戦闘?
何が正しくて、何が間違っているのか。
宇宙では常識も、倫理も星によって違う。いい例が人権で、地球人の私的感覚でいえば基本的人権っていうのは先進的な文明圏なら絶対と思いがちだけど、どっこい人権感覚っていうのは地域によって大きく異なっている。これは文明の進み具合とはあまり関係なくて、むしろ「命は地球より重い」なんていう地球のどこかの国の方が銀河的には異端らしい。
まぁ、それを論じるのは今じゃないけども。
頭に響いた声に引っ張られるように、私は酒場を出た。
長い階段を駆け上がり、出口を押して外に出た。
「!」
いつのまにか、景色はもう夕刻。
世界は夕焼け空に変わり、異星の町の風景も夕映えに変えつつあったけど、その予想外の綺麗さに目をやっているヒマはない。
あの声はどこから?
見回してみても、それらしいものや捕物している姿もない。遠くには乗り物の気配がたくさんあるけど、どれがどれかはわからない。
とりあえずネットワークを呼び出す。
地域の警報や警告データにアクセスした。
「えっと、ンルーダル全域に外出危険情報、第三項……」
ニュースの方にはそれなりに位置データもついていた。
それとセンサーが拾う乗り物データと重ね合わせ、地図上に展開してみた。
「えーと……!?」
何台もの乗り物が何かを追いかけている。銃器っぽい反応もある。
たぶんこれだ!
「『杖よ目覚めよ』」
決まり文句を唱えると、たちまち杖が左手に現れた。
そしてそのまま浮上し、一気に加速した。
音もなくズンズン加速すると、地図上の光点にすぎなかったものがみるみるカタチを整えてきた。
市街地の中、それは走っていた。
虎くらいのサイズの、そして狼っぽい黒い獣だった。それが素晴らしい速さで市街地を駆け抜け、それをこの地域のパトカーと思われる同じような乗り物が何台も追いかけていた。
む、あれが声の主かな?
とりあえず話をしてみるか。
私は高度を下げると、パトカーたちと獣の間に割り込むように入り込んでみた。
同時に結界を張った。
瞬間、ビイン、ビュインと何発かの攻撃が結界をかすめて飛んで行く。
うわ危なっ!
『こらーそこのドロイド!危ないから離れなさーい!』
パトカーから飛んで来る通信電波と拡声器のハイブリッドに、思わず同じように通信と大声で返した。
『危なくない!だいたいこれ知的生命体だ!獣じゃないぞ!』
『む、そうなのか?』
どうやらパトカーの方は、その認識がなかったらしい。
だから、必死に通信で呼びかけた。
呼びかけたんだけど。
『俺が彼を説得する!だから攻撃やめろ!』
『いや、それはできない』
『……は?』
通信でモロに拒否された私は、思わず目が点になった。
『種族の証明などのんびりしている時間はない。そんな手間ヒマをかけている間にもソレは逃げて、行った先で誰かに危害を加えるだろう。我々は秩序維持のために異物を排除せねばならない。
サァどきなさい、でないと君も異物とみなして排除する事になるぞ!』
『!?』
なんだそれ。
その暴論に一瞬、目が点になった。その瞬間だった。
小さな光が脇を駆け抜けて。
『……え?』
そして。
ポコン、と、何か中身のあるものが割れるような音がして。
そして、振り返ると。
そこには、頭を吹き飛ばされた獣……が、走ってきた勢いのまま走り続け、やがてバランスを失って倒れていく姿が見えていた……。
『よし、排除!』
『生体チェック、生死を確認せよ!検疫班は行動範囲を調べて汚染のチェックだ!それから……』
「……」
何が起きたのか、理解できなかった。
私がフリーズしている間に、彼らは私などいないかのように通り抜けて獣の元に群がって、あれこれ調べ始めた。
そんな中、私はただ状況を理解できないままにフリーズし続けていて。
そして。
【……】
左手にある杖が何故か、妖しく謎の光を放っていた……。
◆ ◆ ◆ ◆
気がつくと、私はまた花畑の中にいた。
見覚えのある場所だった。
そう。
これは、酒場に入る時に見た景色と同じだった。
そして。
『また逢ったわね』
銀髪の女の子が、やっぱりそこにいた。
『出番が来るのは知ってたけど、またずいぶんと早いわね。こっちも予定を繰り上げないとダメね』
『えっと、あの?』
問いかけると、女の子は「ああ、いいの、こっちの話」とクスクス笑った。
『まぁ聞きなさい。
ここに来たという事はつまり、何か知らないけど、変えたい因果と出会っちゃった。違う?』
『……』
何を言っているのか、よくわからなかった。
だけど、なんとなく女の子の言葉の通りのような気がした。
『今、あなたの持っている「理力の杖」は、ひとことで言うと入門用だもの。上座クラスのベテランならいざしらず、初心者さんじゃあ因果をいじり返すような高度な技術は無理なのよね。
だけど、あなた自身は初心者とはいえ、能力的にはとても下座とはいえない。夢で他人とつながるなんていうのは、最低でも夢幻の入り口にかかってないとダメなはずだから、中座上位くらいはいかないとダメなはずだし。まぁ練度はやっぱり初心者なのは仕方ないとこだけど』
『?』
言葉は伝わってくるのだけど、意味のわからない言葉がいっぱい入っていた。
だけど女の子の話は止まらない。
それどころか、いつのまにか女の子は、どうやら杖らしきものを手に持っていた。
ただし。
『それ……巫女の杖?』
『そうよ。コウロギの杖というの』
それは、私の持っている杖によく似たものだった。
ただし、表面に刻まれているものは少ないし、細部も随分と違っていた。なんというか、禍々しさすらも感じるデザインで、全体的に肉感的にデコボコしている。先端に至っては……うわぁ。ちょっと人前で言いたくないような、モザイクかけたくなるような、エロエロしいカタチにも見えるんですけど?
