銀の聖女
エリダヌス教団。
銀河系最大の巨大宗教で、その成立は少なくとも銀河単位で四千万年以上の昔とされている。
ただし宗教としてはかなり異端の存在で、そもそも宗教であるかどうかという議論すらある。
その理由は色々あるが、まぁここでは長くなるので割愛しよう。
教団の基本となっている教団宣言というのがあるらしいのだけど、それには「自分たちは聖女と信徒のサポーターにすぎず、なんの権力も持っていない」と明記され、事あるごとに繰り返し宣言されてもいるらしい。
そんなエリダヌス教であるが、銀河最大というだけあって、その規模は途方もない。またエリダヌス教を国教としている国に限らず、たとえばオン・ゲストロのようにエリダヌス教の活動を許しているが国教にしているわけではない地域も含んだ場合、その勢力圏は銀河連邦よりも大きくなる。
もし、単に信者がいるというだけで勢力圏に含めるならば、銀河系にある星間文明でエリダヌス教と関わらない国などほとんど存在しないだろう。例外はエリダヌス教をカルトと断定して正式に敵対表明をしている国……たとえば銀河連邦の中枢である、マドゥル星系のアルカイン王国などがこれに該当するだろう。
とにかく、でかい。そして得体が知れない。
それがエリダヌス教の特徴ともいえるそうだ。
「いらっしゃいませ」
中に入った途端、すぐ目の前にある受付らしいブースにいる人間族の女の子がそんな事を言って小さく会釈した。
「あ、どうも」
日本人の性か、思わず軽く会釈して頭をさげてしまう。
「何か御用ですか?ご連絡などはなさって……あら」
言葉を続けようとした女の子がアディル先生に気づいた。
「これはアディルさん、いらっしゃいませ」
「リーア、事前に連絡とりつけてあるのだけど確認してくださる?」
「はい、ちょっとまってね」
口調は変わらず丁寧だけど、女の子の態度に明らかに親しみが混じった。
女の子は目線を下に向けると何か端末を手で操作しはじめた。
え、どうしてわかるのかって?
身体は動いてないけど、目線の動きがそれっぽいから。
経験上、これは生身の人間がネット端末を埋め込んでるんだと思う。頭の中でネット接続してるんだけど、生身の身体が引っ張られるんだよ。脳内データを見ているのに生身の目線も動いたりとかね。
本来、人体にネット端末なんてないんだから、これはどうしようもない。眠り込んで全身ダイブするようなタイプがあれば知らないけど。
さて、そんなことより。
アディル先生と彼女が知り合いっぽい方が気になる。やっぱり信徒つながりなのかな?
「……先生、お友達ですか?」
「お友達……ちょっと違うけど似たようなものかしら?」
違うんだ。はて、どういう関係なんだろう?
考えているうちにも女の子の作業は終わったらしい。
「ごめんなさい、特別枠で確認に手間取っちゃった。問題ないから中に入ってくれる?メインホールで」
「メインホールね、わかった」
メインホール?
首をかしげていると、サコン氏が反応した。
『おそらくですが、ここからだと眼下の床下に広がっている広い空間でしょう』
眼下ねえ。
どこに目がついているかもわからないサコン氏がいうと、なんとなく不思議な気がするのだけども。
サコン氏はカムノ族という非人類型知的生命体で、立ち上がり歩くタコかクラゲかって姿だったりする。まるで昔のアレなSFに出てくる異形の宇宙人のように。目はどこにあるかもわからず、口も会話用のものじゃない。だから彼だけ通信で意思のやりとりをしているんだよね。
背骨もないのにどうして立ち上がっているのかは謎だったりするのだけど、それを言いだすときりがない。わざわざ人間用の服を使っているのは、人間用の施設を自由に利用するには人間に近いカタチを自由してないと不便だというのが彼の弁なのだけど。
それはカムノ族の対外的な身だしなみというやつで、問い詰めるのはエチケット違反なんだそうである。むむ。
私は彼をサコンさんと呼ぶのだけど、心の中ではサコン氏と呼んでいる。サコン氏を最初、先生って呼んで敬語を使おうとして断られて、その時になんとなく固まってしまったんだけど。
