降下
アヤ……私を今の身体に再生してくれたあのアヤが、自力で大気圏突入できたのを覚えているだろうか?
構造的には彼女のコピーに近い私の身体ももちろん、それはできる。
できるんだけど、でも私には無理。
え、なんでかって?
じゃあ、聞くけどさ。
あなた……かりに窒息や低温、低気圧で死なないとしても、地上200kmからスカイダイビングする度胸ある?
え、私?
絶対無理。ちびる。無理無理無理!!
「別にまっすぐ降りる必要ないの。斜めでも真っ逆さまでもいいから確実に降りればね」
「……楽しんでるでしょ」
「べっつにぃ?」
クスクスと楽しそうなメヌーサ。
『ふたりともお気をつけて。留守は任されました』
「ごめんねサコン。カムノ仕様の宇宙服までは用意してなかったから」
『いえいえ』
私たちがいるのは船の屋上。そう、満天の星空を見て話した、あの屋上だ。
で。
「……本当にこんなもので降りるの?」
「もちろん。これでも一応は小型宇宙船なのよ?」
「宇宙船?これが?」
想像してほしい。
目の前にあるのは、ホンダのビッグバイクよりは大きいかなってくらいの乗り物。
バイクによく似た操縦装置や座席がむき出しになってて、クルマみたいな車室すらない。
「なんでむき出しで乗るのよ……」
「言ったでしょ、船外活動できるドロイド用だって」
真空中でも平気。摂氏四百度からマイナス二百度くらいまででも短時間なら問題なし。
おまけに、船外活動を考慮したモデルの多くは宇宙線なんてへっちゃら。
……そりゃま、確かに船室なんていらないかもだけど。
いくらなんでも割り切りすぎだろ、これ設計した人。
そもそも、ただのビッグスクーターみたいなのを宇宙船って呼ぶかな?
「ま、さすがにわたしは操縦できないからね。任せるわ」
そういうとメヌーサは宇宙服らしい服のヘルメットをかぶった。
なんか地球のモータースポーツ用ヘルメットによく似ているんだけど……。
「それがスーツ?」
「そうよ」
カショッと顔面のシールドを開くと、そういってメヌーサはにっこり笑った。
うわぁ……シールドの厚みも地球のメットと変わらないよ。
「どう見ても、ただのツナギとメットなんだけど」
気密性があるかも怪しい気がする。
ま、それが銀河のステキ科学的な宇宙服ってことなんだろうけど。
しかし。
「うん、宇宙服じゃないよ?」
「え?」
想定外の返事に、私は目が点になった。
「これは放射線対策なの。使わないと皆、うるさいからねー」
「いやいやいやちょっとまて、あんた生身の人間だろ?」
「ええ、生身だけど。ちょっと理由があって環境耐性は普通じゃないの」
「理由?」
「ええ」
メヌーサは、にっこりとうなずいた。
「これについて説明するのは難しいわ。でも覚えといて。
わたしたち姉妹の身体は特別なの。真空中に投げ出されたくらいじゃ死ねないのよ」
「……」
死ねない、か。
なんか異様に長生きみたいだし、やっぱりいろいろ事情があるんだろうな。
「まぁでも、さすがに外に出たら肉声会話は無理ね」
「どうすんのさ?」
『こうするの』
「お」
頭の中に声が響いた。
「これは、通信?いやちょっと違う?」
『簡単にいうと、あなたたちの頭の回線に割り込んで通信と認識させているの。便利なものでしょう?』
簡単にいうし。
生身のメヌーサがどうしてこんな事できるのかって……尋ねない方がよさそうだな。
「ま、まぁいい、わかった。で、操縦法は?」
とりあえずメヌーサに運転させるつもりはなかった。
インターフェイスはオートバイに似ていると思うけど、いきなり異星文明の乗り物を運転するほどこっちも無謀じゃない。
そしたら声が響いた。
【あなたの記憶にあるモーターサイクルという乗り物に似せてあります。すぐ慣れると思います】
「似せている?どういうこと?」
「どういうって……ああそうか、操縦法を変えられるの知らないんだ?」
なんですと?
【この手の乗用デバイスの多くは、操縦法を柔軟に変えられるようになっているのです。さすがに操縦桿をハンドルに変える事はできませんが】
「へぇ……」
なんとなくわかった。
つまり、ハンドルみたいな物理デバイス以外の入力は一度電子化しているってことか。だから要望にあわせて操縦法をカスタマイズできるってわけだ。
こりゃあ、たまげた。
こんな些細なところに、宇宙文明ってやつの凄さをしみじみと感じるね。
「まぁ、とりあえずわかった。単車に似せてあるんなら何とかなるでしょ。で、始動方法は?」
【指示してください。始動せよと】
「え、口頭指示?」
【はい】
むむむ……。
「えっと、じゃあ、し、始動!」
そういった途端だった。
静かに胴震いして、そのでっかいスクーターみたいな乗り物は動き出した。
「うわ、ほんとに始動した!」
「あたりまえじゃないの」
そういうと、メヌーサは平然と後ろに乗り込んだ。
「ほら、いこ?」
「お、おう」
言われるままに前にまたがった。
「私ノーヘルだけど、いいのかな?」
「あなたが怪我するほどの事故したら、こんな小型船バラバラじゃないの。なんの心配してんの?」
「そんなこといわれても」
ノーヘルで単車ころがした事なんかないもの。
え、ええい、ままよ!
