学校
高速を降りてロータリーのようなところを抜けると、すぐそばにその学校はあった。
え?どうして学校とわかったかって?
塀に囲われた、切り取られた広い施設。
なんか運動場っぽいのと、それからたくさんの部屋のある大きな建物。
そんでもって、門と思われるところにご丁寧に名前まであった。
ンルーダル公立学院。
「なんか、地球のどこかの国の学校にきたみたいだなぁ」
「そう?」
「文字が違うから日本のとは違うと思うんだけど……なんでこうも違和感がないんだろ?」
少なくとも、遠目にはすごく日本の学校に近い。
「ここ、基本は教室で多数の生徒に教えるっていうスタイルだから。それで似てるのかも。日本の学校も同じでしょう?」
「そうだけど……という事は違う学校もあるの?」
「個性を伸ばす事にとことん特化してる学校だと、全然変わってくるそうね。わたしはよく知らないけど」
「へぇ……」
じゃあ、どうしてこの学校は日本みたいなスタイルをとっているんだろう?
「あー、それは」
アヤが説明してくれようとしたところで、別の声が割って入った。
「それは、ここで迎え入れてる生徒の大多数が、銀河文明を知らない未開地から来た人だからです」
「!」
振り向くと、そこには白いトカゲの人がいた。
おー。これって白アルダーって種族だっけ。
アルダー人は銀河の筆頭種族だけど、最も多いのは青アルダーで、他にも黒アルダーや赤アルダーなど数種類いるらしい。で、最も珍しいのがこの白アルダーなんだとか。
ちなみに、他のアルダーの顔を恐竜にたとえるなら、この白アルダーさんは赤目の白蛇。どこなく魔物チックな姿だなと思う。神殿とかにいたら似合いそう。
ああ、うん。
思わず、気がついたら頭をさげていた。
「メル?」
不思議そうな顔をするアヤ。
でも、私も自分自身の行動の意味がつかめない。
説明できないのでどうしようかと思っていたら、目の前の白アルダーさんがスッと目を細めた。
「ずいぶんと強い力ね。でも、まだ未熟で制御が不完全で」
「!?」
アヤが警戒態勢をとった。
えっと、またワケがわからないんですけど?
「問題ありません、私はこの学校の教員であり、怪しい者ではないですから」
「責任者?」
「ええ」
そういうと、私の脳裏にポンと名前と簡単な情報が出た。
『アディル・エッジ』基礎訓練科教師
ンルーダル公立学院の教師で、フォーロラ星域という銀河でもかなりの田舎の出身。彼女自身もこの学校の卒業生である。種族は白アルダー系。
故郷では彼女の一族は、代々宗教上の祭祀をしていた。アルダーでは珍しい魔導コアもち。
その性格上、魔導コアもちの生徒を預かる事が多い。
「アルダーでコアもち、ですか?」
情報を見たんだろう。アヤが驚いたような顔をしていた。
「もともとコアもち自体が、変な伝説や風評被害の元になるくらい珍しいんでしょう?今更じゃないかしら?」
「そうね」
少し考えて、そしてアヤも答えた。
「話を戻します。
この学校が古い学習スタイルをとっているのは、わざと『多種族世界』を再現するためなんですよ」
「多種族世界の再現?」
「はい」
白蜥蜴……アディルさんは、大きくうなずいた。
「ここに来る方の大多数は、多種族が混在する銀河文明の社会なんて知らないんです。
ゆえに、銀河文明になじませる意味もかねて、意図的に多種族混在型の箱庭を作成した、というわけです」
「なるほど……学校生活そのものが、銀河文明の縮図になってるってわけか」
「はい」
それはまた。
ことの是非はともかく、理解できる考え方ではある。
「あとは、人材の見極めにも有効ではありますね。
人にはいろいろな才があります。単独で大きな能力を発揮する人もいれば、多くの人の中でこそその能力を活かせる人もいるのですから」
「なるほど」
確かに納得のいく話だった。
あえて多種族混在にさせているというのなら、おそらくはそのために起きる問題への対処もカリキュラムの一部だったり、見極めの要素になったりしているのだろう。
さすがだなと思った。
「では改めて、アディル先生でよろしいですか?
