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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第二日『銀河文明の学び舎にて』
57/264

母であり父であるもの[2]

長くなったので、今日と明日の二日に分けて流します。

 とりあえずの軽食の時間が終わった。

 といっても別に皆、本気でおなかがすいていたわけではなかった。

 ではどうして食べたかというと、初対面同士の作法のひとつだそうだ。

 学校で学んだ事なんだけど、いくつかの地域や国では初対面の相手と話す時に軽食を用意する習慣があるという。飲み食いしながら話す事で会話をスムーズにしようというわけで、まぁ地球的感覚でも理解できる。メヌーサ嬢は接待のためというより、単に初対面の作法として軽食を用意したわけだ。

 とはいえ、この習慣は同じものを食べられる種族同士に限られるんだけどね。

 

 

「ごちそうさま」

「え?あら、こんな簡単なものにごちそうなんて。まぁ、ありがとう」

 ん?

 ちょっと微妙な反応に「ああ」と納得した。

 どうやら誤訳が入っているらしい。軽く訂正しておこう。

「ああごめんなさい、『ごちそうさま』っていうのは故郷の食後のあいさつで『食事を用意してくださった方に感謝します』くらいの意味なのっていえばわかるかな?」

 もともと、ごちそうさまの「ごちそう」には駆けずり回るって意味がある。

 お店のない時代に文字通り駆け回って食材をかき集め、食事を作り、そうやって、わざわざもてなしてくれた人への感謝ってこと。

 現代日本人は軽く使っているけど、実は結構重い意味があるんだよね。

「あー……食事そのものでなく、用意してくれた事に感謝する系の習慣なのね。わかったわ」

 やっぱり、何か壮大な意味か、あるいは悪い意味に翻訳されていたんだろう。訂正してよかった。

 単純に考えればわかるけど。

 たとえば、本当に軽く用意されたものに対してあまりにも丁寧すぎるお礼をしてしまったら、それは相手によってはイヤミと受け取られかねない。注意しないとね。

「それで話を変えるけど」

「なにかしら?」

 そうそう、本題を忘れていた。

「メヌーサさん、今さらなんだけどさ、ここにいるのは偶然じゃないよね?」

「本当に今さらね」

 クスクスと笑いながらメヌーサ嬢は言った。

「もちろんよじゃじゃ馬の娘(ドゥグラール)。わかってると思うけど、あなたに用があってきたの」

 思いっきりの直球だった。

「でもまず最初にやるべき事があるみたいね」

「やるべきこと?」

「ええ」

 そういうと、メヌーサ嬢は大きくうなずいた。

「あと一度言ったけど改めていうわ、さんづけはいらないから」

「あ、すみません」

「変な敬語もやめて。タメ(ぐち)でメヌーサでいいわ、あるいはメヌでもいい」

 変な敬語……。確かに敬語がうまくないのは事実だけど。

 まぁでも、こういうのは相手にあわせるものだろう。

「わかった、じゃあメヌーサで。あと、私も呼び捨てで」

 メルとメヌじゃ混乱するし。メヌーサでいいだろ。

 しかしメヌーサってちょっと変わった名だよね。やっぱり祖国の言葉なのかな?

「わかったわメル。それからもうひとつ」

「なに?」

「メル、あなた脳内と口で他人の呼び名が違うでしょ。それ統一しなさい」

「え?」

 思わず首をかしげてしまった。

「今まではそれでよかったのかもしれないけど、それは口頭か文字でしか会話しなかったからでしょう。頭で直接対話すると確実に破綻するから」

「……そういうもの?」

「そういうものよ。

 で、そういう人は軽んじられたり信用されなくなる事もあるわ。本音と建前があるのは誰しもだけど、それを意図せず垂れ流してちゃダメなのはわかるでしょ?」

「なるほどわかった」

「ええ」

 そういうことか、そりゃ駄目だわ。

 そんな会話をしていたら、横からサコン氏まで参戦してきた。

『確かに。わたしの事もそうですよね。たまに漏れてきてますよ?』

「うわ、ごめんなさい」

 すでに被害か出ていたか。すみません。

「んー……じゃあサコンさんはサコンさんで。メヌーサはメヌーサで」

「……呼び捨てとさんづけの違いは?」

「サコンさんは学者さんなので敬意を表して」

 これは昔からのスタイルだから変えられない。

「それって、わたしに敬意はないってこと?」

「……」

 じっと見つめられて、思わず目をそらした。

「あはは」

 なぜだかメヌーサじょ……メヌーサは、そんな私を見て楽しげに笑った。

 

 

 一端、そこで話は仕切り直しになった。

 で、改めてメヌーサのやってきた本題の話をしようと思ったのだけど、

「あ、ちょっと待って」

「え?」

 ちょっと中断して立ち上がり、そして杖を出した。

「ん?どうしたの?」

「いや、なんかちょっと……」

 心のどこかに、ひっかかるものがある。

 杖をふって、それを消してみた。

「んー……よし、こんなもんかな?」

「……」

「えっと、なに?」

「なんでもない……ところで今のは何?」

「いや、何か知らないけどココロがモヤモヤってしたから、消してみた」

「……そう、あきれた」

「え?なに?」

「気にしないでメル、とりあえずあなたには関係ないことだわ」

「そ、そう」

 よくわからないけど関係ないらしい。

「で、先にこっちから質問させてね?」

 どさくさにメヌーサの方から先手を打たれた。

「ちょっと気になった事があるんだけど」

「何ですか?」

「メル、あなたずいぶんと人づきあいが下手くそっぽいわね。今までどういう生活をしてたの?」

「あー……地球では、事実上の単身赴任状態で、家族とも友達とも離れた生活が長かったかな」

「お仕事の内容は?」

「プログラマー、まぁ開発者の一種かな。それも大きなプロジェクトに関わるようなものじゃなくて、もっと小規模なものを一人でぼつぼつ書く種類の」

 いわゆるSOHOってやつが発達しすぎてて、あまり横のつながりがないんだよね。スカイプで打ち合わせできたらオッケーみたいな。

 もともと大学の研究室からできたって会社の社風もあるんだろうけども。

 

