鳴動
調査結果が出るまで、このままソクラス号の中で待機する事になった。
それは、いろんな意味でめちゃめちゃ魅力的だった。
え、どうしてかって?当たり前じゃないか。
恒星間航行用宇宙船だよ?地球人がそれを手にするのは、良くても遠い未来の話。まさに夢のまた夢のはずの存在。
その現物の中にいるんだぜ?
そんなもん、隅から隅まで見物するに決まってるだろ?
だけど。
『といっても、そもそも人間の入れる区画はほとんどないのが現状なのですが』
「全自動化バンザイってか?」
『はい、そんな感じです』
ちなみにソクラス……この宇宙船の頭脳らしいが、どうも執事っぽいしゃべりと雰囲気でセバスチャンとか呼びたくなってしまうんだけどな。
ソフィアさんによると、実に有能な頭脳らしい。
まぁ、そうだよな。ソクラス、なんかアヤさんからデータ転送みたいなの受けた途端、一瞬で日本語使えるようになったって話だもんな。大したもんだ。
自動化に話を戻すが。
俺みたいな地球人の感覚だと、整備の難しいメカに専門家が乗り込んで、みたいな状況を想像してしまうけど、宇宙文明の船というのは違うらしい。
誰でも扱えるようにと進化を繰り返してしまったあげく、ソクラスのような船はそのすべてが自動化されているらしい。
つまり、見物しようにも居住区以外で見られるのはごくわずかって事だ。
「ま、言われてみれば当たり前だよな」
指摘されて気づいたんだけど、確かにその通りなんだよな。
たとえば携帯電話を考えてみよう。
元々はプロ用無線機みたいな大きさと姿で自動車に搭載されていたっていうのに、いまやケータイとかスマホとか軽々しく呼ばれ、充電さえしていれば簡単には壊れる事もなく、水に濡らしても平気で、ワイシャツの胸ポケットに収まってしまう。
機械が、マシンが進化するという事は、おそらくそういう事なんだろう。
つーわけで見物できるところというと、まぁ、あたりさわりのないとこばっかなんだ。
たとえば。
『ここがクッキングルームです。といっても見た目は工場に見えるかもですが』
「工場だね」
聞けば、移動時の食料は元素合成されて作られるんだという。
それ、見た目も何もマジで工場じゃないか。
「自然素材じゃないんだ」
『一般の大型客船などだと船内で栽培した植物なども利用いたしますね。私は小型船ですので』
「移動コロニー船みたいなもの?」
おー、やっぱりそういう船もあるんだな、おもしろい。
『その推測は、おそらく間違いないでしょう。
ああ、でも冷蔵庫もありますよ。中身は内緒ですが』
「なんだそりゃ」
そんな話をしていたら、ソクラスが突然に沈黙してしまったのに気づいた。
「えっと、なに?」
『いえ、でも興味深いと思っているのですよ』
「興味深い?」
『はい。あのアヤが興味を持っているのもわかる気がします』
「……あのアヤ?」
『はい』
意味ありげだな。
もしかしてアヤさんって、なんかすごい背景とか持っている存在なのかな?
超文明の宇宙船探索ツアーは、そんな感じで過ぎていった。
ただ、最後に訪れた場所を除いては。
『ここは居住区です。といっても本船は五人以下の乗員しか想定しておりませんから小さいですが』
「おお」
ここが、異星人の生活区画なのか。といってもまぁ、長旅をする船ってわけじゃないから、そんなに生活臭はにじみ出てないんだろうけどね。
そんな気持ちで覗いてみたんだけど。
「おお、なんか端末みたいなのがある」
地球でいうところのタブレットみたいな端末があった。10インチくらいのサイズかな?
『ソフィアのものですね。彼女は体内にデバイスやナノマシンを埋め込んでおりませんので、情報端末をいくつか使い分けているのです』
「それは王族だから?」
『それもあると思いますね』
大変なんだな、宇宙の王族も。
端末は対人センサーみたいなのがついてるらしくて、俺が近づくと画面に電源が入った。まぁ、スクリーンセーバなのか本人以外には何も見せないのか、画面は模様になってるけどな。
……本人以外には見せない?
「あ」
『どうしました?』
「そうだ、積み荷だ。積み荷は燃やしとかなくちゃ」
『……は?ええっと、何ですか?』
昔見たネット動画で、突然死した腐女子を主人公にした歌を見た事があってね。HDDにこっそり隠してあるアレでソレでムフフな画像を何とか消したいけど死んでるから操作できない。仲間にも伝えられない。それで「積み荷を燃やして……」と歌うのだ。要するに積み荷とはHDDの中身なんだけどさ。
そう。
俺が無事に帰れたならいい。
でももし、俺を返せないって話になってこのまま宇宙行きになったとしたら、俺の積み荷……自宅のPCに入っている、とても魅惑的でムフフな画像集が誰か、最悪、あの黒服どもに見られてしまう可能性があるわけで。
やばい、絶対やばい。速攻で消しとこう。
どのみち、俺は定期的に古いお宝画像は消すようにしてるんだ。うっかり消し忘れて古いHDDに残したまま誰かにあげたりしないようにね。
よし、ずばっと消す事にするとして……どうやって戻るかな?
