銀河の王国
「ソフィア・マドゥル・アルカイン・レスタです。ソフィアでいいわ。先ほどはごめんなさい、そして本当に助かったわありがとう」
「野沢誠一です、どうも……じゃあすみませんソフィアさんで」
長い名前だなと思った。
入ってきた女性は、確かに先刻のあの金髪美人さんだった。
改めてみると、ソフィアさんは本当に綺麗だった。ただまぁ、個人的にはよくいる白人系の美人さん同様、造形が綺麗すぎて男としては臆するタイプの美貌だったけれども。
「それで聞きたいんですけど、不法入国で追われてたんで?」
「国交がないという意味でいうと、確かに不法入国ね」
困ったようにソフィアさんは言った。
「こういう場合、普通は国交のある第三国を経由して入れてもらうのが筋なんだろうけど。
だけど私の場合、第三国に身元保証をしてもらう事もできないの。そんな第三国の心当たりがないから」
「そんな珍しい国なんですか?」
そりゃすごいな、どこのなんて国なんだろう?
ところが、そう質問するとソフィアさんは眉をしかめた。
「ああ、そうか。命名規則が家族制度を元にしている国だったわね。
ごめんなさい、簡単に説明します。
まずわたしの故郷をわかりやすく簡単にいえば、マドゥル星系アルカイン王国って国になるわ」
「ま、マドゥル?せいけい?」
「これでもピンとこないのね……わかったわ。
あのね誠一さん。
この地球のある太陽系から、だいたいえっと……この星の単位で二千光年ほど向こうなんだけど、現地の人にマドゥルと呼ばれている恒星があるの。私の故郷、惑星アルカインはそのまわりを回る星で、それがそのまま国の名前になってるの」
「……」
「わかってもらえたかしら?」
「すみません、よけいにワケがわからないんですけども。
その話の通りだと、ソフィアさんは二千光年の彼方から地球にやってきた宇宙人って事になっちゃいますけど?」
「はい、そうです。わかっていただけて嬉しいわ」
「いやいやいやいやちょっと待て!いや、言葉はわかったけど意味わかんないから!」
俺は思わず叫んでいた。
だってそうだろう?
ある日突然、初対面の人にわたし宇宙人なんですって言われて信じられるか?
いやま、精神的な意味で宇宙人な人っていうんならまだわかるけどさ。
「アヤ、あなた説明してなかったの?」
「国については説明していませんでした。流れ上、わたしがドロイドだという説明は必要と思って映像投写をしましたけども、異星人であるという説明はソフィア様がいらっしゃってからという事で、異星を思わせる情報はカットしておりましたし」
「あー、そういうこと」
なるほどねえとソフィアさんは頷いた。
「じゃあ、許可するからそういう映像も見せてあげてくれるかしら?このままじゃお話ができなさそうだし」
「はい、わかりました」
そういうと、また頭にどこかの映像が浮かんできた。
だけど、今度はいろいろと異なっていた。
『これ、さっきの映像だよね?』
『キマルケ王国といいます。それよりホラ、あれを見てください』
(!)
月らしきものが見える。見えるのだが何かおかしい。
『この点々って、まさか……』
遠くて見えにくいが、俺にもわかった。
月そのもの自体、見覚えのない色と模様だった。でもそれ以上に、月自体の表面や、その周囲の空間にちらばる大量の小さな光点と、何やら人造物っぽいものが気になった。
『この小さい光……衛星か何かか?でも異様に多くないか?』
『港湾設備の光です。上空には軌道エレベータや小型船で移動して、そこで諸外国向けの船に乗り換えるのです』
軌道エレベータだって!?
『港湾……そうか宇宙港か!』
『キマルケ王国は他星系とのおつきあいはあまり多くなかったのですが、それでもいくつかの国との間に定期便を運行していました。たとえば遠くの例だと、テンドラモンカ行きが地球の単位で約270光年、マドゥル星系のカルーナ・ボスガボルダ行きに至っては1000光年以上の遠くの星系でした』
『1000光年!?』
風景が再び戻ってきた。
普通なら、こんな映像見せられても作り物だ、とか合成だって言っちゃうのかもしれない。
でも、ひとの頭に映像を見せるという能力もすごいと思うけどねそれ以上に確かな事があった。
不思議なリアリティというか。
この風景は確かにあったもので、彼女つまりアヤさんの記憶であると。
そう、なぜか理解できてしまうんだこれが。
「まいった。まさかマジで宇宙からきた人たちだったなんて」
冗談でもなんでもなく腰が抜けるかと思った。
「しかしまた、なんで宇宙からわざわざ地球に?
いやそれよりも、あの人たちって、あなたがたを外国人として見てるんですか?それとも宇宙人と?」
「外国人と見ていると認識していたのだけど……どうも事情が違ってしまったようね」
ソフィアさんの困ったような顔に、俺も冷や汗を浮かべていた。
いや、だってそうだろ?
公安だか何だか知らないけど、あいつらがふたりを宇宙人だと認識しているとしたら?
じゃあ。
そんなふたりに関わってしまった俺はどうなるんだ?
俺の困惑に気づいたらしいソフィアさんが謝ってきた。
「今回のことは本当にごめんなさい。正直、まさか道を尋ねただけでああなるとは予想もしてなかったから」
「……いや、ソフィアさんの謝るこっちゃないでしょコレ」
俺も頭を抱えたい気分だった。
まぁ、言われてみればそのとおりなんだよな。
いくらなんでも、道を尋ねただけなのにあんな調子で追われるとか、意味わからんっての。
そりゃまぁ、宇宙人がいるなんて事になったら確保しようって考えがあるのは理解できる。
だって、地球まではるばる来たわけだから、それなりの理由もあるだろうし。
あと、地球まで渡航できるだけの技術も当然あるわけで。
だから、何とかお近づきになりたい、情報がほしいっていうのなら俺だって理解できるさ。
でも、問答無用で関わった人まで捕らえようとか……何考えてるんだ?