と、とりあえず、不明点を明らかにしておかなくちゃ。
『コオロギの杖?宇宙にもコオロギがいるの?』
『なんか誤解されたイメージが伝わってるみたいだけど、コオロギじゃなくてコウロギ。まぁ発音しづらいんだったらコオロギでもいいけど、とりあえず虫の名前じゃないわ』
『そうなの?じゃあ、どういう意味?』
『コウロギっていうのは古い時代のとある星の言葉なの。ちゃんとした翻訳がないんだけど、あえて表現するなら、夢幻の彼方への扉をしめす言葉かな。で、そこから転じて、異界への案内人を示す意味でもあるかな?』
『???』
うわ。説明してもらったら、さらによくわからない返答が。
『細かい話はいいわ。
ひとことでいうと、この杖は上座クラスの巫女には絶対不可欠の、夢幻能力を鍛えるためのものなの。
今、あなたが何の問題に遭遇しているかは知らないけど。
でも、このタイミングでわたしに会いに来たという事は、これが必要という事よね?』
そういうと、女の子は私の前にとことこと歩いてきて、そして私にその杖を差し出した。
『さぁ、もっていきなさい』
『え、でも、これは』
『知っているでしょう?人が杖を選ぶのではなくて、杖が人を選ぶの。あなた自身が、自覚はなくとも、その深いところで必要と感じたからこそ、今この杖はあなたを選ぶの。さぁ』
『あ、はい』
流されるまま、言われるまま。
ただ、流れのままにそれを受け取った。
その瞬間。
『!』
ぐらっと、世界が揺れたような気がした。
◆ ◆ ◆ ◆
一瞬の後、私は現場に戻っていた。
ただし、風景がさっきと少し違っていた。
夢の中のような不思議な感覚があった。そしてパトカーっぽいものと獣が走っていて。
そして……それに立ちふさがる私がいた。
なにこれ。意味がわからない。
だけど、やるべき事はわかった。
見渡すと、銃口っぽいのを獣に向け、狙いを定めている人がいた。おそらく間違いなく、彼の攻撃により獣は死ぬんだろう。
そうはさせない。
迷わず駆け寄ると、その人の脇に手を入れてコチョコチョしてやった。
『!?』
彼の身体がピクッと動きその瞬間、銃口が空を向いた。
そして、空を向いたまま発射音が響き、小さな光が空に飛んでいった。
さらに一瞬の後、風景は元に戻っていた。
私は獣と警官たちの間に戻って、立ちすくんでいた。
『盾!』
光が見えた瞬間、反射的に私は自分と獣を防御結界で包んだ。
反応したのは彼ら……たぶん警官たちも同じようだった。それぞれに銃らしきものを発射して、それは全部私の結界に阻まれた。
「なんだと!?」
「無駄です、防御シールドを張りました!」
『きみ、すぐにシールドを解除なさい!公務執行妨害を適用しますよ!』
「彼がガレオン人である可能性が高い以上、有害生物として一方的に排除させるわけにはいきません。
それでも現状を無視して強引に押し通すというのなら、こちらにも考えがあります。あなたたちは最悪の場合、オン・ゲストロ会長から直接の追求を受けるカタチとなり、事態は穏便にすまなくなりますが、いいんですか?」
「な……!」
『ハッタリだ!』
『よろしい、公務執行妨害として共に排除せよ!』
うわ、そうきたか。どうやら彼らも、真っ当な警察などではなさそう。
迷わずシールドを二重がけにした。アヤゆずりのドロイドジャマー対策も入っているので、すぐには破れまい。
「よし」
とりあえず安全である事を確認すると、ただちにネット経由でアヤにアクセスした。
『突然どうしたのメル?』
『ちょっと緊急事態。情報おくるよー』
こういう時、細かい事情を説明するのにいい方法がある。
え、どうするのかって?
ほら、昼間の授業中にやったの覚えてるかな?
要はアレと同じ方法で、この現場の情報ログをまるっと送りつければいいんだよね。
そしてもちろん、アヤは一瞬で趣旨を理解してくれた。
『なるほど、ルド様に緊急連絡すればいいのね?』
『はいよろしく。あとできればヘルプも』
ひとりっきりでは、被害者を守りつつ加害者の確保ができない。
その道のプロならうまくやれるのかもしれないけど、少なくとも私には無理。
だから、ヘルプミー。
『わかった、そっちにはわたしが行くわ』
『ごめん、よろしく』
そして十分後。
駆けつけたアヤにより全員が無力化され。
さらに数分後、オン・ゲストロ本部の直属部隊らしいのがやってきて、全員御用になった。
「ふう……」
ためいきをついた私。
その私の左手には、理力の杖とは違う、あの、女の子に渡された新しい杖が握られていた。
頭をぶち抜かれた音について:
僕は頭蓋の割れる音なんて聞いた事がないので、これは親戚に聞いた大昔の思い出話を元にしています。
コウロギの発音について:
現代の共通日本語ではコウロギもコオロギも「こーろぎ」と発音するかと思いますので、会話でちゃんと呼び分けられているのはちょっと不自然に見えるかもしれません。
ただ、方言や古語ではその限りではありません。
ちなみに主人公が高知県人である事は何度か描写されていますが、土佐弁もそういう古い方言に属するので、「じ」と「ぢ」も区別しますし、コ「ウ」ロギとコ「オ」ロギも文面通りに発音します。少なくとも主人公が言葉を覚えた時代(昭和40年台中期)にはそうだったようです。