とりあえず、俺はアヤさんに相談してみる事にした。
「なるほど、当局に見られたくないような微妙なものは消しておこうという話ですね?」
「うんそう。あと、回収したいものが少しあってね」
「なんでしょう?」
「鉄のキャンプ用カップとカラビナ、あとできればランプ。長いこと愛用してるんだ」
昔、よくウロウロしていた頃に買った道具類だけど、もし宇宙にいくのなら、どうせだから連れて行ってやりたい。
うん、ウソはついてないな。
あとは電源規格とかあわないと思うけど、スマホの充電器。同じ規格のやつを再現できれば、宇宙でもデータ端末としては使えるだろ、スマホ。
え、なんでそんな事するのかって?辞書アプリだよ。
たとえば、wikipediaをまるごとダウンロードしてオフライン閲覧できるソフト。
宇宙でそんなもん見ても意味ないかもしれないが……宇宙で地球のネットなんて見れないからな。役に立つ事もあるかもしれないだろ?
「わかりました」
俺の説明をきくと、アヤさんは納得してくれた。
「ただし、3つだけいう事をきいてもらいます。それを守ってくだされば」
「3つ?いいけど何かな?」
「はい、では一つ目。
こちらから常に監視しておきまして、危険が迫れば強制退去させます。なので最低限必要なものから早めにすませてください」
「なるほどわかった。次は?」
「次に、再生用生体データを採取させてください。あ、今いただきますね?」
「え?……あ痛っ!」
いきなり髪の毛をブッと抜かれた。
「ちょ、何をする……!?」
さらに顔を両手で挟まれ、いきなりキスされた。
「お、ぉ……!?」
ぬおわぁ、舌が、舌が入ってきたぁっ!
ごりごり、すりすり、ぞりぞり。自分以外の舌に口の中を蹂躙されまくる。
「……ん、よし」
しばらくすると、アヤさんは満足気に口を離した。
「い、いったい何を」
「ですから、再生用生体データです。今の行動であらゆる誠一さんの生体データをとりましたので、万が一何かあったとしても、誠一さんの命はほとんど再生可能だと思います」
「……全部じゃないんだ?」
「記憶は別途、亡くなった現場で崩壊する前に採取しないと、古いものになってしまいます。まぁ他にもいろいろ。
だからこそ『ほとんど』なのです」
「よくわからないけど……それって再生したといっても俺じゃないだろ?別人じゃないか?」
「いえ、そこは違うんですよ。生体マトリクスデータといって少し説明が必要なんですが、確かに、誠一さんそのものの再生が可能です。ふたつほど問題がありますけどね」
「問題?」
「まず、大人の事情があって、わたしは男性体の完全再現が禁止されています。ですから、女性体をベースに限りなく男性的にする事になります。見た目は同じにできますけど、子供を作る事はできないと思います」
「……なるほど、よくわからないけどそうなのか」
「あとは、肉体年齢です。新鮮な肉体の作り直しですから、お歳までは再現できません」
「そりゃそうだ」
まぁ、本当にそんな再現なんてされちゃったら、人生やり直すしかないだろうな。
「で、最後は何?アヤさん?」
「アヤです」
「?」
「さんづけはやめてください、アヤです。それが条件です」
「……わ、わかった」
まさか、女の子にそんな要求されるとは思わなかった。
え、アンドロイドだろって?
いや、でもさ。
聞いたところ、アヤってバイオテクノロジーでデサインされていて、別に中に歯車が入ってるわけじゃないんだってさ。
つまり人工とはいえ生身の体をもち、人間と同じ心をもつ存在ってこと。
いや、あのね。
俺はそれを人間と思うんだよね。
だってそうだろ?
それって、人間とどこが違うのかと言いたいね。
そんなわけで、家に直接転送してもらいました。
「よし」
さっそくPCの電源をいれつつ、タブレットやスマホを充電器にセットした。モバイルバッテリーとケーブルを出してきて、持っていく事にする。
「えーと、オフライン辞書閲覧っと……あったあった」
PC本体はいろいろアップデートしたりしてたからデータなしか。あとはサーバのエロ画像を全部消して。
あ、クラウドに少しえっちぃスクリーンショットが残ってる……全年齢のゲームだし放っとくか。
PCは小さいのをひとつと、それからタブレット。スマホも持っていく。
それらと鉄カップとカラビナ、ランプをリュックに突っ込む。よし。
冷蔵庫はビールがほとんどだから、いいや。電源落としておこう。
書籍とかは持って行きたいけど、きりがないからな。青空文庫のepubコレクションでも突っ込んでおくか。よし、宇宙で海野十三読んでやろう。
服とかは一回分だけ着替えをもつが、あとはいらない。もし旅立てば、じきに現調達になるだろうし。
よし、こんなものかな。
と、そんなときだった。
「ん、誰だ?」
ピンポンが鳴った。
宅急便頼んでたっけ?誰かくるとかありえないし……なんだろ?
俺は玄関に向かった。
そう、俺は油断しすぎていた。
アヤたちが警戒してくれているという思い込みと、そして油断もあった。普通に出てしまった。
出たところでものすごいショックを受けた。
俺の意識は砕け散った。