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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第二夜『母にして父なる者と銀の少女』
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理由

「シャンカスの話に戻るわね」

 メヌーサはちょっと苦笑するように笑った。

「シャンカスは砂漠の多い星なの。過去にいくつかの文明が滅びたあとに生まれた国で、その時代の悪影響でね。気候の変動も激しくて、決して住みやすい土地とは言えないの。

 ただし技術のおかげで生活そのものは悪くないわ。むしろ一定以上の収入のある人々にとっては住みやすい国だとおもう」

「一定以上」

 微妙にひっかかる物言いだなと思った。

「どうやら何となく理解できたようね。

 ええ、富裕層と庶民では状況が大きく異なっているわ。

 富裕層ではオン・ゲストロの先進地域と似たような暮らしが享受できている反面、個人主義が進みすぎて人口が減ってもいるわ。

 子供がほしい人はある程度いる。

 でも、そもそも男性ひとりでは当然どうしようもない。

 女性の場合、社会的リスクを支払っても産み育てる気にはなれないってわけね」

「社会的リスク?」

「だってそうでしょ、最後に頼れる先は自分だもの。

 いくら社会保障を充実させても、休職対応が完璧になっても、それでもリスクを支払い、自分のお腹を痛めて産むことには変わりないのよ?

 当然、支えてくれる家族がいる場合より子供の数は減るわよね。少なくとも増えることはないわ」

「そりゃそうだ」

 そういや、個人主義が進みすぎて国によっては結婚制度自体が消滅してるって聞いたな。

 ということは当然、いわゆるシングルマザーになるわけだけど……いくら支援を厚くしても、ひとりでリスクも払ってお母さんになる人がどれだけいるかというと。

 育児ならドロイドにも助けてもらえるだろう。人だって雇えるかもしれない。

 だけど自分で産むのだけは当然どうしようもない。

 そりゃまぁ、敷居はどうしても高くなるんだろうなぁ。

 

「庶民レベルでは?」

「庶民以下では、経済的問題回避のためにパートナーを得ているケースが多々あるんだけど。

 でも彼らの場合は場合で、子供を産める組み合わせがなかなか得られないのよね」

「子供を産める組み合わせ?」

 妙な言い方をするんだな。

「メル、あなた、じゃじゃ馬に再生されたわけでしょう?

 元男性のあなたにはピンとこないかもだけど。

 生まれつきの女の子が同じように再生されたとして、その子が子供を産むことが許されると思う?」

「!」

 それは。

「いや、だってそれは、生身の女の子に戻るでしょ?」

「どうしてドロイドボディによる再生がよく行われるかっていうと、生身の再生よりも早くて安全で、しかもコストも安いからよ。

 どれくらい安いかっていうとね。

 長期入院が必要なレベルになると、下手すると入院費や治療費よりも安いくらい。

 医療費が高いんじゃなくて、ドロイドボディ再生が安いんだけどね。

 しかもいったん替えちゃうと、病気にもほとんどかからないし」

「……なんでそんなに安いんだよ」

「じゃじゃ馬があなたをおなかで育てた時間は?何か月もかかったの?」

 ……あ、そうか時間かっ!

「……確かに時間は最大のコストかもだけど。

 でも、そんな気軽に再生されちゃう人がポンポンいるんだ」

「いるわよ。

 だってドロイドボディになったらもう、病気で苦しむこともなければアンチエイジング……老化対策もいらないのよ?特に収入少ない人たちにとってこれがどれだけ魅力かわかるでしょう?」

「……それは」

 それは、とてもよくわかる。

 老人というほどに歳をとっていたわけじゃないけど、身体の衰えはもう感じていた。

 もし、今の仕事が何らかの理由でできなくなったら?肩を叩かれ、もう来なくていいよって言われたら?

 結局のところ、身体は資本だと思う。

 たとえば老後の保障が全くない社会だったとしても、死ぬ直前まで十代の底なしの体力とバイタリティにあふれているのなら、おそらく保障がないことは問題にならないだろう。働き口さえ確保できれば、ぎりぎりまで元気に働き続けられるから。

 それができないとわかっているからこそ、歳をとると未来が不安になるんだ。

「なるほど」

 たとえば私が長屋暮らしで、老後が心配だっていうのに医療費がのしかかってきて困っていたとして。

 そんなときに安価にドロイド化すれば問題解決すると聞いたら。

 ……間違いなく、乗っちゃいそうだ。

「ああ、なるほど。よく理解できた」

「そう」

 メヌーサは苦笑いした。 

「あれ、でもそれって女の場合だよね?男は?」

 男のドロイドはできないはずだから。

「男は作れないけど、限りなく男っぽくする事はできるでしょ。ちなみに男性機能までつけられるわよ。

 だけど子供を作る事はできないけどね、あくまで模倣だから」

 あー……そういうことか。

「ひどい話だね」

「確かにね。でもドロイドの身体を使う限り、これはどうしようもないわ」

 そうか……。

 あれ、でもまてよ?

