撒かれた種
調子よく走り続けていた軽トラもどきが、唐突に速度を落とした。
「どうしたの?何かあった?」
【申し訳ありません、生育の悪い苗を見つけたので差し替えを行います。少々お待ちを】
「わかったわ。手伝うことある?」
【ありません。しかし荷台が使えなくなります】
「そっちはいいわ。やってちょうだい」
【おそれいります】
そういうと軽トラもどきは脇道に入って行った。
奥の方には、どうやら種苗プラントらしきものが見えていた。
「あれが苗?」
昔、北海道の農協でスイカの苗を見たことがあるんだけど、それにどこか似ていた。
【はい。このあたりで使われています、コソド471型の苗を育てています】
軽トラもどきが止まると、天井から生えていたロボットアームが、苗床からいくつかの苗をとってきて軽トラもどきに積んでいく。
「お、育苗ポットかな?」
【農業をご存じですか?】
「あー、大昔にアルバイトで手伝いにいっただけだよ」
【そうですか。郷里のものとは違いますか?】
「技術的には比べるべくもないね。だから似たようなポットをみつけてびっくりしたのさ」
【なるほど】
育苗ポットっていうのは、苗から育てるような農業やった人なら見た事はあると思う。日本で昔見たのは、黒いポリ製のものだった。中には種から育てた苗がひとつずつ入っていて、そこから畑に植えなおすんだ。
そのポットによく似たものが使われていたので、思わずうなったってわけ。
意外なとこに意外なものというか、用途が同じならどこでも大差ないというか。
「結構な数積むんだね」
【念のため、問題が起きた前後の苗も回収しますから】
「捨てるの?」
【最終的にはそうなりますが、原因をまず調べます。たとえ病を得た苗といえども、無駄には終わらせません】
「そっか」
確かに、原因究明は重要だよな。
「プラントでトラブルはよくあるの?」
【いえ、普段はめったにありません。しかし病気にかかる苗が皆無なわけでもありませんから】
「そうだね」
昔、農作業のアルバイトに行ったことがあるけど……苗の世話は親方にダメ出しされるくらい全然ダメだったなぁ。
ああ、懐かしいな親方。
若さはバカさっていうけど、最後までさんざ迷惑かけ通しだったのを今も覚えている。
今さら顔を出しても忘れられているか、覚えていても、当時の非礼なんてもう謝らせてすらもらえないだろう。今は別人になってしまってるってのもあるけど、だいいち連絡もまともにとってなかったんだから。
それに私だって、そんな何十年ぶりの来訪者は……嬉しいかもだけど嬉しくないだろう。
だって。
それを思い出すという事は、当時の腹をたてたこと、迷惑かけられたことも思い出すって事だもの。
(ごめんなさい)
こんな遠い宇宙の果て。
私は心の中で、いろんな意味で遠すぎる人たちに頭をさげた。
中身おっさんの昔話はいいとして、話を戻そう。
苗の交換作業が終わった軽トラもどきは、やがて元の軌道に戻った。
「メヌーサ、さっきの話の続きだけど」
「アー系種族が、人工的に撒かれた種族だって話?」
「うん」
さすがに聞き捨てならない話だった。
「いったい、なんの目的でそんなことをしたの?」
「今の銀河の状況が、そのまんまの答えね。
主要種族がかなり統一されたから、国家間の交流なんかが非常にやりやすくなったわ。それは物理的な意味でも、精神的な意味でもね」
「それって、昔ながらの種族はいらないってこと?」
「まさか」
ふるふるとメヌーサは首をふった。
「重要なのは『多数派』を作る事だったの。昔はそれすらできなかった。
考えても見て。
何万って種族が、我こそは銀河の多数派である、我こそはって譲らない状況を」
「それは」
それは、確かに余計なケンカの元だろうな。
「今なら、とりあえずアルダーむけに設備を作る。で、そこから各種族むけにアレンジしていく流れになるわけ。どの国が強い、弱いしかじゃなくて、純粋に利用者数だけでそうなるわけね。
たったそれだけのことって思う?
