宇宙的商売の話
地下の酒場には窓がない、ということは時間がわからないわけで。
こういう時にどうするかというと、脳内の『時計』に門限をセットしておけばいい。
この身体は人間ではない。
ひとことで言えばこの身体は『有機合成人間』とでもいうべきものだ。遺伝子を自由自在にこねくり回せる世界では、ロボットだって生命体で作る。だからこの身体は、れっきとした生命体でありながら合成人間でもあるわけ。
で、人間にないたくさんの機能があるのは何度も述べた通りなんだけど。
そんなわけで、時計機能も当然ついてる。
あ。
そういえば……スマートウオッチどうしたかなぁ。買ったばかりだったペブルタイム。
地球の時計なんて宇宙で使えるとは思えなかったんで、置いてきちゃったんだけどね。
ん?どういう事かって?
だって、地球の時計っていうのは地球の時間を基準にしてるんだよ?
当然、いわゆる星間文明で時計を使おうと思うと、地球とは全く違う『時計』が求められるわけだよね?
地球にも世界時計ってあったけど。
そもそも地球の世界時計って、ある瞬間にイギリスはお昼だけど東京は夜の9時っていう、あの時差に対応しただけのものにすぎない。それはわかるよね?
でも、たとえばさ。
将来、スキャパレリ・プロジェクトでも発足して火星に人が移住して「火星標準時に対応して!」って話になったらどうなる?
それはつまり。
時刻単位も全く異なる「異星」の時間に対応した、今までにない新しい時計が必要になるだろうね。
そう考えたら、私がスマートウォッチを宇宙に持ってこなかった理由もわかってもらえるよね?
そう。
地球しか想定してない地球の時計なんて、どうにも役立てようがなかったから。
ところで銀河文明における時間って、どうなってると思う?
昔、私が読んだいわゆる宇宙冒険ものなんかの話では、宇宙における時間や時刻の扱いについては華麗にスルーしているものが多かったね。大ヒットした宇宙ものアニメだって、夜の10時には船内消灯するみたいな「生活」をきっちり感じる描写をしていたにもかかわらず。
たぶん、宇宙では日本時間もしくはグリニッジ標準時で動いていたんだろうけども。
まぁその、タイムゾーンなんてネタはそれこそ小説むけネタだもんね。少なくともTVアニメで扱うネタじゃなかったか。
うん、私だってそれくらいはわかる。
話を戻そう。
実際に私がこのオン・ゲストロで現在時刻を知ろうと思えば、どうするかわかる?
ひとことでいえば、それはまぁネットの問い合わせ。
えっと、総合情報受付のことを覚えてるかな?どこの星のネットにも必ずある○ーグル先生みたいなポータルサイトで、そこにとりあえずアクセスすれば何でもわかるってやつ。
そこに時間を問い合わせると、現在地、現地時間による時刻、さらに詳細を求めるとカレンダーや時間単位の長さなんかもダウンロードできるようになっている。もちろん、すぐにこっちに組み込む事もできて、同期もできる。
そんなわけで。
この方法は銀河文明の多くで採用されていて、どこでも私は時刻を知る事ができるってわけ、らしい。
うん。
まぁ、実際にあちこち行ったわけじゃないから断言はしないけども。
『先日の授業で習った、全銀河時間の話ですか?』
隣で謎の飲み物っぽいのに触手を突っ込んでいるサコン氏……あれもお酒なのかなぁ……が、私の思考に割り込んできた。
「うん。でもあれってどこの国が想定したものなの?授業ではその話を避けてたみたいだけど?」
『それは謎なんです』
「謎?」
『はい。わかってないんですよ。……ズニークさん、メルさんにおかわりを』
「あいよ」
こっちの話を聞いているようだけど、知らんぷりしているズニークさん。飲み屋のマスターしてるなぁ。
こう、軽い酒をちびちびやりながらいろんな話をする。
なんだっけ?
ああそう、日本じゃ昭和の悪しき風習とかいって、飲みニケーションとか小馬鹿にされてたやつだこれ。
いやー、でもねえ。
宴会にお酒って、日常で酒を飲むようになった時代からの人類共通の伝統でしょうが。古代エジプトですら酒宴はあったわけで、ちゃんと記録も残ってる。
なんで昭和の悪癖扱いしてんのかな。意味わかんないよ。
だいたい、酒宴の席でコミュニケーションを図っているのは、ちょっと警戒をゆるめて突っ込んだ話をしたり、友好を深めるって意味もあるからだよね。要はコミュニケーションの円滑化の道具なわけ。
その意味でいえばさ。
個人の孤立化が進んだ21世紀だからこそむしろ逆に、酒宴の席みたいなものが必要だったんじゃないかなぁ。お酒がダメっていうのなら何か別のカタチでもいいから。
それに実際。
(※)くだらない事を隣同士でぎゃーぎゃー言いながら飲むお酒って、おいしいよねえ。うん。
って、また話がずれた。
いえ、そもそも何の話をしてたんだっけ?
