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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第二日『銀河文明の学び舎にて』
47/264

因果の歪曲

2016/09/21: メルの敬語を訂正。

 ふと気がつくと、再びあの女の子が隣に立っていた。

 場所は草原だった。しかも、どことも知れない場所でもなかった。

(ここ……道道909号じゃないか)

 左手には、海に浮かぶ利尻富士。

 遠くに道北の果てを睨みつつサロベツを快走する、北海道のさらに北限の道。

 私がまだ野沢誠一だった頃……いやそれどころか、おっさんにもなってない、正真正銘の青少年だった頃。

 小さなカブ号で北海道を旅した時に見た風景。

 1990年当時、道道909号とかオロロンラインと呼ばれていた道。

 あの頃の、笹竹と原野と海と利尻の風景しかない、あの時代の909の道端だった。

『……』

 

 そんな景色の中に、女の子は立っていた。

 そう。

 それは決して、ありえないはずの風景の組み合わせだった。

 

 女の子は私を一瞥(いちべつ)すると、フフンと不敵に笑った。

『どうやら、うまくいったみたいね』

『そうなの?』

『ええ』

 なんでわかるんだろう?

 そんな私を見透かすように、女の子はニヤニヤ笑う。

『新しい杖も、ちゃんと仕事をしたようね。

 それにしても。

 まさか杖を持って一ヶ月やそこいらで、ここまで成長するなんて。

 確かに杖は渡すつもりで持ってきたんだけど……まさか夢経由で渡すなんて予想もしてなかったし』

『?』

 なんだろう?よくわからない。

『なぁに、気づいてないの?あなた、自分が新しい杖をどうやって手にしたかも忘れちゃったわけ?』

『!』

 あ。そう言われて、初めて気づいた。

 昼間のこと。

 

 そう。

 私がやった事とはつまり。

 

『夢の中で受け取った道具を現実に使用した』わけで。

 

 そればかりか、

 

『一度殺されたという人を、その事実を「なかったこと」にして助けた』

 

 そう、そうだよ。

 なんで今まで気づかなかったんだ?

 

 私は昼間。

 得体のしれない『魔法』で空を飛ぶよりも、はるかに頭のおかしな事をやらかしちゃったんだ。

 

『あはは、ようやく事態が理解できたみたいね』

 楽しそうに笑い出す女の子に、思わず私は問いかけた。

『えっと、どういうこと?私は夢でも見ていたってこと?』

『そうじゃないわ。むしろ、あなたのやった事こそ、キマルケ巫女の真骨頂ってことかな?』

『真骨頂って?』

『そこからなのね。ま、いいわ。それがわたしの役目らしいから』

 なぜか、とても楽しそうに女の子は笑った。

『巫女の仕事を簡単にいうとね、夢を見る事で運命に干渉し、因果律という事象そのものを歪曲する事なのよ』

『……はい?』

 えっと、その?

 なんか、電波理論みたいなものすごいお話になってきたんですが?

『実際にできてるのに理解できないって、あなた本当に変わってるのねえ。普通は科学世界の住人を巫女にする場合、その思い込みの破壊から始めないとお話にならないのに』

『?』

『まぁいいわ。

 予定より少し早いけど、そっちに向かうわね。近いうちにまた会いましょう?』

『あ、うん』

 なんだかよくわからないけど。

 とりあえず、うなずいておいた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 それにしても、どうしてこの星の食事風景は地球に似ているんだろう?

 ちょっとカタチは違うけどテーブルがあって、そこに食べ物が並んでいる。椅子がないのが違いではあるのだけど……つまり立食でなく、テーブルにつくとその人に適合する椅子が移動してくるんだよね。

 ああ、唯一の違いというと、この星の椅子には背もたれがほとんどない事くらいかな。

 理由は簡単で、筆頭種族であるアルダーがしっぽを持つからだ。

 実はここに限らず、銀河系文明の多くの地域では、背もたれがないらしい。しっぽのある種族にとり、背もたれは邪魔になるからって事らしい。

 うん。

 こういうとこ、多種族混在世界だよね。

 

 さて、そんな今の状況。

 ここはオン・ゲストロ本部の食堂ではなく、たぶん、ルドのじいさんたちが食事をとる特別室。

 大きなテーブルに今ついているのは、私とソフィア。

 ルドのじいさんは今はいない。

 そしてアヤは……いつものように私の横には座らず、メイドさんと一緒に背後の壁沿いに整列している。

 

「何が気になるの?メル?」

「テーブルとか椅子が妙に地球に似てる件について」

「こんなシンプルな設備なら似たようなものって事じゃないかしら?」

「そう?」

「ええ。だって、しっぽの問題はともかく、体格も大きく変わらないんだし。だったらテーブルなんて」

「いや、それはちょっと早計かも。地球には昔、寝転んで食事する民族がいたよ?」

「え、そうなの?」

「うん。日本だって純和風だとテーブルに椅子でなく畳に正座だよ」

「……そうなんだ」

「うん」

「へぇ……それは興味深いわね」

 なんかソフィアが目を輝かせた。

 む、いちおう釘をさしておくか。

「ソフィア、だからってまたホイホイ地球にいってたら、今度こそまずいんじゃないの?」

「う……わ、わかってるわよ。でもなんでメルまでそれ言うわけ?」

「だってソフィアって、研究の事になると他を忘れそうだし」

「……なんか腹たつわね」

 まあまあ。

 ところで、そんな事よりも。

「話を戻すけどソフィア、花嫁修業にイーガに行くんだって?」

「は?メル、それどこで聞いたの?」

「ここのメイドさんズに」

「あの子たちはもう……」

 やれやれと苦笑すると、ソフィアは訂正してきた。

「結婚式の準備よ。といっても作業内容はあっちとこっちの衣装や手順のすりあわせなんだけどね。そろそろ本人もいた方がいいの」

「なるほど」

 そういや忘れてたけど、ソフィアってもうすぐ花嫁さんなんだよな。

 ちなみにお婿さんはというと、なんと220万光年の彼方、アンドロメダにあるイーガっていう巨大帝国の皇帝陛下だ。ふたりは少し前に起きかけた連邦・イーガ戦争前夜に知り合って、そして悲惨な巨大戦争をふたりで止めたんだとか。

