宇宙酒場
宇宙もの作品の好きな人なら誰もが想像するもの、それは宇宙酒場。
まぁ別にカフェでも茶店でも何でもいいのだけど、要するに軽く飲食できて話のできる場所というか。
宇宙は狭いようで広い。
たとえどんなにネットが発達しても。
どんなに素晴らしい超光速航行技術が実用化されても。
それでも、原始的な露天市がなんだかんだで存在しているように、雑多な種族の集うエリアには大抵これも存在する。
するのだが。
「あれれ」
下町エリアらしいところの一角にサコン氏とやってきた私なんだけど、その看板には見覚えがあった。
いや。
正しくは、看板に書いてある言葉にだ。そこにはこう書いてあった。
『みんなの宇宙酒場・ズニーク』
ズニークって……。
「あー、ダチョウのおばさんの店!」
『ダチョウ?』
初登校の朝に高速で遭遇した、ダチョウみたいなのに乗って走ってたおばさん。
確かあの人が、下町のズニークって店の人だって。
あれ?
でも変だな?
「確か、あのおばさん……食堂ズニークだって言ってたんだけど?」
『ん?それが変なのですか?』
サコン氏は少し、考えこむようにプルプルと触手を動かしていたんだけど……やがて『ああ』と何か納得したようだった。
『たぶん言語翻訳問題ですね』
「言語翻訳?」
『オン・ゲストロでは庶民向けの飲食店の類は、ひとっからげで食堂だの酒場だのいうんですよ。区別はなくて、酒を出すかどうかは店頭の看板で示す慣習になっています』
「あー……用法の違いなのか」
サコン氏は私の言葉でなく表層思考を読んでいるわけで。だから、たとえば私が、寝ぼけてカレーのつもりでラーメン食べたいと言っちゃったとしても、彼は思考の方を優先してカレーと受け取ってくれる。
だがそれは特殊な例で、普通はもちろん言語でやりとりするわけだから。
酒場と食堂の区別がないオン・ゲストロ語と区別する日本語では誤訳が発生すると。
なるほどねえ。
『それはそれとして、朝の買い出し中のズニーク嬢と遭遇したんですか。それはまた珍しい事で』
「嬢……」
『なにか?』
「いや別に。その、見た目とか歳とか、嬢って感じじゃないかなって」
『ああ、そういうことですか』
サコン氏は一瞬で理解できたようだった。
『まぁ、それは難しいですね。
逆に伺いますが、メルさんは私の種族の若者と年寄りを見分けられますか?個体の区別ができますか?』
「それは……色とか、第三者的にあからさまな違いがなかったら難しいかも」
『はい、そういうことですね』
うーむ。
異種族の感覚って難しいなと、本気で思った瞬間だった。
さて。
肝心のお店のたたずまいなんだけど、これがまた奇妙。
何が奇妙かって?
ほら、日本の都会とかによくある変なラーメン屋あるでしょう?あれをイメージするとわかりやすいと思う。
どう見ても飲食店じゃない。
なんていうか……日本のバラックにも似たポンコツな感じの建物には窓のひとつもなくて、そんでもって、入り口には、謎の汚い木製らしき人形が鎖で釣られている。
うぉーい……これ、イチゲンさんじゃなくても逃げ出すような雰囲気なんですけど?
いったい、どこが「みんなの」なのさ?
『こうするのです』
サコンさんが触手をのばしてグイグイと人形を押すと、ピクッとその人形がうごいた。
なんだろう。
単に触手で木の人形に触っているだけなのに、どこか冒涜的というか、SAN値が少し下がったというか、削られちゃいけないものが削られたみたい気がしてならないのは?
そんなことを考えていると、人形から声が響いた。
【誰だいってサコンかい。まだあんたの時間には早いんじゃないかい?】
『お客さんを連れて来ているんですよ。貴女に会った事があるみたいですけど?』
【ほう?】
木製の人形の首がククッと動いた。
なんだかなぁ。のろいの人形みたいでイヤだなぁ。
こっち見てるし。
【じゃじゃ馬の娘じゃないか。いったいどういう組み合わせだい?】
『クラスメートなんですよ』
【ははぁ、そういうことかい。まぁいい、入りな】
『どうも』
ドアの中で何かが外れる音がした。どうやらロックされていたらしい。
ボロボロの外見なのに音もなく、スッとドアが開いた。
なんというか……見た目がすごいのもあって、ホラー映画みたいでちょっとイヤかも。
『入りますよ』
「あ、はい」
なんか流されるままにハイと答えて、私も続いて中に入った。
中に入ると、ドアはひとりでに閉じてしまった。おまけにカチッと音がして、おそらくロックもかかった。ドアノブはない。
許可をもらうか、ぶち破らないと出られないってこと?
