第二夜[1]
じいさんとの食事が終わった。
終わったと軽く流してしまっているのは、特に語るようなことがなかったから。学校での事を多少尋ねられたんだけど、それだけだった。
『順調のようじゃな。まぁ、ほどほどにな』
そういって目を細めるじいさんは、人種の違いもあって感情が読みにくかった。
「ある程度は把握しているのかもしれませんね」
「ある程度?」
「学校はオン・ゲストロ公営なんですよ。当然、情報伝達網もひとつではないでしょう」
「なるほど」
つまり油断はならないけど、今ここでどうのって話ではないってことか。
まぁ、私にはどのみちわからないし、どうしようもない話ではあるのだけど。
「まぁ、とりあえず追及がないのならメルはそれでいいでしょう。でも、くれぐれも気を付けて」
「りょうかい」
そういえばアヤって、言葉が丁寧になったりラフになったりするなぁ。どうしてだろ?
返事をしながら、私はそんな事を考えていたのだった。
そんなわけで、再びまた神殿みたいな場所。
うーん。
「なに?」
「いや、なんか採石場みたいだなって」
「?」
「あー、わかんないならいいの、うん」
日本特撮名物、戦闘シーンになると唐突に採石場ってやつ。
火薬とか炸裂させたり危険なシーンも撮るから、お休みの採石場を使ったらしいんだよね。特撮マニアじゃないから本当かどうか知らないし、今もやっているのかも知らないけど。
小さいころ見たライダーも、ハンチング帽のロボット刑事も、確かに採石場みたいなとこで戦ってたなぁ。まぁ、最近の新しい特撮とか見てないから、まだ採石場使っているのかは知らないけどね。
まぁ採石場はいい。
「それじゃあ今日の訓練を始めますけど」
そこまで言ったところでアヤは言葉を止めた。
「杖を使う事が前提になるのなら、カリキュラムを切り替えた方がいいでしょう。先日レベルの基礎的な調整はもう意味がないですから」
「え」
それはさすがにまずいんじゃないだろうか?
「杖がある事前提はいいけど、ない時に困るよ?」
「いいえ、困らないわ」
アヤは肩をすくめた。
「キマルケ式巫女にとって、杖と巫女は2つで一つなの。両者は強固に結び合うことでその威力を発揮するようになっていて、それこそ巫女が死亡するか他の杖と結び直すまでは、たとえ当の巫女本人が拒んだって離れる事はないの」
「でも、形あるものなんだから破壊される事だって当然あるわけでしょう?」
「言いたい事はわかるわ。でも無理じゃないかな?」
ふるふるとアヤは首をふった。
「杖には防御機能がついているの。強いものではないのだけど、今の世の中にはなかなか強力な防御がね」
「?」
「それは『運命を使いきって自壊するまでは、どんな外的要因でも破壊する事ができない』というものなの。これに逆らって破壊しようとすると、ことごとく妨害が入ってうまくいかないというものなんだけど。
これを破るには、要は対抗呪詛で防御の概念を崩せばいいんだけど」
「対抗呪詛て……なんか呪いでもかけてるみたい」
宇宙文明の世界で『呪い』とか。なんか勘弁してほしいんだけど。
でも、私のつぶやきを聞きつけたアヤは笑うだけだった。
「その認識は間違ってないわ。だってこれ、呪いという現象の機能を解析して編み出されたものだから」
「なにそれ」
呪いをひとつの現象と考えて原理を解析、応用したシステムってこと?
なんていうか。
原理を解析・応用ってあたりはちょっぴり科学的だけど、素材が『呪い』というのがまた何とも。
「まぁ細かいお話は置いておくとして。
ぶっちゃけた話、今の連邦やオン・ゲストロに、対抗呪詛なんて使える人間がいると思う?」
「いないと思う。まさかいるの?」
「いないわね」
ふるふるとアヤは首をふった。
「そりゃあ、呪いを解析してその原理を応用したり対処法を編み出すなんて、現在の銀河文明の人々に言わせれば未開文明の妄言としか受け取られないでしょう。わたしにだってそれはわかる。
でもね、存在する以上、それは絵空事じゃない。たとえ笑われようともね。
そして事実、巫女の杖にかかっている防御を破る事はできないってわけ。こんな理力の杖にかかっている概念なんて、ほんの軽いものなのにね」
「なるほど」
作られた当時は幼稚なものだったとしても。
それをいじれる専門家がいなくなっちゃったら、それは解析不能の超技術だもんね。
「話をもどすわね。
杖は奪えないし破壊できない。少なくとも今の時代の技術ではほぼ不可能って事までは理解できたかしら?少なくとも、その杖にかかっている術式が役目を終えるまではね。
だから問題ないのよ」
「せんせー、ひとつ質問」
「なあに?」
ちょっとおどけて質問してみたが、アヤは微笑んでそのまま応えてくれた。
「ちょっと物騒な質問だけどさ。
巫女が死ぬか他の杖と契約するまでは、杖は巫女から離れないっていったよね?」
「ええ、言ったけど?」
「じゃあ、たとえばさ。杖を手に入れたい者がいたとしたら、そいつは巫女を皆殺しにして杖だけ後で回収すればオッケーって事になるの?
だって巫女が死ねば契約は切れるんでしょう?」
「あー……」
そうきたかと言わんばかりにアヤがうなずいた。
「そもそも杖が欲しければ、神殿に杖くださいっていえばくれたんだけどね」
「え?それって言えばタダでくれたって事?」
「ええ。だって杖は巫女が使ってこその杖で、一般人が持っていたとしても百害あって一利なしってシロモノなのよ?
そんなもの、わざわざ欲しがる人なんていなかったし、いれば、それはどこかに巫女か巫女候補がいるってだけの話だもの。
だったら神殿は応じてくれたわよ?」
「そうなの?でもさ、たとえ実用価値がなくともコレクターとかいたんじゃない?」
「ないない。そういう認識じゃないんだって」
ふうむ。そこは異文化の産物ってことかな?
「でもそれはキマルケが健在だった時代の話だよね?今なら違うんじゃないの?」
「あー、そういうこと?でも……うーん」
ふむふむとアヤは少し考え込んでいたけど、やがてまた顔をあげた。
「無理だと思う」
「無理?なんで?」
「杖の契約システム上、巫女が死んだ時点で杖は再契約モードに入るの。
どうするかっていうと、杖自体に残っている力と巫女の遺体に残された力をとりまとめて、次の契約者の元に飛んで行っちゃうからね。自力で」
「自力で?」
「そ。だから殺して奪うっていうのは無理だと思う」
「……」
持ち主を殺したら、自力で次の人めがけて飛んでいく杖って。
なんていうか、やっぱりどこか気持ち悪いシステムだなぁ。
「それはいいから、そろそろ訓練を始めるわよ?」
「はーい」