宇宙酒場
イダミジアで、銀河にも酒場があって嬉しいと言ったら、なぜか常連のじいさん連中に親切にしてもらったんだよね。
日本でも若者の酒離れなんて言われていたけど、銀河文明の世界では酒は純粋に嗜好品らしい。つまり職場で「飲みニケーション」みたいなことは多くの文明国ではなくなりつつあったり、なくなっている事も珍しくないと。
だけど個人主義が進めば進むほど、相互理解のためのコミュニケーション手段の需要はなくならない。むしろ増大する。
だからこそ、酒を食らって語り合うという古典的な文化もそれら手段のひとつとして、消えずにいつまでも残るのだと。
なるほどねえ。
個人的には酒やそれに類するものでなく、別の方法でコミュニケーションできるならそれでもいいと思う。
ただ「同じ釜のめしを食う」って言葉もあるように、共に飲み食いしつつ胸襟を開いて語り合うっていうのは多くの種族が採用しているコミュニケーションの方法ではあるらしい。酒もそのひとつであると。
だから、ひとつだけ思うこと。
酒の嫌いな人が酒を排除したいってのは当たり前だし、酒の嫌いな人にまで飲まそうとする悪習は改善されるべきだけど。
でも。
だからって、あまり酒好きや酒そのものを敵視しないであげてほしいとは思う。
え、私?
もちろんお酒は大好きだけど、人前でバカバカ飲むのは好きじゃなかったかも。あまり強いわけじゃなかったしね。
そんなこんなで、なぜかやってきました田舎の宇宙酒場。
「メヌーサ」
「なあに?」
「なんでまた、わざわざ酒場に?」
必要なのは宿屋だと思うんだけど。それとも野宿するつもりなのか?
「ああ、そういうことね」
納得したようにメヌーサはうなずいた。
「このあたりの星域ではね、酒場や食堂が安宿も併設していることが多いの。むしろ泊められない場合には泊められないって書いてあるのよね」
「そういうことか」
そういや地球にもそんな地域あったっけ。なるほどね。
店の中はハリウッド映画に出てくるような田舎のパブと、日本のドライバーむけ大衆食堂をかけあわせたような、特有ののどかさがあった。壁のところにオーダーらしきものを書いた紙が貼ってあるのだけど、何か古ぼけていて、本当に今も頼めるんだろうかと首をかしげるようなものだった。カウンターの奥にはお店側と思われる婆さんがいて、おっさんと数名の常連らしき老人たちがこっちを興味深そうに見ている。
これは悩むまでもなく、めったに客なんか来ないような土地だな。かけてもいい、座ってる連中も暇をもてあましてる近所のじいさんたちだろう。
すたすたとメヌーサはカウンターに近づくと、カウンターの婆さんに話しかけた。
あ、この婆さんドロイドだ。
「平穏と静けさを。食事と泊まりを頼みたいの」
そういうと、いつのまに用意したのかコインらしきものをペチッとカウンターに置いた。
婆さんは少し黙っていたが、ふむとメヌーサを見た。
「こりゃあまたご丁寧に、ケンロン・ドーアにようこそ。随分とまた古い硬貨だけど、いいのかい?」
「足りないかしら?」
「これじゃ余るね。何日泊まる気だい?」
「一晩でいいわ、おつりはとっといて」
「気前のいい客は好きだよ?」
にっこりと婆さんは笑った。
その笑顔から思うにたぶん、もらった硬貨の額とは関係ないんじゃないかな。
もしかしてだけど、あのコインは古銭といっても大した価値はないか、あるいは簡単に換金できないシロモノなんじゃないかなと思う。
だけどまぁ、それを言わない婆さんにわざわざ指摘するのも無粋なんだろうな。
「こんなところに二人で宿泊かね。おうちに連絡はつけているのかい?」
「もちろん。ふたりで遊びに出ていて車が壊れちゃって」
「そりゃ大変だったね。まぁ今夜はゆっくり休みな」
それで納得するのか?
あー、でもまぁそうか。この婆さん、どうやら多少の事情は理解したっぽいな。
婆さんはメヌーサと少し話をしていたが、やがてカウンターを開けると横に出た。
「あたしゃ、この小さなお客さんたちを部屋に通してくる。注文はちょっと待ちな」
「おう、いってらっしゃい」
「わかったぜぇ?」
おっさん爺さんたちは、ウンウンとうなずいてこっちを見ていた。
だけど。
「……」
おっさんたちの中にひとりだけ、妙にひっかかる視線を投げているヤツがいた。
これは……。
私はとりあえず、そのおっさんも含めた全員に普通に会釈をして。
そして、メヌーサたちについていった。
「お部屋はここになるけど、いいかい?」
「そうなの?ずいぶんといい部屋じゃないかしら?」
「それだけのお代をもらったからね。……それに安全は買うべきじゃないかい?」
「それもそうね?」
うん、やはり無言の応酬があるみたいだな。
何か古風なドアを開くと、中は確かに豪華な部屋だった。
インテリアは木造中心なんだけど、なんていうか優雅だ。ベッドに天蓋がないのが不思議なくらいにいい部屋だった。
すごいな。
こんな部屋、地球時代には間違っても泊まったことなんかないぞ。
婆さんはドアを閉めると、すたすたと部屋の隅の方にいった。
「非常脱出口は全部で四か所、それぞれ全く別のところに出られるようになってる。ただし、ここを使うと店のカウンター裏に出るからね、使い方に気をつけな」
「わかったわありがとう。……あと、メル?」
「え?」
唐突に話をふってきたので、一瞬わけがわからなかった。
「今度はあなたがやってみるの。教えたよね?」
「あ、はい」
婆さんがドロイドだから試してみようってわけか。
私は婆さんの前に立つと、自分の中に意識を向けた。
よし、掴める感触あった。
「……『複写』」
キーワードを唱えると胸のところから光が出て、そしてそれを婆さんに向けて飛ばした。
ふよふよと光は婆さんの胸に収まった。
「……ああ、確かに受領したよ。ありがとさん」
言葉は乱雑だったが、おじぎは丁寧だった。
「何か必要なものはあるかい?」
「特にないわ。晩ごはんは楽しみにしてる」
「ああ、そうさね。こんな田舎で何もないが、楽しんでいっとくれ」
そうニコニコ笑っていうと、婆さんは部屋を出て行った。
「……どうしたのメル?」
私が変な顔をしているのに気付いたんだろう。メヌーサが質問してきた。
「いや、一瞬意味がわからなかっただけ」
「そう?」
「うん」
要するに、会話を誰かに聞かれてるかもしれないわけだな。
そんなことを考えていると、
『まぁ、そうでしょうね』
メヌーサの言葉が脳裏に沸いて出た。
『監視があるようだね』
『ええ』
『さっきの爺さんたちの中にもヘンなの混じってたし』
『そうなの?具体的には?』
『あくまで印象だけど。なんかイヤな感じがした』
『……巫女のカンでしょうね、それは』
ふむ、とメヌーサは少し眉をしかめた。
『この通信は傍受されないのかな?』
『電波通信じゃなくてメルの頭に直接割り込んでるから。内容はわからないでしょう』
『なるほど』
とはいえ、沈黙していると怪しいと思われるのは変わらないか。
「そういえば連絡しておいたほうがよくない?予定変更したんでしょう?」
「連絡済みよ。とりあえず食事をいただきましょう」
「ういっす」
わざわざ言葉による会話に切り替えたのを、ちゃんとメヌーサは理解しているようだった。