食事と対話
朝食は皆、一緒にとるのかと思ったけど違っていた。ソフィアはルドじいさんとふたりで食事をとっているらしい。
きっと、何か大事な話をしているんだろう。
私はひとりで食事になったけど、とりあえずアヤに同席してもらった。
「ドロイドのわたしがいると、ここで仕事している者たちに変な目で見られますよ?」
「まぁそういわずに。宇宙のメニューなんて知らないから解説よろしく」
そうやって口先三寸で言いくるめると、仕方ないですねと苦笑しつつ同伴してくれた。
社員食堂みたいなとこなんだよね、ここ。ひとがたくさんいると面倒があるかもだけど、まだ早い時刻だからいいだろ。
予想通り、客は私たちだけだった。
「これ、どうやって注文するの?」
券売機なのか?メニューの映像のパネルがあるけど、ボタンも何もない。
「そこのパネルの前に立って、これにしようって決めるんです」
「決める?」
「意志を読み取って注文を受け付けます」
おお。
言われた通りにした。
ん、この唐揚げ定食みたいなの行くか。ライスっぽいのが緑色だけどな。
これオン・ゲストロの文字だな。えーと……ポルポルの焼き飯?
「イダミジアでは炒めものと焼き物の区別が曖昧なんです。油を使わずに力場で調理するからだと思いますが」
「なるほど。ところでポルポルってなに?」
そんな俺の質問にアヤは答えず、
「そういう時はネットで調べればいいんですよ」
「ああ、そうか。でもこっちの端末持ってないし」
「何を言ってるんです、ここにあるじゃないですか」
そういって、私の額をツンツンとつついた。
「たしかに。でも、どこにアクセスすればいいの?」
「大抵の星には、総合情報受付というものがあるんです。ここイダミジアにもありますから、呼びかけてみてください」
ほほう、グー○ル先生みたいなものか。
頭の中に意識を向けると、そのまま総合情報受付とやらを呼び出してみた。
「『こちらイダミジア情報案内所です。リクエストをどうぞ』」
「『ポルポルって何?』」
「『データバンクに接続いたします』」
一瞬の沈黙のあと、映像つきのデータがポンとかえってきた。
『ポルポル』
鳥の風船草などと呼ばれ、銀河に広くはびこる小型鳥の一種。太古の文明時代に食糧として生産・流通されていた食用鶏が野生化したものと言われる。鳥を食べる地域では定番食材のひとつ。
イーガの一部にシナンチという鳥がいてポルポルの亜種といわれるが、イーガの研究者はポルポルの方が亜種と主張している。近年の調査によると、両者は第三の別の種のそれぞれ亜種ではないかとされているが、あまりにも古すぎて原産地は事実上、特定不能とされている。
「いろんな星にいる鳥なのか」
「定番ですね」
「この緑色のは普通に米のごはんなのか?……あ、わりと普通だ」
インディカ種だっけ、細長いやつに近いな。
けど、日本人である私的にも別にまずくはない。
「麦やお米に似たものはたくさんありますよ」
「そうなんだ」
「穀物は貯蔵や輸送に強いですから。星を超えて伝えられたものも多いそうです」
ワールドワイドどころか……なんていうんだろ?コスモワイド?
うーん……なんか、ワールドより小さくなったように感じるのは私の気のせいか?
まぁいい。
食事が終わって出て行こうとしたところで、灰色の作業服着た男に声をかけられた。
なんだかな。
作業服は地球にもありそうなのに、中のひとがアルダー、つまりトカゲ人なのが面白い。
「よう、アヤか。そいつは?」
「病人です。異邦人で勝手がわからないので、つきそいを」
「おっとそうか、そいつは悪かった」
「いえ」
「嬢ちゃんも悪かったな!」
「あ、はい。いえ」
どう反応しようかと困っているうちに、男は行ってしまった……。
「……嬢ちゃん……」
「それが何か?」
「……」
思わず、自分の手をまじまじと見てしまった。
「第三者に女の子扱いされたのが、そんなにショックでしたか。
でもメル、会う人会う人に男だって説明するのは無理がありますから、慣れるしかありませんよ?」
「うぐ……せめて男っぽい服があれば」
「わたしは持ってませんね」
そりゃそうだ。
今、私が着ているのはアヤの私服だったりする。
ソクラスの中で着ていたのは、用意されていた汎用の船内服。それを地上でも着続けるのはどうだろうって話になったんだけど、だからといって自分の服なんて持ってなかったから。
いやね。
少なくとも一着は用意してあったはずなんだけど、アヤ、昔の服は全部置いてきちゃったらしいんだよね。
荷造りしてた他の荷物は持ってきてくれたはずなのに、なんで服だけ?
