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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第二日『銀河文明の学び舎にて』
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閑話・姉弟

 メルと話をした後、ソフィアは一度この星を離れる事になった。

 窓の外、歩いて行くふたりをじっと見つつ、ソフィアはためいきをついた。

「学校まで歩いて行くつもりかしら?」

「調子を見ながらいくんじゃろう。走れそうなら走り、ダメなら別の方法での」

「訓練がてらってこと?」

「そうじゃ」

 なるほどとソフィアはうなずいた。

「今月中にもまた様子見に戻ってくるけど……おじいさま、誠一さんをお願いね?」

「わかっておる。

 お嬢はそれよりも自分の事を優先したほうがよいぞ。イーガの若造との婚儀も近かろう?」

「ルシードとは昨夜ちょっと話したわ。

 それでなんだけど、私、アヤをイーガに連れて行きたいのよね。多少くせがあるみたいだけど、あれだけ有能なドロイド秘書なんてまずいないもの。資料としても未解明の部分が多すぎるし」

「メル嬢にずっと貼り付けておくのは、いくらなんでももったいないと?」

「ええ」

 ふむ、とルド翁は首をかしげた。

「じゃが、ちとそれは面倒事の元になるかもしれんぞ?」

「どういうこと?」

「気づいておらんのか?メル嬢はアヤに懸想(けそう)しておるんじゃが?」

「ええ、お気に入り(・・・・・)みたいね。でも悪いけど、あんな希少なドロイドを彼に預けっきりにする事はできないわ。データもとりたいし」

「……」

 ルド翁は、しずかにためいきをついた。

「わかって言っておるな?あれはお気に入りというより、男と女のそれじゃろう?」

「ええ、でも強さとしては淡いものだし……それに相手はドロイドよ?あれで中身は成人男性なんだし、引き離せばすぐ醒めると思うのだけど?」

「そう考えておるのか……まぁよい、一応じゃが忠告はしたぞ?」

「えっと、おじいさま?」

 老人の反応に不審なものを感じたのか、ソフィアは眉をしかめた。

「わしには何とも言えんよ。

 じゃが……もし、わしがお嬢の立場なら、アヤをメル嬢から引き離すのは当分避けるがの」

「……何か掴んでいる情報があるの?」

 ソフィアの顔が、孫娘から政治家のそれになった。

 

 

 二人の関係が始まったのは、銀河の時間でも二十年近く前にさかのぼる。

 ソフィアがはじめてソクラスを駆って訪れた星系。そこでソフィアはふたつの星間国家の争いと、それに介入すべきかと悩み、しかし介入の決め手を欠いているひとりの老アルダーに出会った。

 それがルド翁だった。

 ソフィアは事情を聞いた。

 そして『アルカイン議長の娘』である自分自身を餌にする事を思いつき、ルド翁に提案したのである。

 

 驚いたのはルド翁。

 彼にとってソフィアはあくまで『王族船でさまよってきた家出娘』であった。要するにただの拾い物であり、保護して連邦に送り届けさせ、せいぜいなんらかの政治的譲歩を引き出そうとか、そのくらいのつもりだったのだ。

 にもかかわらず、自分自身を餌にして目の前の戦乱を収めるという、とんでもないアイデアを提示してきた。

 それは、決して最良の案ではない。

 しかし興味深いし、一石を投じるという意味では面白い考えではあった。

 

 ……おもしろい。

 

 ルド翁はその手にのり、そして結果として両国の星間戦争は止まる事になった。

 そればかりか。

 たった四歳のソフィアがそれをおさめた事は、あまりにもセンセーショナルで。

 彼女を補佐したのが連邦でなくオン・ゲストロのルド翁である事も含め、それが広く銀河に広まる事にもなった。

 

 そう。

 この事件こそ『ソクラスのソフィア』、ソフィア嬢がただの王女でなく、銀河の有名人になった最初の事件でもあった。

 

 それ以来、ふたりはおじいさま、孫よと呼び合う仲となったわけだ。

 

 