とりあえずハンドルに手をおいて、そして発進しようとしたんだけど。
「ちょっとまって」
「へ?」
いきなりメヌーサに止められた。
「なに?」
「開放タイプの乗り物に乗るんだから、髪くらい束ねなさい?ほら」
いや、ここ出たら真空で無重力じゃん。
「ばかねえ、真空で無重力だからこそよ。わずかな張力や何やで、髪なんてすぐ広がっちゃうのよ?」
そういうと、なんか私の髪を後ろで整えだした。
あー……なんか複雑な気分。
髪伸ばしたことも、それを誰かに束ねてもらうのも初めてのことだから。
「ふふっ」
「?」
「わたし、見た目こんなだし妹だから。こんな感じに誰かの髪をいじる事ってあんまりないのよね」
「そういう子を保護したことはないの?」
「あるけど。でもすぐ、信用できるとこに預けちゃったから」
「そっか……」
「ほら、できた。簡単で悪いけど」
「お」
ミラーに映して見ると、なんか、ゆるいけど三つ編み風になっていた。
ずいぶん手早いな。これ、見た目ほど簡単な編み方じゃないと思うんだけど。
「早いね」
「だてに年月重ねてないからね。さ、いきましょう?」
「わかった。じゃあ出発する」
ハンドルに手をやり、足をペダルにすえた。
【ブレーキは右足になっております。右手もブレーキですが、こちらは逆噴射に近い性質のものです。それだけ気をつけて】
「おけ、わかった。……サコンさん、ごめんねよろしく!」
『はい、おまかせを』
そういうと、私たちは漆黒の宇宙に飛び出した。
真っ暗な世界に飛び出した瞬間、バランス感覚が真っ白になりかけた。
だけど次の瞬間、何かフワリと温かいものに包まれた。
(あ、あれ?)
『大丈夫、落ち着いて』
お、メヌーサか。
『ごめん、ちょっと手を出すわ。三次元の空間掌握が苦手なんでしょ?』
『ういっす、すんません』
空気のある船の側を離れた途端、バランス感覚までおかしくなってしまった。
でも一瞬だけで、すぐに落ち着いた。
どうやら、方法は不明だけどメヌーサが助けてくれているらしい。
『落ち着いて先端を惑星に向けて。あとは思ったように操縦してみて』
『わかった』
操縦法は確かにバイクと同じだけど、ひとつだけ違うところがあった。
つまりハンドルを前後に動かすことで、上下へのコントロールもできるってことだ。
それを、ぐりんと動かした。
『……おお』
思った方に、きれいに向きを変えてくれた。
『オッケーそのまま。あとはイケる?』
『やってみる』
スロットルをあけると、そのまま音もなく走り出した。
宇宙でバイクかぁ。なんとも不思議な気分だね。
背中に感じるぬくもりも、まるで地上でタンデムしてるみたいなのに。
なのにここは、漆黒の宇宙空間。
すごいなぁ。
宇宙でむきだしのスクーターみたいなのに乗って、しかも宇宙服なしで女の子とタンデム。
なんだかなぁ。
地球の宇宙ものSF作品でこんな光景みたら、またSFの看板たてたファンタジーかよって呆れるとこだよね。
なんか、懐かしい歌が頭に浮かんできたな。
ブルーハーツだっけ。
見渡せば、この惑星の月もしっかりと暗い空に見えている。
星も見える。またたいてないけど。
うん、なんかいい気分だ。
『メヌーサは大丈夫?』
『どうして?』
『背中と肩のあたりに風を感じるんだけど?』
ここ真空なのに、なんで?
『ああ、それはわたし専用の環境シールドが動いてるから』
『環境シールド?』
『死なないからって、息ができないのは苦しいからイヤよ。そう思わない?』
あー……死なないってそういう話なのね。
そりゃそうだ。
溺れても溺死しないったって、溺れる苦しみだけは続くとしたら……拷問だろそれ。
『わかった。やばくなったら言ってね』
『ありがと』
『ところでメヌーサ、質問』
『なぁに?』
『この乗り物って彼らに捕捉されないの?』
とりあえず、そこが問題だった。
『されるけど、ドロイド2体乗ってるだけの小型連絡ポッドに注目する人はいないわ』
『そう?』
『当然。だって彼らは、わたしが真空中で耐えられるなんて知らないんだから』
ああ、なるほど。
『そんじゃ、このまま降りて問題ない?』
『ないわ。行っちゃって』
『りょーかい』