってことよ」
「あー……」
コストに折り合うかどうかって事ならば。
だったら逆にいえば、コストに折り合うならアリって事にもなるのか。
「そういうことか。だったら理解できた」
「そう?」
「うん」
むかし、友達にこんな話を聞いた。
富山の方で古代の埋没林が発見された。戦前のことだ。3000年ほど昔のものらしいんだけど、埋没林っていうのは古くても大きな価値があるらしい。ゴールドラッシュならぬウッドラッシュが起きたんだって。
数年後、目立った大物が採掘されたけど、それでも残された木々が天然記念物に指定されたわけだけど。
古代の巨木は本当に大きくて、一本運び出すだけでも大変なものだったとか。
だけど、一歩運べばひと財産ということで、運送のためになんと、トンネルまで新たに掘られたらしい。
すごいよね。つまり、トンネルなんてものまで掘ってもペイできるほど大木はお金になったわけだけど。
うん、そういうことだ。
その海底トンネルはおそらく、富山の古代埋没林と同じということ。つまり、なんだかよくわからないけど、少なくともトンネル作って管理するだけの価値はあるってわけだね。
「とにかく行ってみればわかるか」
「そうね」
メヌーサは小さく微笑んだ。
終点に待ち構えていたドロイドさんは、若い女性だった。
「こんにちはメル様、メヌーサ様」
「ええ、お世話になるわね」
「よろしく」
なんだろう。この女の人の対応にはどこか違和感がある。
少し悩んでいて、ああと理解した。
そうだ。
この人、メヌーサには挨拶しただけで、ほとんど私に注目してるんだ。
なんでだろ?