「掴んでいる情報となると、それは特にないのう」

「本当に?」

 うむ、とルド翁は静かにうなずいた。

「ただ、言ったであろう?アヤは連邦のものでなく、そしてオン・ゲストロのものでもない。

 あれは今でもなお、キマルケ国王の元に従っており、その命令で動いているのだと」

「二千年前に亡くなっているのよね?その内容は?命令を上書きする方法はないのかしら?」

「存命する関係者なら可能じゃろうな」

「存命って……」

 ソフィアは絶句した。

「おじいさま、いくらなんでも人は二千年生きられないわよ?」

「ふむ、そうじゃな。アンチエイジング効果のある食事と進んだ医療を駆使したところで千年がせいぜいじゃったな」

「じゃったなって……私が言うのもなんですけど、おじいさまだって若くはないのでしょう?まぁ、お歳をうかがった事なんてありませんけれど」

「ふふ、そうじゃな。わしらはいわば戦友たるもの。先輩後輩はあってもそれ以上の違いはない。そうじゃったな?」

「おじいさま。そんな昔のことを」

「お嬢らしくてよいではないか、ん?」

 クスクス、はははと笑い合う二名。

「で、それでおじいさま?」

 ウソは許さない、と言わんばかりにルド翁の顔を見るソフィア。

 それに対する老人は涼しい顔で、しかし穏やかな目で言った。

「少なくとも、今のところは何もないのう。これは事実じゃ」

「今のところ、かぁ」

 ウーンと唸るソフィア。

「じゃあ聞くけど、おじいさま。この件が動く可能性がある勢力に心当たりはある?」

「あるぞ」

「あるの!?」

 肯定的な返事を期待してなかったのだろう。ソフィアは目を剥いた。

「ど、どこが動くって?」

「こら落ち着け、あくまで推測じゃよ現時点ではな」

「う、うん……で?」

「うむ、動くならばエリダヌス関係のどこかじゃな」

「……へ?」

 ソフィアはポカーンとて顔でルド翁の顔を見た。

「なんでエリダヌス勢力が?しかも今ごろ?」

「さてな、その先はわしにもわからぬ。正直わしの方が知りたい気分じゃよ。しかし、これだけは言えるじゃろう」

 そういうと、老人は孫娘の前に顔を乗り出した。

「アヤじゃ。おそらくはアヤにかけられた命令、あるいは仕掛けかの。そこに何かの要因があると思っておる」

「……そう」

 ソフィアは少し考え、そして言った。

「だったらおじいさま、なおさらアヤは連れて行くわ」

「ほう?」

「その者たちの目的が何であれ、動くとしたらアヤにアクションをかけてくるはずよね?

 だったら、彼らの手の届かないイーガに連れて行った方がいいじゃないの。違う?」

「なるほど……それもそうか」

 ふむふむとルド翁は頷いた。

 

 

 ソフィアが立ち去ったことを確認すると、ルド翁はためいきをついた。

「まだまだ青いのうお嬢、合格点はやれぬぞ?」

 クスクスと楽しげに笑い出した。

「まぁでも、不肖という言葉はそろそろ撤回じゃな。危うく喋ってしまうところじゃった」

 そういうと、デスクをパッパッと操作を始めた。

 デスク上の空間に情報ウインドウのようなものが開き、それが次々に切り替わっていく。

 そしてしばらくして、映像はとある星系にある小さなパブのようなものを映しだした。

『はいこちらルードヴィッヒ・パブ。まだ営業時間には早いっすけど?』

「わしじゃ、コーダマ。息災だったかの?」

『うお、る、ルド様!?』

 映像の向こうで、店の掃除をしていたらしい男が派手にひっくり返った。

『こ、こここここちらに何か、ああああありましたんで?』

「そんなに怯えずともよかろう、ただの人探しじゃよ。それともそなた、また何かやらかしておるのか?」

『め、めめめ滅相もない!』

 どうやら盛大にやらかしているようだ。

 ルド翁は苦笑すると話を続けようとした。

「まぁよい、落ち着け。別に責めとりゃせんわ」

『は、はあ』

「それより問題の人探しじゃ。わしの情報によれば、お主のいるあたりで目撃情報があるんじゃが、もしやそなたの情報網にかかっとらんかと思ってな。何か知らんか──!?」

 しかし、そこでルド翁のセリフは止まってしまった。

「……」

 映像越しのルドの視界の向こう。

 店内の長椅子のようなところに、毛布のかたまりのようなものがあった。

『……ン』

 それが、かわいらしい声を出したかと思うと、白い手や銀の髪がぽろりとこぼれた。

『おや、起こしちまったかい?』

『あ、うん。……なんか懐かしい声がして……』

 毛布の中から、映像ごしにも美少女といっていい顔が現れた。

 それを見たルド翁の顔が、驚きにそまった。

「も、もしや……姉ちゃん、姉ちゃんかい?」

 ルド翁の目が開かれ、口からはまるで少年のような口調が飛び出した。

 そしてその言葉に映像の向こうの少女も反応した。

『え……まさかルドくんなの?やだ、ひさしぶりー!』

 そんな、のほほんとした会話が始まろうとしていた。


懸想(けそう)する→恋する事の古い言い方。


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