 うん、言われなくてもわかる。

 これって引きこもりと大差ない。自分でもわかってる。

 一時は孤独に怯えていたし、最後まで心配してくれてた母ももういない。

 友達との交流もずいぶんと時間が開いてしまって。数少ない友達も死んでしまって。

 新しく友達を作る?

 いやいや、いい歳したおっさんが新しい友だち作るって難しいんだぞ?

 そう。

 ソフィアやアヤに出会った頃の私は、実はもう、対人関係という意味では詰んでいたといえる。

 

「それで、お話の相手も技術者とか研究者ばかりってわけか……またずいぶんと見事なボッチくんがひっかかったわねえ」

「あー、すみませんね」

 思わず投げやり気味に返答すると、うふふとメヌーサは笑った。

 いいけど、なんか楽しそうだな。

「でもなんでそんな事思ったの?」

「イダミジアにきてある程度日数いるんでしょう?知り合いもできたんでしょう?

 なのに友達として交流があるのって、実はほとんどサコンだけなんでしょう?」

「……」

「サコンは異種族だけどコアもちって共通点があるし、メル自身に興味をもってそばにいる経緯があるわけよね?」

「うん」

『ですね。まぁわたしとしては、ずっと彼女を観察できるのでありがたくもありますが』

 サコン氏……もとい、サコンも同意した。

「そこまでわかっていながら忠告しなかったの?友人のつもりなんでしょう?」

『すみません、つい……学者の悪い癖ですね、観察対象を不用意にいじるのに抵抗があるというか』

「こっちはこっちで学者バカか。相性が悪いのはよくわかったわ」

 メヌーサは呆れたようにためいきをついた。

「人付き合いのうまい子なら、同種族のお友達くらい少しはできると思うのよね。特に子供や若い女の子の場合、周囲がほっとかないことも多いし。むしろ異種族のサコンの方が珍しい知り合いにあたると思うの。

 なのに実際は彼だけなんでしょう?じゃあ、ボッチなのかしらって思うのが自然じゃない?」

「……」

 事実だけに反論のしようもなかった。

 あれだ。

 絵文字ってやつで表現するなら「orz」だよね本当に。

「まぁいいわ、こっちとしてもヘンな知人とか面倒事がついてないのはありがたいもの。

 それに希望職種が巫女でしょう?関わったからにはお仕事の斡旋くらい引き受けたげるけど、心当たりのある職場もみんな遠くだしね」

「え、斡旋してもらえるの?」

 それはありがたいんだけど、いいのかな?

「言っとくけど感謝はいらないわ。……たぶん、これ親切っていうより危険物処理に近いし」

「え?」

「いいの、あなたはわからなくて」

「でも」

「いいから、今はそういう事にしときなさい」

「……了解」

 よくわからないが、そう言われてはどうしようもない。

 とりあえずこの件は棚上げとした。

 

 それにしても、そうか。

 どうやら就職先については心強い味方ができたっぽいかな?

 そんなことを考えていたら。

『銀河でも指折りの危険人物と出会ったっていうのに、心配は就職先ですか。やっぱり面白い人ですね貴女(あなた)は』

「え?危険?」

 思わずサコンし……もとい、サコンさんの方を見た。

『ご存じでしょう?メヌーサ・ロルァといえばエリダヌス教の聖女にして頂点とされていて、銀河連邦では超のつく危険人物ですよ?指名手配もされていますが、賞金額は星系いっこ買えるほどの額に達しています』

「へぇ……」

 危険?危険ねえ?

 でも。

「……」

 いつかの夢を思い出す。

 たぶん彼女でなくお姉さんがメヌーサの名を持っていた頃、そのお姉さんに向けていた彼女の目を。

 ……うん、問題ないでしょ。

「問題ないよ」

『そうですか?本当に?』

「うん」

「……」

 そんな話をしている私たちを、メヌーサは面白くて仕方ないといった顔で見ていた。

  

「話を本題に戻すけど。

 それでメヌーサの目的ってば、具体的にはいったい何なの?」

「ン……そうね」

 バーテンダーさんが入れた柑橘系のジュースをひとくち飲んでから、メヌーサはフフと笑った。

「あなたというより、あなたの身体が目当てなのよ……ってヘンな意味じゃないのよ?」

「いや、わかってるって」

 そりゃそうでしょ。

 ていうか、指摘されるまでヘンな意味なんて考えもしなかったよ。

「そもそもメル、あなた、あの子の仕事……ごまかすのはよくないわね、うん訂正、『(ダ・ロウム)』についてどのくらい知ってる?」

「!」

 一瞬、ピクッと反応してしまった。


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