『ちなみに出ようと思えば、中からは押せば出られますよ。でも今は行きましょう』
「うん」
中に入ると、外のボロボロとは裏腹に綺麗な、でも狭い下り階段が続いていた。
「長い……」
『階段は地下三階ですから、そうでもないですよ。それに重力制御の補助が入りますから、酔っぱらいでも登れます』
「へぇ」
見た目ほど大変じゃないってことか。
歩き始めると、さらに違和感が大きくなった。
下り階段なのに、特有の、体重が足にかかってくる感じがないんだよね。段差があるのに。
どうなってるわけ?
『重力制御が補助しているんですよ。種族にもよるので断言しませんけど、特にアー系三大種族の場合、直立二足動作のため、特に高齢化すると下半身の骨格や関節に無理がかかるでしょう?』
「うん」
『これは、そういう悪影響を与えないためと、長い登り降りで疲労させないための仕掛けだそうです』
つまり疲れない階段ってこと?
それはすごい。とんでもないハイテク装置だ。
「なんで素直にエレベータにしないのかな?」
『二足歩行生物にとり、歩くというのは健康の源と聞きましたが?』
「あー……なるほど」
転送じみた装置もあるような世界だから、むしろ逆にこういうとこはうるさいって事かな?
でも重力制御のハイテク階段っていうのはすごいなぁ。その発想はなかったわ。
しばらく降りていくと、平坦な廊下に変わった。
そしてさらに少し歩くと、表の入り口と同じドアがあった。
ただ違うのは。
「話し声が聞こえる?」
『先客がいるのでしょう。昼間は軽い飲食店ですから』
それ、カフェとか喫茶店じやないんだろうか?
まぁカテゴリ分けなんて意味ないか。そもそも異文明だし。
『どうぞ』
「え?」
『押し開けると入れますよ?』
「あ、うん」
言われるままにドアを押して。
そして中の光景が広がった。
「……なんだ、ここ?」
扉の向こうを見た瞬間、私は思わずフリーズしてしまった。
そこは、一面の花畑だった。
空は晴れ渡り、吸い込まれそうな深い青。
眼下には緑の草原に、ちりばめられた色とりどりの花、花、花。
遠くからピキピキ、ピピーと鳥やら虫やらの声も聞こえてくる。
そして。
『あら、いらっしゃい』
どこかで見た銀髪の女の子が、その花畑の中でクスクスと微笑む。
『ようやく捕まえたわけだけど……ずいぶんとかわいいお花畑ねえ。これが入口って』
入口?なんのこと?
そこまで言うと、ああ、と女の子は納得げに笑った。
『そっか。あなた元男の子なんだ。そうでしょう?』
「……元じゃない、今も男だよ」
訂正しようとすると、女の子はニヤニヤと楽しげに笑った。
『ああ、何か事情があって女の子の身体に突っ込まれちゃったケースね。
ま、心配いらないわ。性別なんてのは衣装と同じなんだからね』
「?」
『ああ、いいのいいの理解できなくて。……その方がおもしろいし』
ふむ。
なんだかよくわからないけど、この子、すごく悪い顔して私を見ているな。
悪意?
いや、違う。
これはひとことでいうと……小さい男の子をいじる時の女の顔だろ。
『メル?』
「!」
サコン氏の声で気づくと、私は酒場みたいな場所の入口に立っていた。
え?え?え?
『どうしたんですか?突然に脳波が乱れたようですが?』
「いや、今……なんか入口がどうとか」
『入口?』
「あ、いやごめん」
サコン氏に謝ると、改めて中に入った。
中は混沌としていた。
色々な種族の『人々』が思い思いの席に座り、のんびりと食事をしつつ話をしている。アルコールが入っている者もいるようだが、騒ぎになるほどではない。今はピークの時間ではないという事かもしれない。
アルカイン人らしいショートヘアの店員さんがひとり待機している。客が少ないからかな?