「それで、そもそも地球にきた理由ってなんなんです?
よくわからないけど、たぶんあなた方の世界よりも原始的っていうか遅れてますよねここ。そんなところに、なんでまた、しかも二千光年の彼方からわざわざ?」
うん、そこだけは確認しないとまずいよな。
だけど。
「ああ、そのこと。いってみれば卒論書きなのよね」
「……は?」
「いえね、私の今の立場はこちらの言い方に直すと……そうね、大学生みたいなものだと思ってくださるかしら?
だけど個人的事情で結婚する事になってね、それで研究室にいられなくなったんだけど、教授に言われたのよ。
今の研究内容の論文をきちんと提出してくれたら、卒業扱いそのほかの手続きは引き受けようって」
そ、卒論書き?
「えっと、研究内容って何?」
「古代遺失文明といってね……要するに、ひとつの星が地上の文明が宇宙文明に変わるとき、失われてしまったものがあるんだけど、それについて調べるのが私の専門分野ね」
「な、なるほど、それで地球へ来たってわけなんですか。
でもどうしてわざわざ?もっと近場に手頃なところはなかったの?」
「ちょっと昔のレポートで、面白いものを見つけたの。地球産落花生の流通マージンについての研究論文なんだけどね」
「……なんですかそれ?」
「なんですかって言われても、そのままなんだけどね。
要は過去に地球にやってきた研究者がいて、その資料を見たわけ。で、それを分析したところ、地球がまだ宇宙文明を持っていない事、そして、それにもかかわらず、そこそこの文明も持っている事が判明したってわけ。
どうして、わざわざ地球をって言ったわよね?
この銀河には無数の、本当にたくさんの文明があるけどね。
でも、今まさにこれから宇宙に出ようかどうしようかって時期に、ちょうどぶち当たっている文明っていうのは、さすがにそんな多くないわよ。その意味ではラッキーだったかな?」
「……そうですか」
卒論書きの大学生て……。
そんな事が原因で、これほどの大騒ぎになったっての?
俺、本当なら怒るべきなのかな?よくも巻き込んだなって?
でも、どうしてだろう?
俺は怒るよりむしろ、この事態を面白いとさえ思ってしまった。
「とにかく、この件に関しては全力で調査させてもらうわね。
単なる勘違いなら、どうにか解消させる方法がないか試してみるわ。そして本格的にまずい状態なら、まぁ、その時はその時で何か考えましょう」
「はぁ……すみません、お願いします」
「ええ、まかされたわ」
ウンと大きくソフィアさんはうなずいた。
「そう見えないかもしれないけど、私、それなりに話の通じる先もあるの。とにかくやれるだけの事をやってみるわね。
で、その間の貴方の身辺保護なんだけど……」
そういうと、ソフィアさんは肩をすくめた。
「悪いけど、ここにしばらくいてもらう事になるわ。警備はアヤにさせましょう」
「え、ここにですか?」
「ええ」
「えっと、今は土日ですからいいですけども、平日になったら?仕事は?」
「……ごめんなさい、それはお休みにしてもらえるかしら?」
げげ、マジすか。
うわぁ……月曜にちょっとやばい打ち合わせがあるんだけどな。
「あー……とりあえず数日なら体調不良って事にしますけど、あんまり長いと厄介ですね」
ここにとこ休みがたまってたから、それはいいんだけど。
あまり長いと、冗談でなく仕事がなくなりかねないぞ。
さて、そんなことを考えていると、今度はアヤさんが眉をしかめていた。
「ソフィア様、警備で少し質問なのですが」
「なぁに、アヤ?」
「ソフィア様、こちらに戻られるときに追っ手を撹乱なさいましたか?」
「撹乱?したわよもちろん、危ないじゃないの」
「……という事は、相手が一枚上手だった模様ですね」
えっ、という声が聞こえた気がした。
「まさか……アヤ、ここが嗅ぎつけられちゃった?」
「そのようです。下にエージェントと思われる面々の姿があります」
「うわぁ、やっちゃった。もう、おじいさまに頼んで確保してもらったところなのに!」
おじいさまだって?
むむ、よくわからないけど……日本の不動産に顔のきくようなコネがあるって事なのかな?
国交がないってのにそんな事はできるのか。すごいな宇宙人。
しかし。
「あの……それって、ものすごくまずいんじゃ?」
「まずいわね」
苦い顔でソフィアさんが答えた。
「本当は、安全を確認したら返す前提の人を収容するのはよくないんだけど……まぁ仕方ないか」
「?」
「あのね誠一さん」
クスクスとソフィアさんは笑うと、とんでもない事を言い出した。
「ここが危険というのなら、あなたの安全な収容先はひとつしかないわ。
誠一さん、あなたを私たちの宇宙船に招待します」
「はい?」
い、今、なんつった?
「あの……」
「何かしら?」
「今、俺を……宇宙船に招待すると聞こえたんですが?」
「ええ、そういったけど?」
「な、なぁっ!?」
俺は思わず、絶叫をあげてしまった。
『地球産落花生の流通マージンについての研究論文』
これ実は、昭和時代のちょっとマニアックな作品のオマージュです。作中で、主人公のお父様が関係していたのですよね。
あれが大好きだった方なら、思い出してくださるかなぁ。さすがに難しいかなぁ。