その一端
宇宙空間に採石場と聞いた時は、なにそれと思った。
だけど実際に中に入ってみると、確かにそれは子供向けヒーロー番組に出てくる採石場によく似ていた。
『宇宙なのに、なんでこの風景?』
そもそも、どうして重力があるの?
地球ほどじゃないけど、採石場の一角にはちゃんと重力があった。だけどここは宇宙なわけで、この重力はわざわざ作っているという事になる。
どうして?
重い岩塊とか無重力の方が扱いやすいんじゃないの?
『完全無重力の方がいろいろ便利と思われがちだけど、細かいものが散逸、つまりバラけて散らばりやすいのも無重力なのよね。だから用途によって少し重力を与えるわけ。まぁコストがかかるんだけどね』
『そうなんだ。その予算はどこから得てるの?』
『いろいろね。ちなみにひとつは、わたしたちみたいな利用者ね』
『利用料ってこと?でもさっき何か払ってた?』
まぁ通信してたわけだから、現金を支払うとは限らないわけだけどさ。
『訓練はルド様への承認も得た事だから、もちろん公費扱いね』
『公費なんだ』
『ええ。まぁ、細かい話はいいわ、さっそくはじめましょう』
『うん』
アヤが誰かに何かを指示した途端、どこかでカシャッという音がした。
『え、なに?』
『射撃の的よ。本来こんなところにはないものなんだけど、簡単な仕掛けだからね』
大抵は現場職員の手作りで、このあたりの星間国家の『採石場』では人気の設備なんだという。
なんというか……コンビニ化しすぎて本業がわからなくなったスーパー銭湯を想像してしまうのは気のせいなのかなぁ。
『うっかり壊しちゃう人とかいないの?』
『いるわよ。だから職員の片手間なんじゃないの』
仕掛けといっても大きなものがあるのではなくて、的になりそうな資材を、せいぜい命令が理解できる程度のジャンクロボットに運ばせているだけなんだという。
なるほど。だったら確かに、的をぶっ飛ばされたとしても被害は少ないよね。
さて。
地球の射撃場のようなかっこよさはないけど、それなりに的らしきものがいくつか現れた。
距離にして、私たちのいる場所から500mほど向こう。
『結構距離あるね』
『メル』
『ん?』
『あまり欲張らず、自分が最も扱いやすいエネルギー弾を撃ってみて。対象を壊す必要もない、ただ届けばいいから』
『わかった』
何も指示されなかったけど、迷わず杖を構えた。
射撃の訓練などした事もない身だし、弓はもちろんまともな銃器だって触った事もない。モデルガンすらほとんど経験のない私は、地球でおっさんをやっていた時代も武器からは縁遠かった。どこぞの宇宙大使みたいな立場になった主人公さんはガンマニアで、その知識を元に活躍もしたらしいけど。
まずは、杖に力を送り込む。
『お』
はじめての感覚だったけど、杖がスタンバイ状態になった事が理解できた。
よし、あとはここに適切なイメージを送り込めばいいんだな。
杖をかかげ、目線で目標のひとつを狙う。
『アヤ』
『なにかしら?』
『かけ声かけていい?』
『掛け声?』
『うん、なんとなくイメージで』
『別にいいわよ。発動できればいいんだから』
『わかった』
本来なら両手をかまえて、どこぞのエロい亀じいさんみたいに「か○は○波ぁっ!」ってやりたいところだねやっぱり。バカかって言われそうだけど、そこはホレ、男のロマンっていうかさ。
けど、杖持ってるからね。やっぱりここは、ファンタジーRPGの魔道士のノリかな?
気分はレベル1の初心者魔法使い。
いっぱいの炎を連想し、それを攻撃として叩きつける事をイメージ。
『メラ!』
と、その瞬間だった。
全世界がものすごい光に包まれ、何も見えなくなった。
え?え?
で、光が消えてみると。
『……おい』
目標どころか、目標があった土台からまとめて消し飛んでいた。
『な、なんで?』
確かにすごい光だったけど、音も何もなかったよ?
『ここ宇宙空間よ。光はともかく音があるわけないでしょう?』
『あ、いや、そうか』
言われてみれば、確かにそのとおりなんだけど。
いやいやいやちょっと待て、そういう問題じゃない。
今、メラっていったんだけど?
なんじゃこりゃ、メラゾーマか?
