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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第二夜『母にして父なる者と銀の少女』
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ナーダ

 屋上での時間は軽いお茶会とでもいうべきものだった。

 最初はメヌーサ、サコンさん、私の三名で周囲を見ながら世間話をするだけだった。まあ一方的に私がメヌーサに色々と質問するのが多かったけど、何しろ長生きしているだけあって彼女はサコンさん以上に博識だ。しかも彼とはジャンルの違う専門家なところがあるので、なかなかに楽しいものがあった。

 それが変わりだしたのは、メヌーサがお酒を持ち出したときだった。

 ちょっとまて、子供にお酒はと言ったら思いっきり笑われた。

「わたしが年齢問題でお酒ダメですって?だったらこの銀河にあるアルカイン人むけ酒屋も飲み屋も全部まとめて廃業よ。だって、わたしたち姉妹より年上のアルカイン人なんて存在しないんだからね」

「さいですか」

 まだ飲んでないのにもう酔っ払ってるのか。困ったもんだ。

「全っっっ然、信じてないわね?」

「いえいえとんでもない」 

 なんだかウフフと笑っている、その楽しげな顔をみて確信した。

 間違いない、これは酒飲みだ。それもとにかく飲むのが好きって最悪なタイプだ。

「飲み過ぎると身体によくないよ?」

 せめてもの抵抗をしてみる。

「うふふ、お酒でわたしを殺せるなら殺してみなさいっての。むしろ願ったりよ」

 そこまで言い切るかよオイ。

 まあここは地球じゃないし、実際にメヌーサが子供に見えるのは、実は服装のせいもあるっぽい。よく見てて思ったんだけど、地球でそれなりの格好をしていたら、国によってはお酒OKの年代で通りそうだなと。日本ではちょっと厳しいだろうけども。

「だいたい、メルの中身だって元は成人男性なんでしょう?こんな食前酒レベルのお酒でグダグダ言わないの」

「まあ、たしかに」

 見るからに軽そうなお酒だよね?

「それってメヌーサの趣味なの?」

 質問してみたら、メヌーサの機嫌が悪くなった。

「まさか、頼んだのはイダミジアのかなり強いお酒よ。火をつければ燃える程度には強いものだったわ。

 なのに、あの担当たら。

 何か微笑ましげな顔で引き受けたかと思ったら、こんな子供むけのお酒もどきが倉庫に入ってるし!」

「あっはははっ!」

「笑うな!」

「ごめんごめん」

 担当さんグッジョブ。完璧わざとだなこりゃ。

「もういいわ、とにかく飲むわよ、いいわね!」

 そういうと、私たちまで巻き込んで飲み始めてしまった。

 たしかにもらってみると甘酒程度のものだった。

 これなら、特別なときに子供が儀礼的にちょっといただくのであれば、現地の習慣と言い切っていいレベルだろう。だいたい、この程度のアルコールが違法なら料理だってダメなのがありそうだし。

 さて。

 そんなこんなで酒の席になったんだけど、酒の席になると私は欲しくなるものがある。

「ギターがあればなぁ……」

 イダミジアの、ズニークさんの酒場にはナーダって弦楽器があったんだよね。

 あのナーダは一風変わっていて、弦の数やチューニングを簡単に変えられるようになっていた。だから、ギター用のチューニングに変えて試してみたことがあったんだけど。

「楽器?ナーダならあるけど酒場用じゃないわよ?」

「そっか。何弦?」

「六弦オープンエンド」

「へえ……ギターって六弦なんだけど、あわせられるかな?」

「音階数はいくつ?一階あたりの」

「それってオクターヴ何ステップかって事だよね?半音数で12かな」

 確か1オクターヴのことを一階っていうんだよね。何か歴史的な経緯みたいなんだけど。

「12単位なら何とかなるかも。レズラー、倉庫のナーダをここにちょうだい」

【了解】

 次の瞬間、フッと光が走ったかと思うと一台の木製楽器が転送されてきた。

「おお、木のやつだ」

 ナーダってギターというよりアイリッシュブズーキに近いカタチをしている。つまりネックが長くてボディがギターより小さい。

「古いものだけど、調弦は今のやつと一緒よ。できそう?」

「うん。お借りします」

「楽しそうねえ……なんだか姉さんを思い出すわ」

「お姉さんって、初代のひと?」

「いいけど、人前でその言い方しないでね……そうよ。姉さんって有名な歌姫とユニット組んでた事もあるのよ?ナーダは専業じゃないけど上手でね、歌姫さんが亡くなってからは引退したんだけど、今もたまに気が向いたら、いろんなとこで歌ってるらしいわ」

