抜け道
それが、いつもの夢だと気づいたのは、ずっと後の事だった。
電車の駅をひとつ乗り過ごしてしまって、続きを待っていた。だけど電車はなかなか来なくて、やっと来た電車も行き先を全く書いてなくて。
仕方なく乗り込んだら逆方向に進みだして、乗っていた人に尋ねると、困ったようにこの車両は別の行き先に向かうんだよと教えてくれるのだ。
そして外は、もう真っ暗。街灯のひとつもない。
途方にくれて、もう詰んだってところで目が醒めるのだけど。
ああ……これ、東京にいたころに見た夢だ。
気がついたら、ひとりぼっちだった。
都会っていうのは、群衆の中の孤独になりがちなわけで。
ひとづきあいが苦手な人間は元来、都会へ行っちゃいけない。むしろ、人づきあいを無理やりでも必要とされるような田舎にとどまるべきだと、たぶん私の本能は知っていたんだろう。
なのに、ぼっち生活をしていた。
夢っていうのはこういう時、本人も知らない本人の問題を語ってくれるもの。
君はそこにいちゃいけないよと。
だからこそ、あんな夢を見たんだろうな。
まぁその、なんだ。
夢を見せてくれている誰かさん、心配してくれてありがとう。
うん、もう少し頑張るとするよ。
この、長いか短いか知らない旅を終えて。
ちゃんと落ち着けるその日まで。
目覚めると部屋のベッドの上で、そしてメヌーサがいなかった。
どうやらあのまま酒に飲まれてしまったらしい。なんという不覚。
男だった頃は結構な深酒しても二日酔いするだけで、前後不覚にはならなかったのになぁ。許容量が違うってことか?
とりあえず気分は悪くない。二日酔いにはなってないみたい。
部屋を出た。
出たところにちょうど、掃除をしているらしいドロイドのおばさんに遭遇した。
「おはようございます」
「はい、丁寧にありがとね。今日もいい天気だよ?」
おはようの意味は、やっぱりここでも素直にはとられないらしい。
ふと思って、尋ねてみた。
「このへんだと『おはようございます』はどういう意味になりますかね?」
「は?」
おばさんは少し首をかしげていたが、ああと納得した。
「確か、他の土地から来なすったんだったね?言葉は自動翻訳かい?」
「はい」
「なるほど。
うまく伝わるかわからないけど……そうさね、オン・ゲストロ語はわかるかね?」
「はい」
「だったら、今きいた言葉を言い直してみるよ?
今、あたしには『これはこれは、朝も早くからごくろうさまです』って感じに聞こえたのさ。わかるかい?」
「……なるほど。言葉だけとらえるなら、思ったより原語に忠実なんですね」
「おや、そうなのかい?」
「はい」
日本語の「おはようございます」は「朝も早くからごくろうさまです」ってねぎらいの意味の言葉だと聞いたことがある。
そのことをちゃんと日本語の「オハヨウゴザイマス」を共に説明すると、おばさんは「へぇ」と目を見開いた。
「それじゃあ、誤解でなくあんたは本当にさっきの挨拶をしたんだねえ。まぁ、あんたの祖国は礼儀正しい国なんだねえ」
「あーそれは誤解です、ただの慣習ですから」
いやマジで本当に。
少なくとも今の日本に「おはようございます」を元の意味を認識しつつ使ってる人なんて……少しはいるのかな?
うーん。
おばさんにメヌーサを見かけたか尋ねたところ「ああロビーで見かけたよ」と教えてくれた。
言われた通りにロビーに向かうと、メヌーサが昨夜のじいさんたちのひとりと話をしていた。
「ああ、おはようメル」
「ごめん寝坊した!」
「いいわ、ここまでの話題はメルがいなくても問題ないから」
え、ここまでの話題?
「なーにボケてるの、これよこれ」
「……あ」
言われてみれば。
なんかメヌーサの横に、お酒らしい小樽や瓶が数本。
「どうしたのこれ?」
「色々よ。ほら、この樽はメルが話してくれたやつでしょ?」
あ、婆さんが出してくれたのか。
日本でも、居酒屋でビールをピッチャーや樽で頼むと出してくれる小さい樽あるよね?あれくらいの大きさの、やっぱり樽っぽいカタチのものを想像してほしい……まぁ木製じゃないけどな。
カウンターに目を向けてみると、婆さんが掃除をしているんだけど……こっちを向いてウンウンと頷いていた。
「どうも助かります!」
「いいよいいよ、それでいいんだろ?」
「はい、ありがとうございます!」
とりあえず頭をさげた。
「しかし……木の樽じゃないんだな?」
プラスチックでもないようだけど、よくわからない謎素材だった。
「植物?……ああ木の樽ってこと?」
少し考えて、ああとメヌーサは手を打った。
「メル、あなたの故郷って、よくよく酒好きばっかなのねえ?」
へ?
