大気圏へ
スペースオペラとか、宇宙で冒険する物語って多いよね。
よくわからない謎技術の宇宙船で、はるかな彼方に旅をする話とか。
知らない間に銀河の勇者にされちゃって、女の子の姿をした宇宙船で戦ってみたり。
うん。
確かに、そういうのは間違いなく冒険活劇だよね。私も大好き。
だけどさ。
かわいい女の子を後ろにくっつけて、タンデムツーリングでもやらないような身軽な装いで大気圏突入とか。
こっちはこっちで、ある意味すごい宇宙もの冒険活劇だと思うんだけど。
ねえ、きみはどう思う?
『……すっごいなぁ』
まわりはまさに宇宙。
そして、むき出しの大型スクーターみたいな乗り物で惑星降下中ときた。
いやぁ、見てよこのダイナミックな風景。
真っ暗な空に満点の星々。
そして、眼下には見知らぬ惑星の丸い大地が……。
地球なら、宇宙服ごしですら簡単には見れないよね。
え?おまえは杖があれば生身で飛べるだろうって?
そりゃー単独なら飛べるけど、少なくとも人を連れて飛ぶのはまだ無理だよ。
それにさ。
『……』
地球でも十代からバイク乗ってたけどさ、女の子と二人乗りなんて、果たして何年ぶりなんだか。
しかも、ちょいとお子様すぎるけど一応、北欧系の銀髪美少女さんだよ?
この状況で杖がどうのとかはさ、やっぱりヤボってもんじゃないか?
え?おまえもう男じゃないだろって?
いやいや、そこはとりあえず空気読もう、ね?
『いえいえ、その前にメルはデリカシーを覚えるべきよね?』
『……え?』
『まぁ、わたしを女と見られても困るわけだけど……ねえ、そんなにわたしってお子様に見える?』
『な!?』
しまった、全部筒抜けだった!
そんな会話をしていたせいか、それに気づくのが遅れた。
『メヌーサ、なんか近づいてくる』
なんか小さな機械の塊みたいなのが近づいてくるし。
『え?ああ巡視ドロイドね』
巡視ドロイド?
『各種センサーで警戒網を敷いているわけだけど、それだけではよくわからない飛翔物ってあるでしよう?そういうのを直接確認にくるわけ』
『ああなるほど、そっかー……ってマズイじゃないかっ!』
それってつまり体制側ってことだろ?
今この状況を見られたらどうする?こっちは武器もないのに。
『まぁ落ち着きなさい。今あわてても仕方ないわ』
『そ、そうか?』
『そうよ。ま、お話もできるはずだから話してみれば?』
『わかった』
そんな話をしている間にも、機械の塊さんはズンズン近づいてきた。
お、何かのマーキングが入ってるな。
ちろちろとサーチライトみたいなのが、こっちを照らしはじめた。
『こちらシャンカス高層警備隊。何か問題がありましたか?』
頭の中にいきなり通信きた。
『こちらはメル、旅行中です。この通りの身体なので惑星観光中です』
『メル?』
う、名前に反応した。まずったかな?
機械の塊は少し考えていたが、やがて光を取り戻した。
『なるほど了解しました。こちらは危険ですので、降下なさるならもう少し北の方がよろしいかと』
へ?
『危険?』
『何やら危険人物がこの宙域に来ている可能性があるとかで、厳重警戒中なのです。ドロイドが載っているだけの小型艇に見向きする可能性は低いのですが、怪しまれて不愉快な思いをされるかもしれません』
なるほど。
『それは勘弁かな……北の方は大丈夫なの?』
『北部は遊牧地域が広がっているだけの田舎なのです。地上にもろくな設備がありませんし、軌道エレベータも北部には対応しておりません。それに人口密度も低いので、警戒もあまり行われておりません』
ははぁ……なるほど。
『了解、わざわざありがとう』
『いえ、とんでもない。ではお気をつけて』
ブンブンと手をふると、何かチカチカと光らせて機械は去っていった。
これは……。
もしかしなくても、意図して見逃してくれたんじゃないか?
『北部に向かうつもり?』
『罠かもしないっていうんだろ?けど確かに北部は静かっぽいよ?』
『そうね、それはそうだわ』
メヌーサもそれには同意見のようだった。
つまり、この星の都市圏は南半球に集中していて、北部は閑散としているっぽい。
『ま、ダメでもともとっていうじゃん。連絡先のこともあるけど、問題ないなら行ってみないか?』
『それ地球の言葉?』
『うん』
『もともと悪い状況なんだから、気にするなってとこかしら。
随分とポジティヴな格言だけど、まぁ確かにそうね』
ふむふむとメヌーサはうなずいた。
『まぁ多少遠くなるかもだけど……いいわね、そうしましょうか』
背後でメヌーサが肯定したのを確認すると、降下の方向を変えた。
『よし、降下続けるよー』
『ええ』
だんだんと惑星が近くなってきた。
イダミジアでもそうだったけど、圧倒的巨大さが眼下に広がってくる光景はやっぱりすごい。宇宙ならではだよね。
だが、こうしてみると思ったより雲が少なくて、そして荒野が広く見える。
すなわち、イダミジアより気候の荒れている星ってことかな?
