きっかけ
「それじゃあ、何かあったら教えてね」
「はいアディル先生、ありがとうございました」
杖を与えられた私は、それを持ったまま見極めの部屋を後にした。
「……」
いや、いいんだけどさ。
現在の私の身長なんだけど、実はあまり大きくない。男とも女ともつかない身体って何度も言っているように、正直いっておこちゃまサイズなんだよね。メートル法で計ってないけど、せいぜい130センチ、いやそれもないかもしれないってレベル。日本なら小3女子くらいの身長じやないかな?
そんなサイズの子供が、一メートルそこそこもある杖を持っていたらどうなると思う?
そう。目立つんだこれが。
「……」
「……」
困った。
見極め用の建物は校舎本体とは別棟になっていた。で、昼食のために移動してきたのだけど。
「……」
「……」
さっきから、無言の視線が痛い。
この先生にきいた通り、この学校にはいろんな国の、いろんな種族の人たちが集まっている。だから当然、習慣なんかも違うみたいで、たまに服装なんかも異様な人がいたりするのだけど。
んー……こんな杖持って歩いてる子は、さすがにいないよねえ、やっぱり。
いや、かりに民族衣装にそういうものがあったとしてもさ、学校に持ってくるわけないよね。邪魔だもの。
「……」
うーむ、やっぱり目立つ。
あまり奇異の目で見られるのはどうかと思う。
といってもこれ、どこかに収納って……。
「……むう」
改めて杖を見るんだけど……これ、どこかに隠せるって気がしないんだよね。
ていうか、どこかに放置した結果、勝手に追いかけてきたりしたら怖すぎるし。
いや、そこ笑わないでくれ。なんていうか、そういう得体のしれない感じがするんだよコレ。
そんなことを考えつつ杖を見ていたんだけど。
「む?」
さっきも言ったけど、杖にはたくさんの文字がキマルケ語で刻まれている。わからない人にはただの模様に見えるみたいだけど、そこにはいろんな杖の使い方が書かれているみたいだ。
その中に、ちょっと興味深いものがあった。
「意識をそらせる?」
対象の認識をわずかにずらして、隠したいものを隠すらしい。
な、なんでそんな技術が書かれているんだ?
よく読むと『ご禁制の果物なんかを他国に持ち込んで食べるのにどうぞ』とか書いてあるし。
「……なんだこりゃ」
思えば、この杖は二千年以上も昔のもの。ここに書かれている使用法なんかもおそらく、当時の事情で書かれた当時のものなんだろう。
そんなところに、こんな悪事の方法をサラッと書いてあるなんて。しかも「食べるのにどうぞ」て。
もしかして、出先に好物を持ち込もうとしたら怒られた巫女さんとかいたのか?
……何やってたんだよ巫女さんたち。
「あはは」
なんか、宇宙の巫女とかいって大仰にかまえてたのがバカらしくなっちゃったな。
ん、まぁいい。
そんじゃまぁ、この意識をそらす方法とやらを試してみるか。
「えーと……ふんふん」
なんかよくわからないが『心の置き方』って書いてあるな。
アヤの話によると、コアの起動に必要なのは心のイメージらしい。きっとこの『心の置き方』っていうのはそっちの方法論なんだろうな。
書いてある通り『この杖を意識されたくない』というイメージを頭に浮かべる。
そして書かれている通りに口にしてみる。
「『誰もこの杖を見ない。見ても奇異に感じない』」
お。何か無形のエネルギーみたいなのが広がったっぽい。
そして、少し考えて歩き出してみたんだけど。
「……おお」
出会う人の目線が明らかに変わった。
私を認識している者はいるけど、杖に意識が向かないみたい。
すっげー、なんだこれ。
おもしろい!
今の今まで、私は自分の体内に謎のブツがあるというのを、まるで爆弾か何かのように感じていた。
でも、こうやって杖を使って正しく制御すれば、こんな事ができるわけか。
すごい!
この不思議な力があれば、きちんと使いこなせれば。
私はこの宇宙でも生きていけるんじゃないだろうか?
よし、もっといっぱい試すぞ!
そんな楽しげな気持ちで、私は歩き出した。
それが私の、驚天動地な第二の人生の本当のスタートになるなんて、気づく事もなく。
カリキュラムを改めて確認してみたけど、今日はお昼食べたらもう終わりみたいだった。
ここ、職業訓練校的なものでもあるんだよね?そんなのんびりペースで大丈夫なのかな?
