移動
2017/03/29 トゥエルターグァ語に関する部分を微修正しました。(感想に指摘あり:このままだと二名がトゥエルターグァ語をある程度使えるとも読め、矛盾が生じるので)
午前の授業が終わった。
「ふう、そんじゃ移動しましょうか」
『ええ、参りましょう』
私たちは立ち上がった。
机の脇にかけてあったリュックを背負うと、まわりにいるクラスメイトに軽く会釈して廊下に出ようとした。
そしたら、
「あら、行くの?」
近くの席にいた、どこか間の抜け……もとい、おっとりとした感じの長髪の女の子が突然に声をかけてきた。
ふわふわ・ひらひらのピンクのショートスカートがなかなかに可愛い。
「ええ、これから移動なの」
「その荷物とか、何だかものものしいね。何かあったの?」
「あー、よくわかんないけど……あるかもって感じたから」
「そっか……」
何か考え込むように、女の子は少しうつむいた。
そういえば、クラスメイトとの交流はイマイチだったなぁ。
思えば、色んな事にかまけすぎた。
何しろ銀河文明の世界なわけで、見るもの聞くもの全てが珍しい。それにこの学校に来てからもいくらもたってないわけで、落ち着くには事態の変化も早すぎる。
せめて、もう少し時間があればなぁ。
そんな気持ちをこめて一言言ってみる。
「ありがとう。もう少しゆっくりお話ができればよかったんだけどね」
「あー、それって、ここにいるほとんどの人がそうでしょ」
「そう?」
「だってみんなそれぞれ、すごい田舎から来てるんだもの。
すごい、都会だ宇宙だって騒いでるような状態なのに、物見遊山なんてしてられないもの。さっさと銀河文明に馴染むだけじゃなくて生活の糧も見つけなくちゃいけないんだもんね。
正直、今はみんな自分のことでせいいっぱいだと思うよ」
「そっか……うん、そうだね」
うん、まったくその通り。
ここの学校は日本の学校によく似ているんだけど、確かにその点だけは違っていた。そこだけ切り取った場合、むしろ専門校とか、ひどい場合は自動車学校の雰囲気にすら近い。
つまり。
クラスメートとの交流の優先事項は高くないし、クラスの和が求められてもいないってこと。混雑社会の縮図みたいなクラス構成も、積極的に仲良くしなさいっていうんじゃなくて、単に混在環境に慣れろって意味合いが強いみたいだし。
まぁ、正式な名前がそもそも職業訓練校なんだから、当たり前っちゃ当たり前なのかな?
そんなことを考えていたら。
「あの」
「え?」
ふときづくと、女の子が私に向き直っていた。何か言いたいらしい。
「メルさん、連絡情報くださいますか?」
え?
「えっと、わ、私のインフォを?」
「……あたりまえでしょ。あなたにあなた以外のインフォくれなんて言わないわ」
そりゃそうだ。
インフォとはつまり、ネットワーク上での連絡先のこと。これがあれば、絶対じゃないけど銀河ネットワークに参加している地域なら、簡単なメッセージ程度なら届けられる。地域によっていろんな呼び方があるけど、私の頭の中では連絡情報と翻訳されている。
まぁ、メールに毛が生えたような原始的な代物だし、さすがに銀河全体が一意なネットアドレスで結ばれているわけでもない。相手がどこの文明にいるかわからない場合は届くか不明だったり、どこかに預けられて本人がそこを通りかかるまで待機になったりもするんだけど。
いや、問題はそこではない。
実は、仕事とか状況的なものと無関係にアドレスちょうだいなんて言われたの、何年ぶりかなんで。どう反応していいのかわからない。
え?