「酒職人でもないのに、どうして木の樽がいいって知ってるのよ。そんなの普通、ろくな銃器もない超未開文明でもなきゃ一般人は知らないものよ?」
「……そうなの?」
「例外もあるでしょうけど、一般にはね」
まぁその……確かに地球は未開文明だけどさ。
「まぁ、酒好きは否定しないかな?」
「そう?」
「うん、もちろんすべての住人がそうとは言わないけど」
間違ってはいない、とおもう。
「まぁいいわ、話を戻すけど。
木の樽は確かにいいけど、あれって呼吸するでしょう?」
「ああ、うん」
「根拠があるわけじゃないけど、宇宙船には木の樽は積まないようにしようって慣習があるの。これはわりと銀河全般で行われていることよ」
「……そうなんだ」
「ええ」
いや。
私としてはですね。
そもそも、木の酒樽が銀河文明に普通にあること自体が驚きなんですが。
まぁ、酒のポジションにあたる嗜好品くらいは銀河文明にもあるだろって昔から想像してたけどさ……ここまでガチのお酒があるとは思いもしなかったよ。
そんなことを考えつつ、ふとメヌーサを見た。
銀の長い髪に紫の瞳。
日本人である私には、あまりなじみのない北欧系タイプの女の子であるメヌーサは、いまいち年代がわかりづらい。身体が小さいから、なんとなくお子様扱いしがちなんだけどね。
だけど、こうしてこの星の人たちと話しているのを見ていると、皆のイメージは私とちょっと違うみたいだ。
ふむ?
「どうしたんだい?連れの子をじっと見たりして」
「あ、ども」
ふと気づくと、婆さんが私の横に移動していた。
「あー……いや、実は彼女の見た目なんですけど」
「見た目?」
「私の故郷には銀髪に紫の目の女の子なんていなかったんですよ。それに顔とかの造形も微妙に違ってて。
だからこう、年代とかどうも測りかねるんですよね……それで」
「それで?」
「ぶっちゃけ、どういう態度でつきあえばいいかわからなくて」
「ふむ……」
「おばあさん、バルサさんでしたか。バルサさんの目には彼女、どう見えます?」
「そうさのう」
ふむふむと婆さんはメヌーサを見ると、ウンと頷いた。
「このあたりだと、若奥さんって感じの歳かのう?」
え、そうなの?
「子供には見えてないと?」
「逆に尋ねるがのう、あの子のどのあたりが子供に見えるんじゃ?」
そういわれて返答に困った。
「たとえ同族でも、見慣れない外見なら確かに判断には困るじゃろう。
じゃがな、よくわからぬ相手を、とりあえず子供扱いするというのは相手に失礼なのではないか?」
「……それは確かに」
それもそうだな。
小柄で、しかもよく知らない人種なわけで。
それを問答無用で子供と見るのは失礼であると。
うん。
なるほどそうだ、肝に銘じよう。
「確かにそうです。ありがとうございます」
「いやいや」
なんか婆さんと笑っているとメヌーサに呼ばれた。
「メル、お婆さんと何話してるの?こっちに参加なさい」
「へいへい」
話は仕切り直しになり、ここから目的地までの経路の事になった。
いつのまにか、昨日のじいさんたちがまた集まっていた。聞けば全員リタイヤずみということで、ここに遊びにきているぶんには家人も何もいわないんだという。
はは、悠々自適だなぁ。
「あのクルマでここからまっすぐ行くのは、ちっとまずいのう」
「どうして?」
「途中に連邦軍の駐留所があるんじゃよ。ほれ、ここと、それからここじゃ」
じいさんのひとりが、広げているデジタル地図の一角をおさえた。
「あの手のクルマは法で示された道路地図にそって走るようになっておる。そこから外れることができんかわりに、命じればどこへでも自動でいくんじゃよ。
それはとても便利なんじゃが、こっそり使いたいむきには不便ということじゃよ」
なるほど。
「だったら手動で……走らせたら、見つけてくださいっていうようなもんか」
「理解が早いのう、そういうことじゃ」
じいさんたちは、微笑みつつうなずいた。
「そこでなんじゃがな、ひとつ提案があるんじゃ。
話だけでも聞いてみるつもりはあるかな?」
「いいわね、とりあえず話してくれる?」
「うむ」
メヌーサの言葉に、じいさんのひとりが大きくうなずいた。