壁にかかっているのは楽器。フォークギターに似ているが胴体が小さいな。ちょいと日本ではマニアックなテナー・ウクレレとか、そのあたりを彷彿とさせる大きさなんだけども。
ああ、アレか。ヤマハのギタレレだっけか。あれが近いかな?指板部分が長いけどな。
「よくきたね、こっちにおいで」
「あ、ども」
見ればカウンターらしきところの中で、見覚えのあるおばさん……ズニークさんが手招きしている。
ズニークさんは当然だがお仕事中で、サポートらしきお兄さんとふたりで何か作っているようだ。
言われるままに近寄った。
カウンター席もちゃんとあった。地球の飲み屋と全然変わらないのがちょっとおもしろい。
まぁ、背後の客とサコン氏を見なきゃだけど。
「はい、いらっしゃい。食事はすんでるのかい?酒場の時間じゃないから軽くになるけど、何か飲むかい?」
ニコニコと楽しげなおばさんの笑いにつられて、つい指二本だして頼んでしまった。
「タイムスをショットで」
やっちまってから気づいた。
地球のバーボンなんかないだろ、いくらなんでも。
「それは故郷の酒かい?」
「そうなんだけど……な、ないよねやっぱり?」
当たり前のことを聞いたんだけど、そしたらズニークさんが「ふむ」と悩んでから、
「ちょっとこのパネルにアクセスしてごらんよ」
「パネル?」
言われてみると、各座席の前に小さい通信パネルがある。
「通信ターミナルもち用だけどさ、うちの地方酒ライブラリにアクセスできるのさ」
「地方酒?」
耳慣れない言葉だった。
「うちはオン・ゲストロの酒部門と契約しててね、彼らが商売している小さな地域の酒も、扱っていれば取り寄せられるのさ。ま、お高くなっちゃうのは仕方ないけどね」
「小さな地域……?」
耳慣れない言葉に首をかしげ、そして、ああと理解した。
そうだ。
確かアヤやソフィアが言ってた。地球のどこかとこっそり商売してる宇宙人がいると。
話の流れを思い出すに、つまりオン・ゲストロの交易対象には地球も入ってるってことか。
それは、ちょっと興味あるな。
「へぇ……見るだけならタダ?」
「もちろんさ」
おお。
「そ、そんじゃちょっと失礼します」
手をおき、アクセスをかけてみた。脳内にメッセージが溢れた。
これは、何か人工知能みたいなので管理されているのかな?
『アクセス承認。現在、約63億銘柄が登録されています』
63億!?多いわ!
なんで酒だけでそんなにある?
「地球の銘柄はあるか?」
『チキュウ……連邦分類非監視区域にある惑星ソルの現地名のひとつで間違いありませんか?』
「あー、こっちはその非監視がどうのとかソルとかの方がわからないんだけど」
どうしようかな?
いやまて。
ソル……テラならわかるけどソル?
なんかこう、微妙に誤解を含んだビンゴって予感がするんだが?
まぁいい、少し突っ込んでみるか。
「そのソルとやらには、どの程度の銘柄があるの?」
『140銘柄ほど登録されております。この星は全惑星で政府機関も統一されておらず、酒類も工業化されきっておりませんので、最低でもこの百倍ほどの酒造所がある可能性も指摘されております』
ふむ。
「当たり前だけどアルコールのお酒だよね?製法は醸造?それとも蒸留まで行く?」
『ジョウゾウというのは発酵の一種で間違いありませんか?』
「そうだよ」
『ならば該当します』
「オーケー、140銘柄なら名前だけリストできる?ちょっと並べてみてくれる?」
『はい、ではこちらから』
そういうや否や、写真らしきものとオン・ゲストロ語の説明が流れてきた。
「うわこれ、現地語のリストはないの?」
『想定されている顧客が現地の方ではありませんので』
揃えても誰も読めないってか。ううむ。
とにかく、つらつらとその一覧を見ていた私だったが、
「……なんじゃこりゃ?」
『なんでしょう?』
「これ……もしかしてだけど、司牡丹なんじゃねえか?……ああやっぱりそうだ」
パッケージ写真もあるらしいので引き出してみたら。
これはまさしく高知県の有名な日本酒のひとつ、司牡丹の樽の写真だった。
しかも、いかにも酒造元いってスマホで撮ってきましたぁ、みたいな手作りな写真で。
酒造元に宇宙人が取材にいきましたってか。
びっくりしただろうなぁ……いや、どうせ一般の訪問者に化けてたんだろうけどさ。
それはいいんだけど、それより問題がひとつ。
「なにこのオン・ゲストロ名。『ツカサボタン』でいいだろうに、なんでここまで訳すんだ?」
なんと、そこには『花を支配するもの』と書いてあった。
地元のCMかよ!
