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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第二夜『母にして父なる者と銀の少女』
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宇宙と紅茶

 変な話だけど、私たち地球人が宇宙船っていうと、やはり地球をはるかに超えた超技術を想像するものだとおもう。これは間違いないと思うんだけど、どうかな?

 地球には現在、一般人をまともに宇宙に送る技術はない。市井の民間人を上げた場合でも、ある程度の訓練はしなくちゃならないからだ。少なくとも、自宅から比較的近い空港から飛行機に乗り、友達や家族のいる別の土地を訪れるように気軽にはいかないだろう。

 それは技術的問題というだけではない。いろんな大人の事情もある。

 かりにそれが……あまり高額でないお金と引き換えに特別な訓練もなく宇宙旅行が現実になるとしても、それは寂しいけど、まだまだ遠い未来のお話なんじゃないかな。

 とても歯がゆくて、そして切ない話だけど。

 

 

 

 おかしな話だけど、同じような生命体が似たような文化圏に住めば、家や家具もおのずと似たようなものになるらしい。

 この船はずっと昔、本当に遠い昔、メヌーサの故郷であるトゥエルターグァって国で作られたものらしい。壊れて打ち捨てられ眠っていたのを彼女が発見し、ひとの手を借りて直したんだとか。

 だけど、あまりにも古いものだから、当たり前だけど木や布でできた内装などは全滅状態で。

 彼女はそれを長い時間をかけ、ぼちぼちと直していったんだって。

 心臓部の調子を見て、さらに家具を昔に近いものを探して入れ替えたり。

 似たものや派生品が使われている別の文明圏からもってきたり。

 当時の設計図にもとづいていろんな星の職人さんに作ってもらったものなんかもあるそうで。

 だけど宇宙船に積むって言われて椅子やテーブル作った木工職人さん……びっくりしただろうなぁ。

 とにかくこの船は、メヌーサが丹精して復活させたお気に入りらしい。

「長年使ってほしいって事かしら、ほとんど魔導システムだけで作られていたのが幸いしたのよね。機械部はさすがにお手上げだったもの」

「まずい部分はなかったの?」

「あったし、そこはプロに依頼したわ。こういう古船(こせん)専門の人も銀河にはいるもの」

「へぇ……」

 なんか、クラシックカー専門のエンジニアみたいだな。

「それにしても家族旅行用の宇宙船っていうのは凄いね。元は値段も結構するんでしょう?」

「値段ねえ……生活習慣が全然異なるからハッキリとはいえないけど、まぁ確かに庶民の乗り物とは言えなかったかも」

 そういえば、トゥエルターグァは貨幣経済の星だったらしい。一応念のため。

「庶民の平均年収わかる?それの何年分とか」

「そんなにたくさんはいらないわ。でも平均的な庶民だと……年収一年分では無理ね。中古なら知らないけど」

「充分高いだろ……でも逆にいうと、年収二年分とか貯めたら買えたってこと?」

「それなら何とか」

 それって、日本ならキャンピングカーくらいの値段じゃないかな?まぁ、海外の豪快なやつは無理だけど、トレーラーじゃなくてワゴン車ベースだったらそこそこイケそうだ。

 その値段で恒星間飛べる宇宙船が買えるのか。すごいな宇宙文明。

「もっとも船が欲しいっていうだけなら、近距離用ならお安いわよ?」

「え、そうなの?」

「いくら星間文明が発達したっていっても、ひとの生活圏や社会単位まで恒星間になってるわけじゃないわ。つまり、自家用船を使う人のニーズが一番高いのは自分のいる星域のそれも一部だけってことよ。

 そういう事なら、とてもお安くできる。そうでしょう?」

「同意を求められても困るけどさ。でも、なんかわかるかも」

 船舶も飛行機も発達していたけど、少なくとも自家用飛行機は一般的じゃなかった。船は沖縄みたいな地域限定なら結構あったらしいけど、世間一般ではやはり一般的じゃなかったろう。

 技術があるかどうかと、一般人が使っているかどうかは別の問題って事だな。

 そんなことを考えていると、なぜだかメヌーサがニヤッと笑った。

「そういえば、いま銀河で一番安い宇宙船って何か知ってる?」

「一番安い宇宙船?」

「ええ。まぁ、メルの尺度では船に見えないかもしれないけどね」

「ふうん……」

 

 現代銀河用の言語データを頭脳に加えるのに少しかかるという事なので、先にキッチンを教えてもらった。

 まぁ現代語がなにひとつ登録されてないってものすごいよね。

 そんなこんなで、メヌーサの案内でキッチンまで移動していたんだけど。

「仕方ないわよ、この船はわたしの私物なんだから現代銀河語なんて必要ないもの」

 え、私物?

「そうなの?」

「言わなかったっけ?じゃじゃ馬の娘が銀河に上がってくるのは、わたしたちの計算ではイダミジアじゃなくてアルカイン王国だったの。だから天翔船も向こうに配置してたのよね」

「あらら……じゃあこの船は?」

「このところ忙しくて、しばらく放置してたのよ。とりあえずメンテナンスするつもりでエリダヌス教に依頼してたんだけど」

「あらら」

 本気で私物だった。

「あまり彼らの厚意におんぶにだっこはよくないと思うけど、どういうわけか今回はイダミジア支部ですんなり話が決まってね。まぁ、久しぶりにルドくんに会えるのも楽しみだったから依頼してたってわけ。