「へぇ……」

 聖女さまの意外な人生ってやつか。

「ところでその歌姫さんて、なんて人だったの?」

「メルは知らないんじゃないかな?ザイードの歌姫っていって……サコン?」

「あら?」

 ふと気づくと、なんかサコンさんがフリーズしていた。

 顔なんてない触手の塊だから顔色はわからない。でも、わしゃわしゃ動いていたのがフリーズしてしまったから、なんとなくどういう状況かは想像がついた。

「何、どうしたの?」

『メヌーサ様……もしかしてその方は、ジェーン・ナタルマ女史じゃありませんか?』

「そうだけど……サコン知ってるの?その名で姉さんが活動してたのって、もう結構前だと思うんだけど?」

『おお……まさか、あの都市伝説が現実だったとは』

 なんか知らないけど、サコンさんがすごい衝撃を受けているらしい。

 ナーダを抱え込んで調弦(チューニング)しつつ訊いてみた。

「なに?えっと、どういうこと?」

「ザイードの歌姫という方は、ちょっと昔のアルカイン族の歌姫なんですよ。なんでも遺伝子異常で男でも女でもないという方だったのですが、その方の歌姫人生の中で、ただひとり組んだユニットにして歌姫の恋人と言われた人がいたんです。その方というのが元マネージャーの」

「ジェーンさんってひとなんだ」

『はい。しかし、巷にはこの方が「恋するメヌーサ」であるという伝説も存在しまして』

「恋するメヌーサ?」

 なんだそれ。

『ご存知ないですか?

 伝え聞くメヌーサ・ロルァの伝説は多いのですが、実は人物のタイプが全く違う二種類の伝説があるんです。

 片方は、いかにも聖女らしい正統派の伝説。そしてもうひとつは』

「聖女にあるまじき、愛憎たっぷりの情熱的な女の子の伝説、でしょう?」

『はい』

 メヌーサは楽しげにケラケラ笑った。

「本来は先のほうが正しいのよ。聖女扱いは望むところじゃないけど、まあ広報という意味では問題ないと思ってるわ。

 あとの方はたぶん、ほとんど姉さんが原因ね。

 何しろ旦那さん……ボルダの初代オルド・マウが姉さんの結婚相手なんだけど、彼が亡くなったのはもう20万年も昔だもの」

「へぇ……」

「その後はまぁ、なんていうか……あれよ。

 それこそ銀河中を放浪して、いろんなところでいろんな人と連れ添って。

 わたしが知っているだけでも、旦那さんだけで20名くらい、で、それ以上の家族を見送ってるんじゃないかしら?」

「……それは」

 なんかすごいな。

「数字だけでも胸焼けがしそうだけど、しかもその全てと全身全霊で関わってきたみたいなのよ姉さんて。

 くっついたり別れたり、(みつ)いだり(もてあそ)ばれたり。

 没落する一家を最後まで支え続けたあげく、無理心中に巻き込まれて死にかけたりもしたかしら?

