潜入
結論からいえば、シャンカスへの潜入は事実上不可能も同然だった。
「受け渡し自体は不可能じゃないけど……これじゃあ意味ないわね」
「こっちが逃げおおせても、肝心のこの星の人たちが鍵を受け取れないんじゃ意味ないしね」
港湾も、地上も。
普通に降下して行けるような場所には、ことごとく連邦の監視の目が伸びている。ゆるい場所があったとしても、そこから出てしまえば最後。
無理やり鍵を渡すことはできる。私たちが脱出することもできるだろう。
だけど。
受け渡した相手が鍵を広げる前に取り上げられてしまっては、そもそも意味がない。
『ふうむ……困ったものですね』
どこか飄々としている他人事なサコンさんの思考にちょっと苦笑したけど、まぁ当然か。事実サコンさんにとっては他人事かもしれないのだし。
「しかしよくもまぁ、ここまで捜査網を広げたもんだ」
それも、わずか数日の間に。
『イダミジアを中心に近郊の小さな星間国家というと、それほど数があるわけじゃないですからね。連邦も馬鹿ではないってことでしょう』
「なるほど」
思わずうなってしまった。
私たちの囲んでいるテーブルの上には、各種のウインドウが開いてシャンカス各地の情報が写っている。そしてその何処にも、警備隊や軍らしき姿も見えている。
ふうん。
その映像をじっと見ていたんだけど。
「ねえメヌーサ」
「ん?」
「彼らってシャンカス駐留なの?ずいぶん数が多いようだけど?」
「え?……ええたぶんね。それがどうしたの?」
そうか……。
なんか在日米軍を彷彿とさせるものがあるけども。
なんかこう、映像的に気になる人たちがいるんだよね。ある意味見慣れたというか。
「あれってもしかして、反対運動とかじゃないかな?」
「え?」
ほらと、それっぽいのを指差してやった。
掲げた横断幕っぽいのやプラカードっぽいの。叫んでる人の声。
「なあに、あれ?」
あれ、メヌーサは知らないのかな?
「言葉も文字もよくわからないけど、反戦デモとかその手のやつじゃないかなぁ。銀河じゃ一般的じゃないの?」
デモについて説明すると「ああ」と納得げな顔になった。
「見たことがないとは言わないけど……そうね、メディアの発達した世界だともっと効率のいい方法があるんじゃないかしら。わざわざ練り歩くなんて……何かの様式美?」
「……」
そこまで言われると反論しづらいな。
地球のデモも百年以上の歴史があるんだっけ?
たしかに、もっとスマートな方法はないもんかって思うよね。メディアが無視しちゃったらなんの効果もない場合が多いし、対外的には交通の邪魔になるので地元民には迷惑かかるし。
実際、日本でそういう光景はよく見たよ。
仕事で東京にいたとき、よく都心でデモを見た。でもマスコミはほとんどのデモを無視するか、自分たちに都合よく美味しいとこだけ報道していた。
あれは、なんか悲しい光景だった。
もちろん、一番いいのは自分自身が政治家になって状況を変えること。民主主義というのは、それを可能にしているからこその民主主義なのだから。
だけど全ての人が政治家になれるわけじゃない。これもまた当たり前のこと。
だからこそ「代わりに」ここぞと思う人に政治を託すためのシステムが生まれた。これがつまり選挙制度ってわけだ。
でもこれって裏を返せば、民主政治の柱のように言われている選挙システムが、実は単なる代役にすぎないっていうのがわかるんだけどね。
つまり民主主義とは「権利」ではない。民が政治に関わることは「義務」なんだ。
本来政治をしなくちゃならないのは、政治家を名乗ってるおっさん、おばはんたちでなく、私たち自身だってこと。私たち自身が国全体を考え、そして、その思想にのっとってすべて行動しなくちゃならないってこと。
うん。
昔、それに気づいたとき……民主主義っておそろしいと思ったんだよね。
だってさ。
どう考えても、私や、あなたや、そこいらの普通のおっちゃんに、この国を動かすことができるとは思えないし、実際やってないわけでしょう?
そう。
日本の政治はおかしいっていう人がいるけど、つまりそれは、選んでる私たち自身がおかしいってことなんだよね。
だってそうでしょう?