悩みはしたけど、まぁとりあえずは食事だ。
それで食堂はどこにあるかって思ったんだけど。
「……ああ」
意識を向けると、人の流れがひとつの大きな部屋に向かっているのがわかる。
そしてその向こうは。
「調理器具。働く人たち。それから……おなかを空かせた人たち」
間違いない、食堂だ。
私は迷う事なく、そちらに足を向けた。
ここの食堂もオン・ゲストロ本部のそれと大差ない。やはりオーダーシステムがあって、ボタン操作でなく思考で使うスタイルだった。
ペーパーレスになった券売機と思えば、日本の食堂と大差ないのがなんとも不思議だった。
だけど。
似たようなものを食べて、似たような生活をしていて、似たような文明が発達しているのならば。
食堂のシステムまで似通っていたとしても、それは不思議じゃないのかもしれなかった。
もちろん見た目は全然違う。
あきらかに地球のコンクリとは異質なデザイン。サイケデリックなようでもあり、自然な感じのようでもあり……なんとも不思議な室内空間。
そんなフロアの中、猫、人、トカゲの顔をした『人々』が歩きまわっている。ある者はトレイをもって食事を受け取りにいき、ある者はテーブルで仲間と話しながら食事をしている。
もとい、ちょっと訂正。
猫、人、トカゲだけじゃなかった。よくよく見たら、もっと変わった人たちもいるみたい。犬というか、狼っぽい人も少しいるみたいだし、アルカインみたいだけど、よく見ると目が複眼っぽい人たちもいる。
異国情緒?
いや、どちらかというとこれは……アレだ。某スカイウォーカーな宇宙冒険ものの主人公が、宇宙酒場だか何だかで異様な姿の「人々」を前にヒビっているのに近いかも。
改めてこうしてみると、すごい。本当に宇宙文明にいるんだって納得できるね。
さてと、私は何を食べようか?
「よう」
「あら、えーと……ディッター君でよかったかしら?」
先刻、教室で助けてくれた赤アルダーくんだった。
ディッター君は「ん?」という顔をして一瞬、首をかしげていたけど。
「あー、先生か誰かに聞いたのか」
「ごめんね、名乗られてもないのに呼んじゃって。
それから、さっきはありがとう。助かった」
「いや、それはいい」
ちょっと困惑しているけど、不快な顔はしてないみたいだった。
「えっと、じゃあ改めて。
私の事はメルと呼んでください。こちらの親しい皆さんはそう呼びますから」
「親しい皆さんか。てーことは本名は違うってことか?」
「この身体、元々の姿じゃないので。元の名前だと違和感がひどいの」
「あー、そういうパターンか、なるほどなぁ」
ふむふむと納得したようにディッターくんはうなずいた。
「身体ごと交換したのか。大怪我でもしたのか?」
「殺されて再生されたの。でも地球には再生技術なんてなくて、居合わせたアヤ……ドロイドの子が再生してくれたのがこの体ってわけ」
「うわ……大変だったんだな」
そんな話をしつつも、私たちはメニューを選んだ。
「俺と同じでいいのか?」
「まだ宇宙にきたばかりだから。はっきりいって、どれがどんな味かも知らないの」
「ほほう。どんな感じに違うんだ?」
「形はそうでもないけど、色がすごいかな?」
皆が食べているのを見ると、形はともかく色彩的に食欲がわかないものもあるんだよね。
たとえば緑はまだいい。
群青色のフライドチキンとか、虹色のごはんとか。
鈍く光る青黒い野菜とか、毒の色って思えちゃってね。
「まぁ、異星生命っていっても環境が同じなら似たようなもんになるらしいからなぁ。食い物が似てても不思議はないわな」
ディッター君は肉食のようで、肉、肉、肉のものすごい定食をパクついている。
「タンパク質の構造が違ったり、栄養なのが毒だったりはしないのかしら?」
「そういう地域もあるらしいぜ。
ただ、ここにはあまりにも極端な地域の住民はいないんだよ。近くにタンザートって星系があって、そっちで色んな環境の人別に居住区を作ってるそうだよ」
「分かれてるの?なんで?」
「食い物もそうだけど、温度とか大気成分とか色々あるからな。
わかると思うけど、気密服を常時着て新鮮な空気を送ってもらわないといけない状況にわざわざ住む必要はないだろ?」
「……それはそうね」
そっか。そういう環境の人たちは別のところにいるってことか。
そりゃそっか。
全ての星の人が同じ環境で生活できるなら、これ以上便利な事はないと思うけど。
でも。
工夫と改良を繰り返せば海水魚のフグと淡水魚の金魚を同じ水槽で混泳させられるとしても、人間と金魚が同じ環境で普通に生きるのは無理だ。金魚を水槽にいれるか、人間が潜水服を着る事になってしまう。
どんなに技術が進んでも、そこまで変えるのは無理って事なんだろう。
「そう考えると、ここでこれだけの種族が一緒にいられるのって凄いことよね?」
いわゆる三大種族については聞いた。実際はそのほとんどがアルダー、つまりトカゲの人たちで、第二位の人間や第三位の猫はむしろ少数民族というべき数の差があるそうだけど、それでも彼らには共通する特徴がある。
すなわち、同じ空気を吸い、同じものを食べても全然平気だということ。
だけどここには、明らかにその三大種族から外れている人たちも、ちゃんといるみたいで。
「うーん……そう言われてみると確かに不思議だよなぁ」
「今まで考えた事なかったの?」
「いやぁ、周囲に圧倒されてて、なれたら今度は仕事の事で頭いっぱいでさ。そんなマクロ視点持ってなかったよ」
「そっか。そんなもんかもしれないね」
「だな」
ディッター君とそんな話をして盛り上がっていた時、その事件は起きた。
『うぐぉぉぉっ!』
「お、おい、サコン、サコン!しっかりしろサコン!」
なんか唐突に、頭の中に悲鳴みたいなのが響いて。
それから心配げな叫びが聞こえてきた。
「あら、なに?」
「よくわからないが、誰か倒れたみてぇだな」
「大変!」
私とディッター君は立ち上がり、見に行ってみた。
そこにいたのは、なんか異様な姿のイキモノだった。
クラゲともイソギンチャクともつかない、異様なイキモノだった。たくさん触手が出ていて、それがウニウニと力なく動いている。
な、なにこれ?
