母であり父であるもの[1]
銀の少女メヌーサ・ロルァは思ったよりも親しみやすい女の子だった。
あの夢の中での姿、特にお姉さんと話している時の様子はどこか得体のしれない……悪くいえば機械じみていた印象があるのだけど、目の前のメヌーサ嬢はそれと全く異なっていた。楽しげに笑うところなんかも怪しいところはなくて、普通に明るい女の子のようにも思えた。
「おまちどう、これでいいかな?」
「ありがとうジオさん」
なんか大皿出てきた。
美味しそうな匂いがすると思ったら正体はこれか。
え、大きさ?
んー……高知の名物『皿鉢料理』の皿くらいのサイズなんだけど、こういっても高知県人しかわからないか。
中華料理の大皿よりもうちょっと大きいのを想像してくれればいい。
で、その大皿には何か料理らしきものが載ってる。
カウンターの影に保温装置みたいなのがあるらしくて、そこからバーテンダー氏……ジオさんというらしいけど、彼が取り出したらしい。
いいんだろうか。ここってバーだよね?
「何か疑問?」
「ここってお酒飲むところじゃないの?」
イダミジアに来て日は短いけど、高知県人の矜持ってわけじゃないけど飲み屋は何件かチェックしてみた。
このカウンターバーもどきも間違いなく飲み屋だ。まぁアルコールを出すかどうかは別にして、軽食を出すような場所じゃない。
その疑問はバーテンダーさんが引き取ってくれた。
「確かに、ここで調理するようなものは基本出さないね。まぁお昼はごく軽い軽食を出す事ならあるけどね」
なるほど。
「じゃあこれは?」
「この皿は、こちらのメヌーサさ……メヌーサ嬢の持ち込みだよ。ここの調理場のフライヤーで作ったらしい」
「ええそうね」
満足げに笑っているメヌーサ嬢。
今メヌーサ「様」って言おうとしたね、バーテンダーさん。
それにしてもメヌーサ嬢、料理できたんだ。てっきり人外キャラのお約束で料理は壊滅的なもんかと、
「何か言った?」
「いえ、なんにも」
「まぁいいけど……。
もしかして料理できないって思ったの?だったらその推測は間違ってないわ。
わたしにお料理は無理。やったことないもの」
「そうなんだ。じゃあこれは?」
目の前にあるこの料理は、きみが作ったものじゃないの?
「あなたの知ってる人、といえばわかるわよね?
わたし、その人の記憶を一部もらってるんだけど、その中にあるお料理の記録から再現してみたの」
「へぇ……」
彼女はメヌーサ・ロルァを名乗ってるけど、実はこの名前、ナイショだけど世襲制らしい。彼女は二代目で、初代はお姉さんがやっていたらしい。
つまり、先代は料理できたって事なのか。
「彼女は、あなたにわかりやすく言えば……そうそう、その寿退職ってヤツをしたの。
で、使えそうな記憶をもらったんだけど……なんでかお料理の記憶まで混ぜてきたのよね。……そんなのいらないのに」
なぜか不機嫌そうだった。
でも、たぶんだけど彼女はその、お姉さんからもらった料理の記憶を楽しんでいるんじゃないかな?
だってさ。
いらないのにとか言いながら、料理を見る目はちっともイヤそうじゃないもんな。
きっとお姉さんだって、それを見越して彼女にデータを渡したんだろうさ。
まぁいい、とりあえず料理そのものに目線を戻そう。
「花のお皿っていうの。ボルダの料理でイダミジアでも少し食べられてるんだけど、まぁ食べてみて」
「ういっす、いただきます」
大皿に盛られているのは、いろんな揚げ物。中央に鶏肉らしき揚げ物、その外側に黄色いよくわからないもの、そしてその外側を揚げ野菜で囲ってあった。
そう。まるで皿の全面で作った大輪の花だ。
「そうそう、カムノでも食べられるはずだから、あなたもどうぞ?」
『ありがとうございます』
サコン氏も普通に席につい食べ始めた。
うん、これはなかなかうまい。
見た目は決していいとはいえない。女の子が丁寧にこしらえたというよりも、ファーストフードのキッチンでレシピ通りに作られた感があるというか。手際よくまとめられているんだけど、どこか優雅じゃないというか。
だけど、一口食べてみてわかった。
少なくともメヌーサ嬢は、オリジナルのお姉さんの記憶通りに作れる技量はあるらしい。
え、どうしてかって?
