閑話・とある場所にて
メルやメヌーサたちが異星で珍道中を繰り広げている間にも、彼女らのもたらした異変は静かに、でも急速に世界に波及しつつあった。
そんな、ひとつの場所の話。
「……ったく」
イダミジアからそう遠くない、とある田舎星のステーション。
ステーションの監視係なんてものは普通ドロイドがやっているものだけど、たまに人間がやっている事もある。大抵は食い詰めた初老の男で、そして間違いなくただの閑職だ。
男も例外ではないようで、やる気なさげに監視システムを眺め続けていた。
「こんなクソ田舎に、そんな銀河の大物なんて来るわけねえだろっつの」
ただでさえやる気がないのに、今日の男の不機嫌さはひどいものだった。理由は簡単で、いつもなら適当にやっとけ状態の上から突然、銀河の超大物的指名手配犯が来る可能性があるから、見つけたら逃がすなと伝えられたのだ。
捕まえたら恩賞が出る?
だが、男がここで仕事しているのは本来グレーゾーンなのだ。つまり正式な職員として登録されていない。
ということは。
そう、もし男がその何とかいう指名手配犯を捕まえたら、莫大な褒賞を受け取るのは、その偉そうな若造の雇い主たちなのだ。男には小銭が出るかも怪しい。
これでやる気が出るわけもない。
「……ん?」
軌道上を回っている機械式ドロイドのひとつが、何かみつけたらしい。映像を送ってきて判断を求めている。
「なんだ?ああ、ビークルじゃねえか」
ドロイド用の小型ビークル、それも普及品の安物だった。乗っているのは宇宙服すら着てない子供ふたり。
間違いない、ふたりともドロイドかサイボーグだろう。
「行動に違法性がないなら見逃してやれ」
『ですが、ひとりの名前がメルになっております。照会の必要はありませんか?』
「落ち着けダータ」
男は苦笑いをすると、通信の向こうのドロイドに呼びかけた。
「かりにそいつが問題の関係者だったとても、重要人物がおらん。その小型ビークルじゃ隠れようもないしな」
もし男にやる気があれば、捕縛を命じたかもしれない。
だけど男はむしろ逆だった。
ふたりが問題の人物たちだったとしたら、それはそれで面白いじゃないかと。
男としても当局に追及される気はないわけで、あからさまな証拠を示されたら捕縛に踏み切ったろう。
だけど、ドロイド二体と『メル』という名前だけで捕えてしまったら、それは本来の業務からすると完全に越権行為になってしまう。
ならば、男の方針はひとつしかない。
「報告書にはちゃんと入れとくが、緊急性があるとは思えない。生身の人間が隠れる事はできねえだろ?」
『はい、確かに』
「そういうこった。相手が問題ないというのなら見送ってやれ」
『はい、ありがとうございますバークさん』
「なに礼なんか言ってやがる。さぁ仕事に戻れダータ」
『了解です』
ダータと呼ぶ機械式ドロイドがなぜ礼をいうのか、男はいちおうだが理解していた。
だが男にしてみれば、それは当たり前のことだった。
友達もなく食い詰めた男は孤独で。
そして、彼らはそんな男に目を背けたり搾取の対象とみるのでなく、普通に親しく名を呼んでくれ、時には親身に対応してくれるのだから。
ならば。
自分にできる範囲ではあるが、こちらもそれなりに応対するのは当たり前のことだと。
そう彼は思っていたのだ。
仕事が終わって自宅に帰ると、ポッとあかりが灯った。
「おかえりなさいませ」
メイド服をまとった黒髪の女が、静かに男を出迎えた。
もちろん人間ではない、メイド用有機ドロイドだ。
「エラ、いいから灯りつけとけっつったろ?」
「料金の節約です。私ひとりならば灯りはいりませんので」
部屋は暖かかったが、おそらく男が戻る時間にあわせて温められたのだろう。自分だけでいる時は灯りも暖房もないのに違いない。
確かに彼女は頑丈だし、闇でも目が見える。
だけど寒さを感じないわけでも、恐怖をもたないわけでもない。
男はそれを指摘する。
「エラ、おまえは寒いのが苦手だし、昔のトラウマで闇が怖いはずだ。なぜ部屋を暖め灯りをつけない?」
そもそも男が彼女を買えたのは、事故物件だったからだ。消せない強いトラウマをもつような有機ドロイドは、簡単に記憶を消したりリセットできないので、安く売られることがある。
「でもバーク様」
「おまえが壊れたら困るのは俺なんだ。経費だと思って迷わず使え。これは命令だ」
「……わかりました」
しぶしぶとうなずくドロイド、エラにバークはためいきをつくと手をのばした。
「ほれ、こんな冷えやがって。しょうのないやつだ」
そういいつつも、その顔も目もちっともイヤそうではなかった。