「まもなく大気圏突入するよー」
「うん、わかってる」
むき出しで大気圏突入かぁ。
まぁ、杖使ってアヤと飛んだ時もやったけど、自力で飛ぶんじゃなくて運転中だと、また何か不思議なものがあるな。
そんなことを考えていると、ピロリンと警告みたいな音が脳裏に響いてきた。
ん、警告?
【大気圏に近づきすぎています。高度をあげてください】
なんだこれ、こいつからの警告か?
いいや、試しに返事してみるか。
『突入するから問題ないよ』
【了解。大気圏突入モードがありますが、そちらを利用なさいますか?】
大気圏突入モード?
首をかしげていると、メヌーサが疑問を引き取ってくれた。
『ヘンな角度で突っ込んでふりまわされたりしないよう、安全角度と速度で自動的に突入する機能のことよ』
へぇー。
『そりゃいいや。わかった、今の方角を維持しつつ自動突入してくれる?』
【了解いたしました】
そういうと、勝手に機体の角度が変わりはじめた。
うわ、もしかして。
『これが自動の突入角度?大丈夫なの?』
『いえ、ゆるいくらいね。メルが怖がりなだけよ』
『さいですか』
む、そこまで言われては、しっかりせんと男がすたる。
え、男じゃない?うるさいです。
【突入中には機体が加熱する事があります。また突風にさらわれる可能性もありますので、落ち着くまでは手や顔をださず、そのままの乗車姿勢を崩さないようオススメいたします】
なんかバスのアナウンスみたいだなぁ。音声じゃないけどさ。
了解です。
【まもなく大気圏突入します。不意の衝撃にご注意ください。十五、十四、十三、十二……】
うわわ、カウントダウンはじめたよ。
あわてて身の回りを確認していると、クスクスという笑い声が脳内に響いた。
『なに?メヌーサ?』
『納得してたの。メルって何か小動物みたいだって』
『……はぁ?』
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
そして、ポカーン状態だったのがハッと我にかえった瞬間、
【大気圏突入】
『!?』
それは、わりと唐突にやってきた。
予想したほど劇的ではなかった。でも急にまわりでビュー、とか、ゴー、とか音がなり始めたと思ったら、いきなり激しい風に世界が包まれて、機体がビリビリと揺れ始めたんだ。
大気圏突入ってやつか!
思わず目を閉じた。
なんか、エアポケットにでも落ちたみたいな衝撃と揺れが数回やってきて、何やらグラグラと機体が揺れて。
そして気がつくと、冷たい風と轟音が吹き抜ける中、私たちは高速で飛行中となった。
【大気圏突入完了。ただし外は氷点下のため、充分に降下するまでは、そのままの体勢を維持してください】
おお了解。
恐る恐る目を開くと、周囲の光景が変わり始めていた。
暗かった空がだんだん青くなっていた。周囲も明るくなって、そのかわりにゴーゴーと強烈な風が機体のまわりを吹き荒れている。
うわ、これはうるさいな。
『杖よ目覚めよ』
自動運転中なのをいいことに杖を呼び出した。
左手でそれをつかむと、
『繭をもって風を防げ』
そう唱えた瞬間、風はまたたくまに消えてしまった。
『よし』
杖をしまうと、今度はメヌーサに質問された。
『今、なにやったの?』
『風を消した。アヤと飛行訓練やってた時の遮断膜を大きくしたものかな』
『遮断膜?』
『風の抵抗を殺すために、楕円形の膜というかカプセルみたいなので自分を包むのさ』
『……へえ』
『えっと、何か気になるところでも?』
『なんでもないわ』
そういうと、メヌーサはなぜかキュッと私にしがみついた。
う、うーむ。
背中のぬくもりはとても心地よいのだけれども。
でも、どうしてだろう?
ヘンな話だけど、もしかして私、メヌーサに懐かれてないか?
いやまさか、気のせいだよね。うん。
コンビニでおつりは、流し込まれるのが普通だったよね。
お店にいくと、いらっしゃいませーって笑顔が私を見た途端に無表情になったり。
町で子連れの家族とすれ違うと、笑顔を消して無言で子供を抱き寄せる親もいたよね。
はは、ははは……思い出すだけで胸が痛いや。
うん、絶対だまされないぞ。
思い出せ。
私は……自分は、ひとに好かれるようなタイプの人間じゃないんだから。
そんなことを考えていると、なぜか背後のメヌーサが動いてる。
……笑ってる?
『ウフフフ……クックックッ』
『ん?メヌーサ、何がおかしいの?』
『なんでもなーい』
なんなんだ、いったい。