こらそこ、寂しいやつなんて言うな。
「ん、わかった」
そのクラスメイトにインフォをあげると同時に、こっちにもインフォが渡されてきた。
ふむふむ。カナ・レフリタさんか。
情報をつらつらと見ていると、そのカナさんも私の情報を見ていたらしい。
「あれ、メルさんの出身ってもしかして」
「え?」
思いもよらぬ反応に、思わず顔をあげた。
「えっと、うちは銀河文明との接触はほとんどないよ?オン・ゲストロの一部でこっそり商売してるって話はあるけど」
「そうじゃなくて……ほら、オン・ゲストロ史の授業でさ、昔、さまよえる国って名前だったって言ってたよね?」
「え?あ、うん」
そういえば、そんな話をしてたっけ。
「このタイヨウケイって星系の座標なんだけど、わたしの調べた、ここに来る前にレムリア・アルダスがあったっていう座標と同じに思えるんだけど」
え?
「うん、やっぱり間違いない。一緒だよ、ほら」
そういうと、今度は私の脳裏にポンと座標データが渡されてきた。
「この座標って?」
「旧レムリア・アルダスの座標。
ほら、政府としては土地を原住民に返却した都合上、現地の歴史に干渉しないために旧座標は非公開とするってなってたでしょう?」
「ええ」
「でもわたしは興味があったから独自に調べたの。それで出てきたのがこの座標なんだけど」
「……それって」
地球にかつて、このオン・ゲストロの元になった銀河文明が存在したって事?
まさか……。
「まぁ、宙域が一緒だったからってメルさんの母星まで同じとは限らないけどね」
「あ、うん。たしかに」
別に火星や金星にいたとしてもおかしくないし、軌道上のコロニーだった可能性もある。
銀河文明の技術なら、わざわざ原住民のいる地球に作る必要ないはず。
でもねえ……うーん。
「ま、だからどうなのって話だけどね。
だけどもしそうなら、オン・ゲストロがメルさんの故郷と接触があったのも、偶然じゃなかったって事になるわね」
「そうね」
そんな歴史が過去にあったというのなら。
それは確かに一種のロマンだけど。
でも、だからどうなのっていうのは確かにそうだよね。
「あのねメルさん、わたし、これでもオン・ゲストロ系の商会に行けそうなの。総帥にコネのありそうな貴女ならあまり関係ないかもしれないけど、何年後かにもし、何かあったら連絡して。それまでには力になれるようにしとくわ」
「ありがとう」
「どういたしまして。これはわたしの目標でもあるんだからいいの」
なるほど、約束を糧に努力するタイプか。
「わかった。その時はよろしくね」
「ええ!」
そういうと、私たちはあいさつをして別れた。
廊下に出た。
「そんじゃ移動しましょうかって……あら?アディル先生?」
サコン氏に話して移動しようとした時、ふと違和感に気づいた。
なんと廊下にアディル先生が来ていた。
彼女は専門学科の先生なんだけど現状、コアもちである私とサコン氏の専任状態になってる。
「来たわね」
「先生、わざわざここに来られるなんて?」
今から先生のところに移動予定だったんですが?
アディル先生はアルダー族、つまり蜥蜴型人類だけど、その中でも珍しい白アルダーだ。故郷では祭祀をしている一族だそうで、その姿も立ち上がったトカゲというより、鎌首をもたげた純白の大蛇に近い。
これ、地球人的視点だと明らかに青や赤のアルダーとは異人種だよね。少なくとも、オランウータンとワオキツネザルくらいは違うと思う。
人間つまりアルカイン人だって尻尾や獣耳な人たちもいるし、このくらいは許容範囲なのかな?
