第二夜[2]
「というわけで、今夜は宇宙まで飛んでみましょう」
「どんなわけ!?」
唐突に宣言された私は、思わず目がテンになった。
「唐突なのはわたしの方です。だいたい初日で杖をもらってくるなんて、どれだけ想定外だと思ってるんです?」
「……」
たしかに。言葉もなかった。
「もう実感しているようですが、杖の有無で状況は一変するんですよ。当然、カリキュラムも全面変更せざるをえないのです」
「そうなんだ」
「ええ、そうなんですよ」
「ところでちょっと質問なんだけど」
「?」
「なんで宇宙?技術面の訓練だけなら、わざわざ宇宙にいく必要ないよね?」
私がやるべきは力の制御であって、それ以上のものではないはず。
「最初期にやるべき制御の訓練が必要なくなったわけですからね。
次にやるべきは限界を知る事。
そして、非常時の対応訓練。違いますか?」
「……そうだけど」
「それに、できないよりはできたほうがいい。そうじゃないですか?」
「……それは、まぁ」
う、うーん。
できないよりは、できた方がいい。
確かに。
うん、確かにそのとおりなんだけど。
「それにですね……まぁ、あとは実際に行けばわかりますよ」
「?」
「いいから始めましょう」
というわけで、また昨夜のようにアヤのシミュレータ空間内でやると思ったのだけど。
でも。
「あれ?」
何を思ったのか、アヤはシミュレータを解除してしまった。
ここは元の部屋。つまり、アヤと私に割り振られたオン・ゲストロ本部の一室だった。
「訓練しないの?」
「しますよ。でもシミュレータでやるべき範疇を超えますから」
「範疇を超える?」
「ええ」
すました顔でアヤは言った。
「このシミュレータは、あくまで普通のドロイドやコアもちの人間レベルにあわせたものなので。
オリジナルの開発者である巫女ならもっと大きな力を受け止められるでしょうが、わたしでは無理なのです」
「それって、私が普通じゃないという事?」
「もちろん」
アヤはそう言うと、私の胸を指さした。
「魔導コアを搭載したドロイドというだけでも現状珍しいですが、その身体は本来、戦闘機体であるわたしの能力をある程度受け継いでるんですよ。あくまで、ある程度ですが」
「あ、そうか」
ソフィアは、アンドロイド……つまり人型はあくまで汎用個体といったけど、それは連邦だけの位置づけなんだっけ。つまり、同じ銀河でも連邦以外の国で生まれたアヤにそれは適用されない。
実際、当人いわくアヤは戦闘機体だったという。
ん?
ある程度?
「製造時点で組み込まれたものは受け継がれているようですが……コア自身の最大出力はわたしより小さいですよ」
「どのくらい?」
「計算上は、二の四乗分の一ですね。フルドライヴできる時間は限られますが」
「二の四乗分の一という事は……十六分の一?」
へぇ、そんなに小さいのか。
「一応言っておきますが、メルの出力が小さいのでなく、わたしの出力が大きすぎるんですよ」
「へ?そうなの?」
「ええ」
クスッと笑うアヤ。
「……」
その笑顔がなぜか、魔物じみた得体のしれないものに一瞬、見えた。
あわてて目をこすってもう一度見たら、元のアヤだった。
な、なんなんだ。
「……」
そんな私を見てアヤは、意味ありげにクスッと笑った。
「まずメルが内蔵しているコアですが、これはわたしの製造時に組み込まれていたものと同じものです。これは人間でいうところの遺伝情報に組み込まれているものですから、そのままメルにも引き継がれたのでしょう」
「うん」
「もちろん、銀河の人々に魔法呼ばわりされるほどに異質な文明圏の技術です。単純に比較できるものはないですし、また、できもしないでしょう。さて」
そういうとアヤは窓に手をかけた。
「『開け』」
そういうと、窓は大きく開いた。
「では続きは外で。実際にコアを使いながらお話する方がいいと思いますから」
「……うん。ていうか窓、開いたんだ」
「はい?ええ、そうですけど?」
昨日の今日であり、まるっきりの異星文明の建物。それにここ何階だっけ?
正直、窓が開くかどうかって事自体、今の今まで考えもしてなかった。
「これ、開けって言わないと開かないの?なんで?」
食堂ですら考えるだけで注文できたのに、なんで?
