異界理論
『なるほど、それでなんの反応もないというわけか。しかし姉ちゃんも相変わらずじゃなぁ』
荒い映像のアルダー人と、メヌーサがにこやかに談笑していた。
映像は、ルド翁……じいさんだった。なんかメヌーサを姉ちゃんと呼んでいるようで、どうやらとても親しいことが伺えた。
しかし……どう見ても老人なトカゲのじいさんが「ルドくん」で、ヘタすると幼女にすら見えかねないアルカイン人の「姉ちゃん」か。
……宇宙って広大だよなぁ。
「一応言い訳しとくと、何日かゆっくりする予定だったのよ。それを狂わせてくれちゃったのは、ルドくんの優秀な新人さん」
『なに、メルが?何をやらかしたんじゃ?』
「大したことじゃないわ。本人も自覚のないまま、イダミジアで起きるはずだった騒動を事前に収めてくれちゃったのよ」
『ほほう?』
「おかげでさまで、手の空いた連邦の捜索隊まで前倒しで支部に来ちゃうし、結構焦ったんだからね?」
『ほほう、それはまた』
「なによ、そのニヤニヤ笑いは?」
『なんでもないわい。
そういえば港の方で、あやうくボルダに輸送予定の戦略大型生物が暴れ出しかけた騒ぎがあったのう。なんだか怒り狂ってたのが唐突に鎮静化しちまったと聞いたが……騒動を事前に収めた?ふむ、どこかで聞いたような話じゃなぁ?』
「あら、そんなことあったんだ。大変ねえ」
『いやいや未遂じゃからなぁ、わっはっはっ!』
楽しそうなんだか腹のさぐりあいなんだか、よくわからない会話だった。
『楽しんでいるようですよ。おそらくですが、ルド翁の方もこうして観察する限り、とても楽しげにリラックスしていますし』
そうなのか。
うーん……楽しく腹のさぐりあいをする関係とか、個人的には肩がこりそうなんだけども。
宇宙船の言語設定が終わって、とりあえずオン・ゲストロ語で対話指示が出せるようになった。それでさっそく、ルドのじいさんのところに一応の報告をしたわけなんだけど。
『さて、そろそろ通信を切らぬと嗅ぎ付けられるかの。
姉ちゃん、悪いがそのバカ娘を頼む。わかっているとは思うが』
「もちろんわかってるわ、あんまり迂闊にウロウロしないようにってことでしょ?」
『うむ、よろしくな。……ではメル嬢、あまりね、もとい、メヌーサ嬢に迷惑をかけるでないぞ?』
「りょうかいです」
通信が切れた。
まぁ通信といっても、先刻の丸い円卓の上にじいさんの荒い立体映像が浮かんでいるという、なんか昔見た映画の『助けてオビ=○ン・ケノー○ー』な感じのあれを思い出す映像なのが笑えた。ジョージ・ルーカスが見たらなんていうだろうなぁ。
ちなみに荒いのは秘匿回線の映像だからで、普通の通信ならなんと普通に触れるそうだけれども。
「レズラー、通信終了。超光速航行に移行」
【超光速航行了解、ただちに超光速演算開始します。タイミングをとりますか?】
「準備完了後、ただちに超光速に移行なさい。追跡者の気配はある?」
【今のところありません】
「いいわ、では予定通りに」
なるほど、意味がわかると本当に対話で操縦してるのがわかるなぁ。
言葉や技術が違っても結局、船は船。やっていることはソクラスと大差ないっぽい。
ちなみにレズラーというのは船の名前だ。カニに似た異星生物でもなきゃ、とある趣味の人の事でもないよ念のため。
この船、名前を『レズラー・ソゴン』号というらしい。いちおう意味もあるそうで、ひとことで言えばレズラーとは昔のトゥエルターグァの冒険家の名前で、転じて「旅人」って意味になるんだと。
つまりレズラー・ソゴンを意訳すると「最後の旅するソゴン」って意味になるそうで……まぁ、言葉通りかな。この型の船はもう現存しないらしいから。
呼ぶ時もレズラーでいいそうだ。
「それにしても、意外なほどあっさり抜けられたもんだね」
「ああ、そのこと?そりゃあエンジンがないからよ」
「エンジンがない?」
「この船にはね、銀河連邦が宇宙船のエンジンと認識できるものは何ひとつ付いてないのよこれが」
「……はぁ」
そうきましたか。
「ちなみに、飛行原理はなにか聞いていい?」
「んー、トゥエルターグァ式魔術理論についてひとことで説明するのは難しいのだけど」
「ああ了解、とりあえず結構です」
「そう?」
「うん」
正直いって、魔術とか言われても。
こちとら科学世界の住人なわけで。
人工の肉体になってから空も飛べるようになって不思議な能力も使えるようになったけど、それイコール、いわゆる魔法って認識を私は持っていない。
だってそうでしょう?