 でも今の状況からすると……どうやらそういう巡りあわせだったみたいね」

「そっか。なんかごめんね?」

「いいのいいの。ま、この船にお客様は初めてなんだからね、光栄に思いなさい?」

「ういっす」

 調理場についた。

 まぁ調理場といってもほとんどは全自動らしくて、人間用の包丁なんかはどこにもない。それに私も別にお料理したいわけじゃない。

「お茶はどこでいれられるのかな?」

「ここよ、ここ。手動でお茶入れって書いてあるでしょ?」

「ごめん、読めない」

 なんだその古代メソポタミア文字みたいなの。

「んー、じゃあちょっと待って。料理オーダー用の超簡単な翻訳一覧あげる……ほら」

「お」

 頭の中に、ぽんと何かのデータが現れた。

「これ何?」

「簡易対訳表みたいなものかな?じゃじゃ馬の娘なら使えるでしょ?」

「そ、そう」

 とりあえず脳内タッチしてみると、中のデータがスルッと読み込まれ理解できた。

 ああ、なるほど。

「なるほど対訳ね」

 改めてさっきのボタンを見ると、よくわからない古代文字の上に文字が浮かんで見える。オン・ゲストロの文字で『手動でお茶いれ』って。

 おーこりゃ便利だ。文字がどこか素人作品っぽい無骨さなのはご愛嬌か。

「これって会話もいれるの?」

「もちろん。読み取りはオン・ゲストロ語でもいけるからオーダーしてみなさい。

 でもあくまで簡易翻訳だから、難しいこと頼もうとしたら全然ダメだからね」

「わかった。言語入力にはどのくらいかかる?」

「ごめん30分くらい待って。準備してたファイル間違えてて手動で変換してるから」

「わかった。そっちはよろしく」

「ええ、まかされたわ」

 メヌーサが去っていくのを見て、ではと指示してみる。

 ボタンをポチッとなと押すと、わけのわからない言葉のアナウンスが聞こえてきた。

「えーと、茶葉の種類を示せか。紅茶ならいけるかな?」

 ここでいう紅茶というのはもちろん地球の紅茶じゃない。オン・ゲストロにある紅茶に似たものに日本語の『紅茶』を割り当てたもの。

 そんな割り当てが存在するという事は、オン・ゲストロで地球の紅茶を扱ったことがあるんだろう。

 ま、それはいい。

 数をいれて了解、みたいなメッセージが出てきてしばらくたつと、カップをセットしてくださいと出てきた。

 えーとカップ、カップ……あった。

 なんか地球のと大差ない白いセラミックっぽいカップ。紅茶でも似合いそうな古風さは、家の雰囲気に似合ってるのか?

 うわ、なんだこのカップ、すんげー軽いぞ。

 なつかしいな。母が昔、愛用してたやつを思い出すね。

 カップをセットしてやると、コポコポと音がして紅茶らしきものが注がれた。酸味と湯気をひめた匂いが漂ってきた。

 トレイはあるかな?

 探してみたけど見当たらない。

 なんか広い皿みたいなのがあったから、代用でいいだろ。

 カップと小皿を三つ並べてキッチンを出た。

 部屋に戻ると、何やらメヌーサは魔法陣みたいなのをいくつも広げて作業中だった。

 その横でサコンさんはというと。

「お」

 船に乗ったことでリラックスしたのか、いつのまにか人間用の服を脱ぎ捨てていた。ただの触手モンスターみたいな姿になって、何やらもぞもぞと謎の動きを見せている。

 こうしてみると、非人類型っていうのを実感するなぁ。

「紅茶入ったよー」

 確認せずに問答無用に入れちゃったけど、まぁ、いらないなら貰うし。

「ん?コウチャ?」

『オン・ゲストロ産のカズラ茶のことです。メルさんの故郷にある紅茶というお茶に似ているんだとか』

「ああなるほど。いいわね、くれる?」

「はいー。どこに置く?」

「え?あ、じゃあここに」

『メルさん、ではわたしもこちらに』

「はーい」

 小皿の上にカップを置き、そして指定の場所に置く。

 それを見たメヌーサが不思議そうな顔をした。

「なんでカップの下にお皿をしくの?」

「え?あー、地球の習慣かな。ティースプーンとか角砂糖を乗せて出すこともあるよ」

「お茶用のスプーンなんてあるんだ。ふーん、なるほど」

 おもしろそうに紅茶を見るとメヌーサは言った。

「ちなみに作法もあるの?」

「さぁ……あまり聞いたことないかな?」

 そういいつ自分のぶんを手にとったのだけど。

「メル。あなたのそれは作法じゃないの?」

「え?」

「今、左手でお皿もって右手でカップ持ったでしょう?まったく迷わずに」

 言われて気づいた。

 自分のぶんを飲もうと思ったんだけど。

 うん。

 確かに左手で皿をもち、右手でカップを持ってる。

「……あまりマナーは気にしたことないかな」

「そう?」

「うん」

 実際、気にした事なかったなぁ。

 子供の頃、母にちょっと教えられたくらいで。

「しいて言えば、いいカップでお茶を飲む時はわっかに指を通さず、指で挟むようにして持つとか、その程度かなぁ。

 地球のいいカップは事実、そうして持つように作られていたしね」

「……あー、やっぱり細かい作法があるんだ」

 ウンウンと楽しげに笑いつつ、メヌーサは作業を中断した。

 そして、やさしげにカップを手にとった。

 うわ、手つきがなんかスマート。

「なんか洗練されてるね」

「こう見えても、王様みたいな人のところに滞在してた事もあるから」

「すごい……」

「単に長生きしてるだけだから自慢にもならないけどね」

 クスクスと楽しげにメヌーサは笑った。

 

古船: 古銭とひっかけたつもりだったんですけど、そういう言い方ってちゃんとあるんですね。普段使わない言葉なもんでピンと来なかった。

 ちゃんと検索しろってことですね。


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