んー、さすがにちょっと酔ってきたかな?
ま、いっか。
「時間合わせをどこが作ったかって、わかってないの?」
『公式記録にあるだけでも、二億年以上昔からあるそうですからね』
うわっ古っ!
『戦乱とかあってもあまり破壊されないんですよね。だって時刻あわせのシステムに敵味方とか関係ないじゃないですか。そんなもの、わざわざ壊すのはバカのする事ですよ』
「そりゃそうかもだけど……混乱を助長させるために破壊するとかないの?」
『メルさん、戦争をするには理由があるんですよ。
ほんとうにその地域を物理的に消したいんなら、それこそ小型反陽子弾一発でおしまいですよね。でもそうしていないって事は、なんらかの思惑があって、そこを壊したくないわけです。
だったら、水や食料、それに最低限のインフラなんてものは、あるものを流用したいのが普通ですよ』
「そりゃま、そうだけどさ……うーん」
『かりに破壊してもです。
その後に新しく作られる国では結局、長年使われた枯れた同じ技術が使われますよ。自分の国だけ別の技術、なんて事はしないんです』
「そうなの?なんで?」
『わかりませんか?
では聞きますけどメルさん、あなたの故郷の星では車輪で走る自動車が作られていたといいましたよね?』
「あ、うん」
『確か、多国籍企業があり、ひとつの星の上限定とはいえ同じ乗り物が売られているんですよね。
それで質問なんですけど。
メルさんの星にある道路は当然、これらの車にあわせて同じくらいのサイズになってるんじゃないですか?幅とか路面とか。
それとも、国や文化圏が違ったら道路幅も車の設計も全く異なっていましたか?』
「ないない、それはない」
そりゃあ、泥濘とか砂漠とか、その地域特有の設計っていうのはあったと思うけど。
車やその部品は結局のところ、工業製品だもの。わざわざ地域によって別の設計にするなんて、そんな不合理な事は……!
「あ、そうか!」
思わずポンと手を打った。
『ご理解いただけましたか?』
「うん、たぶん」
大きく頷いた。
「でもさ、ネットワークなんかはそうでもないかな?地球じゃあ中国とか、自国に損になるようなものを入れないようにして囲い込みしてる国もあったよ?」
『ああ、そういう国があったんですか。なるほど』
ふむふむと触手をヒラヒラさせたサコン氏だけど。
『それは、その国がネットワークに戦略的価値を見出しているからですね。でもそれは一時的なものですよ』
「一時的なもの?」
『付加価値というものは固定的なものではない。時代が進むと変化していくものです。
具体的には、独占したいもの、遮りたいものが一般化しすぎて独占する意味をなくす事。
そうなってしまえば、そういう恣意的独占は価値を失うどころか、余計な事をやっているその地域の発展を阻害し、足をひっぱり妨害する原因になってしまうんですよ。
よほど間抜けな者たちが運営しているのなら知りませんが。
真っ当な国家の場合、そうなる前に見切りをつけて独占や遮断を放棄してしまうものです』
「……そうなんだ」
『はい』
よくわかるような、わからないような。
『ちなみにその場合、規制をかけるのは、さらなる上位の付加価値にシフトしますね。
たとえばですけども。
情報にフィルタをかけて囲い込むのは手間がかかりますよね。でも、どうしてそんな事をしていると思いますか?』
「どうしてって、それは」
『考えてください。へたにフィルタかけるくらいなら、情報を全て遮断する方が簡単ですよね?なのに、どうしてそうしないんです?』
「……それは」
ちょっと答えに詰まった。
『直接現場を見ていませんから推測になりますが、よろしいですか?』
「うん、よろしく」
『つまり、情報を完全に遮断してしまうと、デメリットが大きすぎるからと考えられます。
だからこそ、わざわざ手間ひまをかけて、ネットワークをつないだうえで情報統制をしくわけです。そう思いませんか?』
「なるほど」
うん、確かにそうだと思う。
ネット検索で中国政府にとって嬉しくない情報が出ないようにするっていうのは、そりゃ中国にとっては意味がある事、大切な国策なのかもしれない。
でも。
未来に、技術が発達してしまった結果、今までのようなネット検索を無意味なものにする強力な情報技術が確立してしまったら?
