訓練や打ち合わせ(2)
ちょっと話が枝道に入ったものの、とりあえず訓練が始まった。
だけどそれは、一番最初からとんでもない問題をはらんでいた……。
「ぎゃあああああっ!!あちちちっ!!」
「メル、火炎放射器を作れとは言ってませんよ?ほら、指先だけの小さな炎でいいんですよ?」
「うう……」
「う、寒……」
「これが『涼しい』ですか?地球の摂氏基準で氷点下70度に達してますが?」
「……ちょ、ちょっとやりすぎ?」
「ちょっとじゃないでしょう。このブリザードのどこが『そよ風』なんですか?」
「……」
「あいたたた、ビリッてきたっ!!」
「これが静電気ですか?雑踏で使ったら無差別大量殺戮になりますよ?」
「メル……わたしは何でもいいから土でカタチのあるものとお願いしましたけど、これは……」
「ペンギンだねえ」
「動物のカタチなのはいいのですが、どうして見上げるほど大きいんですか?」
「いや、30センチくらいのつもりだったんだけど」
「……」
「とりあえず威力制御がダメダメなのはよくわかりました」
「……」
言葉がなかった。
「ですが方向性は決まってますね。要するに、人間の尺度で想像したものが、わたしたちの尺度で再生されているんだと思います。だから小さな炎は爆炎になり、そよ風は吹雪になり、静電気は落雷のようになったわけですね」
「つまり、小さくする訓練をしろってこと?」
「はい、まぁ長い目でみると理にかなっているともいえますしね」
「?」
「つまり、どんなものでも、力任せにブン回すよりも、ぎりぎりのところで細かく、繊細に扱う方がずっと難しいものですから。訓練としては合理的でしょう」
「なるほど」
そんなものか。
「それにしても不思議ですね。ネット関連はあそこまで優秀なのに」
「あー……地球ではネット漬けだったからなぁ」
仕事でもプライベートでも、ネットのない日なんてなかったからね。
この後も色々な能力を試してみた。それで、だいたいの問題点も明らかになった。
まず、なんの問題もないのはネット関係だけ。
あと、防御関係も何とか。これは、こちらから攻撃ではなくて待ち構えるものだからって事らしい。
感知系も同様だった。
あと意外だったのは、
「威力制御はひどいものですけど、まずいと思ったら即、止められるのは美点ですね」
「え?」
「これで停止もできなかったら、しばらく能力を再封印するところでした。よかったです」
「そういうもの?」
「そういうものです。止められないんじゃ危なすぎますから」
「ああ……クルマと一緒かぁ」
制御の難しい欠陥車がふたつあるとして、ちゃんと踏めばブレーキは効くやつと、ブレーキがすぐ効かなくなるやつ。どっちがまずいかというと、なるほど明白だよね。
他に全然ダメなのはというと、まず、飛行系は論外と言われた。
「空間を三次元で認識できないってことかしら?」
「そういう問題?」
「ええ」
ぶっちゃけると、低空飛行で自動車レベルの速さまでなら飛べた。
でもスピードが出すぎたり高度があがると恐怖から飛ばせなくなって。
さらにキリモミや急降下になるともうダメ。目を回して頭から落ちるという失態まで犯してしまった。
「そもそもまず、空を飛ぶという感覚そのものに慣れないとダメですね」
「ういっす……」
いや、でもさ。
お……私、3Dゲームで高いところから落ちると目回したり、頭に血がのぼる人なんですけど……無理じゃね?
「あと大気圏外もやらないとダメですね。惑星が頭上に見えてると真っ逆さまと誤認するようじゃ宇宙で戦えませんし」
「いや、だから宇宙で戦わないから」
次に攻撃関係。これは先ほどの通り、とにかく威力が大きすぎ。
あと、攻撃内容になっては反動で吹っ飛んでしまったりもした。
「発射の瞬間、逆の慣性制御を組み合わせて相殺するんですよ」
「どうやって?」
「こう、ドカッと出る時にプギャッと」
「……わけわかんないから」
「簡単ですよ?」
「無理」
慣性制御を理屈でなく感覚で操るなんて、地球人にやれって方が無理っす。
「ダメ。そんな事では光の者の殲滅部隊とひとりで戦えませんよ?弱いと殺されちゃうんですよ?」
「だから……もういい」
そもそもゲノイアってなにさ?
なんでか知らないけど、アヤはどうも戦いを前提にしているみたいだった。
意味がわからない。
試しに質問してみたんだけど。
「そのことですか……実はソフィア様たちには内緒ですけど、キマルケでわたしが作られた時の区分は『魔操機兵』といって、まぁ簡単にいえば兵器区分でしたから」
「え、なんで?」
ドロイドって人型、つまり汎用機体だよね?戦争に駆り出される事もあるけど兵器区分じゃないって聞いたけど?