まぁサコン氏のことはいい。
最初の宣言通りにアディル先生はここまでのようで「ふたりとも気をつけてね」と小さく手をふってくれた。
「ありがとうございます」
おおげさだなぁとも思ったけど、このさき何があるかもわからない。
だから、お礼だけいって頭をさげて、そして進む事にした。
『こっちですね』
「ん、わかった」
私でも内部構造データくらいとれるんだけど、さすがにサコン氏は早い。もうある程度把握しているらしい。
なんというか。
高性能のリッターバイクを扱いきれなくて難渋してたら小型二輪に置いて行かれた、みたいな気分。
そんなことを考えていたら、
『こういう小手先のことは得意なんですよ。気にしないで』
「ありがとう」
気を使われてしまった。どうやら見透かされたらしい。
そういやアディル先生もおっしゃってたか。魔法はいかに使うか、どう使うか。力でなく経験とセンスがモノを言うんだっけ。
つまり、やっぱりサコン氏はすごいんだと実感しつつ、私は後に続いた。
メインホールと呼ばれたところは確かに広く、いかにもメインホールみたいな感じだった。
天井も高く、おそらく三階ぶんくらいは吹き抜けになってるっぽい。中央にいくほど深くなっている立体構造で、周辺部には階段などがある。
この構造でエスカレーターがないのが謎だけど。地球なら絶対そういうのつけるよね。
中央に向かって降りていく。
最深部は小さなロビーのようになっていた。
広い空間にくつろげる場所がいくつか用意されているんだけど、どうやらいくつかのグループに分かれて話し込めるようになっているようだった。車座、つまり人が円を描いて座れるようになっているブースが複数あって、それぞれのブースは結界みたいなもので穏やかに遮断されている様子を想像してほしい。
まぁ尻尾を考慮しているのか、使ってるソファーの背後に大きな穴があるところは地球と違うけどね。
強い結界ではなさそうだ。ということは、必要に応じてお互いにつなぐこともできるって事かな?
『多目的ホールのたぐいのようですね。おそらく必要に応じて椅子の配置を変えるのでしょう』
「そっか」
こういうのって宇宙共通なのかな?
『このあたりの宇宙はあなたがたアー系種族群が多いですからね。トカゲ、サル、猫の違いはあっても二本足で立ち歩いている事には変わりない』
「アー系種族ね……」
トカゲ人のアルダー、人間のアルカ、猫族のアマルー。ベースが違うのに全て二本足で歩くところ、発音がア、もしくはアーから始まるからアー系っていうんだっけ?
『実は発生した時代も近いんですよ。アルダーが最も古くて銀河時間で約八千万年ほど、最も新しいといわれるアルカ、まぁアルカインでもいいですが、あなたがたが約六千万年。つまり、銀河が半周もしないほどの時間の間に皆さんの種族は全銀河にあまねく広がるほど繁栄したわけです』
「あー、そういやそんなこと言ってたね」
もともとアルダーはアディル先生みたいに、人に近い身体にヘビが融合したような生命体だったらしい。雑多な銀河種族のひとつだったそうだけど、ある時、トカゲベースの知的生命体がたくさん広がってアルダー族を名乗り、同じ爬虫類系の古アルダー族を先輩と呼び、尊んだのだという。
新しい系が出たら古い系は滅ぼされるものかと思ったけど、共存もありなんだね。
『白アルダーが人気あるのをご存知でしょう?古アルダーは優美な種族が多くて、しかも祭祀などをやっている種族も多い。
どんなに文明が広がっても、現地には古い宗教があったりするでしょう?』
「あー、やっぱりそういう存在なんだ」
エリダヌス教もそうだけど、宇宙文明に普通に宗教があるのがどうにもピンとこなくて。
『知的生命は知的生命がゆえに孤独を感じ、よりどころを求める。その点が改善されない限り、どんなに文明が進歩しようと変わらないでしょうね』
「そっか……」
我思うゆえに我あり。
だけど、自分を認識し他者を知るという事は、孤独を知る事でもある。
その孤独は、家族・血族主義から個人主義に変わっていくとさらにひどくなって。
で、その寂しい心のよりどころとして宗教が生き続けるって感じなのかな?