地球人の私にしてみたら、遺伝子をこねくり回して空を飛ぶ人型アンドロイドを造ったり、超光速飛行でアンドロメダまでたったの十日で飛んでいく、しかも人間以上の思考力をもつ船とか、それこそ魔法と区別がつかないわけで。
つまり私にしてみれば、どれもこれも一緒くたで「よくわからない宇宙のステキ科学」の産物なんだよ。
だからさ。
改めて真正面から魔術理論とかいわれても……正直、うさんくさい。
いや、それはないだろって言われても。
「あれ、でも何か噴出孔みたいなのがついてたと思うけど?」
「小型スラスターね、それは今どきの港湾設備で誘導に応えるためのものなんだけど……ただの化学燃料なのよね。燃料なかったら圧搾空気で代用するようなものだし」
「??」
わけがわからない。それは発見されないんだろうか?
首をかしげていると、サコンさんがフォローしてくれた。
『メルさん、化学燃料によるスラスターは、空間推進用としてはまず使われていないんです。船を追いかけるセンサーじゃまず映らないと思います』
「そうなの?」
『せいぜい大気圏内用ですね。国によってはお祭りで使う火飾りの火薬とか、そういう用途ですか』
「火飾り?」
『メルさん的にわかりやすくいえば『花火』ってありますか?火薬を空に飛ばして、その、なんというか』
「あー花火ね、花火。わかる」
さすがに笑いがひきつった。
なるほど、要するに船に使っちゃいないわけだ。
まぁそりゃ、使ってないものを測定するわけないよな。
確かに、それなら見つからないわけだ。
そんな話をしていると、唐突に船の頭脳の声がきこえてきた。
【超光速航行準備完了。これより開始いたします。皆さま、念のためにお席についてください】
「わかったわ。みんな座ってる?」
「はーい」
『問題ありません』
私とメヌーサはともかく、触手の塊みたいになってるサコンさんも問題ないらしい。
「いいわよ?」
【ご協力ありがとうございます。
それでは超光速航行を開始いたします。もし外の風景に興味がおありでしたら、この後に離席許可が出てから屋上の方に行かれる事をおススメいたします】
屋上?展望台みたいなものがあるのかな?
そんなことを考えていたら、
「お」
一瞬、クラッと世界が揺れた気がした。
でもそれは一瞬だけだった。
「……無事、超光速飛行に入ったみたいね」
【はい、無事に超光速飛行に移行いたしました】
朗らかといってもいい口調でこの船の人工頭脳である『レズラー』は告げる。
【さてお客様、外の風景に興味はおありですか?よろしければ屋上へどうぞ。昼食もよければそちらにお運びいたします】
「屋上ねえ」
首をかしげると、メヌーサが楽しげに笑った。
「メル、あなた今までどんな宇宙船に乗ったかしら?」
「どんなって……あとにも先にもソクラスだけだよ。ほらコレ」
ソクラスの映像をポンと表示して見せた。
それをしげしげと見たメヌーサは、ふんふんとうなずいた。
「典型的な近代連邦式……ああこれVIP用超高速船ね。またずいぶんとリッチなお船に乗ったわねえ?」
「そりゃ仕方ないよ。ソフィアの船だもの」
相手は本物のお姫様なんだから、船だってそれなりのものなのは当然だった。
「まぁ『ソクラスのソフィア』のお船だものね」
「ソクラスのソフィア?」
「お姫様の二つ名よ、知らないの?
まぁいいわ、とにかく連邦の船しか知らないんなら一度見とくといいでしょ。いらっしゃい」
メヌーサに連れられて廊下に出た。
「進行方向はあっちが前。見ての通り前部に向かうわ」
「あ、うん」
言われるままに歩いていく。
廊下はちょっと暗いけど、やはりここも宇宙船っぽさは皆無だった。壁には民族色豊かな布がかけられているし、床もコンクリートやリノリウムのような、いかにもSF的な冷たいものは使われていないっぽい。
「ここよ」
「……はしご?」
間違いなく、はしごがあった。上を見上げるとハッチみたいなものがある。
「こうするの」
メヌーサははしごをのぼっていくと、片手をそのハッチにあてた。
【外部状況確認、外に出られます。ただしフィールド強度には限界がありますので、戦闘行為はおやめください】
「いいわ開いて」
そういうと、プシッと小さな音をたててハッチが少し外に開いた。
「ん、いいわ。ついてきて」
「いいけど……って星空?」
展望ルームでもあるんだろうか?
とにかく、サコンさんともども登って行ったのだけど。
「……え?」
屋上とやらに首を出した私は周囲を見て、思わずフリーズした。