道中
スクーターじみた超小型宇宙船から、現地製らしき放置自動車に乗り換え。
まぁ車輪つきの車じゃなくて重力や慣性を制御しているあたりが、さすがは腐っても銀河文明ってところ。
あと、ひとつわかった事がある。
「道がコレってつまり、車輪で走る乗り物がないってこと?」
「でしょうね」
そうなのだ。
つまり、道とも思えないような「マーキング」だけのハイウェイしか見当たらないというのは、ここが田舎というのではなくて、車輪を使った車両自体がこの星の主流でなくなって久しいってことらしい。
これは驚いた。
だって、あのイダミジアですら立派な道路があったのに。
「それは逆よメル」
「へ?」
「田舎だからこそ、さっさと車輪を廃止できたんじゃないかしら?」
「どういうこと?」
思わず首をかしげてしまった。
「メル。一般社会に重力制御の乗り物が導入される場合、真っ先に採用するのはどこだと思う?」
「真っ先に?」
ちょっと考えてみたが、わからなかった。
「答えは荷役。どこの文明でもそうだけど、真っ先に導入を検討し、使えるとなったら即導入するのはほとんどの場合、大量輸送関係なのよこれが」
「あぁー……そうか!」
思わずポンと手を打った。
「そうか、そうだよな。タンカーや貨物船も置き換えられるし、スピードも当然段違いだし」
「水上輸送は多くの場合、重力制御が入ってくると押されて衰退するわね。地球もいずれそうなるわ」
「いやいや、地球で重力制御の実用化なんて、まだまだ先の話だから。基礎研究ですらこれからだよ」
「そうなの?」
「うん」
まぁ重力制御できれば色々変わるだろうけどね。
それはまだ未来の話だ。
そういや地球で呼んだラノベで、未来から来た女の子が水に浮かぶ船を知らないってネタがあったな。
うん、言われてみりゃ当たり前だ。
地球で輸送船が発達したのは、重いものや大きなものを水に浮かべて運べる利便性。その「重さ」を無くせるとしたら、時間のかかる海運に頼る必要はなくなってしまうわけで。
うん。
そりゃあ、水に浮かぶ大型船なんか淘汰されるよな。忘れられても無理もない。
「重力や慣性制御が民生で使われるようになると、ほとんどの場合まず輸送が変わる。
で、それから一般に広がりはじめて……あとはもう、なし崩しよ。
事故防止にも使えるし、燃料も節約できる。道路のメンテナンスもだいぶ楽になるし、何より自然を破壊しない。さらにいえば、ここは道路ですって仕切りをセットするのが道路工事の実態になるから、今まで百年単位で作っていたレベルの道路を数か月で作れるようにもなるのよね。
色々な物が後押しをする形で、急速に道路交通は置き換わっていくの。
たぶんだけど、この星でもそんなこんなで、もう何百年、もしかしたら何千年も前に舗装路が一掃されちゃったんでしょうね」
「で、タイヤもパンクしないと」
「パンク?」
あ、知らないのか。
ならばと説明した。
「ゴムのタイヤに空気をいれてるの?……また優雅なことしてるわねえ。自重で潰れたり走ってて破裂しないの?」
古臭いを通り越して優雅ときたか。
もしかして、アンティークか何かみたいに見えるのかな?
「さすがにそれはない。でもたまに硬いものとか踏んでパンクするよな」
「実用に問題あるんじゃないの?」
「あるよ。今まさにいろんな研究がなされてるのさ」
パンクレスの試みは続けられている。いつかは叶うと思う。
今はまだ無理だけどな。
「そういや、イダミジアで道路が健在なのはどうしてなんだろ?」
「あそこは混沌だから」
「混沌?」
「いろんな所の色んな人たちが集まってるってこと。
道路って結局、利用する人たちに合わせて作るものでしょ?大きな都市になればなるほど、古いものにも配慮する必要が出てくるものよ」
「なるほど……」
ひとやモノの多さゆえ、というわけか。
なるほど、それもまた解かもしれないな。
そんな話をしている間にも、ぽんこつカーは滑るように走っていく……まぁ実際に空を滑っているんだけどな。浮いてるし。
速度は、だいたい時速120kmってとこかな。
意外にゆっくりだなと思うけど、このまま夕暮れまで走れば1000km近くは進めるわけで。
飛ばして目立ったら意味がないし、まぁ充分だろう。
ただ気になったことがひとつ。
「これメーターも何もないな。なんでだ?」
ろくなメーター類がないんだよね、この車ってホント。
「基本が自動運転だからでしょ。クルマにまかせっきりで自分で運転しないのに、情報パネルやメーターがあっても意味ないわけだし」
「割り切りすぎじゃないかな?」
確かに、自動運転が基本の乗り物にスピードメーターつけていても仕方ないのかもしれないけどさ。
せめて現在位置を知るものくらいは。
「乳幼児以外のほとんどがネット端末つけてるしね。そっちで認識できるから必要ないんでしょ」
「あー……そういうこと」
ひとがネットされているから、クルマにはスピードメーターすらもいらないって?
すごい発想だと思うのは、私がまだ基本、地球人だからなのかな?
