夢の邂逅
それが、いつかの夢の光景である事に気づくのには、少し時間がかかった。
ここは、どこだ?
アヤの見せるキマルケの景色にも少し似ていたけど、そんなものではないのはわかる。おそらくは今はもうない光景で、そしてとても古いものだという感じもした。
「いらっしゃい、まだ生まれていない可愛い来訪者さん?」
「!」
声をかけてきたのも、前に夢の中で出会った少女だった。
等身大の人形を想像してしまうような、突き抜けた美しさ。
銀の長い髪、そして灰色の瞳。
個人的にあまり地球では馴染みのない、でも同じアルカイン系人種の美少女。
「……いや、違う」
まったく同じ顔、同じ容姿。でも別人だと何故かわかった。
「違う?」
「きみには前にも夢の中で逢った事がある。でも、同じ顔と姿だったけど別の人だった」
「まぁ」
首をかしげる少女に事実を告げると、少女は楽しげに微笑んだ。
「私が妹たちの誰かと交代するって事かしら、未来に?……ふうん、そうなの」
そんなこと信じてないわと、そう言いたげな……そう、寂しげな微笑みだった。
と、そんな会話をしていると、少女がもうひとり現れた。
「姉さん、どうしたの?」
「六女、ここに入ってきてはダメと言ったでしょう?ここは長女を名乗る者しか入っちゃいけないのよ?」
「そんなの、お仕事の時間でもないのに、ここに入ってる姉さんがいけないんだわ。家族に心配させるんだもの」
「はいはい困った子ねえ」
クスクスと笑いあう姉妹。仲がいいと誰の目にもわかる姿だった。
いや、だけど、それはそれとして。
「……ああ、きみだ」
「え?」
どうしてかわからないけど、私の中で確信があった。
この子だ。
前に夢の中で出会ったのは、たぶんこの妹さんの方。
そして、たぶん……。
「きみに以前、夢の中で逢ったんだ。でもたぶん、今のきみじゃない」
「え?え?」
「まぁ」
お姉さんらしき方が私と妹を見比べて、あらあら、まぁまぁと楽しげに微笑んだ。
「じゃあ、どういう経緯かしらないけど、あなたたちは未来に出会うって事なのね。六女、どう?」
「どうって言われても……ちょっと待って姉さん」
妹さんの方が私を、厳しい目でじーっとみつめた。
そして。
「……ほんとうみたい。わたし、未来にこの子と出会ってるみたい。でも」
「でも?」
「どうして、これ……わたしが六女でなく長女になってるってどういうこと?姉さんはどうなるの?」
「落ち着きなさい六女。長女交代したからって私が死んだと決まったわけじゃないわ。
それに、私たち姉妹が六女ひとり残して全員消えるなんて、そんな異常事態がそうそう起きると思う?」
「……でも、長女交代が起きて、そしてわたしが長女になるって事は」
むむ?
よくわからないけど、彼女たちにとって長女というのは何かの役職なのかな?
いや、違うか。
そう……この子たちはたぶん、本来はひとりなんだ。
メヌーサとかってのはたぶん何かの役職名なわけで。
何人いるのか知らないけど……おそらく次女以下は長女のスペアって扱いなんじゃないか?
ひどい話だった。
ひどい話だけど、何かの社会的な役割と考えると不思議ではない。
代表者っていうのは、つまりそういうことだ。欠ける事が許されない立場ってことなんだろう。
「あら」
そんなことを考えていたら、ふたりは私の何かに気づいたらしい。
「この子もしかして、わたしたちに気づいたの?」
「え、まさか」
「でも姉さんみて。存在がさっきより強くなってる。こちらの認識が強くなったってことでしょう?」
「それって……まさか、たった今この瞬間にも成長しているってこと?」
「すっごい霊的体質ねえ。どっかのかけだし巫女かな?……あ、杖持ちだこの子」
「杖使い?じゃあキマルケの子?」
「うわ、でもこれ理力の杖だよ?」
「え?」
「理力の杖って初心者向けでアクセスしやすいけど、増幅能力なんてもってないんでしょう?
