恒星間宇宙船
恒星間高速船ソクラス号、それがこの船の名前らしい。
え、いきなり何だって?
いやだってさ。
なんか変な光がパパッと周囲を取り巻いたかと思ったら、いきなりSF映画みたいな宇宙船の中にいたんだぜ?他になんて言えばいいと?
聞いてみたら、やっぱり転送装置らしい。
あったのか転送装置。某トレックな作品群だっけ、俺はよくしらないんだけど、あれに転送装置の設定があったよな、確か。
地球人の考えるSF話も、結構あてになるって事かな?
ちなみに。
メインホールみたいなところにいきなり現れたわけだけど、わりと普通というか、俺たちの予想している未来の宇宙船の姿とそんなに大差ないようだった。怪しげな魔法陣みたいなのがあるわけでなし、きちんと科学の産物らしいというか。
「やっぱり、コールドスリープ装置とかあるの?」
「非常用ならあるけど普通は使わないわね」
「え、そうなの?」
「だって、銀河系のはしからはしまで一日でいけるのよ?まぁ、一連邦日は地球の一日より長いのだけどね」
「速っ!」
なんじゃそれ。
「そんなに速いならコールドスリープ装置、いらないですね確かに」
『でも非常時には必要です。どこかで助けを待つ用というわけですね』
唐突に聞こえた渋めの男性の声に、おやと顔をあげた。
俺の反応に気づいたのか、ソフィアさんがすぐに教えてくれた。
「ソクラス、つまりこの船の頭脳よ。
ただいまソクラス、何か変わった事はあったかしら?」
『特にありません。ああ「トカゲ」から連絡がありましたが』
「おじいさまから?わかった、あとで見てみるわ。
それよりソクラス、ちょっと調査してほしい事があるのだけど」
『その地球人の方を安全に返す方法ですね?』
「ええ、そうよ」
『難しいと思いますが、まぁわかりました。しばらくお待ちを』
「ええ、よろしくね」
完全に自然言語で対話できるのか。すごいな。
「アヤで何となく想像できると思うけど、私たちの使っている人工頭脳は基本的に人間レベルかそれ以上の思考力を持っているわ。対話や指示は自然言語でできるわね」
そうですか……すごいもんだ。
ん、まてよ?
「そういえば『高速船』なんですねこの船って」
名前に高速船と入っていたよね。
『私のタイプの仕事は、外交官のように特殊な立場の方を国を超えて高速で運ぶ事なのです』
「へぇ、VIP用ってわけか。あれ?でも?」
そうなると、ソフィアさんって何者?
まじまじと見てしまうと、クスッとソフィアさんが笑った。
「あら、気づいちゃったかしら。私はアルカイン王国の第一王女ですけど?」
「な……!」
な、ななな、なんですと!?
マジかよ、嘘だろと思って首をめぐらしてみると、アヤさんも「ウソじゃないですよ」と言ってる。
ま、マジすか。
「そ、そうですか、それは失礼を……って王族?」
宇宙文明の世界に王族?なんじゃそれ?
そんな進んだ世界で、どうして王政なんか敷いてるんだ?
でも、そんな俺の言いたい事に気づいたのか、ソフィアさんが眉をしかめた。
「もしかして、王政を敷いてる理由を知りたい?」
「よくわかりますね?」
「むかし、質問された事があるもの」
クスクスとソフィアさんは笑った。
「アルカインっていう国にはもともと政治組織なんてなかったの。昔はナーダ・コルフォといって、楽器職人や木工職人がたくさんいる森の惑星だった。
それじゃあ、どうして王政を敷いたかというと、二千年ほど前に銀河連邦の議長をやらないかってオファーがきてね。
でも職人さんたちがそんな事やりたがるわけないでしょう?
