ドロイド式登校風景(1)
食事や話し合いの時間が終わり、私は学校へ行く事になった。
「それじゃ、いってきます」
「いってらっしゃいませ」
当たり前だけど、見送ってくれているのは受付のお姉さん。ちなみに人間でなくドロイドらしい。
ありがとーと手をふると、お姉さんはなぜか嬉しそうだった……アルダーだからトカゲさんだけどね。
うん。
なれない土地でああいう温かい応対は、たとえお仕事であっても嬉しいもんだね。
「いい人が多いなぁ」
「そうですか?」
オン・ゲストロ中央本部ビルから出て、なぜか砂利の道路をテクテク歩き出していた。
ふむ、工事中なのかな?
ある程度ビルから離れたところで、アヤは唐突にこんなことを言い出した。
「いい人、ですか。別にわたしには普通に思えましたけど?」
「だってさ、こんな得体のしれないお」
「お?」
「……私なんかに優しく応対してくれるわけで」
あぶない。俺って言いそうになった。
「優しく?……ああ、もしかしてそういう事ですか」
私のなんか浮かれた気持ちに、アヤは冷静に水をさしてきた。
「皆さん親切なのは同意します。でもメルはひとつだけ間違えています」
「え?」
「いい人、という表現は銀河的には少しだけ問題があります。なぜなら、メルに特に親切にしてくれた者たちは、そのほとんどがドロイドですから。人間ではないのです」
「え、そうなの?」
「はい」
アヤは普通にそう言った。
思えば昨夜から、いろんな人に親切にされた。
廊下を歩いてて出会った職員の人から、今の受付のお姉さんまで。
そのほとんどが、人間ではない?
「もちろん、人間の方が不親切にしているわけではありませんよ。
でも、見知らぬ異星からくる新参者は結構いますからね。ルド様の目にとまり、ソフィア様に連れてこられたという意味で注目される事はあっても、それ以上に珍しい存在ではないんですよね」
「なるほど」
立場的に親切にしてくれる事はあっても、それ以上ではないってか。
むう、宇宙にもいろいろあるんだなぁ。
「あれ、でも、だったらドロイドな人たちはどうして親切にしてくれるの?」
「たぶんですが……わたしがいるからかもしれません」
「え?」
どういう事だろう?
その質問をしようとしたところで、アヤが「ちょっとまって」と言った。
「なに?」
「メル、現在位置を把握できますか?通信能力を使う方法ですが」
「現在位置?」
GPSみたいなもんか?
「意識すれば使えるはずです。やってみてください」
「う、うん。ちょっとまって」
言われたように意識してみた。
すると。
「お、でた」
現在位置は、オン・ゲストロ本部前からちょっと外れた路上になってる。
イメージとしては、地球のネットの地図サービスにも似ている。ただし立体的なもので、どちらかというと、とあるアニメ映画にもなったネットとサイボーグものの近未来SF作品に出てくる地図に近いと思う。
こりゃすごい。
まるでオーバーテクノロジーだ……って、そのオーバーテクノロジーの世界だったな、うん。
いやそこ、苦笑しないでくれ。
なんていうかね、いまいち自覚がないんだよな。
だって、異国語かもしれないけど会話できるだろ?
そして、そりゃあ軌道エレベータみたいな規格外の建造物もあるけど、町とかクルマとかはまぁ、普通に考えられる範囲の『異国情緒』の範疇を出ないんだよね。
確かにトカゲな人とか猫な人はいるみたいだけど……でもね。
なんていうか、本当にここは太陽系から千光年とか、遠くはなれている星なのかって思っちゃうんだよ。
「現在位置の把握は全ての基本です。常に意識のどこかにとどめておいてください」
「あ、うん。とどめておくだけでいいの?」
「意識していれば、現在位置は常にわかりますから」
それはすごい。頭の中に高性能のGPSがあるも同然ってわけか。
もしかしてこれ、チートキターってやつか?
「ちなみに、大抵のドロイドが持っている基本能力です。お仕事中に迷いましたじゃ話になりませんから」
「お、おう」
基本機能でしたか。
あ、うん。だろうなとは思ったんだけどね。
でもさ、アヤさん?
なんでこう「チートと思ってた?思ってた?ねえねえ?」みたいなドヤ顔なんですかね?
どうも、その。
なんかこう、いじられてるっぽい感がすごいんですが?
「……」
アヤは何も言わない。
だけど、その微笑みがなんだか「おまえは楽しいおもちゃ」と言っているように思えてならなかった……。
ぐぐ……いい歳こいて、娘かって年代の女の子におもちゃ扱いとは。
いやま、確かに男とも女ともつかないお子様の姿だけどさ。中身は大人なんだぞこれでも一応。
一応……たぶん。
「メル、ちなみにわたしは二千歳越えてますので。たとえ誠一さんのままだったとしてもわたしが上ですよ?」
「う……」
そういやそうだった。
アヤが作られた国って、二千年だか昔になくなってるんだっけ。
「だいたい、地球で何十歳なのか知りませんけど、アルカイン族の銀河における平均寿命は千年そこそこなわけで」
「……はい?」
せ、千年?