だけど、たったそれだけの事が決められず、いくつもの国で無数の血が流れたのよ」
「……」
それは、なんともコメントしづらいな。
「アルカインとアマルーはどうして決められたの?」
「最初作ったのはアマルーだったの。でも問題が発生して、アルカイン族が設定されたのよ」
「問題?」
「アルダーとアマルーって、どうも同席するとケンカしがちなのよね」
「たったそれだけの理由?」
「それだけ?いいえ大問題だったわ」
ふるふるとメヌーサは首をふった。
「わたしたち姉妹はね、アルカイン族とはこういう生き物って意味で作られたサンプル、いわば原器のような存在なのよね。
当然、アマルーにもわたしたちのような存在はいたんだけど」
「いた……過去形?」
「もう長いこと生存確認がとれてないのよ。さすがに死んだんじゃないかしら」
メヌーサは首をすくめた。
「アマルーに至る一人……すらっとした黒猫女なんだけど、あいつなんかひどいのよ。ケンカしたからってアルダー側の代表だったパルミダ・ランセンって女を食い殺しちゃったんだから」
「え……食い殺した?」
ちょっとまて、種族が違ったって文明人同士だろ?
「まぁ厳密には食い殺したんじゃなくて、遺体を食べるというのは彼らの埋葬の形態の一種ではあるんだけどね。
でも、そんなのアルダー側にわかるわけないじゃない。嫌がらせよアレ」
「うわぁ……」
私がいうのもなんだけど、めんどくさそうなヤツだな。
「当時、サンプルだけの存在にすぎなかったわたしたちアルカイン族の流布が決まったのはね、アルダーともアマルーとも仲良くできる種族特性のためなの。獣を好まないアルダーも、トカゲを捕食対象と見るアマルーも、人間がいれば大丈夫ってね」
「……そうなんだ」
単なる多数派くらいに見ていたアー系の三種族に、そんな歴史があったなんて。
「ところでさメヌーサ」
「なぁに?」
「それって、どのくらい昔の話なの?」
「そうね……0.3ユムタンってわかる?」
「……ユムタンってなに?」
なんの単位だそれ?どっかの料理みたいな名前だな。
「ユムタンっていうのは銀河周回のことだけど、そっか。えっとね」
しばらくメヌーサは「うーん」とうなっていたが、
「うん、地球の時間に直したら、ざっと六千万年ってとこかしら?」
「なるほど六千万年……六千万年!?」
なんだそれ。
数字の馬鹿でかさに、最初ちょっと頭が回らなかった。
「……まさかとは思うけど、メヌーサってさ」
何千万年も生きてる……わけないよね。いくらなんでもそれ、肉体も精神も壊れちまうだろう。
だけどメヌーサは、くすくす笑ってそれを否定した。
「わたしたち姉妹は、全員が当時からそのままの姿だけど?」
「……うそ」
「これは銀河の歴史でも凄いことなのよ。
他のアー系種族の代表はもう、生死不明のソロンを除く全員がもういないの。なのに、わたしたちアルカイン族の始まりだけが六人全部揃ってる。
まぁ、姉さんがリタイヤしちゃう事件はあったけどね」
「そういや、寿退職したっていったっけ。結婚したってこと?」
「実態はかなり無理やりらしいけどね」
「無理やり?」
なんだその物騒な話は。
「メルはボルダ知ってる?マドゥル星系の神聖ボルダって国」
「あー知ってる。時々出てくる名前だよね」
なんかバイオテクノロジーが発達しているとか。
でも本質は宗教国家で、実は私の就職先の候補のひとつでもあったりするんだけど。
その話をすると、メヌーサはウンウンとうなずいた。
「ボルダの最高責任者って神官がなるんだけど。
その初代最高神官のオルド・マウって男がその昔、姉さんを保護したの。
姉さんは当時、色々あって精神的にとても疲れていてね。自分の疲れも理解できないくらいに」
「それはひどいな」
本当にそれはまずいぞ。誰か何とかしないと……って、
「あー、そのオルだか何だかの初代最高神官さんが、お姉さんをお嫁さんにしちゃったってわけだ」
「まぁ結論からいうとね」
大きくメヌーサはうなずいた。
「わたしたちの仕事は別に処女性などは重要じゃないわ。でも、特定勢力のお嫁さんっていうのはさすがにまずかったのよね。
二十万年ほど前なんだけど、実に二千万年ぶりにわたしたち姉妹は集まって、そして対応協議になったの。
それで、姉さんの退職と、長女交替が決まったってわけ」
「そういうことか。でもどうして末っ子のメヌーサが跡をついだの?」
「……それは」
ん?なんか一瞬メヌーサの目が泳いだな。なんだろ?
「それは?」
「理由は色々あるけど、わたしが名乗り出たからね。姉さんとわたしが一番仲がよかったと思うし、引き継ぎも簡単にいくと思ったから」
「なるほど……」
そんな理由?
いやたぶん、違うね。それが最大の理由っぽい。
理由?
だってさ。
お姉さんと仲が良かったってところでメヌーサ、とても優しい顔をしたから。