そんな会話をしていたら、クルマの方が反応した。
【メーター類を求めるお客様もおられますね】
「あ、やっぱりなんだ」
【わたくし『スピード40』型はシンプルさが身上のコスダンテ・スタイルを採用しているのです。そのため装備は必要最低限でいいということで、メーター類は装備されませんでした】
「なるほど、そういうデザインの流行があるのか」
【はい】
「でも屋根はつけてたんだ?」
【フラットシートと屋根は、お若いお客様に人気の装備でした】
「……そっか」
まぁ、その、なんだ。多少言いたいことはあるけど、大筋は理解できる。
地球の車のデザインもスカートの長さみたいに流行がある。
オートバイもそう。
いやむしろ、メカがむきだしでデザイン上の制約のあるオートバイの方がわかりやすいかな?
なにしろオートバイの場合、流行が大きく二極に分かれるからね。
すなわち。
限りなく便利に快適にと進んでいくか、それとも、利便性を捨てても限りなくスタンダードに、あるいはシンプルに収めるか、その両極端なんだよね。
たとえば、チョッパーとかボバーって呼ばれているジャンル。
これらはチョップ、つまり削り取るという言葉通り、余計なものをそぎ落とす流れから始まるんだ。
さすがに全部とっちゃうというのは一般的には理解されないだろうけど……たとえば地球にいた頃、大きな泥除けを最低限に変更したり、大きなメーターが無駄だって小さいのに替えてた私にはわかる。
機械っていうのは、ごてごて付け加えるより外したり、削ったりの方が難しいんだよ。
「さてと……あとどれくらいあるかな?」
あいにく、距離に関しては自分で調べなくちゃいけない。
今までの印象だと、どうもメヌーサは距離とか時間の感覚がズレてるから。
まぁそれだけ長生きってことなんだろうけどね。
「なんか、メルに不当な評価をされてる気がする」
「距離の感覚がないのは事実でしょ?まぁ、指摘されてもわからないからこその欠如とは思うけど?」
「あー、そのこと。そっか、メルもそう思うのね」
ふむ?
何か気にしてるっぽい?
「なに、誰かに悪意で指摘されたことでもあるの?」
「長生きしすぎてボケ入ったのかって言われた事あるわ。内心化け物って思われるのは珍しいことじゃないし」
「……ひでえな」
誰だよ、女の子にいう言葉じゃないだろ。
「まー長生きなのは本当のことだしね。でも、あまり嬉しい話じゃなかったわ」
「そりゃそうだろ。って私もそうか、気を悪くしたらごめん」
「あなたのせいじゃないでしょ?」
メヌーサは苦笑した。
なんとなくその苦笑が痛々しくて、思わずフォローを入れてみた。
「私が言うのもなんだけど、時間や距離の感覚が変なのは仕方ないんじゃないかなぁ」
「長い年月を見てるからセンスがずれているっていうんでしょう?悪いけど、そういうのは昔からいろんな人が言ってくれたわ。……ほんとはそんな事思ってもいないくせに」
「思ってない?なんでさ?」
む、と私は眉をよせた。
「時間や距離の感覚なんて、住んでいる土地や時代で違ってあたりまえだろ、そんなの。私は実例知ってるからわかるよ」
「実例?」
「まぁ、さすがに千年生きちゃいないけどね」
私は言葉を続けた。
「イダミジアに来る前、私が住んでた東京っていうとこはね、十分に一度は電車がくるとこだった。一分遅れたら謝罪放送があるくらい時間ぴったりの運行がなされていたし、それでよく外国人にも驚かれてたよ」
「……それはまた、ずいぶんとせせこましい話ね」
ソフィアも東京の電車のダイヤだけは苦笑いしてたもんな。
あんな分単位のギチギチのロジックで運行してるなんてのは、異星人の目から見ても結構すごいらしい。地球レベルの文明圏ではけっこう珍しいって。
「でも、私はその東京から、小笠原諸島の父島っていうところに旅行でいったことがあるよ。
父島では一週間に一度、本土から船がくるだけで、他に交通網がないんだ。大きな海のど真ん中にあって、他の土地はどこもはるか遠い。
何もかも週単位、最低でも日単位でね。分刻みで追いまくられることもなかったよ。
でも、そんな父島なんだけど、あそこも東京都なんだよ?東京都小笠原村ってなってて、クルマのナンバーだって品川なんだ」
「……」
もちろん、品川ナンバーなんて異星人のメヌーサが知るわけはない。でも言いたい事は伝わるだろう。
「時間や距離の感覚なんてのは、そういうもんだろ。病気とかで距離感がつかめないって人は知らないけど、普通はその人に必要なサイズ、ちょうどいいサイズになっているもんなんだと思う。
メヌーサもきっとそうじゃないか?
どんだけ生きてるのか知らないけど、長生きなんだろ?
だったら、そのスケールにあわせた感覚になっちゃってて、一年や二年なんて昨日の事と思えても全然不思議じゃないさ。
……私はそう思うんだけど、メヌーサはどう思う?」
「……なるほどね」
ふうっとメヌーサはためいきをついた。
「それはそうと、この感じだともうすぐ夕方よね?」
「え?あ、そういえば」
話に夢中になって気づかなかった。だいぶ陽が傾いてる。
「どこか、飲み屋のありそうな町で停泊しましょう。あまり食糧もないし」
「あー了解、でもお金もないよ?」
「まぁそっちはどうにかするわ」
そういうと、メヌーサは小さく笑った。
次回の更新は月曜日の夕刻となります。