ちなみに。
アヤが貸してくれた服、確かにサイズはピッタリなんだけど。
でもね、アヤ。
あんた今、中性的なパンツルックだよね?
なんでそういうのにしてくれないのかな?
「これはいわば仕事着です。いかにメルでも貸してあげられませんよ」
「なるほど」
この服、私の目の前で合成してたと思うんだけど?
「自分の趣味の服がほしいなら、まずは稼がないとダメですね。秘書雑用を目指すにしても、他の何かをするにしても。
がんばりましょう」
「ういっす」
よくわからないけど、アヤが女の子女の子した服以外着せるつもりがないのはわかった。
もしかして……がんばって自分で稼ごうねって後押ししてるのか?文字通り?
うん、きっとそうだ。
「わかった、とにかく何としても自力で稼いでみるよ」
「その意気です」
アヤはにっこりと、楽しげに笑った。
食事がすんでから、私たちはルドのじいさんのところに顔を出した。
じいさんは先日と同じデスクに座っていて、ソフィアはその隣にあるゲスト席らしきものに座っていた。やはり何かの話をしていたんだろう。おそらくは政治的な。
うん、なんかロイヤルな世界だな。
少なくとも、凡人の私には入っていけない世界だと思った。
「おはよう誠一さん、いえメル。アヤ、昨夜は何か問題あったかしら?」
「機能訓練には多少の問題がありましたが、それ以外は何も。あとメルからルド様にお話したい事があるそうです」
「そう」
ソフィアがつぶやくと、じいさんが少し身を乗り出してきた。
「ほほう、何かな?」
「今日明日すぐというわけではないんですが、何かお仕事をさせていただければと思いまして」
「ほう?」
とりあえず、個人的な気持ち以外のところをぶっちゃけてみる事にした。
「ひとことでいえば、自力でお金を稼いでみたいんです。
もちろん、いきなり本格的に何かの仕事につくというのは無理でしょう。そもそも右も左もわからない異星人ですし。そして今優先すべきは学ぶ事だとも思いますし、そして私も学びたい。
でも、こちらも早いうちに体験したいなと」
「ふむふむ、なるほどのう」
じいさんが目を細めた。笑っているらしい。
「おまえさんの中身、子供ではないんじゃったな。
要は、一日もはやく自分なりの生活を確立するために多くを学びたいという事かな?労働もその一環だと?それで間違いないかの?」
「はい」
「うむ、よろしい」
大きくうなずくと、じいさんは言った。
「とりあえず、今のままではどうもこうも使い物にならんのはわかるじゃろ。おまえさんはこの星の事も銀河の事も知らぬし、そして同様に、わしらもおまえさんを知らぬのじゃからな。さすがにこれではどうにもならん。
じゃから、まずは勉強するがいい。
あとは状況次第じゃ。
最終的な行き先は予定通り学校で学んだ後になるが、もし使えそうならそれ以前に仕事を回す可能性もあろうて」
「え」
話を聞いていたソフィアが目を丸くした。
「おじいさま、それってメルを秘書雑用係にするってこと?」
「それも選択肢に入るじゃろうな。
じゃが当然、現時点ではどうなるか誰にもわからぬじゃろ?
今までの生活で誰かに庇護されていたのか、それとも自力で稼いでいたのかは知らぬ。
じゃが、全くなんの職業適性もない人間なんてものはおらぬ。いたとしたら、それは当人の心身に何らかの問題を抱えておるのか、あるいは現場のニーズと本人の資質があってないかのどちらかじゃろ。
そもそも学校にいくのは、職業適性を割り出す意味もある。そうじゃろう?」
「ひとは労働するようにできているもの、どこの星系の何者でも。おじいさまの口癖よね?」
「うむ、そのとおりじゃ」
じいさんは大きくうなずいた。
「メル嬢、そなたの意思はしかと受け止めたぞ。
わしのところに来る者は大勢おるが、多くがわしの庇護を求めるか野心をもってくる。まぁ当然じゃな。
その中で、おまえさんは自分の足で立ちたいと宣言した」
そこまで言うと、じいさんは立ち上がった。
「ならば示してみるがいい。
まずは学校で能力を発揮してみせよ。知ってのとおり学校には各人の見極めという性格もあるから、おまえさんの能力や適正についての情報も自然と集まるじゃろう。
そして、学んだ自分の目で周囲を見よ。
能力適正とは別に、そこで自分のやりたい事をみつけられるかもしれぬからの」
「はい!」
「うむ、いい返事じゃ」
じいさんは楽しげに笑うと、元の席に座り直した。
「さて、では今日から学校じゃな。
学校の名前や場所も何も伝えておらんから、ひとりで行くのは無理じゃろ。アヤ、送っていきなさい。あとは任せる」
「はいルド様、了解いたしました」