彼女はメル、つい昨日にこの星についたばかりで、その前は宇宙文明すら全くもたない辺境の小さな星で生活しておりました。もちろん銀河文明に関する知識もほとんど持ちません。そして、おわかりになると思いますがコアもちです」
「ええわかります。連絡はいただいておりますから」
「連絡ずみ?」
「はい」
アヤの返答に、アディルさん……先生が続けた。
「コアもちの方の指導は、おなじくコアもちでないと難しい部分があるのです。ですので私が指名されます」
「そうですか」
アヤは少し警戒を残していたけど、やがて納得したようだった。
「それでは、お願いいたします」
「はい、任されました」
そしてアヤは私の方を見て言った。
「メル。道は覚えましたね?」
「あー、うん」
ちょっと自信ないけどな。
「どうしてもダメなら連絡してください。初日ですし」
「うん、ありがとう」
「それでは」
それだけ言った次の瞬間だった。
アヤの身体が一瞬、ビュッと何かの映像のようにブレたかと思うと、ざあっと風が吹いた。
「!」
その風に目をふせて逆らい、再び顔をあげた時、もうアヤはいなかった。
私が状況に対応しきれずにいると、アディル先生がつぶやいた。
「あれが、うわさに聞くキマルケの落とし子。さすが魔王の異名をもつだけの事はありますね」
「え?」
魔王?
「どういう意味ですか?」
思わず質問していた。
「ご存じないのね。
連邦関係では公式情報ではないと相手にしてないそうだけど、かつてキマルケ王国があった近郊のエリアでは有名よ彼女。まぁ、変に恐れられるあまり、実態のない都市伝説みたいになっちゃっているのだけど」
「そうなんですか」
しかし魔王だって?
いったい、何をやらかしたらそんな名前で有名になるんだ?
「先生は何かご存知なんですか?その、アヤがそんな名前で知られている事情について」
「まぁ、うわさ話程度ならね」
少し首を傾け、アディル先生は言った。
「だけど噂は噂だし、実際どうだったかも知りようがないの。記録もなければ関係者もいないもの。
何があったかは、彼女本人にあなたが尋ねてみるのが一番いいと思いますよ?」
「そうですか……そうですね」
噂は噂にすぎない。つまり話半分ってことだ。
当事者が生き残っているのなら、まずは当事者に話をきくことだと。
うん、確かにそのとおりだった。
「わかりました先生、ありがとうございます。
あと申し遅れましたが、私が新入生希望のメルです。よろしくお願いします」
「はい、では私も改めて。アディル・エッジです。よろしくねメルちゃん」
「……」
め、メルちゃんって……。
「どうしたのメルちゃん?」
「いえ、あの、ちゃんづけはちょっと」
男扱いしてくれとまでは言えないかもだけど、ちゃんづけは勘弁してほしかった。
だけど。
「どうして?とてもよく似合う呼び方だと思うけど?」
「……」
ルドじいさんに言われた言葉が、脳裏に蘇った。
「性別がよくわからない相手に呼びかけるときは外見で判断する、でしたっけ?」
「ええそう。そして付け加えるなら、自分と違う性別で呼ばれたからっていちいち怒らないって意味でもあるわね」
「?」
「だって、いろんな種族がいるのよ?
ある種族から見て成人男性に見えても、ある種族から見たら女の子に見える事だって実際にあるの。そして、それらの民族的な差異まで考慮して最初から呼び分けるなんて無理。そうでしょう?」
「……そうですね。そんなのでいちいち怒ってたら、どことも仲良くできないですね」
「ええ、そういうことよ」
よくできました、と言わんばかりにアディル先生は笑った。
「さ、いきましょうメルちゃん。
学校案内の資料なんかもあげるけど、もうすぐ授業のはじまりですからね。細かい話は後でするとして、まずは先にクラスに案内しましょう」
「はい、アディル先生」
先生に案内され、私は学校の中に入っていった。