いや、でもまぁ、そのCMの記憶のせいでピンときたんだけどな。
『「花を支配するもの」ですか?元の名前の意味を汲んだものが採用されているはずですが?』
「訳しすぎだって。名前は名前なんだから、言葉の由来まで訳さなくてもいいでしょうに。
まぁ、あえていえば、ここまで訳すんなら説明書きみたいなもんだから、それこそ本来の名前も併記するべきでしょう。もちろん現地語表記と読み方も添えて」
わかりやすい例でいうと、同じ土佐の酒で土佐鶴ってあるけどさ。これを海外で売るのに、a crane on Tosa Pref. なんて名前にしちゃうようなもんだろう。せいぜい tosaduru か、 tosa-tsuru あたりでいいはずだし、ブランド戦略的にも変な名前を創作するより、綴りも長くないんだからそのままアイコン化を目指すほうがいいだろう。
しかしまぁ。
司牡丹って関ヶ原の時代からある酒。そんなもんが、こんな宇宙の果てにあるなんてなぁ。
思わず苦笑しながらも、やはり現地名も併記すべきだろうと提案してみた。
『なるほど理解しました。改善いたします』
「よろしくね……って、うわ」
軽い気持ちで返答した次の瞬間、思わず絶句した。
どうしてかって?
いきなり一覧に項目が追加されて、現地名の写真みたいなのと読み方の綴りも併記されたからだ。
飲み屋の酒の一覧までハイテクかい。どんだけなの宇宙文明。
とはいえ、読みやすいに越した事はない。
「ほうほう、日本酒に焼酎、ウイスキーにワインと……なんだかな、チョー○の梅酒にいいちこまであるし」
なんだこりゃ。日本の酒屋かコンビニ酒みたいなレパートリーじゃないか。
つらつらと眺めてみて、最初にネタにした酒もちゃんとあるのに気付いた。値段も思ったより高くない。
「アーリータイムスあるじゃん。値段は……いいね。これはショットの値段?」
「ショットの意味がわからないねえ」
「ああ」
実はさっきから、隣でそしらぬ顔で飲んでいるアルダー、つまりトカゲ人のおっちゃんがいたんだけど。
「このおっちゃんみたいに、ストレートで小さいコップでって事。注ぐ量を指でこうやって、シングルとかダブルとかいう事もあるけども」
「なるほど。で?」
「ダブルで」
「あいよ、ちょっと待ちな」
しばらく待つと、ズニークさんが小さいコップで見覚えのある液体が入ったものを出してきた。
「ほれ、これさ。どうだい?」
「ふむ」
香りを嗅いでみた。
ああ、たぶん間違いない。
ニオイだけで銘柄がわかるほどの通じゃないけど、確かにこれは嗅ぎ慣れたバーボンのものだろう。
少し口をつけた。
「ああ……これこれ。うん」
思わずにんまりとしてしまった。
それを見たズニークさんは呆れたような顔になった。
「やれやれ、可愛い顔して呑み助じゃないか。何かつまみはいるかい?」
「今はいい。この香りと味で充分」
変なもの飲み食いしたら、味が変わっちゃうだろ。
そういったら、なぜかズニークさんだけでなく隣のトカゲのおっちゃんまで笑いだした。
「えっと、あの?」
何かおかしかったんだろうか?
でも、問いかけてみてもおっちゃんは笑うだけで何も言わなくて。
ただズニークさんに何か手振りで注文した。
「あいよ。……そら」
「え、私?」
「ああ。となりのじいさんからね」
なぜかズニークさんは、おっちゃんでなく私の方にそれを差し出してきた。
え?え?
さっぱりわけのわからない展開に、ズニークさんとおっちゃんを見比べてしまった。
「それはオン・ゲストロ特性のピーンって豆を重力場調理したものだよ。別名、酒飲みの豆っていってね」
「酒飲みの豆?」
「空きっ腹に強い酒は悪いだろう?でも変な味を入れたくないって時に食っておくといいのさ」
「へぇ。あ、じゃあお言葉に甘えていただきます」
素直にいただいてみる事にした。
あ、確かにこれほとんど味がない。
これなら確かに、最低限しか酒の味を壊さないだろう。
空腹でなくなる時点でも味が変わるから、ゼロとはいかないけどね。
「なるほど……確かに酒飲みの豆ですね。ありがとうございます」
思わず頭をさげると、おっちゃんは「いいよいいよ」と言わんばかりにニコニコするだけだった。
地元のCM:
司牡丹酒造の古いCMのキャッチフレーズで「牡丹は百花の王、その牡丹を司る者、司牡丹」ってのがあるんですよ。
子供が見ないような夜の番組なんかで司牡丹のCMが流れると、よくこのセリフを渋い声で時代劇風の映像と共に流してました。
ちなみにこれに対抗して、やはり江戸時代からの老舗である土佐鶴酒造の方でも「天平の香りゆかしき夢の酒~」みたいな渋い歌を名調子で流すCMがありました。
昔の高知県人なら誰でも知ってるCMネタですね。