 皇帝と王族なんて関係なのに、経緯はともかくちゃんと恋愛してるらしいのが興味深い。

 まぁでももちろん、結婚式にこぎつけた裏には両国友好とかの想いがあるのは間違いないだろうけどね。

 さて。

「それでね、話というのはアヤを連れて行きたいの。彼女に手伝ってほしい事があってね。メル、彼女を連れて行って大丈夫?」

「あー、そういう事ですか」

 珍しく朝食にソフィアが現れたかと思ったら、なるほど。

「一か月前なら困ったけど今なら。学校に相談相手もできたし」

「そう、それは良かったわ」

 よほどアヤを連れて行きたいんだな。なんだかホッとしているみたい。

「学校では今、どういう事をしているのかしら?」

「通常授業ではオン・ゲストロと連邦の歴史とか銀河主要文明についての勉強かな。あと午後は……まぁちょっと色々と」

「色々と?」

「はい。色々知り合いができたんで」

 怪しげな知り合いが多いけどね……アディル先生とかズニークさんとか。サコン氏は怪しくないけど珍しいか。

 しかも、そのうち先生とサコン氏はコアもちだからなぁ。天然のコアもちってすごい珍しいそうだし、その意味でもレアな知り合いかも。

「そう」

 ソフィアはそんな私の顔に何かを感じたのか、小さく微笑んだ。

「何かお仕事とか、やりたい事は決まりそう?」

「んー、今はひたすら目が広がっている状態で……今はまだ何とも」

「そ。念のため、仕事が決まらないまま学校が長引いても置いてくれるよう、おじいさまには念を押しておくわね」

「う……すみません。なるべく急ぎますんで」

「いえ、むしろじっくり決めた方がいいわ。なんたって、ここはメルの故郷とは全然別の社会なんですもの」

「……了解です」

 んー、要するに居候だからなあ今の立場。その意味じゃ弱いんだよね。

 ソフィアは、ちょっと困った私の顔を見て「気にしなくていいの」とにっこりとほほ笑んだ。

「それで、ソフィアはいつ行くの?」

「この後すぐね。でもアヤと話す事もあるでしょうから、彼女は明日にでも追いかけてもらう事になるわ」

「そうですか」

 でも、そんな会話をしていると、今まで席につかず、メイドさんのように背後で沈黙していたアヤが動いた。

「いえソフィア様、本日でもかまいませんが」

「え?」

 とまどうように私を見て、そしてアヤを見るソフィア。

「ソフィア様、情報を送ります。受信を」

「あ、うん。ちょっと待って……え?」

 どうやら直接通信でファイルを送りつけたらしい。

 でも同時に『秘密ファイル・届いたことを誰にも言わないで』というデータが私の方にもポンと届いた。

 お?これはアヤからの?

 どれどれ。

 

『エリダヌス教に大きな動きあり』

 エリダヌス教の中枢と言われる一部組織に大きな動きがみられる。狙いは不明だが警戒する必要がある。

 

 よくわからないけど、やばい情勢になってるってことね。

 エリダヌス教と連邦は仲が悪い。

 理由は色々あるらしいけど、ここで重要なのはソフィアが連邦の超VIPってこと。なんたって連邦議長の娘だからね。

 ここオン・ゲストロは連邦の勢力圏じゃないから、彼女は逃がさないとまずいでしょう。

「うわ、これいつの情報?」

「つい先ほどです。裏もとりました」

「裏?どうやって?」

「企業秘密です」

「……アヤ、悪いけどそこんとこは教えてくれないかしら?」

「……わかりました。

 実はここだけの話ですが、エリダヌス教のンルーダル支部に確認をとりました」

「っ!?」

 あやうく、食べてる最中の鶏肉を吹きそうになった。

 う、うぐ、水、水……。

「メルさま、どうぞ」

 無言でメイドさんからコップを受け取り水を飲む。

「ふぇ……はぁ~落ち着いた、あーびっくりしたぁ」

「メル、何やってるのあなた?」

「いやー、アヤの話きいて、思わず鶏肉が喉に」

「……はぁ」

 何か知らないけどソフィアは苦笑すると、やれやれと肩をすくめた。

「メル。あなた狙ってやらかしてないでしょうね?」

「?」

「無駄ですソフィア様、これ天然ですから」

 なんか、ひどい言われようのような気がする。

「大丈夫なの?もしかしてドロイド化の時に人格、傷つけちゃったんじゃ?」

「いえ、誠一さんの時からポンコツでしたよ。あの頃は人格が成人男性だったので目立たなかっただけですね」

「そう?」

「だって、普通に遺留品を整理したいといえばいいのに、積荷を燃やしてとか変なことおっしゃってましたよね?」

「あー……あれってマジボケだったの?何か狙ってるんだとばかり」

 ひでえなオイ。

「素です。

 くわえて子供の、しかも女の子の身体になって一か月ですからね。こちらの影響もあるでしょう」

「……」

 おう、なんか泣けてくるぜ。

 トホホ……。


道道909: 現在の北海道道106号稚内天塩線。誠一が北海道に行ったのは90年と91年なので、当時はまだ昭和51年の命名である909号が使われていた。


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