まぁ、それはそれとして。
「先生、今から先生のところに向かう予定だったんですが?」
「でもその後は外に行くのでしょう?違うかしら?」
「あー……、はい」
先生のところでコア使いならでわの講義など受けて、それから外へ。ここしばらくの定番の流れだった。
この学校の生徒は、皆が同じような授業を受けるわけではない。
銀河の基本知識や常識を教える午前中はともかく、午後となると各専門分野によってきれいにバラバラになる。気の早い者はすでに就職を決めた勤め先にアルバイトに行っている者もいるし、また学校の名を借りると一部の職場は見学をさせてもらえるので、学校経由でお願いして見て回っている者もいる。
だけど私は大きな問題があった。
そう。
私の職業適性である『巫女』のお仕事がこの星にはないってこと。
有名どころではボルダって星にあるそうだけど、ここイダミジアからは遠い。そして、ただボルダにコネをつけたいだけなら、実はオン・ゲストロ本部でじいさんと話す方が早いっていうのも先日の事件で判明している。
他に心当たりというと……実は灯台元暗しで、サコン氏もアディル先生も、故郷の星に神殿があり神官や巫女職もあるという。ボルダに比べると小規模だそうだけど、もし行く事があれば見学させてもらえるそうだ。
うーん。
いや、問い合わせ先がいくつもあるのはいいけど、神殿なり設備なりがここに全然ないっていうのがなぁ。
ほかに心当たりといえば……いや、まてよ?
「先生、サコンさんでもいいけど」
「何かしら?」
『何です?』
「まだアクセスしてない巫女職のコネについて考えていたんだけどさ」
「ええ、それが何?」
「エリダヌス教のイダミジア支部って、今まで話題にも出ていませんよね。あそこはダメなんですか?」
そうだ。
エリダヌス教って、知られている中では銀河最大の巨大宗教なんだろ?まぁ、本当に宗教かどうかというと微妙なとこもあるそうだけど。
でも話題にすらならないって、どういうことだろ?
「……」
『……』
その途端、アディル先生とサコン氏が沈黙した。
「あの、ふたりとも?」
『先生、いいんじゃないですかね?あっちもそろそろ動く頃でしょうし』
「そうね……それもそうかも。でも一度確認したほうがいいかしら、ちょっと待ってね」
え、なに?
ふたりで何か申し合わせているようだけど、いまいち状況がつかめないのだけど?
私が首をかしげている間にも、アディル先生は携帯端末みたいなものをとりだすと、どこかに連絡しはじめた。
「もし、こちら訓練校のアディルですけれども支所長さんはいらっしゃ……え?」
相手が出たらしくて話をはじめようとしたアディル先生が、突然にフリーズした。
な、なんだ?
「あ、はい、こ、こここ光栄ですっ!いえ、あの、は、はい……では」
何か相手の人に異様に恐縮したかと思うと、唐突に言葉が知らない言語に切り替わった。
え、なにこれ?
『トゥエルターグァ語かもしれません。意味が全然わからないですが、覚えのある単語が』
「トゥエル……なに?」
『トゥエルターグァ語。もうずいぶん昔に滅びた国の言葉です』
「……つまり、相手はそのトゥエル何とかの人ってこと?」
『あくまで可能性ですが』
どこかで聞いた名前なんだけど。でも、どこだっけ?
『トゥエルターグァ話は銀河の主要言語じゃないですし、だいいち古すぎます。メルさんがご存じないのも無理ないですよ。
まぁ実のところ、わたしも発音など実態を全然知らないですから、系列に近い別の言葉と間違えてるかもしれませんが』
「そんなに珍しいんですか?」
『確かメルさん、キマルケ語を習得なさってますよね?』
「ええ」
『あれが全然比較にならないくらいの超レアものだと思ってください』
「……それはすごい」
キマルケ語はアヤの母語だから教えてもらったけど、確か二千年も前に滅びてるらしい。ただ文書とかは残っているので研究者には話者がいるって聞いたっけ。
『ちなみに現在も生存しているトゥエルターグァ人ですが、私の知る限りわずか六名しかいないんですよ。それに文書が残っているのもエリダヌス教に少しあるくらいで、ほとんど現存しないそうです』
「六名?ずいぶん少ないのね」
『そりゃそうです。だってトゥエルターグァが滅びたのは、銀河の汎用カレンダーの尺度でも六千万年の昔なので』
「……は?」
一瞬、言っている事の意味がわからなかった。
「ごめん、今、ろ……ろく」
『六千万年が何か?』
「……えっと、まじで六千万年なの?ほらアレだ、景気よく六千万年じゃーって実際は六年とかじゃなくて?」
『小売店のおつりですか。ええ、もちろん違いますよ、私は六千万年と申し上げました』
サコンさん、異星人なのにそれが即わかるあなた何者です?