でも、見た目にも驚いたけど、それ以上に驚いたのは、こんな異様なイキモノがいるのに全然気づかなかった事だ。
どうしてだろう?
「カムノ族を見るのは、はじめてかい?」
「カムノ族?」
「彼の種族さ。あれでも古い種族でね、億年の昔から銀河文明の一員らしいよ」
「そうなんだ」
つまり知的種族ってことか。
ひとは見た目によらない……いや、ひとじゃなさそうだけども。
だってさ。
トカゲさんも猫さんも見たけど、みんな二本足で立っていたし腕も二本、要するに大きな視点にたてばヒューマノイドだったんだよ。
でも、このクラゲさんもどきは違う。
これは……完全無欠の非ヒューマノイド、つまり、どうしようもなく宇宙人……って、今はそんな時じゃないでしょう!?
「彼が何者かはわかった。で、どうしたのかしら?」
「わからない。何か問題があったみたいだけど」
ディッター君が首をかしげていたら、そこにいたトカゲさんのひとりが教えてくれた。
「もしかして、なんか毒になるもん食っちまったんじゃねえか?」
「毒?」
幸い、彼が食事していたテーブルらしきものは無事だった。
上に乗っているものを見て記録し、その画像情報のまま検索にかけてみた。
その結果は。
『ポロロンの酢の物』
ポロロンとはイダミジアの海産生物。柔らかくておいしく、大量に捕れるので食材によく使われる。
定番か。
毒性はどうかな?カムノ族が食べるとしたら?
『ポロロンの食材利用について』
おいしい食べ物であるが、アマルーが食べる事はあまりおすすめしない。アマルーの個体維持に必要な特定の栄養素を破壊するので、大量取得すると身体を壊し、最悪の場合は耳が落ちるなども異常事態となる。
また、カムノをはじめとする一部の種族で食中毒を誘発しやすいという報告もあるが、主要に水揚げされるイダミジアにはカムノ族がほとんどいないため、臨床データも存在しない。十分に注意が必要である。
「医療データがないって!?」
「なに!?」
ディッターだけでなく、周囲にいた人たちも目を剥いた。
「なんだメル、何を知ってる?」
「知ってるんじゃなくて今、検索かけたの。彼が食べたのってポロロンでしょう?」
「いやまて確認する。
おい!そいつが食べたのってポロロンで間違いないか?」
「間違いねえよ。珍味だから挑戦するって」
うわぁぁぁ、最悪!
「ポロロンってイダミジア固有種だから臨床データが足りないんだよ。でも過去のデータでカムノ族が食べて倒れたらしい情報があるって」
「なんだって!?」
周囲がみるみる騒然としてきた。
「まずいな。おい、誰か医療班呼んでくれ!」
「もう呼んだ!今の追加情報も流してる!」
おお、さすがに早い。
「でも、医療データがないなんていったら……」
「まずいな。非ヒューマノイドだから経緯もわからんし、最悪、体調が急変したら……」
な、なんか、むちゃくちゃまずい事になってきたんだけど?
思わず、杖に目を走らせた。
こんな時に使えるものはないかと思ったのだけど。
「医療に使えそうなもの……ないか」
せめて、苦しそうなのを鎮静させる事でもできればと思うのだけど。
どうやら、都合よく他人に癒やしを与えるような力はないらしい。
うーん、どうしたものかな。
でもその時、ふと思いだしたんだよね。
え、何をって?
そう。
大昔にテレビで見た、魔法少女アニメなんだけどね。
え、なんでこんな時にって?
いや、だってさ。
あのアニメは、大ヒット作とはいえなかったんだと思う。数あるアニメの中に埋もれちゃってたし、放送が終わるとすぐに忘れられたし。
だけどその魔法少女は……この場面に思い出すには、あまりにもピッタリだった。
だって彼女は……私が知るかぎりではたったひとりの『癒やし』の魔法少女だったから。
ああ。
もし私が彼女なら、食中毒なんて軽く治癒してしまえるだろうに。
そう。
もし彼女なら……。
そんな時だった。
「!?」
杖が唐突に、うっすらと光を発し始めたのは。
『なぞの魔法少女』
版権の都合上申し上げませんが、そもそも癒やしがメインコンセプトの魔法少女なんて、僕もたったひとりしか知りませんです、はい。