「正しくは、開閉部分に手を添えてキーワードを言わないと開かないようになってますね」
「そうなんだ。でも、なんで?」
「確認した事はないですけど……おそらくですが窓の場合、あまり簡単に開きすぎると良くないからじゃないかしら?」
「よくない?」
「かりに、考えるだけで触らずとも開くとしましょうか?
めったにない事ですけど、かりにセンサーが誤動作したらどうします?それともセキュリティをついて、悪意ある者が窓を開けようとしたら?」
「うわ……それは」
それはイヤすぎる。
「そこまで極端ではないにしてもです。思考だけで制御する場合、寝言や白昼夢、酩酊による思考の雑念を誤認する事があるって資料を読んだ事があります。
そしてその資料には、ただ思考するだけで動いてしまうのは問題があるものの一つとして窓や緊急出口等を挙げていましたね」
「……」
「だからこそ、触ったうえで心にイメージし、さらに声に出さないと開かないようにしてあるんじゃないでしょうか?」
「なるほど」
誤動作防止かぁ。
便利であるのはいい事だけど、便利すぎると危険をしょいこむ事にもなるか。
うん、元IT屋としては耳が痛い話だね。
「さぁ、いきましょう」
「はーい」
アヤにしたがって窓から出た。
そこは狭いながらもバルコニーのようになっていた。でも薄汚れているところからして、やっぱりあまり出入りするものではないんだと思う。
「『杖よ目覚めよ』」
唱えた次の瞬間、ちゃんと左手は杖を掴んでいた。
「普通に出しましたね」
「え?」
「初心者巫女だと、まずここで数日かかるんですけどね……やっぱり適性が高すぎる気がするわね」
あ、敬語切れた。
やっぱりアヤって、無理して敬語使ってないか?
「ねえアヤ」
「何でしょう?」
「アヤって敬語になったり素になったりするけど……別に素でいいんじゃないかな?」
「……」
ちょっと困ったような顔をして、アヤは私を見た。
「敬語は苦手なのです。どうしても時々おかしくなるのですが、気にしないでください」
「そうなんだ。でもどうして?」
「母国語であるキマルケ語に敬語がなかったからですよ。連邦公用語にもないですしね」
「へぇ……ああ、なるほど」
言われて気づいたけど、今、アヤは私と日本語で話している。
そうか。なまじ敬語のある言語で会話しているから問題が発生するわけか。
「じゃあ、ふたりっきりの時はキマルケ語で統一しようよ。どう?」
「いいのですか?万が一、第三者が聞いたら面白いことになりますよ?」
「面白いこと?」
どういう意味だろうかと思わず聞き返したら。
「ほら、地球の漫画にもあるじゃないですか。ふたりにしか通じない謎言語で『外界になんのようだ、髪め!』って言い合ったりするやつで。まわり人は首をかしげてましたよね?」
「いや、それ髪じゃなくて神だから。ヘアーじゃなくて神様ね」
「?」
てーか、なんで知ってるんだ?
「セイイチさんの電子本端末に入ってましたが?」
「え、あれネットなしでも見られるの?」
確かに、あれと『うしとら』はキン○ルで全巻持ってたけどさ。
「ネットがなくても問い合わせやダウンロードができないだけのようでしたが?」
「うそ。地球に端末置いてきちゃったよ……」
がっくりと膝をついた私に、クスクスとアヤが笑った。
「端末ごと電子化して取り込んでいますけど、いります?キ○ドルとGプレイブックスですが」
「両方お願いします是非!」
「即答ですか」
アヤはちょっぴり呆れたように苦笑したのだった。
いや、男の子なら愛と勇気の少年漫画は必須だろ。
現実はそんな単純じゃないってそりゃ知ってるけどさ。けどロマンはロマンなんだよ。
「男の子のロマンですか……そういえば魔法少女の漫画もありましたね。カードを使うやt」
「それもある意味ロマンだね」
最後まで言わせると色々とありそうだったので、遮らせてもらった。
「……」
いや、そんな呆れたような目で見ないでくださいよ。
ねえ。
なかなか飛び立ちませんが、次話では飛び立ちます。
ちなみに野沢誠一氏は電子本で愛読のシリーズ漫画をいくつか持っていました。
通信機能のない宇宙では読めないとあきらめていたようですが、アヤはデータ化して保存してあったようです。よかったね。