まぁ、音声でなく思考でやりとりをするからこその理解なんだろうけども。
しかし。
マジかよ六千万年。
なんというか……やっぱ宇宙はスケールちがうわ。
「六千万年も昔に滅びてるのに、まだそこの人が残ってるんだ?」
我らこそはかの国の子孫とかって、代々伝承してたりするのかな?
『いえ、単に滅亡時の生き残りの方々ですね。血縁の方がボルダにおられるようですが、ボルダ人と混血して社会に入っておりますので、トゥエルターグァ人を名乗ってはおりません』
「へぇ、そうなんだ……」
『そうなんだって他人事じゃないんですよメルさん。先日のボルダからの密航者、モルム・バボム姉弟もその血縁なのですから』
「え、そうなの?」
『私の情報が正しいならば。生き残りの方は女性で、ボルダの初代大神官と結婚して子供を十七人も残されたとか』
「十七人!?」
子だくさんだなぁ。ちょっと前の地球でも珍しい部類じゃないか?
『外国人ですけどボルダ式魔道と相性が良かったようで、魔道の天才と呼ばれたボルダの初代大神官オルド・マウが手ずから教えた一番弟子でもあったそうです』
「……オルド・マウ?」
ん?どこかで聞いた名前だけど?
「ねえサコンさん、オルド・マウって」
『ああ、オルド・マウの名は襲名制なんですよ。意味はそのままボルダ語で神官長を意味します』
「ああなるほど」
歌舞伎役者みたいな事してるんだなぁ。
そんなところに感心していた私は、とても重要なことに気づけなかった。
つまり。
サコン氏の言葉をそのまま信用してしまうと、六千万年も生きている人たちが六人もいる事になるって事実に。
「はい、はい、わかりました……大丈夫みたいよ?」
そんな話をしている間に、いつのまにかアディル先生の連絡が終わっていた。
「先生、今連絡してたのってエリダヌス教の支部?」
「ええそうよ、私はエリダヌス教徒だもの。知らなかった?」
「……初耳っす」
なんだ、こんなとこにエリダヌス教徒がいたのか。本当に知らなかったよ。
「今連絡してたのは偉いひと?トゥエルターグァ語?」
「あら、サコンさん情報?」
「はい」
「もちろん答えはイエスよ。まぁ、なかなか難しいのでカタコトもいいとこなんですけどね」
へぇ。
「実は先日からお偉いさんが来ているんだけど、その方に習っているの。でも、いきなり通信に出たからびっくりしちゃったわ」
アルダー族は表情がわかりづらいんだけど、白蛇のアディル先生はさらにわかりにくい。地球人的な目線でいえば、鎌首をもたげたニシキヘビと会話するようなものだからね。
だけど、今のアディル先生からは、どこか困惑げな雰囲気が読み取れた。
「そんなに珍しいことなの?」
「んー、そうねえ。メルさんにわかりやすく言えば、オン・ゲストロのそこらの無人銀行でトラブルがあって苦情だしたら、いきなりルド様が苦情受付に出てきておったまげたって言えばわかりやすい?」
「……なるほど納得」
そりゃあビビるわ。
「まぁいいわ、それじゃエリダヌス教支部に行きましょうか」
「え、先生もくるんですか?」
「ええ、中まではつきあわないけど、ちょっと用があるの」
「そうですか……サコンさんは?」
『私はもちろんおつきあいしますよ。……どうやら本当に面白いことになりそうですし』
「?」
よくわからないが、サコン氏も来てくれるらしい。
「了解、そんじゃ行きますか」
「ええ」
『行きましょう』
(追記)トゥエルターグァ語について。
トゥエルターグァ語はものすごく古い上に関連言語についても話者が絶えているとされ、とても謎が多い言語のひとつ。
情報がなさすぎて、類似言語の判断も難しい。
(たとえば平均的日本人がタイ語とラオス語をきちんと区別するようなもので、難易度が高い)