「それは連邦の分類です」
「え?」
「言いましたよね、わたしは連邦産じゃないんです」
あ、そうか。
「それで『魔操機兵』ね。それって、具体的にはどういう区分なわけ?」
「詳しくご説明してもかまいませんけど、何しろ使われていた機材や何かが異質すぎますから。要するに連邦的に言い直すと戦闘用ドロイドが一番近いと思いますが」
「そっか」
確か、何か色々と変わった文明だったんだっけ?
そんな事を考えていた私はこの時、ふと心に浮かんだ事を口に出していた。
「地球に言い換えると?」
「え?」
「連邦の言い方だと戦闘用ドロイドなんだよね?でもそれはたぶん、元の意味とは違ってて、なるべく近そうなものをあてはめたって感じなんだよね?」
「あ、はい」
「じゃあ、地球的にいえば、どうなるのかな?」
「そうですねえ……」
自分で質問しておいて、おかしいと思った。
地球にそんな、アヤみたいな実用アンドロイドなんているわけがない。だから比較対象があるわけがない。
そう思ったのだけど、
「一番近いのは自動人形かしら?」
そんなことをアヤはのたまった。
「オートマタって……自動人形?」
おいおい。
なんだってまた、そんなファンタジーな名前が出てくるんだ?
そう思っていると、アヤが補足してきた。
「わたしが調べた範疇でいえば、地球の現代技術は連邦のそれと同じ系列に属するみたいです。
でもそれは同時に、キマルケにおけるわたしの区分とは異なってしまうという意味でもあるんですよ」
「あー……それで、あえて最も近そうなものを挙げたら、それが自動人形ってこと?」
「はい」
わけわかんないけど……でも、言いたい事はわかる。
要するにだ。
アヤは……少なくともアヤ自身の認識では、彼女は地球のロボットたちの親戚ではないって言いたいのか。
しっかし自動人形ねえ。
なんというか、苦笑いしか出てこないよ。
あ、そういえば忘れるところだった。
俺の……もとい、私の立場のことを相談したかったんだよね。
「ねえアヤ、話が変わるけど、ひとつ相談があるんだ」
「何でしょう?」
自分自身の立場に対する認識。
一方的にソフィアのお世話になっている現状と、これを何とかしたい気持ちについて。
私は率直なところをアヤに質問してみた。
アヤもその当事者のひとりではあるけれど。でも、王女様であるソフィアに聞くのはどうかとも思ったんだ。
「つまり、お世話になりっぱなしは気が引けるという事ですか?」
「まぁ、そんなとこ」
「わたしが言うのもなんですけど、そんなに気になさる事はないと思いますけど?
それに、もし何か返すにしても、長い目で見てゆっくりやればいいかと。今あわててどうするんです?」
「それは、そうなんだけど」
言われてみれば、確かにそのとおり。
人間、いきなり見知らぬ異国でアルバイトせよと言われたら、かなりバイタリティに富む人でも難易度の高いタスクだろう。
なのに今、私がいるのは異国どころか異星。
確かに今は、あわててどうにかなると思う方がどうかしていると思う。
だけど。
ここで自分なりの一歩を踏み出す事が、必要な気がするのも事実だった。
「……」
アヤはしばらく、じっと考え込んでいた。
そして、ウンと大きくうなずいて、そして顔をあげた。
「ルド様に相談なさるのがよいかもしれません」
「あのじいさまに?」
確かにこれ以上なく頼りになりそうな人ではある。
しかし、いいんだろうか?余計に迷惑のかかる人を増やしそうなのだけど?
「メル、わたしがルド様の元で、どういう取り扱いになっているかご存知ですか?」
「え?いや、知らないけど?」
「『秘書雑用』という扱いになっています」
「秘書雑用?」
なんていうか……いかにもワケありな妙な名前だけど?
「ひとことでいえば、ルド様が面白そうな人材を確保しておくための枠なんですよ。ゆえに内容的には雑用なのですが、ルド様に直結なので秘書雑用と」
「ああなるほど、わかる」
「わかるのですか?」
「若い頃ね、えらい人の道楽枠みたいなのでしばらく雇ってもらった事があるよ。たぶん似たようなものかな?」
「へぇ……そんなお仕事が」
自分もいつか、あの人にしてもらったみたいに、若い人を助けてあげられたらなぁと思ったなぁ。
それが現実になる事はなかったけど、その時の気持ちは今も私の中にある。
いつかきっと……。
「なるほど。確かに秘書雑用に通じるものがありますね」
話を聞いたアヤは、うんうんとうなずいた。
「いいね、話をきいてもらえるかな?」
「たぶん、即採用というのはないと思います。
ですが、その意思があるというのは覚えてくださると思うので、無駄にはならないでしょう」
「そっかわかった、ありがとう」
「いえいえ」
その夜。思ったより訓練で疲労していたみたいで、現実に戻ってから倒れるように爆睡してしまった。
はじめての異星の星空を見過ごしたと気づいたのは翌朝、見慣れた赤でなく青い朝焼けを見た時の事だった。
「しまった」
「まぁ次がありますよ」