そう。
おそらく規制対象はある時点でその次世代の技術に移り、陳腐化した今の検索などの技術からは手を引くだろう。
理由は簡単。利用者の減った旧技術を放置したところで大したデメリットにはならず、そして注力すべきは次世代技術の方だからだ。
ところでちょっと話が変わるんだけど。
いわば宇宙酒場である、このズニークさんの店。いろんな人々がまったりとたむろっていたり、なんと地球の銘柄のお酒まであったりするわけだけど。
でも、ちょっと気になるところがある。
「ところでさ、なんでわざわざ地球のお酒なんて置いてあるのかな?」
嗜好品っていうのは、つまるところ実用品ではないって事だよね。まぁ、お酒は酒好きにとっては燃料であり実用品だけどさ。
けど、そんなものをどうしてわざわざ、はるか宇宙の果てからきて取り引きすんだろう?
あれか。
本題の取り引きは別にあって、お酒は単にオマケってことか?
『それは認識の相違でしょう』
「え、そうなの?」
『はい』
私の考えに、サコン氏が触手をヒラヒラさせつつ突っ込んできた。
『メルさん、ひとつ質問なのですが。
あまたの星域に広がる星間国家があるとして、何光年も離れた星、しかも未開文明とわざわざ貿易するとして。
そしたら、その品目は何だと思いますか?』
「貿易の品目?」
『はい。特定の現物でなく、だいたいの予想でかまわないんですが』
ふむふむ。
ちょっと考えて、私は答えてみた。
「私は素人だから想像つかないけど……やっぱり珍しい資源とか?」
『資源ですか。具体的には?』
「それはちょっとわかんないかな。たとえば燃料?」
『燃料?それは特殊なケースではありえますけど、普通はありませんね』
シュルシュルと触手を動かしてサコン氏は答えた。
「普通はないって、どういうこと?」
『まず第一条件ですが、鉱物資源をわざわざ未開の知的生物のいるエリアと取り引きする意味はないんですよ。原料なら無人の星にプラントを設置するのがいいし、規格品の燃料なら我々と同レベルの文明圏の国から完成品を購入すればいいんですから。違いますか?』
「それは」
『前者は手間がかかるけど大量安価に採取できますね。そして後者は高額になるでしょうが、規格あわせで苦労する事もなく高品位の燃料を調達できます。用途によりどちらが得かはもちろん変わりますが』
「……たしかに」
言われてみればそうかも。
「じゃあ、特殊なケースというのは?」
『「一次動力源」というものをご存知ですか?』
一次動力源?なにそれ?
『その文明圏で使われる全てのエネルギーの根幹ともいえるものです。その地域に根ざすもので売り買いが困難なものが多いのですが。たとえば、そこの恒星のエネルギーを間借りしたい時などですね。
もっともこのケースも通常は、知的生命体なんていない無人の恒星に手を出すのが普通ではありますが』
「そういうもんですか」
『はい、そういうものです』
確かに、そう言われると燃料を取り引きする意味はなさそうだ。
「じゃあ、食料?」
『通常の食料はこれも取り引きする旨味がないと思います。その星の風土病や有害生物が紛れ込む事がありますし、サンプルを得て同じものをこちらの生産力で再現する方が簡単だからです』
「通常の、ね。やっぱりこれも例外があるの?」
『はい、例外があります。ただしこれは食料にかぎった事でなく、実際に取り引きされているものに共通する事が多いのですが』
ふむ?
謎かけのような物言いをすると、サコン氏は再び触手をコップにちょっと入れた。
『答えを言いましょうか……取引されているのはズバリ「そこにしかない」付加価値あるものという事ですよ』
「付加価値?」
『はい』
サコン氏はうなずいた。……触手がそのように動いただけなんだけど、たぶん頷いたんだと思う。
『たとえば、お酒は最もいい例です。
お酒は嗜好品ですし、合理性で選ばれるものではありません。ですから、大量生産できた方が有利だからって工場プラントを作ったとしても、昔から続いている酒造所の意味がないという事にはなりません。珍しげなものがあれば取り引き対象になり、求める人もいるわけですからね』
「あ……」
確かに。
「で、でもさ、何億銘柄ってあるんだろ?それって結局のところ、一部の有名な銘柄だけ売れて後はダメなんじゃないの?」
どんなに情報があふれる時代になっても、ひとはその全てを有効活用するわけじゃない。
いい例が地球時代の私だ。
一人暮らしだった私は外食もよくあったけど、だいたい店ごとに頼むメニューが決まっていて、他を選ぶ事はまずなかった。そんなものじゃないかな?