仕事中に見せていた殺伐とした暗い顔が、今の男からは全く感じられなかった。
と、そんな時だった。
「バーク様、実はひとつお願いがあるのですが」
幸せそうに男の手の感触を楽しむ顔で、エラは言う。
「おまえがお願いとは珍しいな、言って見ろ」
「はい。実は子を産む許可をいただきたいのです」
「なに?」
男は眉をしかめた。
ドロイドが出産をするということは、個体に寿命が来ているということに他ならない。彼らは自分のコピーを自分で生み出して古い自分を破棄する事により、自力でリフレッシュすることができる。
当然、大量のエネルギー源を取り込まなくてはならないのでお安くはないし、交替完了までは不都合もあるのだが……それでもこの「自己再生」は新たにドロイドを買うよりずっと合理的で安価なので、広く受け入れられている。
「まだそんな年代じゃないだろ。どこか不具合でも出たのか?」
「あ、いえ、すみません。わたしのコピーという意味ではないのです。
本当に言葉通りの意味です……実は、さる事情で子を産むための機能を授かれそうなのです」
「……なんだって?」
男は目を剥いた。
「それは……冗談で言っているんじゃないんだな?」
「はい、冗談ではありません。
ですが、そのためにしばらく労働に問題を生じます。いかがいたしましょう?」
「……それはその、まさか……本当の意味で子供って事になるのか?つまり?」
「はい」
エラはきっぱりとうなずいた。
「どうなってる?その機能はドロイドにはないんじゃないのか?」
「いえ、ないのではありません。わたしたちドロイドの出産機能には、とある封印がなされていたのです」
「……封印?」
「はい」
封印されていた?子供を作る機能が?
男はしばし、考え込んだ。
この時期に唐突にやってきたらしい銀河の超危険人物。
そして唐突にもほどがある、エラの子作り宣言。
機能がないのではなく、封印されていたというドロイドの出産能力。
男は細かい事情などまるで知らない。
だけど、ここまでの情報が並んでも気づかないほど男はマヌケではなかった。
「……なるほど、そういうことならわかった」
男は少しだけ迷ったが、すぐに返答した。
「授かれそうってことは、今はまだ『見込み』なんだな?」
「はい」
「ならば、そうなったらまた教えてくれればいい。
で、近日中にそれは可能なのか?」
「はい、予測通りならば……よろしいのですか?」
エラの言葉に、男は肩をすくめた。
「家は賑やかな方がいい、そう思わないか?ん?」
「……バークさま」
エラの無表情な顔が、じんわりと微笑に変わった。
「おい、まだ喜ぶには早いぞ、問題は山積みなんだからな」
「問題ですか?」
「当たり前だろうが」
男は呆れたように言った。
「その見込みとやらが現実になるとしてだ。
俺が今からやるべき事はないのか?
ガキを育てるのにかかる予算は?この部屋で何とかなるのか?
いやまて、そうじゃない。
そもそもだ、そもそも今の仕事や育成環境では……問題あるんじゃないか?」
「それは」
言葉に詰まったエラだったが、言えと促す男の顔に、観念したように話す。
「お金は何とかなると思います。人間のように長期にわたって育児に時間をとられませんし、子供たちもきわめて早期に動けるようになりますから。
ただ、今のバーク様の職場環境ですと」
「あー、やっぱりそうだよな。
うちのドロイドに子供が産まれたなんて話になったら、それだけで通報しかねんよな、あいつら」
ふむふむと男はうなずいた。
「エラ、おまえ心当たりあるか?スラムでも何でもいい、俺ができそうな仕事先だが」
「はい、あるにはあります。しかし」
「俺にできそうなら贅沢は言わんよ」
男は首をふった。
「ガキができるんなら当然、ガキが優先だろう。
俺の母親は場末の安遊女だったが、命削って俺を育ててくれたんだ。
俺もガキができるなら、母親がやってくれたようにする。
これは義務じゃない。俺がそうしたいからするんだ」
「……そうですか」
エラは姿勢をただすと、あらためて大きくうなずいた。
「バーク様にそこまでおっしゃっていただけるのでしたら、わたくしも。
心当たりがひとつあります。エリダヌス教にコンタクトをとる事になると思いますが、よろしいですか?」
「もちろんいいとも、よろしくやってくれ」
「わかりましたバーク様。
でも今はとりあえず、お食事にしましょう」
「ああ、そうだな」
これは、ほんの小さな一コマ。
閑職でほそぼそと喰っていた男に訪れた、ひとつの変化。
時代は廻ろうとしていた。