うーん……。
だけど同時に、宗教が元で戦争に至る事もあるんだよね。
まぁ、宗教にそんな詳しいわけでもない私が、あまり宗教を一方的に悪く言うのはどうかとも思うんだけど。
とまぁ、そんなことを考えつつも中央付近まで降りてきたのだけど。
「?」
中央にカウンターバーみたいなのがあった。
中央にきらびやかな柱みたいなのがあって、そこには酒瓶やら何かの機械やらが置いてある。そして、ウエイターらしい黒衣の男性がそのまわりで何やら作業していて、さらにそのまわりは木製のカウンターでぐるりと取り囲んでいる。
カウンターには、そのまわりを取り巻くように赤い丸椅子がついているけど、客は……ああ、ひとりいた。
いたんだけど。
その少女は、とても見覚えのある存在だった。
いや、見覚えどころじゃなかった。
この身体になってからこっち、何度となく夢の中で出会ってきた少女にそっくりだった。
いや、たぶん彼女本人だ。
こっちに背中向けているけど、おそらく間違いない。
迷わず、歩いて彼女に近づいた。
本当に小柄な少女だった。髪は長い銀色で、着ている服は上が紫、下が白いスカートタイプのツーピースで、履いてる靴はパンプスのようにも見えたけど、おそらく足と親和性のよいもの。地球のパンプスみたいに動きを阻害することはなくて、でも、女の子のかわいらしさはきっちりと演出するものだった。
髪飾りの類はつけてない。
さて。
どうして話しかけようかと思ったんだけど。
「やっと来たわね……ドゥグラール?」
夢の中と同じ声でそうつぶやくと、くるりと椅子を回して女の子はこちらを向いた。
左手には飲み物の入ったグラスを持ったまま。
おお。
まさしく、夢の中と全く同じあの子だった。
「こんにちは、辺境から来たジャジャ馬の娘さん。わたしは──」
「妹さんですね、これはどうもお世話になってます。お姉さんはお元気ですか?」
「──はぁ?」
ぺこりと頭をさげた私に、女の子は眉をつりあげた。
「えっと、何です?」
「何言ってるの?わたしはメヌーサ・ロルァ。姉なんていないわよ?」
「え……ああ!」
そう言われて、私は思わずポンと手を叩いた。
「そういや襲名制なんだっけ、ごめんごめん、公の場では姉妹がいるとか言っちゃ駄目なんだやっぱり。うん、以降気をつけるよ。
で、お姉さんはお元気?」
「ちょ、ちょちょちょっと、少しは空気読みなさいよっ!!」
なぜか大慌てしているメヌーサ嬢に、私は首をかしげた。
『メヌーサ様、いちからご説明したほうがいいですよ。彼女、マイペースというか天然のところがあるので』
「だぁ……だからって、いきなり何てこと言うのよもう!」
思わず脱力したメヌーサ嬢の肩のところに、サコン氏がしゅるしゅると触手を伸ばした。
あ、もしかしてマッサージ。
「あ……んっ!……こら、ちょっとっ!……ハァっ!」
『凝ってますね。まぁちょっとリラックスしてください』
「サコンさん、サコンさん」
『はい、なんですかメルさん?』
「いや……よくわかんないけどメヌーサ嬢怒ってるから」
『え?』
「え、じゃなーいっ!!」
いきなり、青筋でも見えそうな勢いでメヌーサ嬢がガーッと叫んだ。
「ちょっとは空気読め、このボケコンビがっ!」
「あははは、ごめんなさい。申し訳ないです」
「もう……いきなり勘弁してよね?」
そういうと、手にしていたグラスを口にやり、少し飲んだ。
「はぁ……ま、いいわ」
「ところでさ、いきなりだけどやっぱりごめん、失礼かもだけど、ひとつ頼みがあるんだ」
「え?わたしに?」
「うん」
それは、夢で見ていた時から思ってた事だった。
私の知り合いに銀髪の女の子なんかいない。地球にいた頃もそうだったし、宇宙に出てからもそうだった。
まぁ、私の知ってる銀髪の少女なんつったら、想像できるのはひとりだけ。
そして、紫と白の衣服ってあたりもポイント高かった。まぁ、目が赤でなく紫だけどな。
私は思わずメヌーサ嬢に身を乗り出し、迷わず言い放った。
「バーサーカーは強いねって言ってみてくれる?」
「……はぁ?なにそれ?」
いや、ハァって言われてもさ。
昔やったゲームに出てきた、あの可愛くて残酷な銀色娘によく似てるんだもの。
まぁ、北欧系人種とほとんどつきあいのなかった私には、長い銀髪の北欧系少女はみんな彼女に見えるんだろうけども。
もちろん意味を説明した。
怒るかと思ったけどメヌーサ嬢は意外に怒る事なく。
「ふーん、それってつまり架空の人物よね?どうしてわたしが似ていると思ったの?」
「まぁ、銀髪の女の子の知り合いなんて誰もいないからってのもあるけど。
でも、どうしてかな。すごく似てる気がするんだよ。性格とか」
「そう……よくわからないけど、あなたキマルケ巫女だものね。何か感じるところがあるってことか」
フムフムとメヌーサ嬢は謎の納得をしたあと、
「まぁいいわ、ふたりともお座りなさい。つもる話もあるだろうし、立ちっぱなしもないでしょ?」
そう言った。
>>「バーサーカーは強いねって言ってみてくれる?」
実際、銀髪のメヌーサ嬢がどこかイリヤを彷彿とさせる姿なのは、作者の脳が銀髪少女というと真っ先にイリヤを想像するのと矛盾してないと思います……。
それを逆手にとって、ちょっと遊んでみました。