『いったい何をやったの?それとも制御を間違えたの?』
『いや、単に炎をぶつける事を連想してメラととなえたんだけど?』
『炎?ああ、なるほどアレ炎だったのね』
え?
『なにそれ、ここ空気がないんだから炎出るわけないじゃん』
確かにゲームの炎の魔法だけど、本物の炎がここで出るわけがない。
ちなみに、私とアヤの会話だって口から出ているわけじゃない、これ無線通信。
こんな真空の場所で炎が燃えるわけがない。
『もちろん、ここでは物理現象の意味では炎は燃えないわね。だけどイメージの実体化としては可能のはずだから』
『可能のはず?』
確信じゃないのか?
『わたしも真空中で炎を使えるのよ。でも自分でイメージを実体化しているわけじゃないし、だいいち炎を大気圏外で使う事はあまりないの』
『そうなの?なんで?』
『炎だけだと、無差別に周囲に炎熱をばらまくのよね。ほら』
アヤが指をヒョイと出すと、昨夜のようにポッと光がともった。
でもそれは、ろうそくの光のように上にあがらない。まるで光の球体のようになった。
『うわ……夜店のランプみたい』
むかし見た、カーバイトランプってやつの光に似ていた。
変に流動してないせいか、アヤの作る炎は燃焼効率がいいのか、とにかく目に鮮烈に明るい。
『こうやって、光も熱も周囲にばらまいてしまうの。集約もしづらいから大気圏外ではちょっとね』
『なるほど。でも、じゃあ私の場合はどうして?』
『そうねえ』
アヤは私がふっ飛ばしたらしい方向を見て、少し考えていた。
『わたしのような術式の再現でなく、自分の思念で作った炎だからって事かな。つまり、ある程度は制御がきくんでしょうね。
あと威力だけど……その感じだと、おそらくイメージの問題かな?』
『えー、でもメラだよ?ゲームじゃ初心者むけの一番弱い魔法で』
『それはゲーム、現実じゃないでしょ?』
あー、それは。
『掛け声はあくまで炎を引き出すためのトリガーなの。実際の威力や方向などの制御は、あくまで杖にサポートさせつつ自分自身の意思でやっているのね。
当然、ゲームの呪文なんて関係ないってわけ。
それでメルはどんな炎を想像したの?』
『あー、うん。自分のまわりにこう、いっぱいに広がるくらいの炎かな?』
『なるほど。あさっての方向に勘違いしてるけど制御自体はできてるって事かしら?』
はぁ、とアヤはためいきをついた。
『あくまで掛け声だの呪文だのはトリガーであり、制御はイメージがやっているのを忘れないで。そこを間違えると、いつかとんでもない間違いをやらかすから』
『えっと、たとえば?』
『たとえば、そうね……絶対にその人を殺さずに捕らえなさいって言われていて、確かに麻痺や催眠で無力化しようとしたとして。
でも、心ではその人物を憎んでいたとしますよね。焼き殺してやりたいくらいに。
だったら、結果はどうなるかしら?』
『あ……それは』
つまり、それは。
『心の中の本音が優先して、無力化するはずだった相手を殺しちゃうかもってこと?』
『そういうこと。それでもいい?』
『よくない』
そりゃあダメだわ。
『じゃあ、どうすればいいのかな?』
『掛け声をどうするかはともかく、掛け声自体に意味を持たせるのはやめたほうがいいわね。制御はあくまでイメージでやるように習慣づける事で、本音と建前みたいな大失敗は起こさなくなると思う』
『そうなんだ……さすがに詳しいね』
そういうと、アヤはなぜかフフッと少し遠い目をして微笑んだ。
『なに?』
『いえ。実は初心者巫女の1割かその半分くらいの子も、これをやらかすのよね……昔、とても楽しいことがあったんだけど』
『えっと、どんな?』
『昔、わたしが仲良くさせていただいていた子なんだけど。草を生やそうとして、視界にとらえていた外来者のおじさんのハゲ頭に髪を生やしちゃってね。それはもう阿鼻叫喚の大騒ぎに』
『なんじゃそりゃ……』
『うふふ、でもその後、どこから情報が流れたのか、ハゲのおじさんの外来者が爆発的に増えてね。ここの巫女さんはハゲ治療もしてくれるって』
『……あははは』
思わず笑ってしまった。
ちょっとひきつった笑いだったけど。
『さ、とにかく続けましょう。イメージを正しく伝えられるように』
『はいっ!』
そうして、やっと本格的な訓練が始まった。