なにそれ?
人生観から何から、まとめてひっくり返りそうな話を今、聞いちまったんですが?
「話を戻しますけど、現在位置を把握しつつ移動をはじめます」
「あ、はい」
アヤの口調でわかった。要するに訓練しながら行くって事らしい。
「最初は歩くだけですけど、徐々にペースをあげていきます。途中、急に身体が軽くなると思いますので注意してください」
「えっと、身体が軽くなるって……」
なにそれと言おうと思ったんだけど、すぐに気づいた。
「それはつまり……魔導コアってやつが動く瞬間てこと?」
「はい、そうです」
よくできましたと言わんばかりにアヤが微笑んだ。
「よくわからないけど、過給器が回り出すようなものかな?」
「ちょっと違いますが似たようなものです」
「ちょっと違う?」
「ただパワーを上げるだけだと身体強度がついてこないので、強化とセットになっているんです」
「なるほど」
細かいところは自動的にフォローするって事か。
なるほど、どうにも得体のしれないユニットって印象があるけど、過給器みたいなイメージなら別に変じゃないね。しかも細かいところは制御できるらしいし。
魔導なんて表現をするから、なんか荒唐無稽なものに聞こえてしまうんだよな。
「ねえアヤ」
「はい?」
「むかし読んだ漫画の主人公がさ、『非科学』っていうのはおかしい。まだ科学的に証明されていないのなら、それは『未科学』というべきだって言い切る話を読んだ事があるんだよね」
「……」
それがどうしたの、とはアヤは言わなかった。
「よくわからないけど、魔導コアって、その『未科学』なんじゃないかって思うんだけど」
「……そうですね、その意見は正しいと思います。
そして、得体のしれないものでなく、論理的に動くシステムだと認識する事は、制御の第一歩だと思います」
「うん。ありがとう」
「いえ」
こくりとアヤはうなずいた。
さ、歩きますよと無言でうながされ、私たちは歩き出した。
最初は簡単だと思っていた。
だけど、少しずつペースをあげていくと、唐突にググッとペースがあがる。
「っと、てぇっ!」
つんのめりそうになったり、ふっとびそうになったり。これは忙しい。
「コアを制御するんです。単に強さをいじるだけですから、今のメルでも簡単なはずですよ」
「む……」
そう言われると、意地でもやらざるを得なくなる。
突然だけど、ちょっと昔の話をする。
声楽にハマってる知人がいて、そいつのネタふりで「裏声で『かえるのうた』を歌えるか」って話になった事があった。
裏声って簡単にいうけど、裏声で音階を外さず歌うのって実は結構難しい。習得の難易度として、金管楽器用のマウスピースだけで自由に演奏する技術にたとえる人もいるくらいなんだけど。
しかし、まんまと乗せられちゃってムキになって、実際に一年以上かけて練習した事がある。
結果論からいうと、宴会の余興で「歌のお姐さん(ただし中の人はおっさん)」ができる程度にはなったと思う。
まぁ、その頃にはそもそも、仕事先で飲み会にいくなんて事はなくなっちゃってたんだけどね。
でも、できないよりはできた方がいいわけで。
せっかく取得した技能なんだからと、あれこれやって遊んだんだよなぁ。出張の待ち時間にカラオケいって、知ってる歌を男女関係なく原曲キーで歌いまくって遊んだりとかさ。
あの頃の事を思い出す。
自分の喉という、あって当然の器官の制御に苦心惨憺するという理不尽な経験をした、あの頃の事を……。
よし。
うん、やれるとも。
「la~~♪」
「!?」
横でアヤが目を剥いているみたいだけど、反応している余裕がない。
……よし、思った通りだ。
あの頃の習慣の名残りというか。
あまりにも練習しすぎて、お酒の席でも普通に裏表、どっちの声でも歌えるようになっていたわけだけど、別に喉が特別製になったわけじゃない。ただの練習の成果。
つまり。
それと意識する事なく、声帯を半分閉じて違う声を出すという難しい制御をやっていたという事で。
そのイメージを。
その制御を、魔導コアにあてはめてみたら?
「……うん」
暴れ狂っているも同然だった制御が、急速に落ち着いてきた。
制御困難だった喉を制御するイメージで、自分の中にある「それ」を操ってみる。
「……歌?」
ごめん、アヤ。反応している余裕はないんだ。
ゆっくりとペースをあげていくが、すぐに分かれ道にくる。
アヤ?
「こっちです!」
アヤが指し示す方向に、私は足を進めた。
声楽うんぬんの話は僕の実体験です。
最初は本当にドレミだけでもえらい苦労します。で、ちょっと意識をそらされた瞬間に盛大に狂ったり。
カラオケの画面見ながら歌えるようになるだけでも一年かかりました orz
でも、子供の頃しか歌えなかった歌が歌えるのって、すごい幸せです。