主権者である私たちがまともに舵をとっていないっていうのに、どうしてきちんと国が動くのさ。
それを根本的にどうかしたいのなら、方法はひとつしかない。
つまり。
政治を専門に学んだ専門職に国の運営を全面的に託してしまえる、うまいシステムを考えてそいつに乗り換えればいいってことだね。
少なくとも、今の人気取り投票システムじゃ不完全もいいとこってわけだ。
だからなのかな。
銀河文明に「王国」やら「宗教国」が当たり前に存在することにびっくりしたけど、別におかしいとは思わなかったのは。
そう。
政治システムが民衆の側にあるっていう民主主義のシステムは、決して他のシステムより勝っているわけではない。
ただ地球の多くの国が現状、良かれと選んでいるだけの話なんだって。
将来事情が変わったら、民主主義なんて終わったシステムだとされてもおかしくはないんだって。
ま、それが何かってことは私にもわからないわけだけども。
って何考えてんだ、今は政治のことなんて考えてる場合じゃないよ。
「えっとね。
本題なんだけど、ああいうのがいるって事は事情はともかく、反体制みたいな感じで地下に潜ってる人たちがいるんじゃないかと思うんだよ」
「あー……なるほど裏組織とかレジスタンスの類か」
さすがメヌーサは理解してくれたみたいだ。
でも。
「で、その人たちに渡せばどうだろうって思うんだけど」
「いい考えだけど、どうやって連絡するの?」
「……ありゃ」
しまった。なるほど、そりゃそうだ。
隠れているからこそ裏であり、そして抗うからこそレジスタンス。
何も知らない外国人が、ほいほい連絡先みつけられるわけがない、か。
「誰か話の通じそうな人知らない?」
「イダミジア周辺って連邦よりはマシだけど、普段あまり寄り付かない地域なのよね……んーそうね」
ムムムッとメヌーサが悩みはじめた。
そんなメヌーサを見ながら、ふと気が向いたので杖を取り出してみた。
「『杖よ目覚めよ』」
ゆらっと空間が揺れて杖が現れた。
完全に衝動的な行動だった。ギター弾きが退屈になってとりあえずギター抱えて遊ぶような、全くとりとめもない行動だった。
力を流し込まれた杖がキラキラと光りだして、それが星の海を想像させる。
うん、順調だ。
「あ、光沢出るんだ」
「え?」
メヌーサが唐突につぶやいたので目を向けた。
すると、メヌーサは杖を見ていた。
「光沢?」
「その杖、コウロギの杖なんだけど……強い力を受けるとそうやってキラキラ光るのよ。昔みたことがあるわ」
「へぇ」
「へえって、これすごい事なのよ?それが光るほど強い力もつ者って、風に呼ばれた者……っていってもわからないか。風渡る巫女っていって、究極の最上位巫女の証なんだからね」
「ああ、そういうこと」
言いたい事がわかって、思わず私は苦笑した。
「そりゃ、この身体がアヤゆずりだからでしょ。単に出力が高いんじゃないの?」
ひとの身体をオートバイに例えるとすれば、この身体は昔の一流メーカーがこしらえたビッグバイクのようなものだ。多少の面倒はあるかもしれないが、小難しい規制もない時代に作られたビッグパワーのモデルというわけ。
だけど、ビッグマシンの性能がいいのは私が優れているからじゃないんだよね。
財力も力という人もいるけど。
でも、乗り物の性能を自分の能力と勘違いするのは、あまりいい事じゃない。
そこだけは気をつけないとね。
杖を出して頭を鮮明にして、そして考える。
ぐるぐると頭の中が回って……ぐるぐると?
「あ、そうか」
「え?」
頭の中をぱちんと切り替える。
この星のデジタルネットワークにアクセスし、総合情報受付を呼び出す。
え、総合情報受付ってなんだって?
地球におけるポータル、つまり、グー○ル先生みたいなやつさ。
「んー……反対運動、と」
でもキーワード入れようとして気づいた。
「しまった」
「え?」
「検索しようにも、ここの言葉知らないや」
「検索?ああ総合情報受付ね。オン・ゲストロ語でもできるんじゃないの?」
「それじゃダメだと思う。現地語の利用率高そうだしこの星」
情報っていうのは、つまるところネットワークだ。単体では役に立たない。
ひとをたくさん集めて何かをしようとしたら、連絡ネットワークは必須になる。端末同士の相互連絡だけでうまく回せるのはせいぜい数名までで、それ以上になったら媒介物が必須なんだよ。
地球もネット以前は、それを回覧板とか名簿リストがやっていた。ネットが当たり前になってからはソレが携帯連絡網になり、やがてSMSみたいな限定的なネットワークが活用されるようになった。
つまり。
そういうネットワークへのとっかかりがあれば、何とかできるはずなんだけど。
たいてい、そういうのは現地で最も使われている地元の言葉なんだよね。
「……いやまてよ?」
頭の中に、ポンと浮かんだ言葉があった。
「ねえメヌーサ」
「なあに?」
「メヌーサってさ、非合法の移動ルートって使わないの?」
「え?」
そうさ、そうだよ。
あちこちから指名手配されているらしいメヌーサなら、そういう移動ルートを知っているんじゃないか?
「心当たりはあるけど、それがなに?」
「なにって、そいつらを利用しているのはメヌーサだけなの?物資やら人間やらの移動もしてるんじゃないの?
で……ついでにいうと、そいつらのお客さんってつまり、グレーゾーンとか裏の人なんじゃないの?」
「……ああ、そっか!」
メヌーサの顔が明るくなった。
「言いたいことわかったわ。
つまり、そういう連中なら当局とつながっていないだろうから、うまくデータを渡せるんじゃないかってことね?」
「そそ。で、少なくとも自分関連のネット上にいる同胞には渡してくれるんじゃないの?」
別に、全惑星をどうにかしてくれることは期待してない。
でも、それでいい。
例のデータがメヌーサのいう通りのものだったら。
私が彼らの立場なら、広めるなと言われてもコッソリ裏で広めるはずだから。
つまり。
一度なんらかの形で拡散さえできれば、もう心配いらないってことだ。
「やってみる?ここから連絡つく?」
「やってみるわ、ちょっとまってくれる?」
「ういっす」