うまく言えないけどさ、とても美味しいんだこれが。
「メヌーサさん、この黄色はなぁに?」
「それはフナジルといって、調味料を加えてかき混ぜながら炒めた卵よ。あと呼び捨てでいいわ」
「なるほど、まんまスクランブルエッグか」
中心部は鶏肉とそれを囲うタマゴ。まわりの野菜はというと。
「花びらの部分がチンゲン菜っぽいね?」
「チンゲンサイ?」
「えーとね……メヌーサってリンクできる?」
「できないけど?」
「そっか。じゃあデジタル端末持ってる?」
「ないわ」
そ、そうか。じゃあ古典的にいくか。
「じゃあちょっと待って」
リュックの中にはもちろん地球からもってきたタブレットがある。
そして中には地球のwikipediaのデータが入っているので、チンゲン菜を表示すれば見られるはずだ。
さっそくリュックをおろそうと思ったのだけど、
「ああ、そういう事ならリンクなんていらないけど?」
「え?」
なにそれと言いかけたところで、頭の中に声が響いた。
『この程度の事ならリンクするまでもないから、大丈夫』
「!?」
な、なんだこれ!?
『何を驚いてるの?あなたたちの頭に直接侵入してるだけでしょう?』
「な……」
さらっと言い放つけど、とんでもない超絶技術だった。
『知りたいならあとで説明してあげるけど、今はお食事中でしょう?あとにしましょ。
で、話を戻すけど、そのチンゲンサイっていうのはどういうもの?』
反射的に、日本のスーパーや中華料理で見かけるチンゲン菜や、それを使った料理のイメージ、食べた時の食感やなんかが頭を駆け巡った。
『へぇ、いいわね覚えた。おいしそう』
「えっと……ちゃんと見えてるの?」
『もちろん。
でも、そんなに驚く事かしら。サコ……そちらのカムノさんも似たような方法で会話してるんでしょう?』
「そりゃまあそうだけど……ところでメ、メヌーサ?」
『なぁに?』
呼び捨てはちょっと抵抗あるなぁ。まぁ仕方ないか。
「サコンさんと知り合いなのバレてるから。そんな謎の中国人みたいな言い方しなくても、そのまんまサコンさんでいいんじゃないかな?」
『……そういうのは空気読んで知らんぷりしとくものよ?』
「うん、わかるけどそういう対応ってビジネスとか政治の相手にするものじゃないかな?」
言外に、対等の友人ならそういう遠慮はやめようよと言ってみる。
さて。
『……』
メヌーサ嬢は、そんな私を不思議なものを見るような目で見たんだけど。
『あなた、見た目は可愛いけど、ヤなとこがおね……姉さんに似てるわね』
「おねえちゃんでいいと思うけど?」
『いちいちツッコまないで、そこは空気読みなさい?』
「善処します」
『聞いてないわね……まったくもう』
困ったように苦笑するメヌーサ嬢。
その笑顔を見ていて、私はなんとなく彼女の違和感というか、最初のイメージとの性格が違う理由がわかった。
これもしかして、お姉さんの影響なんじゃないかなぁ。たぶん。
まぁ、そんな感じで軽食タイムはスタートした。
「それにしても、揚げ物でお花を作るなんて重そうだよね?」
「高温で短時間だから中は限りなくそのままなのよ?それに油も使ってないし。生食できないものを最低限加熱して味付けしただけだし、鳥から出る過剰な油をむしろ飛ばして……ああ!」
そこまで言ったところで、メヌーサ嬢はポンと手を打った。
「それはを知らないってことは花のお皿の歴史を知らないのね?」
「?」
「これ、元はボルダの素揚げ料理なんだけど、何しろ広いお皿に花の形に揚げ物、青物、卵ものを並べるだけでしょう?皆でつっつく軽食に便利だって理由でいろんな地域に広がったのよね。今じゃここイダミジアにも変種がたくさんあるわ。
でも、どんな形になってもたいせつな事があるの」
「えーと、なに?」
「絶対にギトギトにしないこと。鳥から出る油も吸い取って、限りなくあっさり仕上げにするんですって。老若男女誰でも食べられるようにね。
もっとがっちり食べたいのなら、本格的なお料理を食べてねってこと」
「へぇ……」
「ちなみに、これはオリジナルのボルダ式にかなり近いかな?
マスター、サーラもらえるかしら?人数分」
「まいど。はい、どうぞ」
何やらオレンジ……いやレモンジュースにも近そうなものがグラスで出てきた。つんと柑橘系のニオイが漂う。
「お、揚げ物に柑橘系」
「好み?」
「わりと」
「そ。よかったわ……ところでチュウゴクジンってなに?」