『その傾向は否定しません。ただし、それは「利き酒ドロイド」を考慮してないからとも言えると思いますが』
「利き酒ドロイド?なにそれ?」
初耳な名前に首をかしげていると、隣のおっちゃんが何か大きくためいきをついた。
『何でしょう、ご老人?』
「あれは邪道だと思うがのう。まぁ、けど有用なのは事実か」
「?」
私の疑問符が顔に出ていたんだろう。おっちゃんは苦笑して私に顔を向けた。
「酒飲みの愛用するドロイドのひとつなんじゃが……主人が酒に何を求めているのかを味や場の雰囲気、つまみの選択などから総合的に理解しつつ、似たような楽しみが味わえるものや、がらっと気分を変えるのにいいものなど、無数のライブラリの中から探してくるドロイドなんじゃよ。
どんな酒好きでも、億の酒の利き酒なんて容易な事じゃないし、それをやるヤツも普通はおらん。
しかし現実には億の酒があるわけなんでな。
自分の地域だけでなくグローバルに酒を求める種類の酒好きには愛用者が結構おるんじゃ」
「へぇ……」
利き酒用アンドロイドか。すごいものがあるんだなぁ。
そんなことをぼんやりと考えていた、その瞬間だった。
【ミンナ、シンダ……】
「!?」
【ツマ、ムスメ……ナカマ……モウイナイ……】
唐突に脳裏に響き渡った悲しげな声に、私は思わず顔をあげた。
『どうしたんです?』
「いや、なんか声が」
な、なに?今の声?
しかも。
それは肉声でも通信でもなく、何かもっと奥底の方から響いてきたように思えた。
さらに次の瞬間、ピーッと何か電子音のようなものが響き渡った。
な、なんだ?
わけもわからずキョロキョロしていると、どこかから放送みたいな女性の音声が聞こえてきた。
『緊急放送です。
ただいま、ンルーダル全域に外出危険情報、第三項が発令されました。
市街地を移動なさっている方は、最寄りの店舗などの中に避難してください。また、開放型店舗につきましては入り口を閉鎖し、緊急対応の指示に従ってください』
な、なにこの変なメッセージ?
困っているとサコン氏が、大丈夫ですよと言わんばかりに触手をわさわさと揺らした。
『第三項という事は、積み荷が逃げたとかじゃないですかね?まぁ問題ありませんよ』
「逃げた旗?積み荷って?」
『メルさんにわかりやすい表現でいえば、ペット動物のたぐいですね。アルカイン種族は自宅で小動物を飼う事があるでしょう?実用や営利でなく楽しみとして?』
「ペット……ああ」
なるほどと思った。
「でも、ペットが逃げたからって危険情報って?」
『おそらく、肉食獣なんだと思います。
加えていうなら、普通は積み荷のペットなんて地上に下ろす事はまずないですから、確かに異常事態ですね』
「地上に降ろさない?」
『はい。だって、未処理の異星のペット動物なんて降ろしちゃったら、同時に細菌だの何だの大変な事になりますし』
「あー」
なるほどと思った。
だけど同時に、何かこう、納得のいかない部分もあった。
「なるほど……でもそれ変だよ」
『変ですか?どういう事でしょう?』
「うん。だって」
私は立ち上がった。
やるべき事がある、そんな気がしたから。
『メルさん?』
「ねえ、思うんだけど……ペット動物なら、家族が殺されたって嘆くかな?」
『は?』
サコン氏だけじゃなくて、ズニークさんも隣のおっちゃんもこっちを見た。
「ごめん、ちょっと行ってくる。ズニークさんまた来るね、ごちそうさま!」
え?え?と状況の掴めない周囲。あたりまえだった。
でも、詳しく説明している時間はない。
「なんか知らないけど声が聞こえたの。家族が殺された、仲間が殺されたって」
『!』
「サコンさんごめん後よろしく、私行く!」
そういうと返事を聞かぬまま、私は出口に急いだ。
『※:くだらない事を隣同士でぎゃーぎゃー言いながら飲むお酒って、おいしい』
主人公は酒飲みの国、高知の出身です。長年一人暮らしなのでアル中にならないように注意しているけど、逆にいうとその心配がないなら普通に酒好きです。
『利き酒ドロイドについて』
大量のお酒の銘柄を判別するため、ただそれだけのために作られたドロイド。主人と同じ種族と性別を模したタイプが主流だが、プログラムだけのAI、エージェント的なものも存在する。
ただし、利き酒という主観的な行動を行う事情から、肉体を持たないタイプはあまり好まれない。
銀河における酒類の取り扱いは様々だが、嗜好品として広く親しまれている地域は意外に多い。
ただし酩酊感覚をもたらすという事は、銀河文明的には弱毒と認識されるものでもある。それに種族間の相性で、本当に害になる組み合わせもある。
それらの地域ではグレーゾーンになったりアングラ、果てはドラッグ扱いになっている事もある。