それで、かろうじて政治に興味を示した者に国王の座を押し付けたんですって。
だから、王政。
名前は国王だけど、仕事はほとんど連邦議長の仕事だけなのよね」
「……なんですかそれ」
意味がわからない。どんな星だよそれ。
「まぁそれはいいわ、それよりそろそろ食事にしましょう?」
「あ、はい」
そういえば、俺も食べてないんだっけ。
くそ、どさくさにカット野菜とキノコの入った袋も落としちまったよ。
「……って、あ!」
その時、俺も気づいた。気づいてしまった。
「どうしたの?」
「やっべ、スーパーの袋の中、ケータイで精算したレシート入ってるし!」
「え?それがどうしたの?」
いやいやいや、どうしたのじゃないってばさ。
「携帯っって要は電子マネーなんですが、サービス登録番号みたいなの入ってるんです。それがつまり」
そう、ユーザー番号みたいなのがレシートに書かれてるんだよ。
あいつらが、俺が誰なのか特定できなきゃ、それはそれでいい。
だけど。
もし袋を拾って俺のもんだと気づいて、レシート調べたら?
そこから運営会社経由で情報を手繰っていったら?
「なるほど」
ソフィアさんは理解してくれたようで、まじめな顔でうなずいた。
「レシートにそんなもの記載されるの?それは確かに要注意だわ」
「すみません手間増やしちゃって。でも、ぜひお願いします」
「ええ、わかったわ」
出された食事は、思ったよりもはるかに普通だった。
錠剤のようなもの、あるいは異星めいたアレなものを想像したのだけど、意外な事に、おにぎりに似た食べ物が登場した。
野菜と穀物中心なのは、女性だからなのか?
おなかが気になる年代なんで俺も嬉しいかも。
だけど……。
「普通の食事を出してみたのだけど、どうかしら?」
「これってもしかして」
「ええ、私の生まれ故郷アルカインの料理よ。といっても本当に軽食だし携帯飯は日本にもあるし驚くようなものじゃないでしょうけど……一応いっておくけど、たぶん地球人で食べるのはあなたが初だと思うわ」
おお、なんと!
「そちらでも穀物食べるんですね?というか、普通に握り飯作るんだ」
「穀物は保存がきくし、料理法も自然と似ちゃうみたいね。地球で似たような料理をたくさんみつけてびっくりしちゃったもの。それに、さすがに味覚の流行は違う事はあっても、どれも特徴があっておいしいし」
あー、こりゃ食べ歩いたなもしかしなくても。
「なるほど、タンパク質の相違とかはないんですかね?」
そんなことを考えていると、ソフィアさんが苦笑して言った。
「それは私の専門分野かもね」
「え?」
「タンパク質の相違に着目したという事は、あなた学者さん?」
「いや、ただのIT屋くずれですよ。でも子供の頃は動物学が志望でしたし、今でも海洋生物学や行動学の本くらいなら読んでます」
「なるほど」
ふむふむとソフィアは納得してくれた。
「確かに本来、星ごとにタンパク質など、生命維持に重要な物質に差異があったとしてもおかしくないのよね。そして実際にそういう星を見つけた話もあるわ。
でもね。
現実には、銀河も主たる星のほとんどでタンパク質の構造にはほとんど差がないの。地球もそうで、一部に有毒な物質があったものの、基本的なものはほとんど食べられるし生活もできちゃうのよ」
「え、そうなんですか?」
「不思議でしょう?まぁ、そのおかげでわたしも、食べあるきができて嬉しいわけなんだけど」
なるほど。でも。
「理由が気になりますね。実は古代に交流があったとかあるのかな?」
「可能性はあるわね。でも記録がないし、いくらなんでも銀河全土に広がっているっていうのはね。連邦ですら、せいぜい銀河の六割くらいの国家をたばねているにすぎないのに」
「うーん、無理がありますかねぇ」
「でも着目点は悪く無いわ。実際、可能性が最も高いのはそのケースだと思う。
もちろん、たったひとつの国で全銀河をカバーするわけがないわ。でも、いろんな文明が支配地を重ねつつ隆盛を繰り返した結果、だんだんと混じっていったって可能性はあると言われているの」
「なるほど」
それなら確かに、合理的にいってありうるよな。
「ソフィア様、その話は異論を唱えているグループもありますよね?」
「エリダヌス教団ね。アヤ、あなた、あんなものまで知ってるの?」
「わたしの作られた国、キマルケはエリダヌスではありませんが、類似点のある思想を持っておりましたから」
「そう……」
「?」
なんだろう?
いま、ソフィアさんの目がいやに厳しくなったような?
あ、いや違うか。
もしかしてソフィアさん、アヤさんに悪意を持ってる?
ふむむむ、どういう事なんだろう?