そんなもので場所も、時も越えてここまで接続してくるなんて……どんだけ領域外の怪物よこの子?」
「あらぁ……六女、あなた、とんでもない子とお友達なのねえ。いえ違った、これからお友達になるのかしらね?」
「姉さん、それ笑えないんだけど」
わけがわからない会話だった。
だけど、少しだけわかる事もあった。
つまり……ふたりは姉妹のようだけど、彼女たちにとって私は、本来はまだ出会うはずのない存在だという事。
だけど。でも。
ああ、なぜかわかる。
私はおそらく、いつかこのふたりに……それぞれ出会う時がくるんだ。
「まぁ、杖使いがここまで来たってことは……キマルケにも顔を出しておけという事なんでしょうね。一度都合つけて行ってみるのも悪く無いかもね」
「本気?あそこっていま鎖国中でしょう?」
「別に今日明日とは言わないわよ。縁があったらってこと。
たぶんだけど、その時がきたらキマルケ来訪の話が出ると思うわ……私でなく六女、あなたの代かもだけどね」
「姉さん、さらっと縁起でもないこといわないで」
「うふふ」
仲良し姉妹の会話。
いつしかその声はだんだんと遠ざかり。
そして、ゆっくりと現実が戻ってきた。
「……メルどう?何か感じる?」
「あー……」
気がつくと、そこはアディル先生の空間だった。
夢を見ていたような重い頭をふり、自分の見たものをゆっくりと反芻する。そして分析していく。
「あー……人に会いました。銀色の髪と灰色の瞳の女の子」
「え?」
アディル先生が、なにそれと言わんばかりに首をかしげた。
「知ってる人の映像を見るとか、何かを知覚したってこと?」
「知ってる人じゃないですね。たぶんこれから会うんでしょうけど、まだ今のところは知らない人のはずです」
「……あらら」
私の言葉をきいたアディル先生が、異種族の私の目にもわかるほどハッキリと引いていた。
「先生?」
「まぁ……まさかと思ったけど、ここまで教えてもらった通りだなんて」
「え?」
どういうことだろう?
「メル、あなた自分が何を言ったのか理解してる?
あなたは意識を飛ばして何かと出会ったのよ。そしてその人にこの先出会うって未来のことを、明日のお天気を告げるよりも簡単に……つまり規定事項のように話したの。
これが何を意味するか知ってる?」
「……すみません、わかりません」
ふうっと、アディル先生はためいきをついた。
「この杖は理力の杖という名だけど、別名を選定の杖というの。素質のあるキマルケ人にこれを持たせると、本人が望む、望まないにかかわらずその才能を調べ、巫女に向く体質なら問答無用でその才覚を発現させるという代物でね」
「……なんですかその危険物」
問答無用で才覚を発現とか、望む望まないにかかわらずとか。
なんでそんな、やばいものが普通に伝わってるのかな?
私が変な顔をしているのがわかったのか、アディル先生が補足してきた。
「それはキマルケという星の事を知るとわかりやすいわね」
「星のこと、ですか?」
「ええ」
アディル先生は微笑むと、少し説明してくれた。
「キマルケという星はね、過去に少なくとも二度は、惑星上のほとんど全生命が滅亡した事のある星なの。最後のキマルケ人は漂着した難破船の子孫で、彼らは有毒な大気、毒々しい生態系、そして資源という資源の枯渇した世界で生き延びる事を余儀なくされたんですって」
「よくそんな星で生き延びられましたね」
「普通は無理でしょうね。コアもちが現れ、空気や水、食料を安全に得る手段が確立しなければ、おそらく文明にならずに死に絶えた事でしょう。よくある事ですけどね」
「……キマルケって普通と違う文明の星って聞いてますけど、そんないきさつがあったんですか」
想像してみる。
地球で、地下資源という地下資源を掘り尽くしたあげく、毒を撒き散らして人類がいなくなった未来。
そんな世界に、どこからか見知らぬ星の宇宙船が漂着。生き残りの人たちが、わずかに残る安全な食料や空気、水を探しまわるんだ。
それは、いったいどんな地獄だろう?
「彼らの巫女がやっていたのは緑化に関するものだったそうよ。これは推測ではなくて、その儀式が『ル・ファール』と呼ばれていた事も含めて、いろいろな事が判明しているの。
事実、キマルケは緑化や汚染の浄化に関してはエキスパートでね、その腕を買われて遠くの星まで赴いて、そこを救った記録もたくさん残されているのよ」
「へぇ……本当に星を救った記録があるんですか?」
聞いた限りだと、キマルケって機械文明がないんだよね。
アヤだって、確かにキマルケ生まれでキマルケの技術が盛大に使われているけど、土台となってる身体の構築そのものは普通の銀河の技術が使われたって話で、だからこそ銀河の有機ドロイド用の保守設備や人間用ドックが普通に使えるんだって話もきいた。
そんな星の、しかも巫女さんが……よその星を救っただって?
なんだそれって思っていたら、予想もしなかった名前を先生が言い出したので、また驚いた。
「ガレオン族ってご存知かしら?男は狼、女は獣耳の人間っていう風変わりな姿で有名な種族だけど」
「え?」