 ……ほんっと、あれほどいろんな人生送りまくって、よく気力や情熱がなくならないもんだわ」

「……」

 お姉さんって、そんな濃い人だったのか。

「ちなみにお姉さん、今は何やってるの?」

「えっとね、ボルダの近くにある何とかって星に今いるらしいわ。戦争に巻き込まれたから、百年くらいは世捨て人してのんびりするんですって」

 なんか年月のスケールがおかしいのはスルーだよね、とりあえず。

「戦争か。大丈夫なの?」

「助けを求めてこない限りは大丈夫でしょ。姉さんを殺せる者なんて、そこいらにいるわけがないわ」

 そっか、信用してるんだなぁ。

 そんなことを思わずつぶやいたら、

「もちろん。たまに信じられないアホやらかすけど、姉さんは何でもできるんだもの!」

「……そっか」

 予想をはるかに上回る好意的な感情が返ってきて、ちょっと驚かされた。

 お姉さん好きとは思ってたけど……これはむしろ、お姉ちゃんっ子というべきか。

 笑顔を見ているうちに、なんか私までほっこりしてしまった。

 

 そうこうしているうちにナーダの調弦ができた。

 ギターでいう六弦から順番に鳴らしてみる……OKぽい。

 ハーモニクスできるかな……んー、何とかできるか。

「あら、おもしろい鳴らし方するのね」

「そう?」

「ええ」

 そんじゃまぁ試しに一曲。スタンダード・ナンバーでも行ってみますか。

「さて、じゃあ試してみるかな。喉の練習さぼってたし、ぶっつけだけれども」

「いいわね、曲目は?」

「地球の古い歌だよ……『Danny Boy』」

 私はナーダを抱えて「あーあーあー、むー」などと発声練習してから、おもむろに歌いだした。

 

♪ Oh Danny boy, the pipes, the pipes are calling

 From glen to glen, and down the mountain side

 The summer's gone, and all the roses falling

 'Tis you, 'tis you must go and I must bide....♪

 

「……へえ」

 じっと聴いていたメヌーサが、ぽつりと告げた。

「よくわからないけど、切ない感じがするわ。お別れの歌かしら?」

「そうだよ。亡くなった人を偲び、送り出す別れの歌だよ。女性視点の歌なんだけど、なぜか男性ボーカルで歌われる事が多いんだけどね」

 子供の頃、実家にあった古いドーナツ盤もハリー・ベラフォンテ版だった。懐かしい歌のひとつだったり。

「スタンダードナンバーだからカラオケにもはいっててね。

 でも人前だとしんみりしちゃうから、ヒトカラのときだけ歌ってた。なつかしいなぁ」

 思わず、しんみりとそんなことを言ったんだけど。

「……カラオケってなに?」

「あ」

 

 そのあと。

 日本のカラオケ文化について、なんの知識もない異星人のメヌーサに延々と説明する羽目になった……。


『Danny Boy』の著作権につきまして。

 和訳は切れてないそうですけど、英語の現詩の方は1913年で、もう著作権は切れているそうです。よって、全文ではありませんがそのまま書いています。

 問題があれば削除いたします。

 

 なお、歌詞はwikipediaからもってきました。

 子供の頃、うちにハリー・ベラフォンテの古いドーナツ盤がありまして。僕にはとても懐かしい歌のひとつです。ヒトカラにいったときとか、たまに歌います。


『ナーダ』

 地球のギターのような立ち位置にある擦弦楽器で、主にアルカイン族が長い、長い年月愛用している楽器。カタチもギターやリュート、マンドリンなどのあのカタチをしている。地域により弦の数やチューニング等が異なっている事があるが、オープンエンドといって、多少の音質劣化といって引き換えにいろんな地域に対応しているバージョンもある。

 

『一階』

 地球の西洋音楽における、1オクターヴとほぼ同じ意味。

 音階構造は地域や種族によって色々あるが、ナーダが広く使われる地域では歴史上、2つか3つくらいのパターンしかなくて、しかもそのひとつは地球の西洋音楽と同じ周波数成分でできており、しかも1オクターヴが12半音なのも変わらない。


 なお、軽い調整だけでトゥエルターグァ仕様のナーダが弾けた理由は以下の通り。


 ナーダのフレットはギターと同じ半音刻みになっている。ゆえに半音が変わらないということは、ナーダのフレットをギターのフレットとみなして使えるという事である。

 ゆえにチューニングさえ合わせれば原理的には同じように演奏可能であった。

 ただし細部のカタチが異なるので、同じ奏法が使えるとは限らない。


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