「たとえばさ、夫婦が揃ってて精子卵子を提供して、産んでもらうっていうのはダメなの?」

 結婚制度が崩壊しているように国じゃ、提供された遺伝子から人工的に子供を作ってるんだよね確か。同じことじゃないか。

「そっちはもちろん大丈夫よ。まぁドロイドの方が出産まで監視下に置かれるけどね。

 どちらかの身体がドロイドになった時点で不可なわけ」

 ひどい話だった。

「その流れだと、ひとり暮らしで家族はドロイドだけって人は当然ダメだよね?」

「ええもちろん。それは完全に真っ黒ね」

 メヌーサは肩をすくめた。

「とにかく、ドロイドが自分を反映した『子供』を産む事は絶対に許されないの。許されているのはメルのように外見部分だけ反映したコピーか、まったく自分を反映しない代理出産だけ」

「徹底してるね。でも、なんで?」

 なんでそこまで徹底的にやるんだろう。

「ひとことでいえば、人造物である機械人間(アンドロイド)が造物主である知的生命体を種として絶滅させることがないようにってセーフティロックみたいなものかしら。銀河連邦をはじめとする、銀河でも発展している国の多くが当然のように提唱している考え方ね」

「……うん」

 うん、確かにその考えはわかる。手放しで賛同はできかねるけど。

 なんたって私は日本のマンガで育った世代だもの。

 

 かつて日本のマンガで「ロボットは人間のともだち」って考えを提唱した人がいた。偉大な漫画家にして時代の天才、手塚治虫だ。

 彼の影響はとても大きかった。

 かつての私を含めた多くの子供たちが、直接に、あるいは彼の影響を受けた後輩漫画家たちの作品を通して、時代を、世代を超えて多くの人が影響を受けることになった。

 もともと人外が普通に社会に交じる世界観で生きてきた日本人は、西洋人に比べてロボットに対する忌避感を持ってないと聞いたことがある。だからこそ、その考え方も受け入れられたんだって話もあったっけ。

 

 だけど。

 もし、そのロボットが人間と交わり、人間との子供を産めたなら?

 そして何より、男性も存在するようになったら?

 

 ……でも。

 

「でも」

「ん?」

 思わず口走っていた。

「それでも、子供がほしい、家族が欲しいって人にとって、パートナーが子供を産めるのは朗報だよね?たとえ人間とロボットの境界線に抵触したとしても」

「それは病気で身体を取り換えた人のこと?それとも」

「両方」

 私は即答した。

「欲しくてたまらない人にとって、子供は宝以外の何物でもないでしょ。それに変わりはないよ」

「病気の人の場合はまだ倫理的に人間同士だけど、一人暮らしの場合、相手は混じり気なしの有機ドロイドなんだけど?気持ち悪いとか不快って思わないの?」

「なんで思うのさ?」

 私は首をかしげた。

「かりに私が男のままだったとして、アヤが子供産んでくれるってなってたら……すんごい嬉しかったと思うよ?いや、過去形じゃなくてそうなったら今でもめちゃめちゃ嬉しいよ?」

「……アレは、じゃじゃ馬はドロイドなのよ。自然の生命体じゃないのよ。それでも?」

「当たり前じゃん。だって有機体なんだよ?」

 そう。

 アヤたちのような出産可能なドロイドというのは、遺伝子を粘土のようにこねくり回して作られているといってもいい。

 つまり。

 知的生命体によってデザインされているのかもしれないが、アヤだって人間と同じ生き物なんだ。中に歯車が入っているわけでもなければ、電子回路が詰まっているわけでもない。

 それに実際。

 限りなくひとと同じような知性体っていうは、つまりそれ、人間とどう違うんだ?

 私はそう思う。

「……」

 メヌーサはしばらく、じっと私を見ていた。

 そして。

「……ふふ」

「?」

「なぁるほど。

 メル。あなた、本当に、真の意味でも適合者で『鍵』なのね」

「え?」

 何を言いたいんだろう?

「いいのいいの、こっちのことだから。

 でも、そっか……ふふふ……あははははっ!!」

「……?」

 楽しそうに笑いはじめたメヌーサ。なぜか私の肩を機嫌よさげにぽんぽん叩いたり。

「えっと……サコンさん、これって?」

 思わず、ずっと静かに何かの資料を眺めているらしいサコンさんに尋ねてみるのだけど。

『まぁ、メルさんにはわからないでしょうね』

「……は?」

『いいんですよ、メルさんは気にしなくて。要はこちらの事情なのです』

「そっか……でも、それによって私にも何か影響は」

『ないですね、断言します。

 まぁ、あえていえば……その巫女服はきちんと着て現地に行くのがいいと思いますね』

「そうなの?」

『はい、ぜひとも』

 よくわからないままに、私は了解とうなずいた。


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